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6.墨狩りのバッソ
17.なにかに立ちむかうと決めた瞬間が、人生の分岐点になるんです。
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「じゃ、じゃあ、ばあちゃん、行ってきます……」
カイトが助手席の窓から、恐るおそる、ばあちゃんの顔を見ると、ばあちゃんは、ものすごく難しい顔で、うで組みしたまま、こくりとうなずいて見せた。それから「湯葉!」と、運転席の湯葉先生の名前をさけんだ。
「カイトのこと、たのんだからね」
湯葉先生は、満面の笑みでうなずいてから、どしん、と自分の胸を、こぶしでたたいた。
「まかせてください。こう見えて、僕も昔よりは、しっかりしてきたんですからね」
「本っ当に、どうしようもなくなったら、すぐに撲墨連に助けを呼ぶんだ。いいね?」
カイトは、ものすごくしょっぱい顔をして、助手席に、ずるずるとしずみこんだ。後部座席では、「ぴぴっぴにゃーっ」と、ごきげんなミズルチが、バタバタと羽ばたいている。湯葉先生ごじまんの赤い小さな車が、ごいんごいんと、ゆれた。
ニュースを見たあと、カイトとミズルチは、ふたりだけで〈首要〉にむかおうとした。
今のカイトは〈族〉の〈音〉を減らせる調音機能つきのヘッドホンをもっている。ほかの〈族〉の〈音〉はヘッドホンで「読め」ないようにして、〈竜骨の化石〉の〈音〉だけにしぼれば、居場所が見つけられると考えたのだ。実際、カイトにならそれができる。
これまで、たくさんの人に助けてもらった。役に立つなら今だ。そう思ってリュックのなかに食料や懐中電灯、着がえなんかをつめこんで、いざ! と玄関でスニーカーのひもをぎゅっと、しめ直した瞬間に、ばあちゃんと湯葉先生が、帰ってきてしまったのである。
全力で、ばあちゃんに怒られてから、カイトは、いったん居間に引きもどされた。そこで聞かされたのは、役場に連合政府からはいった、緊急連絡についてだった。
「今ね、アキツシマのあちこちで、怨墨が出現しているんだ。収容施設も満タンで、これ以上は、被害者の受けいれが、できなくなっているんだよ」
そんなに? とカイトとミズルチがびっくりしていると、湯葉先生があとを引きついだ。
「カイトさん、ニュースで〈竜骨の化石〉の盗難事件の件を、見たんだね?」
「はい」
「あれもね、やっぱり、怨墨が関係している説が、濃厚らしいんだ」
「えっ」
「警察の治安監視ドローンに、怨墨本体と思われるヒトガタのものが映っていたそうだ。撲墨連に所属している、歴代最高の墨狩りが、そいつと接敵して逃げられたんだよ」
「ぼくぼくれん?」
「墨狩りの組織の名前さ」
ばあちゃんが、難しい顔で、うで組みしながら、答えた。
「あの鬼打木が、とり逃がしたってことだ。これは、えらいことだよ……」
「あ、あの、ばあちゃん……」
「なんだい」
じろりとにらむ、ばあちゃんの目に怖気づきながらも、カイトは、がんばって質問した。
「その、怨墨と、〈竜骨の化石〉は、いったい、どういう関係があるの? なんで、盗まれなきゃならなかったの?」
ばあちゃんは、ため息をつくと、「いいかい、カイト」と姿勢を、ただした。つられて、カイトと湯葉先生も正座の姿勢を、ただす。ミズルチも、「ぴっ」と座布団におりた。
「〈出世ミミズ族〉はね、最後の脱皮をして人になる時、とても希少な鉱物を、この世に生みのこすんだ」
「鉱物? 石のこと?」
「ああ。ミズルチのしっぽ、怨墨の墨を吸いあげて、黒くなったろう? つまり、脱いだ鱗が、この希少鉱物に変化するんだ。この鉱物はね、紙鉄砲と同じ働きをするんだよ。怨墨を吸いこむんだ。そもそも〈竜の一族〉の身体は、怨墨を吸いあげて一体化しやすい。そして、なかでも、もっとも怨墨の墨を吸いこむのが〈竜骨の化石〉だと言われている」
「それ、つまり、敵の弱点を、敵に盗られちゃったってこと……?」
「そうだ。わたしは、このヒルミ村ふくめて、周辺県域を、まかされているから、ほかの墨狩りと一緒に、墨抜きして回らないといけない。だから、しばらくのあいだ、湯葉にお前を預けるって話をしてたんだよ。そうしたら、お前、勝手にうちから出ていこうとしてるじゃないか。わたしは、肝が冷えるかと思ったよ」
はああ、とため息をつく、ばあちゃんに、カイトは、うつむいた。
「ごめん、ばあちゃん……でも、でもさ、オレ、今までさんざん、みんなに助けられてきたから、〈音〉「読ん」で、さがすのなら、オレが一番得意だから、オレが、やらなきゃって思ったんだ。……ミズのご先祖さま、とりかえさなきゃって」
「カイト……」
カイトは、ひざの上でぎゅっと手をにぎりしめた。となりでミズルチが「ぴにぃ」と頭を低くさげる。するとカイトの頭に、あたたかくて大きなものが、ぽん、とのせられた。見ると、湯葉先生がやさしくほほえんでいる。それから湯葉先生は、ばあちゃんを見た。
「巳我呉先生、どうでしょう。僕がカイトさんたちに、ついていって、〈竜骨の化石〉を、さがしてくるというのは」
「湯葉、あんた」
「なにかに立ちむかうと決めた瞬間が、人生の分岐点になるんです。そこで踏みだせなかったら、一生、なにとも戦えなくなる。カイトさんは、今、自分でそれを決めたんです」
「あんたらは、もう……」
湯葉先生は、いたずら坊主みたいに、にやっと笑った。
「僕は、先生に背中を押してもらいましたからね。あきらめの悪さだけなら、誰にも負けない自信がある。カイトさんが目的を達成できるまで、絶対にサポートを止めないとかね」
ついに、ばあちゃんは吹きだした。
「わかった。地区のことは、まかせなさい。あんたにはカイトとミズルチをたのみます。その代わり、〈竜骨の化石〉を発見したら、すぐ撲墨連に連絡すること。――カイト」
「はい」
ばあちゃんは、カイトの前に、にじりよって、カイトの両手を、ぎゅっとにぎった。
「戦うと決めたなら、戦いぬくんだ。でも、少しでも、自分では難しいと判断したら、すぐに、まわりの人に相談するんだ。人間は、いつだって、ひとりで戦うわけじゃない。投げ出さず、荷物をわかちあって、助けて、助けられて、そうして目的を達成するんだ」
ばあちゃんの言葉に、泣きそうになりながら、カイトは「はい、はい」と、うなずいた。
「社会というのは、そうやって、できているんだよ。信じることってのはね、自分の力量を知ることから、はじまるんだ。腹をすえて、自分を、知ってきなさい」
そうして、ばあちゃんはカイトたちを送りだしてくれた。走りだした車のサイドミラーに、ばあちゃんの姿が映っている。カイトは、助手席でひざを抱えて、まるくなった。
うれしかったけれど、かなしかった。
こういう言葉を、本当は、父さんや、母さんから、言われたかった。
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