ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト

文字の大きさ
上 下
16 / 40
5.ハムロとウタマクラ

15.これで、もう用は済んだ

しおりを挟む

      ***

 しゅいん、という、たくさんの音とともに、森のなか、地面の上へ〈嗅感きゅうかん〉の少年たちが、おりたった。ぎゅるるるっという音をたてて、あの黄色と緑のザイルが、手元のリールのなかに、巻きこまれてゆく。すでに日は暮れて、森のなかは暗い。ひとりだけ髪を短く刈りあげている少年が、集まった仲間たちを、注意ぶかく見わたし、かぞえた。

「全員いるな。ケガをしたやつは、いないか?」
「大丈夫だ、ハムロ。みんな、無事だ」

 年長の少年の言葉に、髪の短い少年――ハムロは「ほっ」と、安心の息をついた。

「ふぅ、それにしても、まさか追いかけてくるなんてなぁ」

 別の少年が言うのに、ハムロは「いや、ぐうぜんだろう」と、かえした。

「あの女の「匂い」が、まさかって言ってた」
「そうだな、そんな「匂い」してた」
「うんうん」

 仲間たちの言葉に、ハムロは、ほっとした。やっぱり〈嗅感きゅうかん〉だけでいるのが、一番いい。誰も嘘をつかないし、嘘をつかれない。嗅覚をわざと弱らせて、嘘を見ぬけないようにしてまで、無理に、ほかの〈うから〉と、かかわろうとするなんて、馬鹿みたいだ。そんなことをするから、大切なことをかくされて、利用だけ、されることになるんだ。

 だまされるだけの、人間に、なるなんて、まっぴらだ。

 そもそも、嘘なんかつく、やつらのことを、なぜ信じる。青年会のみんなが、勝手に都会へ出ていくなら、そうしたらいい。でも、〈嗅感きゅうかん〉全体を、巻きこむな。あんなに老人会が、反対していたのは、やっぱり昔、連合の連中に、だまされたことがあるからだ。なんで長老会は、青年会の意見を、受けいれたんだろうか。

(そのせいで、マムロは――。)

 悔しさで、ハムロは頭のなかが、ぐずぐずに、なってしまいそうだ。

 マムロは、すっかり人が変わったように、なってしまった。皿をなげつけ、母さんをひっかき、大声でさけびながら、暴れるように、なってしまった。だから、後ろ手に縄でくくられて、舌をかまないように、口に白い布を巻かれて、地下室に閉じこめられている。妹の、かわいそうな姿を思いだし、ハムロはくちびるを、ぎゅっと、かみしめた。

 マムロは、えんぼくに、憑りつかれてしまったのだ。

嗅感きゅうかん〉は、えんぼくから、特に強い影響を受けてしまう〈うから〉なのだ。いったんえんぼくに憑りつかれたら、もうどうしようもない。本当に大昔なら、一生、地下牢に閉じこめておくようなことも、あったらしい。

 嘘をつき、つかれ、だまし、だまされ、怨み嫌い呪いかなしむ。そういった、黒い感情を生みだしやすい、たくさんの人間や〈うから〉のなかでは、〈嗅感きゅうかん〉は、生きられなかった。だから、大昔に山と森の奥深くに入り、やつらとは、距離をおいて暮らすようになった。山と森のなかならば、怨墨が入りこむようなことは、本来なかったはずなのだ。

 ハムロは、固くこぶしを、にぎりしめると、背中に背負った〈竜骨りゅうこつの化石〉入りの白いふくろを、ぐっと身体に引きよせなおした。

「みんな、急ごう。約束の時間まで、あと少しだ」

 ハムロの言葉を合図に、全員、また伸縮ザイルのフックを、木の高い枝へむけて投げて、飛びあがっていった。

 目的の場所は、いし舞台ぶたいと呼ばれている、平たい大岩のむきだしになった、崖の上だ。木々のあいだをぬけて、全員ほぼ同時に、いし舞台ぶたいの上に着地する。

 月の光が、明るい。

 そして、いし舞台ぶたいの上には、もう約束の相手が立っていた。

 かがやくほどに、真っ白い服を着た人だ。メガネをかけていて、髪型は、短い茶髪。にっこりと笑うと、その人は、両手を大きく左右に広げて、ハムロたちの到着を歓迎した。

「やあ、〈嗅感きゅうかん〉の少年のみなさん、こんばんは。例のもの――そう、あれです。ハムロくんの、妹さんの命を救うための、例のものは、盗ってきてもらえましたか?」
「ここにある」

 ハムロが、背負っていた〈竜骨りゅうこつの化石〉を差しだすと、白い服の人は、目を大きく、まるく見開き「うふふふふふふふふ」と、口を三日月のような形にして、笑った。

「さあ、早く渡して!」

 白い服の人が、ひったくるようにして、ふくろをうばいとる。なかに手をつっこむと、もう用はなくなった、とばかりに、白いふくろを、いし舞台ぶたいの上に、落とした。

「ああああ、これだ。まちがいない、これだ。これこそが、真実の〈竜骨りゅうこつの化石〉だ。いまいましい逆鱗げきりんも、ちゃんとついている。やった……ついに、手に入れた」
「手に入れた……?」

 ハムロの表情が、ぐっと、険しくなった。

「あんた、それで妹に憑りついたえんぼくを抜いてくれるんだろう? 〈嗅感きゅうかん〉から怨墨を抜きとるためには〈竜骨りゅうこつの化石〉を使うしかないって、あんたそう言ったじゃないか。だから俺は、これを竜骨りゅうこつ研究所から盗んできたんだ。あんたのものにするためじゃない!」

 白い服の人は、両手で大切そうに目の高さに、もちあげていた〈竜骨りゅうこつの化石〉から、ちらっと視線を、ハムロへむけて、にいっと、おぞましい笑みを浮かべた。

「お前たち、よく働いてくれた。これで、もう用は済んだ」

 次の瞬間、白い服の人の全身から、ぶわっと、すさまじい量の黒い煙が吹きあがった。

 ――いや、ちがう。これはえんぼくだ!

「どうして!」
「うわあっ」
「怨墨だ! 逃げろ!」

 悲鳴をあげながら、さけび、逃げまどう〈嗅感きゅうかん〉の少年たちに、怨墨が襲いかかる。ザイルを使って、ちりぢりに逃げるが、その怨墨の追ってくる速さは、尋常ではなかった。うねる蛇のように、少年たちの身体にからみつき、首をぐるりとしめて、苦しさで開いた口のなかへ、飛びこんでゆく。ばたばたと、地面に少年たちは、落ちてゆく。

 ハムロは、信じられないものを見ていた。どうして。嘘の「匂い」なんかしなかった。絶対、まちがいない。……でもだまされた。こいつに、だまされたんだ!

 呆然とした、ハムロの目の前で、白い服の人が、「うふふふふふふ」と笑いながら、その手を大きく、ふりかぶる。はっと気づいて、ハムロはふり返り、かけだした。

 後ろから、えんぼくが襲いかかってくる! ああ、仲間たちは、ハムロとマムロを助けるために手伝ってくれたのに、ハムロが、だまされたせいで、みんなが、たいへんなことに。マムロも助けられない。悔しい。信じられない。涙がでてきた。ちくしょう。ちくしょう。

「ちくしょおおおおおっ!」

 えんぼくが、追いつく一瞬前に、ハムロの身体は、空中に、飛び出ていた。

 ああ、満月が、ななめにかしいで、逃げてゆく。

 そうして、ハムロは、えんぼくから逃げきる代わりに、崖の下へ、落ちていった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

スペクターズ・ガーデンにようこそ

一花カナウ
児童書・童話
結衣には【スペクター】と呼ばれる奇妙な隣人たちの姿が見えている。 そんな秘密をきっかけに友だちになった葉子は結衣にとって一番の親友で、とっても大好きで憧れの存在だ。 しかし、中学二年に上がりクラスが分かれてしまったのをきっかけに、二人の関係が変わり始める……。 なお、当作品はhttps://ncode.syosetu.com/n2504t/ を大幅に改稿したものになります。 改稿版はアルファポリスでの公開後にカクヨム、ノベルアップ+でも公開します。

【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃

BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は? 1話目は、王家の終わり 2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話 さっくり読める童話風なお話を書いてみました。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

処理中です...