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⒒ ミズルチ

34.天竜

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  ナスターファーガ  リスイラリスイラ
  シャリーリュー  リューシャラーン

 きらきらと、ささやくような、そんな〈おと〉が、あちらこちらから反響して、ウタマクラの全身を、やさしく、なでている。

 ふるえる、くちびるから、ゆっくりと息を吐きだしながら、ウタマクラは目を開いた。やわらかな虹色の光で、目の前がきらきらと、かがやいている。なつかしい。ウタマクラも昔、自分で作って、なかに入っていたことが、あるものだ。

 ここは、殻のなかだ。

 〈出世しゅっせミミズぞく〉が、脱皮をするときには、決まってこうして殻を作る。全身から鉱石の元素を、空気中に出して、それを冷やして、かためることで、宝石の、まくにする。それは、はすはなの形に、とてもよく似ているのだ。そして今、ウタマクラが横たわっているのは、花の中心にできる、蓮華れんげだいだった。

 ふと、すぐそばに、誰かの気配を感じて、ウタマクラは、ゆっくりと首をめぐらせた。

 ウタマクラの右がわには、ひざを抱えて、じっと目を閉じた、まっしろな女の子がいた。ウタマクラとも、あまり年の変わらなさそうな、十代半ばくらいの、女の子だった。

 それを見たウタマクラは、いっきに目が覚めた。本当なら、殻のなかに入っていられるのは、殻を作った本人だけのはずだ。殻とは、魂と肉体の浄化のために作るもの。自分以外の誰かと、一緒に入って殻を作るなんて、今まで一度だって聞いたことがない。

 ウタマクラは、あわてて身体を起こした。そこで、自分の全身から痛みや苦しさが抜け落ちているのに気づいた。手のひらを、もちあげてみれば、まったく、もとの状態にもどっている。身体中を黒く染めていた墨の色も、全部きれいに、なくなっている。

 全身の血の気が、ひく思いがした。

 これは、殻がもつ浄化作用で、自分に染みついた墨が、洗われたということだ。つまり、この殻の作り主は、ウタマクラを救うため、ウタマクラを一緒に殻のなかへいれたのだ。

 だから、この目の前にいる女の子は――。

「ミズ? ミズルチ……?」

 まちがって、傷つけたりしてはいけないから、怖くて、さわることもできない。ウタマクラは、おそらく、そうにちがいないという名前で、女の子に呼びかけた。

 すると、女の子は、ゆっくりと、まぶたを、開いた。

 赤い、ルビーのような瞳。それが、ぱちくりとまばたいて、それから、にこっと笑った。

「よかった。ウタマクラ、きれい、なってる」

 少しだけ、たどたどしい、宝石のこすれたような、透明で朗らかな声に、ウタマクラは泣きそうになった。ああ、まちがいない。この子はやっぱり、あのミズルチなんだ。

 白銀色の、くるくるとした巻き毛は、一見ショートカットに見えるのだけれど、襟足だけが、うんと長くのびていて、その先端が、うすい青色に染まっている。それから――それからウタマクラは、たまらなくなって、両手をぎゅっと、にぎりしめた。

 竜体りゅうたいから人に変わるとき、翼はなくなる。なのに、ミズルチの背中には、翼が残っているのだ。これはつまり、変形が失敗したということだ。それに、本当なら四歳か五歳くらいの外見になるはずなのに、ミズルチは、突然大きくなっていた。イレギュラーな変形を目にして、ウタマクラは泣きそうだった。想像した可能性が、あまりにおそろしかった。

「ミズルチ。あなた、その姿、もしかして、私を助けるために、そんなおかしなことに?」

 ふるえながらの、ウタマクラの言葉に、ミズルチは「ああ」と笑った。

「みじゅ、この星の土竜どりゅうちがう。天竜てんりゅう、こうなる。それに、もともと、じゅうよんさいよ」
「え? 天竜てんりゅう?」

 言うなり、すっくと、ミズルチの細くてしなやかな体が立ちあがった。青みがかった白銀色の翼が、殻のなかいっぱいに広がる。まるで、若木が枝葉を広げたような立ち姿だ。

「せつめい、あと。さきに、えんぼく、じょうかしないと」

 ミズルチは、殻の外がわを見通すように、赤い瞳で、空中を、じっとにらんだ。ミズルチの手のなかには、子どもの頭くらいの大きさの、雫型をした虹色の宝石がひとつ、ある。

 それは、脱皮のときに、殻とともに残される、たったひとつの希少鉱物。それだけで怨墨を浄化してしまえる、虹色の宝石――りゅう逆鱗げきりんだ。

「ミズ、あなたまさか」

 ミズルチは、ちらっとウタマクラを見て、ほほえみながら、うなずいた。

「これで、えんぼく、じょうかする」

 ミズルチの身体が、ふわりと浮きあがる。

《ウタマクラ。我等天竜てんりゅうと分かたれし土竜どりゅうの末裔の子よ。その祖である〈竜骨りゅうこつの化石〉、たしかに我が救おう。天竜てんりゅうの末裔である、ガドゥガダスヴァラのじゅが約した》

 ウタマクラにはわからない言葉でそう言うなり、ばさり、と翼が大きくふるわれた。そして生まれた風の力が、ふたりを包みこんでいた殻を、ばりばりん、と、割りひらいた。


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