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6.墨狩りのバッソ

17.なにかに立ちむかうと決めた瞬間が、人生の分岐点になるんです。

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      ***

「じゃ、じゃあ、ばあちゃん、行ってきます……」

 カイトが助手席の窓から、恐るおそる、ばあちゃんの顔を見ると、ばあちゃんは、ものすごく難しい顔で、うで組みしたまま、こくりとうなずいて見せた。それから「湯葉ゆば!」と、運転席の湯葉ゆば先生の名前をさけんだ。

「カイトのこと、たのんだからね」

 湯葉先生は、満面の笑みでうなずいてから、どしん、と自分の胸を、こぶしでたたいた。

「まかせてください。こう見えて、僕も昔よりは、しっかりしてきたんですからね」
「本っ当に、どうしようもなくなったら、すぐにぼく墨連ぼくれんに助けを呼ぶんだ。いいね?」

 カイトは、ものすごくしょっぱい顔をして、助手席に、ずるずるとしずみこんだ。後部座席では、「ぴぴっぴにゃーっ」と、ごきげんなミズルチが、バタバタと羽ばたいている。湯葉先生ごじまんの赤い小さな車が、ごいんごいんと、ゆれた。

 ニュースを見たあと、カイトとミズルチは、ふたりだけで〈しゅよう〉にむかおうとした。

 今のカイトは〈うから〉の〈おと〉を減らせる調音機能つきのヘッドホンをもっている。ほかの〈うから〉の〈おと〉はヘッドホンで「読め」ないようにして、〈竜骨りゅうこつの化石〉の〈音〉だけにしぼれば、居場所が見つけられると考えたのだ。実際、カイトにならそれができる。

 これまで、たくさんの人に助けてもらった。役に立つなら今だ。そう思ってリュックのなかに食料や懐中電灯、着がえなんかをつめこんで、いざ! と玄関でスニーカーのひもをぎゅっと、しめ直した瞬間に、ばあちゃんと湯葉先生が、帰ってきてしまったのである。

 全力で、ばあちゃんに怒られてから、カイトは、いったん居間に引きもどされた。そこで聞かされたのは、役場に連合政府からはいった、緊急連絡についてだった。

「今ね、アキツシマのあちこちで、えんぼくが出現しているんだ。収容施設も満タンで、これ以上は、被害者の受けいれが、できなくなっているんだよ」

 そんなに? とカイトとミズルチがびっくりしていると、湯葉先生があとを引きついだ。

「カイトさん、ニュースで〈竜骨りゅうこつの化石〉の盗難事件の件を、見たんだね?」
「はい」
「あれもね、やっぱり、えんぼくが関係している説が、濃厚らしいんだ」
「えっ」
「警察の治安監視ドローンに、えんぼく本体と思われるヒトガタのものが映っていたそうだ。ぼく墨連ぼくれんに所属している、歴代最高のすみりが、そいつと接敵エンカウントして逃げられたんだよ」
「ぼくぼくれん?」
すみりの組織の名前さ」

 ばあちゃんが、難しい顔で、うで組みしながら、答えた。

「あの鬼打おにうちが、とり逃がしたってことだ。これは、えらいことだよ……」
「あ、あの、ばあちゃん……」
「なんだい」

 じろりとにらむ、ばあちゃんの目に怖気づきながらも、カイトは、がんばって質問した。

「その、えんぼくと、〈竜骨りゅうこつの化石〉は、いったい、どういう関係があるの? なんで、盗まれなきゃならなかったの?」

 ばあちゃんは、ため息をつくと、「いいかい、カイト」と姿勢を、ただした。つられて、カイトと湯葉先生も正座の姿勢を、ただす。ミズルチも、「ぴっ」と座布団におりた。

「〈出世しゅっせミミズぞく〉はね、最後の脱皮をして人になる時、とても希少な鉱物を、この世に生みのこすんだ」
「鉱物? 石のこと?」
「ああ。ミズルチのしっぽ、怨墨の墨を吸いあげて、黒くなったろう? つまり、脱いだうろこが、この希少鉱物に変化するんだ。この鉱物はね、紙鉄砲と同じ働きをするんだよ。怨墨を吸いこむんだ。そもそも〈竜の一族〉の身体は、怨墨を吸いあげて一体化しやすい。そして、なかでも、もっとも怨墨の墨を吸いこむのが〈竜骨りゅうこつの化石〉だと言われている」
「それ、つまり、敵の弱点を、敵に盗られちゃったってこと……?」
「そうだ。わたしは、このヒルミ村ふくめて、周辺県域を、まかされているから、ほかの墨狩りと一緒に、墨抜きして回らないといけない。だから、しばらくのあいだ、湯葉にお前を預けるって話をしてたんだよ。そうしたら、お前、勝手にうちから出ていこうとしてるじゃないか。わたしは、肝が冷えるかと思ったよ」

 はああ、とため息をつく、ばあちゃんに、カイトは、うつむいた。

「ごめん、ばあちゃん……でも、でもさ、オレ、今までさんざん、みんなに助けられてきたから、〈音〉「読ん」で、さがすのなら、オレが一番得意だから、オレが、やらなきゃって思ったんだ。……ミズのご先祖さま、とりかえさなきゃって」
「カイト……」

 カイトは、ひざの上でぎゅっと手をにぎりしめた。となりでミズルチが「ぴにぃ」と頭を低くさげる。するとカイトの頭に、あたたかくて大きなものが、ぽん、とのせられた。見ると、湯葉先生がやさしくほほえんでいる。それから湯葉先生は、ばあちゃんを見た。

くれ先生、どうでしょう。僕がカイトさんたちに、ついていって、〈竜骨りゅうこつの化石〉を、さがしてくるというのは」
「湯葉、あんた」
「なにかに立ちむかうと決めた瞬間が、人生の分岐点になるんです。そこで踏みだせなかったら、一生、なにとも戦えなくなる。カイトさんは、今、自分でそれを決めたんです」
「あんたらは、もう……」

 湯葉先生は、いたずら坊主みたいに、にやっと笑った。

「僕は、先生に背中を押してもらいましたからね。あきらめの悪さだけなら、誰にも負けない自信がある。カイトさんが目的を達成できるまで、絶対にサポートを止めないとかね」

 ついに、ばあちゃんは吹きだした。

「わかった。地区のことは、まかせなさい。あんたにはカイトとミズルチをたのみます。その代わり、〈竜骨りゅうこつの化石〉を発見したら、すぐぼく墨連ぼくれんに連絡すること。――カイト」
「はい」

 ばあちゃんは、カイトの前に、にじりよって、カイトの両手を、ぎゅっとにぎった。

「戦うと決めたなら、戦いぬくんだ。でも、少しでも、自分では難しいと判断したら、すぐに、まわりの人に相談するんだ。人間は、いつだって、ひとりで戦うわけじゃない。投げ出さず、荷物をわかちあって、助けて、助けられて、そうして目的を達成するんだ」

 ばあちゃんの言葉に、泣きそうになりながら、カイトは「はい、はい」と、うなずいた。

「社会というのは、そうやって、できているんだよ。信じることってのはね、自分の力量を知ることから、はじまるんだ。腹をすえて、自分を、知ってきなさい」

 そうして、ばあちゃんはカイトたちを送りだしてくれた。走りだした車のサイドミラーに、ばあちゃんの姿が映っている。カイトは、助手席でひざを抱えて、まるくなった。

 うれしかったけれど、かなしかった。

 こういう言葉を、本当は、父さんや、母さんから、言われたかった。


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