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第二章 蕾ト穢レ
第15話 深草に集う
しおりを挟む急な坂道を車で登り切り、右手に事務所が望めたところで直ぐに左折する。リンドウが車を入れたのは、道ではなく駐車場である。細かい砂利の敷かれたのを、タイヤでじゃりじゃりと五月蠅く鳴かせる。他に停まっている車はないものの、リンドウは細かい確認を繰り返した上で丁寧に愛車を停車させた。
リンドウと藤堂、二人ほぼ同時に車を降りる。
バタン。
扉が閉まるのもほぼ同時というのが、気の合っているかのようでリンドウは内心苦笑した。当の藤堂は蛙の面に小便で欠伸をしている。こういう細かいことは、この男の心には響かないのだろう。機微の温度差や細やかさの差異が性差にあるのか個体差にあるのかは、リンドウには知れぬ。
気を切り替える。
辺りを軽く見渡せば、松の樹が幾本か植わり、空の青を視界から遮る。駐車場の隣には植え込みを挟んで古い滑り台一つとベンチ一つきりの公園がある。それとは反対の方へ視線を向ければ、御影石の階段と石床が連なった先に、背の然程高くはない建立物がある。
集合墓地である。
深草霊園。今リンドウの眼の前に鎮座するのは永代供養墓だ。その他にも無論、単体の家族墓が周辺に多く並んでいる。
更に、供養墓に望み左手へ向かえば伏見稲荷社へと至る裏道がある。
リンドウは車に鍵をかけると駐車場を出た。藤堂がそのあとに続く。
御影石の階段を登り、続く石床を進む。
藤堂は隠の地偉智だ。
対して、伯王は伏見のそれに当たる。
リンドウの知る限り、現在も神綱に名を連ねている地偉智は三名である。最後の一人が桑名の翁だが、こちらとは未だ知己を得ていない。どうにも厄介な御仁であるとの噂だけは聞いている。そんなものと自ら関わり合いにはなりたくない。
地偉智も――かつてはもっと数があったようだが、戦後にすっかり形を潜めたらしい。恐らくは潜伏しているのだろう。わざわざマダラと因果を結びたい者もそうはおるまい。
厄介なのだ。マダラは。
先代のマダラであったリンドウの母は、それはもう面倒ごとを各地に振りまいていたようで、未だにその尻拭いが終わらない。今回の小手毬姫の因果も、まあその一つである。藤堂が話を持ち込んだとはいえ、母の不始末をなんとかしなくてはならないのは結局リンドウなのだから回避のしようはない。恨み節を投げようもない。だからリンドウも黙っている。
――始末まで事をやりきらないタチだったのだ、あの母は。
道中よろしく仲間を引き連れ、日本の各地を練り歩いては、都度都度産土に因果を撒いた。
須く頼んだのはあちら側からだろう。でなくばマダラと縁が生まれるはずもなし。母からすれば言われた事を助けただけにすぎぬ。助けてくれと言われた通りに助けただけ――なのだ。
しかし、結局事は歪んで残る。
拙い結果が残ったものを、リンドウは額の赤光を用いて始末をつけ、たたんでゆく。放置はしておけぬ。そういったものを正し行くのはリンドウ一人で賄えない。
だから、助け手が存在するのだ。
コツコツの革のブーツの踵が石床を叩く。
リンドウと藤堂の眼には、すでに待ち合わせた二人の人影が映っている。
両者男である。外見は共に三十そこそこ。
一人は赤い髪に柔和な笑みを浮かべている。産まれ落ちたその時から、そうだったのではないかと疑いそうになる、はんなりとした微笑。落ち着きすぎるほど落ち着いた物腰。細く長身な身体はすっきりと伸びて、身長に見合うだけの手脚の長さがある。
もう一人は青い髪をしている。鋭く、笹の葉のように細い眸が、じっとリンドウの目を見すえている。色の白い肌と、細面。神社によく飾られている狐そっくりの顔立ち。不用意に手をのばして触れれば、ぱっくりと切れてしまいそうに思えるほど外観の全ての造作が鋭い。簾のような前髪が幾筋か下がり、その隙間に鋭く涼しい一重の目許がのぞく。この男の眼差しは、いつも刃のように鋭利で容赦がない。
二人の間を会釈がてらすり抜け、リンドウは持参してきた線香をあげて目を伏せると手を合わせた。蠟燭と献花は省略している。瞼を持ち上げ前をじっと見据える。この中に父の遺骨はある。いや、そろそろまとめて始末されているころかも知れぬ。永代供養で任せた遺骨というものは、やがてそうなるものだと聞いている。だから、ここは飽くまでも父を弔ったという象徴の場に過ぎぬのだ。人の生き死にというものは、それくらいでいいとリンドウは考えている。
くるり振り返ると、リンドウは軽く固まった。自らの真後ろで生真面目そうに藤堂が眼を伏せ手を合わせていたのである。
リンドウの僅かな動揺を察知したのか、藤堂はぱちりと目を開き、ひょいと右の片眉を上げて見せた。掌は合わせたままで。
(どうかしたか)
「なんでもない」
動揺を悟られたくなく僅かに頭を振ってから、リンドウは改めて待ち合わせた二人の男へと向き合った。
「お久しぶりです、畔柳さん。――松岡さんも」
リンドウは畔柳と呼ぶ時には赤髪の男へ。松岡と呼ぶ時には青髪の男へと視線を向けた。
赤髪の畔柳何某が、にこりと微笑んで首肯した。
「ご無沙汰しております、リンドウさん。――藤堂殿も」
(息災そうだな)
「はい」
(松岡のも、変わらずの不調法の面相、顕在のようで何よりだ)
「ちょっと藤堂」
小声で諫めようとするもすでに手遅れである。声は松岡の耳にとどき、笹の如く細いその眼を更に細めて見せた。
「リンドウ氏。僕の機嫌ならば気にする事はないぞ。藤堂氏の言動の飄々たるや、この界隈において知らぬ者はおるまい。僕は小気味よくて気に入っている。マダラに選ばれる男の一人たるならば、いっそこのくらい図太い者でなくば務まりはしまいよ」
「そう言っていただけますと……」
ようよう胸をなでおろすと、それでもリンドウは藤堂の脇腹を小突いた。
そう。当代マダラの選ぶ男は三者すでに揃っている。
神の玄武。
人の保。
そして、鬼の藤堂。
神を産ませたくば人を当てる。
鬼を産ませたくば神を当てる。
人を産ませたくば鬼を当てる。
己という例外はあれど、基本こうなる事は間違いない。そうと知れた上で、この中から一人を選ばねばならない。
リンドウはもう――藤堂と玄武様だけで手一杯なのだ。
保は――もう敢《あ》えて思考の数から省く。
悩みの種に、そうそう人まで加えてはいられない。
リンドウは今一度吐息を零してから、自らを含め集った四者を見る。
斑の竜胆。
藤堂の地偉智。
畔柳閼伽井。
松岡冬青。
これが、此度の小手毬姫の始末をつける面子である。
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