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8.海葡萄カイト

25.申しわけありませんでした

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      ***

「ハムロ!」

 三人が谷の底まで、くだりきるよりも早く、バタバタと、こちらへかけよってくる、いくつもの少年たちの姿があった。みんな、ハムロに協力して、えんぼくに襲われた少年たちだ。

「みんな、無事か」

 ハムロが気づいて階段を飛びおり、少年たちに、かけよる。

「ああ、そのすみりに助けてもらったから」
「マムロは?」
「大丈夫。その人に、もらったあめを、なめたから、すっかり落ちついて、今は眠ってる」

 ハムロは涙ぐみながら「よかった」とつぶやくと、ごしごしと顔を、ぬぐった。

「バッソ」

 ふり返りながら、ハムロがバッソを呼び、バッソはうなずいた。

「ああ、行こう。早めにすみを抜いてやりたい。ずいぶん苦しんだろうからな」

 ハムロの案内で、バッソとウタマクラは、少年たちのあとに、ついていった。集落の中心にある、円形の花飾りの舞台の横を通りすぎて、さらに先へと進む。ハムロの家は、崖に彫りこまれた、洞穴式住居のうちの、ひとつだった。

「母さん」

 入口に、かかっていた布を、ハムロは手で、たくしあげながら、なかに入った。あとから、バッソ、ウタマクラと続く。友人たちが続かないので、ウタマクラが、ふり返っていると、ハムロが「布をおろしてくれていい」と、うなずいた。

「ハムロ」

 奥から出てきた女性が、ハムロの名前を呼んだ。ハムロに、とてもよく似ている。

「母さん。ただいま」
「まったく、むちゃなことを。でもありがとうね。ええと、そちらのかたが」
「ああ、すみりのバッソさんと――竜骨りゅうこつ研究所の、ウタマクラさんだ」

 とたん、女性が深く頭をさげた。

「このたびは、本当に、ご迷惑を、おかけいたしました」
「いえ、そんな……」

 ウタマクラは、あわてて手をあげたが、実際、迷惑だったことは、まちがいない。どうせ「匂い」で本心は悟られてしまうだろうから、正直に話すことにした。

「研究所としては、〈竜骨りゅうこつの化石〉が、傷つくことなく、無事にもどることが最善です。しかし、報道で知られてしまった以上、なかったことにはできません」
「そう、ですよね……」

 うなだれる母親にウタマクラがとまどっていると、バッソがウタマクラの前に、すっと手を出した。ウタマクラが顔をむけると、バッソは小さくうなずき、一歩、前に進みでた。

「それに関しては、俺が、ぼく墨連ぼくれんを通して、上にかけあってみる。うまくいく保証はないが、事情が事情だ。ハムロ、お前たちは〈嗅感きゅうかん〉だ。だましたのがえんぼくでは、対処のしようもない。それに、ヤツの本体を逃がしたのは、俺の手落ちだ。すみりの不手際で引きおこしたこととも言える。むしろ、助けにくるのがおそくなり、申しわけなかった」

 そう言うと、バッソは、さらりと髪を肩からこぼしながら、まっすぐに頭をさげた。そんな彼の背中を、ウタマクラは、じっと見つめた。彼が背負おうとしているものが、そこにはあった。だから、ウタマクラも一歩、前に出て、バッソのとなりにならんだ。

「それを言うなら私もです。ハムロくんと出会った時に、私がすぐ父に報告をしていれば、きっと、こうはならなかった。父は聡い人ですから、事情を察してくれたことでしょう。気もちに行きちがいがあるなら、その場でなんとかしなくてはならないのに、そうとは思いつけず、行動もしなかった。私の判断ミスです。本当に、申しわけありませんでした」

 ウタマクラも、心をこめて頭をさげた。それに、バッソは少しだけ目をむけて、やはり、一緒に頭をさげ続けた。

 それに対して、ハムロと、ハムロの母親もまた、黙って頭をさげたのだった。
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