10 / 40
3.怨墨と〈竜骨の化石〉
9.ウタマクラ
しおりを挟む***
――ちりりん、がたたん!
「ひゃっ」
それまで、調子よく自転車をこいでいたものを、道に埋まっていた石に、前輪が乗りあげたらしい。それで、ベルが鳴った。ついつい悲鳴もあげてしまう。
ウタマクラの「くるりんぱ」にしてあるハーフポニーテールが、ふぁさっと風に舞った。栗色の絹束のようなウエーブヘアが、太陽の光を受けて、きらり、とかがやく。
(――ああ、驚いた。)
内心ひとりごとを言いながら、ウタマクラは道を急ぐ。細く長い、黄色い土がむきだしになったままの道だ。それを、お気に入りの赤い自転車にのって、竜骨研究所へむかう。
「好き」に、勝るものはない。身につけるものも、やっぱり「好き」なものがいい。こげ茶色のブーツ、海老茶色の袴。ふりそでは黒白の棒縞に、大柄の椿が、あしらわれている。竜骨研究所では、特に服装の規定はない。ただ、勤務中は必ず白衣を身につけることになるので、そでを、たくしあげるための、たすきは、もちろん、もってきている。
それにしても、なんていいお天気だろうか。ウタマクラは、風に髪を遊ばせながら、あごを少しだけ、うわむけて、春のにおいを胸いっぱいに吸いこんだ。坂道が、ゆるやかになってきて、もうあと五分もすれば研究所につける、というところだった。
――そんな時に、突然、目の前に、黒い影がひとつ、落ちてきた!
「えっ⁉」
大あわてで、急ブレーキをかける。大丈夫、影とのあいだには、まだ距離がある。見ると、その影が、ゆっくりと立ちあがった。それは、十代半ばくらいの、少年だった。
よく日に焼けた肌。意志の強そうな、ぎゅっとするどい目。真一文字にむすばれた、くちびる。短く刈りあげられた髪は、真っ赤だ。そして、その手には、黄色と緑の二色でなった、太い縄がにぎられている。少年は、今たしかに、ウタマクラから見て、右手の木の上から、その縄を使って道路に、おりたったのだ。
「ああ、びっくりした……」
どきどきと早鐘のようになる心臓を手でおさえながら、ウタマクラは少年をじっと見た。
ウタマクラの、両目の裏がわで、〈音〉が「読みとられ」る。
ニヴェーラ ニヴェール チンチャール ニヴォーラス
まちがいない、これは〈族〉の子だ。しかも、と、ウタマクラは眉間にしわをよせた。
「ねぇ、きみ」
話しかけようとすると、少年は、ぱちぱちと、二回すばやく、瞬いた。
「――あんた、竜骨研究所の人か」
まっすぐで、少しだけかすれた声に、ウタマクラは息をのんだ。自分の記憶が、まちがっていなければ、この子の前では、絶対に嘘をついてはいけない。いや、つけない。
「ええ。そうだけど」
「名前は」
ざわざわと、いやな感じが、ウタマクラのお腹のなかを、はいあがる。
「――巳瑞、ウタマクラです」
少年は、再び、ぱちぱちと、瞬きした。黄色と緑の縄を、両手でつかみなおす。
「ミミズ。そうか、キュウイン博士の家族だな。――子どもか」
「はい」
「あんたは、自分の父親が、いったい、なにをしているのか、わかっているのか?」
「――え?」
少年の目が、ぎゅっと、するどくなる。
「あの〈竜骨の化石〉は、怨墨を消しさるために、どうしても必要なものなんだ。あれにしかできないんだ。なのに俺たちを利用して、だました。研究所のなかにあれをかくして、怨墨がやっている悪さを、見て見ぬふりした――俺は、あんたらを、絶対ゆるさない」
次の瞬間、少年の手から、縄がしゅっと投げられた。左がわの木の高い枝に、ぐるりと縄のはしのフックが巻きつく。とたん、少年は、縄に引きあげられるようにして、飛んだ。
「ちょっと!」
ウタマクラが呼びとめるのも聞かず、少年は、そのまま、森のなかへ姿を消した。
しばらく、呆然としてから、ようやくウタマクラは、ひとつ、ため息をついた。
少年が言っていたことの意味は、よくわからなかった。だけど、彼がなんの〈族〉なのかはわかった。あれは、〈竜骨の化石〉がしずめられている水槽の、強化アクリルガラスのなかに組みこまれた回路からも、いつも「読めて」いる〈音〉だ。つまり彼は、
「〈嗅感葉〉の子が、どうしてこんなところに……」
しかも、父親であるキュウイン博士が、彼らを利用して、だました、とまで言っていた。
ウタマクラの父は、そんな悪いことをする人間ではない。なにか誤解があるか、もしくは、ウタマクラの知らないところで、良くないことが、起きているのかも知れない。
少年が姿を消した枝先が、ゆさゆさと、ゆれているのを見つめてから、ふと足もとを見おろすと、さっきまで少年がいた場所の土が、びっしょりと、ぬれていた。
8
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる