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7.六鹿の森

21.いや、脱ぐな。

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      ***

 日のすっかり暮れた、森の暗がりのなか、ばちばちと、焚火の爆ぜる音がする。

 ウタマクラは、その焚火にあたって、冷えた身体をあたためていた。ちらっと視線を送った焚火のむこうがわには、地面の上に寝かされた、ハムロがいる。

 ウタマクラは、小さく手に息を吐きかけると、ぎゅっと三角ずわりのひざを抱いた。

 ぬれたふりそでとはかまは、近くの木の枝にかけて干してある。今ウタマクラが着ているのは、すみりのバッソから借りた、黒い服だ。ウタマクラが着ると、ちょうどミニスカートのワンピースみたいになる。なれない男の人の体温と、においが残っていた。

 バッソはなにも言わずに、自分の着ていたそれを脱いで、びしょぬれのウタマクラに渡してくれた。目をそらしながら「そのままでは風邪をひく。そこの木かげで、これに着がえろ。俺は火を焚いておくから」と言って、ひとり枝をとりに、森のなかへ入って行った。

 彼も寒いだろうに、文句のひとつも言わなかった。ただ、もくもくと作業にあたる背中が着ていたのは、緑のTシャツ一枚きりだった。

 火が熾きると彼は立ちあがり、ウタマクラを呼んだ。決して顔をむけることはなく、自分ひとり、入れかわるように木かげに入って、すぐそばの木にもたれて眠ったフリをした。

 ばちばちと、火が爆ぜる。

 ひざを抱えた、うでのなかから、ふわりと、どこか懐かしい気がするにおいがした。それがあたたかくて、ウタマクラは、なぜか胸がぎゅっとなった。

      ***

 いつのまに眠ってしまっていたのだろうか。ウタマクラが、名前を呼ばれて顔をあげると、あたりはうっすら明るく、ちゅんちゅんと鳥がさえずっている。夜明けがおとずれていた。声がしたほうを見れば、少し離れた場所に、小型飛行車が一台停まっている。そこからバッソが、こちらへむかって歩いてきていた。やっぱり視線はあっていない気がした。

「この先は飛行車でいく。〈嗅感きゅうかん〉の集落は、歩いていける距離じゃないからな。さすがに俺も、こいつを担いで半日も歩くのはきびしい」

 そう言いながら、バッソはハムロを見おろした。

「あっ」

 とウタマクラは、あわてて自分の借りている服の、すそをつかんだ。

「あの、これ、ありがとうございました。返します」
「いや、脱ぐな。あんたの着物、まだ乾いてないから、それを着ていたらいい」
「でも、あなたも、それだけじゃ寒いでしょう。風邪ひいてしまう」
「気にしなくていい。俺は頑丈だから」

 やっぱりお面をこちらにむけないまま、バッソは、まだ少し煙の残っていた焚火に水をかけて、完全に消火させた。それから、ぱんぱんとハムロのほおを軽くたたいて起こした。

 ハムロは、ウタマクラたちの顔を見るなり、血相を変えて飛びすさろうとした。が、全身が痛むのか、「うう」と、うなって、その場にうずくまる。バッソが、ため息をついた。

「まだ無理に動くな。今から、お前を〈嗅感きゅうかん〉の集落へ送りとどける」
「な、に?」
「お前たちの長老会から、お前の妹を助けるよう、依頼を受けてきている。俺はすみりで、ぼく墨連ぼくれんの人間だ。名前は、鬼打おにうちバッソ。あと、お前の仲間は、もう集落にもどっている。昨日のうちに俺が助けた。さあ、俺から嘘の「匂い」がするか、たしかめて見ろ」

 ハムロは、すん、っと息を吸った。それで、はっとした目をむける。だけれど、その表情は、すぐに、くもってしまった。

「――だけど、あの人だって、俺たちに嘘をついて、だましていたのに……俺たちには「匂い」がわからなかった」
「それは、えんぼくが人間じゃないからだ」
「えっ」
「怨墨は、人ではないから。いくら〈嗅感きゅうかん〉でも、その嘘を見ぬくことはできない。あれは、例外中の例外だ」

 バッソは「立てるか」、と、ハムロに手を差しのべた。しばらく迷ってから、ハムロは、おずおずと、その手をつかんだ。


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