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第二章 蕾ト穢レ
第20話 愛しき想いあればこそ
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ほう、ほう、とどこかで鳥が鳴いている。
いつのまにやら『帽子屋』の奥座敷には、すでに幽世の御魂、二人の姿はない。松岡と畔柳の二人が立ち尽くすのみだった。
そっと、青髪の松岡が見守る前で、赤髪の畔柳が障子をもう少し開く。
伯王と小手毬に、より美しく月光が当たるように。
すると、すでにそこには、小手毬の一枝はなかった。
代わりに、金で色付けされた小手毬の文様が加わり、繕われた跡が、流水の柄となっていた。
畔柳が、「ふふ」と侘し気に笑う。
「これが、伯王の望んだ形だったのでしょうか……ねぇ、冬青」
畔柳は、松岡に向かってそう問うたが、松岡は正座したまま、首を横に振った。
「人でない世のことはわからんよ。推測することでもあるまいさ」
「そうですね。――しかし、美しいものになりましたね」
「師匠が喜ぶな」
「ええ」
松岡は、にやりと笑んで、畔柳氏の顔を見た。
「どうだ閼伽井。お前も、ものは試しに、師匠にこんなように望んでみたらどうだ?」
畔柳氏は、ふうわりと微笑んで見せたが、その瞳は冷たかった。
「それ以上言うと、怒りますよ」
「それは嫌だな。茶を出してくれなくなったら困るからな」
「ところで、あの馬鹿はどう始末をつけると思う?」
「知りませんよ。なんとかするでしょう。馬鹿は馬鹿なりに」
馬鹿の指すところは当然藤堂である。小手毬姫の御魂をリンドウが抜いて見せた直後、最愛の姫君をその腕に取り戻した伯王が感極まって、リンドウに「愛しき想いあればこそ、男は些少なる嘘をもって女を求めてしまう事もあるにはあるのだ。のう、藤堂」――と、まあ直截に言えばその悪事をバラしたのである。
リンドウの全力の平手打ちを喰らった挙句、速攻で逃げられた藤堂の顔というのは中々の見ものだった。
――しかし、こうして伯王は主たる小手毬姫と同一化し、地偉智の地位を喪った。
また一つ、大いなる護りの要が喪われた訳である。
藤堂に限らず、松岡並びに畔柳にとっても大いなる痛手ではあるのだ。
二人それを理解しているからこそ、この一時、せめてわずかなりとも心からの祝福をと願っても、やはり願い切れぬのである。
重責は、増すばかりだ。
斑に近く関われば、必然としてこうなる。
それが、彼の師匠の元についた彼等の逃れざる宿業なのだろう。
溜息交じりに、三十路の男二人は庭へと視線をくれた。
庭の清浄な空気が、硝子窓を透かして、静かに奥座敷にまで流れ込んでくる。
満月は美しく、残された二人の人の影を照らし出すばかりである。
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