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第三章 自由ナ蟻
第26話 連
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水際の、しとどに濡れた地表に、ずるりとしたあわいが湧く。
地面から、薄ぼんやりとした物が湧いているのだ。
湧き出る場所は土ではない。砂でもない。
石。
石。
石の畳だ。
石と石の隙から、ずるり、と黒髪が湧く。続いて、白い額と、赤く輝く目が現れた。ややあって、するりと地上にその全身が湧いて出た。女の身、赤目の静音である。
続いて、おなじくずるりと藤堂が姿を現す。その面からは不快と疲弊があるのを見て取れた。
先に姿を顕現した静音がちらと目をよこした。藤堂が逸れることなくついてきたかを確認しているのだ。確かに、静音の速度についてくるのは骨が折れた。そこを見透かされている。苛苛とした。
藤堂は、白と見まごう程に薄い黄金色の素襖を纏っている。纏う者によれば華やかな衣装ともなろうが、纏うているのが藤堂だ。美麗な印象とは程遠い。ただ只管に苛烈清廉の一途である。その気迫が周囲にさえも漲るほどに。
藤堂は、赤目の静音の頭上に、きらと輝く角を見た。左右に突き出た二本角である。
赤目の静音は牛の化身である。牛の形をとり、その背に不動明王を乗せて、役小角の前に出でたと伝に聞く。地を移る間に本性を出したか。
藤堂は、身を正し、丹田に力を込めた。
ぞぶり、と音が周囲に立ち込めている。
ちゃぷりちゃぷりと、水面の揺れる音がする。
近くに河が流れているのだ。
意識が全てそこに向かう。故に周囲の全てに対して五感が過敏となる。
――ああ、在る。
重く、神々しくもぞろりとしたものが、そこに在る。
刻限はまだ早い。午を回ったぐらいのものだ。なのに、藤堂の視界は暗い。黒い。――玄いのだ。
うっすらと見えるのは、五角から八角と思しき石柱がつみあがってできた洞だ。垂直に上がりながら、ややもすればうねりに流されて方向を変えて天に向かって伸びる。
噴火によって押し上げられた玄武岩の柱である。
それで出来た洞である。
洞の下には水が溜まっている。ひたひたとしている。
――そこに、それはいた。
(玄武様――まかり越しました。)
静音が嫋やかに頭を垂れた。
それはただ只管に大きい。
玄く大きい。そして強い。計り知れぬほどの強さが周囲に満ち満ちている。それは正に、昼の刻限を藤堂の目から覆い隠すほどの破格の神威だ。
畏怖だ。
藤堂の覚えているのは、圧倒的な畏怖である。
実の肉をすでに持たない藤堂であるが、それでも全身が泡立つような感触からは逃れられない。
これが、地に根差しただけの鬼と、地の理の顕現である神との、圧倒的な差異なのだ。
こくりと、唾を嚥下した。
(――赤目の、儂には玄武様の形も見えぬ。お声も理解が叶わぬ。玄武様が儂を呼ばれたのは何故か)
静音が、つと目元を細めて、ふ、と吐息を漏らした。
(ああ、そうか。そうであったな)
見返りながら、藤堂に視線をくれる。
艶めかしい。赤い眼が冷酷なまでに美しい。
(玄武様は、今この地に逗留している、ある人間を抑えておられるのだ)
(――人間を? 何故に)
(お主、連の呪方について聞き及びはあるか)
(つらねの呪方? 否、知らぬ)
静音は、今度こそ明白な溜息を吐いた。
(そも、これはお主に因果しての事なのだぞ――)
全く、因業深き夫婦よの、と静音の吐いた言葉に、藤堂は眉間を険しくした。
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