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9.【奇跡の子】たち

29.苦しかったな

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 気使いのない、あの暴露発言のあと、シネラマは湯葉ゆば先生のヘッドロックをくらって気絶させられ、床の上に転がされた。みんな、とても気まずい思いで沈黙するしかなかった。

 状況がわからないハムロが「どういうことだ?」と、質問した。カイトが答えられずに、土にひざをつけたまま、うつむいていると、ウタマクラが、ため息をついた。

「私は、母が〈音読おとよみの一族〉で、父が〈竜の一族〉なの。多分、カイトくんも知っていると思うけど、このふたつの〈うから〉は、祖先が兄弟のようなもので、これが混血すると、その力を、打ち消しあうと、言われてきたの」
「なんで消えるんだ?」

 首をかしげるハムロに、ウタマクラは、歌うように、その言葉を口にした。


 〈りゅうの一族〉がその形を手に入れたとき。
 代わりに手放したものがある。
 耳に聞こえない〈音〉をひろう力。
 ――それが、〈音読おとよみの一族〉の生まれた原点だという。


 部屋のなかが、しずかに、きれいに、洗われたようになる。

 しばらくしてから、ふぁさっと軽い音がした。ミズルチが、しずかにカイトから離れて、ウタマクラの、うでのなかに、飛びこんだのだ。ウタマクラは、ミズルチを抱きとめる。

「この、〈竜の一族〉というのが、私の父方と、それからミズルチちゃん。〈出世しゅっせミミズ族〉ともいうわ。そして、〈音読おとよみの一族〉というのが、カイトくんと、私の母方」

 どこか心配そうに、ミズルチが「ぴに……」と、ウタマクラの目を見て、それからその頭を、ウタマクラの胸にすりつけた。ウタマクラは、ほほえむと、ミズルチの頭をなでた。

「だから、私は〈うから〉を失って生まれると言われていたの。〈竜の一族〉は、イトミミズから人間へ変化するという、生物の形質《パターン》を手に入れたけれど、これは同時に、〈族〉の〈音〉を「読みわけ」るという、〈音読おとよみの一族〉がもつ能力を失うことを意味していたから」

 バッソが「うむ」と、うなる。バッソに視線をむけてから、ウタマクラは、ふぅと目を閉じた。「でも、私の力は消えなかった。両方の力を、もって生まれた。だから」
「――【奇跡の子】」

 バッソの言葉に、ウタマクラさんは、こくりと、うなずいた。

「〈旅立たびだちの子〉に選ばれるには、いくつか条件があったんだけど、そのうちの、ひとつが〈音読おとよみの一族〉であることだったの」
「えっ」

 思いもよらない言葉に、カイトはごくりと、つばをのんだ。

「……知らない、オレ、そんなこと……」

 ウタマクラは、辛そうに、カイトを見た。

「カイトくん。全てのはじまりは、君がアンドロトキシアからの〈音〉を「読んだ」からなのよ。それを発した者と、たしかに出会うためには、それを「読みわけ」られる〈音読み〉が必要だった。それで八年前、あなたかツナグくんか、私か、ということになった」
「お……おれ……が?」

 ウタマクラは、こくりとうなずく。

「発見者ですもの。あなたが。でも、まだたった四歳だったから、ご両親が反対したの。それで最終的に私か、くれツナグくんか、ということになった。争点は、私が混血の【奇跡の子】だという点にしぼられた。最後の最後まで議論されて、私の乗船は止めるということになった。ツナグくん本人は、行きたいと希望していたから――でも、本当は」

 ウタマクラの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

「私が、行きたくないって――母さんと父さんと離れたくないって家出したの、あの時、だからっ」

 カイトの全身が、火のように燃えた。ぶるぶると、ふるえるのが、止められない。

 次の瞬間、はじかれたように、かけだそうとした。だけど止められた。湯葉先生が、後ろからカイトを羽交いじめにしていた。だけれど、カイトは力いっぱい湯葉先生のうでのなかで、もがき暴れた。泣いていた。それを見るウタマクラも泣いていた。そのうでのなかにいるミズルチは、つらそうに「ぴぃ」と小さく鳴いて、カイトを見つめた。

「そんなっ……それって、あんたの! あんたの、わがままのせいで、兄ちゃんがっ!」
「カイトさん!」

 める湯葉先生の力には、かなわない。だけど、さけぶのをめられなかった。

「あんたの勝手のせいで兄ちゃんは死んだんじゃないか! あんたっ、あんたのせいで!」
「――カイト」

 しずかに名前をよばれて、カイトは、はっと息をのんだ。暴れていたので気づかなかった。カイトの前に、いつのまにか立っていたバッソが、ぽんと、カイトの右肩をたたいた。

 バッソの身体で、かくされて、その後ろにいる、ウタマクラとミズルチの姿は、カイトからは見えない。近くで見ると、バッソのお面の目のあたりに、わずかな透かしがあった。アイグラスと、お面の透かしをはさみ、バッソは、じっと、カイトの目を見ていた。

「苦しかったな、カイト」

 やさしく、低く、深い声に、またひとつ、カイトの涙が、こぼれおちた。

「なあ、本当にな、この世は、実際、まったく、やさしくなんか、ないんだ」

 ゆっくりと、つむがれる言葉に、カイトは、ふっと目を閉じる。ほろりと、また涙が伝って、あごの先から、ぽたりと土の上に落ちた。

「生きていると、悲しいことや怒りが、突然、襲ってくる。そして、そのほとんどが、誰のせいでもないことで生まれる」

 バッソの指先が、アイグラスをもちあげ、やさしくカイトの涙をぬぐった。

「でも、人間は、それでは納得ができない生き物なんだよな。なにか、悪いことがおきてしまった原因があったと思いたがる。それで、本当は、そんなに悪くなんかない人に対して、その人が悪かったせいだと思いこんで、責任を押しつけて、自分の心を、なだめてやろうとする。悲しみから目をそらすために、そういうことをしてしまう」

 カイトが目を開けると、バッソの肩のむこうに、涙をこぼしているウタマクラが見えた。

「でもな、そうすると、一番心が傷つくのは、結局、お前自身になるんだぞ」


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