雪々と戀々

珠邑ミト

文字の大きさ
上 下
21 / 40
第二章 蕾ト穢レ

第20話 愛しき想いあればこそ

しおりを挟む

          *

 ほう、ほう、とどこかで鳥が鳴いている。

 いつのまにやら『帽子屋ぼうしや』の奥座敷には、すでにかくりの御魂、二人の姿はない。松岡と畔柳くろやなぎの二人が立ち尽くすのみだった。

 そっと、青髪の松岡が見守る前で、赤髪の畔柳くろやなぎが障子をもう少し開く。
 伯王と小手毬に、より美しく月光が当たるように。
 すると、すでにそこには、小手毬の一枝はなかった。
 代わりに、金で色付けされた小手毬の文様が加わり、繕われた跡が、流水の柄となっていた。
 畔柳くろやなぎが、「ふふ」とわびし気に笑う。

「これが、はくおうの望んだ形だったのでしょうか……ねぇ、冬青そよご

 畔柳は、松岡に向かってそう問うたが、松岡は正座したまま、首を横に振った。

「人でない世のことはわからんよ。推測することでもあるまいさ」
「そうですね。――しかし、美しいものになりましたね」
「師匠が喜ぶな」
「ええ」

 松岡は、にやりと笑んで、畔柳氏の顔を見た。

「どうだ閼伽あか。お前も、ものは試しに、師匠にこんなように望んでみたらどうだ?」

 畔柳氏は、ふうわりと微笑んで見せたが、その瞳は冷たかった。

「それ以上言うと、怒りますよ」
「それは嫌だな。茶を出してくれなくなったら困るからな」
「ところで、あの馬鹿はどう始末をつけると思う?」
「知りませんよ。なんとかするでしょう。馬鹿は馬鹿なりに」

 馬鹿の指すところは当然藤堂とうどうである。小手毬こでまり姫の御魂みたまをリンドウが抜いて見せた直後、最愛の姫君をそのかいなに取り戻したはくおうが感極まって、リンドウに「愛しき想いあればこそ、男は些少なる嘘をもって女を求めてしまう事もあるにはあるのだ。のう、藤堂」――と、まあ直截に言えばその悪事をバラしたのである。

 リンドウの全力の平手打ちを喰らった挙句、速攻で逃げられた藤堂の顔というのは中々の見ものだった。

 ――しかし、こうしてはくおうは主たる小手毬こでまり姫と同一化し、地偉智ぢいちの地位を喪った。
 また一つ、大いなる護りの要が喪われた訳である。

 藤堂に限らず、松岡まつおか並びに畔柳くろやなぎにとっても大いなる痛手ではあるのだ。
 二人それを理解しているからこそ、この一時、せめてわずかなりとも心からの祝福をと願っても、やはり願い切れぬのである。

 重責は、増すばかりだ。
 まだらに近く関われば、必然としてこうなる。
 それが、の師匠の元についた彼等の逃れざる宿業なのだろう。

 溜息交じりに、三十路の男二人は庭へと視線をくれた。
 庭の清浄な空気が、硝子窓を透かして、静かに奥座敷にまで流れ込んでくる。
 満月は美しく、残された二人の人の影を照らし出すばかりである。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める

緋村燐
キャラ文芸
家の取り決めにより、五つのころから帝都を守護する鬼の花嫁となっていた櫻井琴子。 十六の年、しきたり通り一度も会ったことのない鬼との離縁の儀に臨む。 鬼の妖力を受けた櫻井の娘は強い異能持ちを産むと重宝されていたため、琴子も異能持ちの華族の家に嫁ぐ予定だったのだが……。 「幾星霜の年月……ずっと待っていた」 離縁するために初めて会った鬼・朱縁は琴子を望み、離縁しないと告げた。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

大神様のお気に入り

茶柱まちこ
キャラ文芸
【現在休載中……】  雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

処理中です...