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8.海葡萄カイト
28.嘘だ!
しおりを挟むと、シネラマが同意を求めるので、カイトは、こまった顔で「はい」と、うなずいた。
「〈竜骨の化石〉の〈音〉、オレ、「読め」てるんです。〈竜骨の化石〉は、まだ無事です」
「まさか――」
バッソが息をのむと、「本当です」とカイトは顔をあげた。
「まちがいなく、なにかおかしな〈音〉に変わっては、いません」
「しかし、カイト君、きみ」
「オレ、なにもしなくても半径五十メートルは〈族〉の〈音〉をひろってしまうんです。集中したら、半径三キロ。でも、本当の本気でやったら――全部、わかります」
「全部」
「はい、全部。だから、この調音機能つきのヘッドホンで、「読め」すぎないように、調整してるんです」
「そう、そういうわけなんだよ! ――ええと、墨掃除のバッソくんとやら」
「シネラマさん! 墨狩りです!」
横から湯葉先生が、大声で訂正するのを「小さなことに、こだわるものではないよ」と手をふってから、「いいかい?」と、ふんぞりかえった。
「そこにいる、かわいらしくて、かわいそうな、赤い髪のお嬢さんのなかには、まだ墨が残っているんだろう? それを例のうるさい紙のおもちゃで、身体の外に、おびきだしてだな、僕の石鹸玉のなかに閉じこめて、親玉のところまで案内させればいいじゃないか」
全員が、がたんと腰をうかした。シネラマは、更にうれしそうに、ふんぞりかえる。
「なぁんだ、みんな、本当に思いつかなかったのかい? さいわい、そこのカイトくんには〈竜骨の化石〉の居場所がわかるのだ。親玉と化石が、本当に同じ場所にあるのならば、それで親玉のたくらみの答えあわせにも、なるってものじゃないか?」
「本当に、そうだ……」
感心したような、驚いたような声で、バッソは言ってから、「うん」とうなずいた。
「よし、それを仮定として動いてみよう。――まだ、君たちには伝えていなかったが、少し、やっかいな話になってきていてな」
「というと?」
湯葉先生が小首をかしげると、バッソは再び、すわりなおした。
「これは、確定情報ではないから、内密にしておいてほしいんだが、怨墨の本体が、どうやら、竜骨研究所の職員のひとりである可能性が、出てきているんだ」
「え」
カイトの心臓が、どきりとはねあがる。それを見て、ハムロが目の色を変えた。
「あ、あの、バッソさん――それ、どういう人が」
「特徴として、メガネをかけている。髪は短くて、茶色い。着ているものは、白だ」
カイトは息をのんだ。全身が、ふるえだす。ミズルチが心配して、ウタマクラのひざから、カイトのひざの上へ移動し、顔を見あげた。ウタマクラがカイトの顔を見て続ける。
「その、ね、私も、竜骨研究所で働いているのだけど、巳我呉ユミ博士という人の外見が、その説明に、あっているのよ、それで――」
「嘘だ!」
ミズルチを、はね飛ばす勢いで、カイトがウタマクラの襟元に、つかみかかった。
「おい、やめろ!」
そこに、バッソが割って入るが、カイトの手が、尋常でなく、ふるえているのに気づき、つかんだ手の力を、ゆるめた。
「カイト、どうした?」
「バッソさん」
後ろから、湯葉先生がバッソの名前を呼ぶ。バッソがふり返って見れば、湯葉先生の顔色も、青ざめていた。
「それは、ユミさんは、カイトの親なんです」
「な、なに……?」
「うそ……あなた、巳我呉博士の……?」
バッソとウタマクラは言葉を失い、カイトは真っ青になってうつむいた。三人のあいだで、「ぴにっ」とミズルチが、のびあがり、カイトのほおをなめる。カイトの表情は、どんどんと険しくなり、ミズルチを抱きしめると、その場に、ひざから、くずれ落ちた。
全員がだまりこみ、家のなかの空気が、痛いほどに張りつめてゆく。
しかし、そんな空気を馬鹿みたいに明るい「そうだ、思いだした!」という、シネラマの声が、こなごなに破壊した。その顔は、空気の読めない喜びに、みちあふれている。
「きみたち、あの三人の【奇跡の子】のうちの、ふたりじゃないか!」
その言葉に、カイトとウタマクラの顔色が変わる。バッソと湯葉先生は、それ以上の言葉を言わせまいと「シネラマ!」とさけんだが、しかし、この空気の読めない有名人は、まったく、おかまいなしに、ふたりの顔を見て、うれしそうに目を、かがやかせて続けた。
「アンドロトキシアからの〈音〉を「読みわけ」た、奇跡の四歳、巳我呉カイト! それから混血した〈族〉なのに、能力が打ち消されなかった、巳瑞ウタマクラ、それから――」
きらきらとした、シネラマのまなざしは、カイトには、呪いのように見えた。
「そうか、あの、数学の天才少年、〈薄明光線〉号に乗船した、不運の〈旅立ちの子〉――巳我呉ツナグは、君のお兄さんだね?」
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