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6.墨狩りのバッソ
18.〈魂音族〉
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「はあっ、はあっ、もう、ほんと、冗談じゃないったらっ……!」
黒白の棒縞のふりそでと、海老茶色の袴を、びしょぬれにして、ウタマクラは、なんとか川の岸に、はいあがった。ウタマクラの身体と、ほとんど大きさの変わらないものを、その肩に、かついでいる。それを、どしゃり、と砂利の上に、横たえた。それは、気を失った〈嗅感葉〉の少年、ハムロだった。
彼らに、まかれて、地団太を踏んだあと、ウタマクラは、必死で〈嗅感葉〉の〈音〉を、追った。タクシーをつかまえて、道がなくなって、それから歩いて森をかきわけて、川ぞいに進んだ。そうしたら崖の上から、闇夜に響きわたる、少年たちの、つらく苦しそうな悲鳴が聞こえた。見あげれば、意味の分からない黒いもやが、空中に飛び交っていた。
固唾をのんで見守っていると、少年がひとり「ちくしょう!」と、さけびながら、崖から飛びおりた。あの〈竜骨の化石〉を盗みだした、短髪の男の子だ。ウタマクラは悲鳴をあげたが、少年は、間一髪というところで、その手からザイルを投げ、枝にフックをかけるのに成功した。しかし、いきおいは止まらず、彼の身体は崖の岩にぶつかり、そのあと、大きく茂った木の枝に一度バウンドして、ばちゃんと、川に落ちた。
それからのウタマクラは、無我夢中だった。考えるまもなく川に飛びこみ、だんだんと流されてゆく少年の身体を追って、一生懸命、水をかいた。突然、深みに足がはまって、頭まで川の水につかったけれど、必死で顔をあげて追いかけた。水のなかに少年の顔が音もなくしずんだ直後、ウタマクラも「すうう」と息を吸いこんで、とぷんとしずんだ。
川のなかでは、表よりも、しずかに早く水が流れる。ウタマクラのほうへ、まるで助けを求めるように少年の手がのびた。ウタマクラの手は、しっかりと、その手をつかまえた。
なんとか岸にあげた少年の胸に耳をあてると、心臓の音と、呼吸をしている音が、ちゃんと聞こえた。よかった。気を失っていたから、へんに水を飲まずにすんだらしい。
ほっとして、少年の胸から耳を離した時だった。
――じゃり、と、近くで音がした。
どきん、とウタマクラの心臓がはねあがる。じゃり、じゃり、と音は近づいてくる。恐怖で顔をあげることができない。水からあがったばかり、しかも、ふりそでを着たままだったから、全身が水をすって重い。逃げられる気がしない。じゃり、じゃり。じゃりっ。
ウタマクラの視界に、黒いブーツの爪先が入った。
「――そのままのかっこうで、助けに飛びこんだのか。ずいぶんと豪気だな」
まだ若そうな、そして、どこか、やさしげな青年の声に、ウタマクラは、恐るおそる顔をあげた。すると、そこに立っていたのは、白い紙で、できたお面をかぶった青年だった。
思わずウタマクラは、ぱちくりと瞬いた。青年は、全身を真っ黒な服で、覆っている。髪も長くて、まっすぐで、真っ黒。まるで、闇のなかから、ぬけでてきたようだ。
「あんたが、そいつを助けてくれたおかげで、俺は川に飛びこまずにすんだ。礼を言う」
「あなた、何者? ……まさか、上でこの子を襲っていたのは――」
警戒したウタマクラは、とっさに、背後のハムロをかくそうと動いていた。そんな彼女に、黒ずくめの青年は、少しおどろいたそぶりをしてから、「まさか」と、軽く笑った。
「俺は、連合政府からの依頼で、そいつの仲間たちを助けにきた墨狩りだ。そうしたら、やつらが上で怨墨に襲われていた」
「えんぼく……? 墨狩り……?」
「上の連中は、もう助けた。墨抜きの処置もすませてある。あとは、崖から落ちたそいつを助けるところだったんだ。早くに見つけられて、本当によかった。そいつには、くわしく話を聞かなきゃならないんだ。あんた、立てそうか」
言いながら、青年はウタマクラにむけて、その手をのばした。助けおこそうと、してくれているのが、わかったので、ウタマクラは素直に、青年の手に自分の手をのせた。彼の手は、とても大きく、よく使いこまれて、ごつごつとしていた。
「こいつも気の毒にな……怨墨は人間ではないから、嘘をつかれても「匂い」を察知することはできないんだ。〈嗅感葉〉の純粋さが、裏目に出てしまったな。かわいそうに」
お面の下から、青年のやさしいまなざしが、ハムロに、そそがれているのがわかった。そこで、ウタマクラはようやく、その青年からも〈音〉がしているのに、気がついた。
トゥワーラ トゥオーラ トゥイエン
この、短い〈音〉をひたすら、くり返す。
「あなた、〈魂音族〉ね……?」
ウタマクラの言葉に、墨狩りは、否定も肯定もしないで、つかんでいたウタマクラの手をひっぱって、立たせた。目線は、同じくらいの高さにあった。
「墨狩りの、鬼打木バッソだ」
「竜骨研究所の、巳瑞ウタマクラです」
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