27 / 40
8.海葡萄カイト
26.自由に、かえしてやるんだ
しおりを挟む***
通された奥の部屋には、小上がりが、しつらえられてあり、ハムロの妹――マムロは、そこに敷かれた布団に寝かされていた。小上がりのふちに腰をかけて、バッソがマムロの具合をみる。脈をはかったり、寝息をきいて、「大丈夫そうだな」と、小さくささやいた。
それから、バッソは台所をかりて、こんぶ出汁とワカメの吸い物を、作りはじめた。
「今から墨抜きをするが、そのあと、すぐに食べさせられるようにしておきたいんだ」
鍋で湯をわかしながら、どんなものを食べさせたらいいか、バッソは母親に説明する。
「基本的に、この吸い物以外は、白いものを食べさせておけば、まちがいない。怨墨は黒い墨だから、白いものと打ち消しあうんだ」
説明を、母親と一緒に聞いていたハムロが「ああ」と、納得の声をあげる。
「だから紙鉄砲は、白いのか?」
「そう。真逆の存在だから、結びつくと打ち消しあってしまうんだ。まあ、それ以上に、怨墨は怨墨どうしで強く呼びあうから、白いものと怨墨とがあれば、まずは同じ墨どうしで結びつこうとする。まあ、この宇宙の摂理だ」
「なんか、料理なのに、難しい話になってきたな」
苦い顔をするハムロに、バッソは笑いながら、鍋のなかに、吸い物のもとを入れた。
「紙鉄砲も、一度怨墨を吸いこんだら、もう、もとの白い紙には、もどれない。怨墨も、墨には、もどれない。ひとつのものになったそれは、燐寸の火を使って燃やして、彼岸へ送る。そうして、自由に、かえしてやるんだ」
「自由……」
マムロのそばに、すわっていたウタマクラが、小声でつぶやくと、バッソは背中をむけたまま「ああ、自由だ」と、つぶやいた。
「じゆうか……」
ウタマクラは、しずかな寝息を、たてている、マムロの頭をなでた。真っ赤な長い髪が、つやつやときれいだった。まだ十歳か、もう少し上くらいの年ごろだろう。
ハムロが、そのようすを見て「ウタマクラ、あんた、子ども好きなんだな」と笑った。ウタマクラも、ほほえんで、「ええ。大好きよ」と、またマムロの頭をなでた。
「子どもが好きなら、保育の仕事とかは、考えなかったのか」
ハムロの疑問に、ウタマクラは肩をすくめた。
「たくさんの子たちのお世話をしたい、っていうことでは、ないのよ」
「じゃあ、母親になって、自分の子どもを育てたいっていうほうか」
その言葉に、一瞬、ウタマクラはつまった。
「――そうね。母みたいなお母さんに、いつかなってみたいって、夢は――あったわね」
小声での答えに、ハムロは「ふぅん」とうなずいてから、鍋に目をむけて「あっ」と小さくさけんだ。
「バッソ! これ、煮立ちすぎじゃないのか?」
「あ? ――あ、ああ。そうだな」
ぐつぐつと、鍋のなかで、吸い物のワカメがゆれている。バッソは、あわてて鍋をかまどから、おろした。
次の瞬間だった。
どおおおおん!
地響きとともに、すさまじい轟音がして、ウタマクラは、とっさにマムロの上に、覆いかぶさった。ゆれと一緒に、ぱらぱらと、上から砂のかけらが、落ちてくる。
振動が、おさまると同時に、周囲から悲鳴が聞こえてきた。恐るおそる、ウタマクラが顔をあげようとすると、背中に、なにかあたった。目をむけて、思わず息をのむ。マムロを、かばったウタマクラの上から、それをかばうように、バッソが覆いかぶさっていた。
「――大丈夫か」
「え、ええ。ありがとう」
「なんだ今のは⁉」
ハムロが、家の外へ飛びだしていった。バッソとウタマクラも、それに続く。
外に出たふたりの目に、真っ先に飛びこんできたのは、もうもうと立ちのぼる土煙と、それを吸いこんでゆく、一か所が突き破られた、天井の緑のネットだった。それから、土煙をたどって視線をさげると、それは集落の中央の、花飾りの舞台から、はじまっていた。
「――あれ、なに? くるま……?」
ウタマクラの言葉に、バッソは仮面の下で目を細めた。
「飛行車だ」
よく見れば、赤い色をした飛行車が、舞台の真ん中に、つっこんでいる。そこから、がたがたと音をたてて、何人かの人が、もぞもぞと出てきた。次の瞬間、ばあん! と、後部座席が開き、白銀色のかたまりが、空中に飛びだしてきた。
「ぴぴぴぴぴぃぃぃぃっ!」
土煙と遊ぶように、空を飛びまわる生き物に、ウタマクラが「あっ」と声をあげた。
「あれ、竜体の子じゃない?」
はっとして、バッソが顔をむける。
「ウタマクラ、それは」
「〈出世ミミズ族〉の、人になる直前の子よ」
見ていると、竜体の子に引きつづき、車のなかから、2メートルはありそうな、茶色いヒゲもじゃの大男と、「やあやあ! 生きて着陸できたねぇ」と、ふらふらしながらも、えらそうな態度の、茶金色の髪をした男が出てきた。そして。
「ミズ! あぶないから、よく知らないところで飛びまわっちゃだめだ!」
マムロと年の変わらなさそうな、男の子の声がした。その声に反応して、竜体の子が、「ぴにゃっ」と一声鳴き、車のほうへ、もどってゆく。
落ちついてきた土煙のなかから、最後に姿をあらわしたのは、緑のキャップと、アイグラスつきのヘッドホンをかぶった、やっぱりまだ若い男の子だった。その男の子は、竜体の子を背中におぶうと、じっと、ウタマクラのほうへと視線をむけた。ウタマクラは、ごくりと、生つばを飲みこむ。
「あの子……あの男の子、〈音読みの一族〉だわ」
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
図書室ピエロの噂
猫宮乾
児童書・童話
図書室にマスク男が出るんだって。教室中がその噂で持ちきりで、〝大人〟な僕は、へきえきしている。だけどじゃんけんで負けたから、噂を確かめに行くことになっちゃった。そうしたら――……そこからぼくは、都市伝説にかかわっていくことになったんだ。※【完結】しました。宜しければご覧下さい!
【完結】病院なんていきたくない
仲 奈華 (nakanaka)
児童書・童話
病院なんていきたくない。
4歳のリナは涙を流しながら、なんとかお母さんへ伝えようとした。
お母さんはいつも忙しそう。
だから、言う通りにしないといけない。
お父さんは仕事で家にいない。
だから迷惑をかけたらいけない。
お婆さんはいつもイライラしている。
仕事で忙しい両親に変わって育児と家事をしているからだ。
苦しくて苦しくて息ができない。
周囲は真っ暗なのに咳がひどくて眠れない。
リナは暗闇の中、洗面器を持って座っている。
目の前の布団には、お母さんと弟が眠っている。
起こしたらダメだと、出来るだけ咳を抑えようとする。
だけど激しくむせ込み、吐いてしまった。
晩御飯で食べたお粥が全部出る。
だけど、咳は治らない。
涙を流しながら、喉の痛みが少しでも減るようにむせ続ける。
オセロのおしろ
ささりっとる
児童書・童話
あさ、めがさめると、くろとしろのレンガでできたおしろがあった。
おしろからでてきたおじいさんによると、オセロでおじいさんにかてばおしろへのぼらせてくれるらしい。
ぼくはひまだし、オセロがすきだし、おじいさんとオセロをすることにした。
* * *
絵本風のショートストーリーです。現在、1まで公開中。
作中の挿絵は月とサカナ様(http://snao.sakura.ne.jp/)のフリー素材をお借りしています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる