ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト

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3.怨墨と〈竜骨の化石〉

9.ウタマクラ

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      ***

 ――ちりりん、がたたん!

「ひゃっ」

 それまで、調子よく自転車をこいでいたものを、道に埋まっていた石に、前輪が乗りあげたらしい。それで、ベルが鳴った。ついつい悲鳴もあげてしまう。

 ウタマクラの「くるりんぱ」にしてあるハーフポニーテールが、ふぁさっと風に舞った。栗色の絹束きぬたばのようなウエーブヘアが、太陽の光を受けて、きらり、とかがやく。

(――ああ、驚いた。)

 内心ひとりごとを言いながら、ウタマクラは道を急ぐ。細く長い、黄色い土がむきだしになったままの道だ。それを、お気に入りの赤い自転車にのって、竜骨りゅうこつ研究所へむかう。

「好き」に、勝るものはない。身につけるものも、やっぱり「好き」なものがいい。こげ茶色のブーツ、海老茶色のはかま。ふりそでは黒白の棒縞に、大柄の椿が、あしらわれている。竜骨りゅうこつ研究所では、特に服装の規定はない。ただ、勤務中は必ず白衣を身につけることになるので、そでを、たくしあげるための、たすきは、もちろん、もってきている。

 それにしても、なんていいお天気だろうか。ウタマクラは、風に髪を遊ばせながら、あごを少しだけ、うわむけて、春のにおいを胸いっぱいに吸いこんだ。坂道が、ゆるやかになってきて、もうあと五分もすれば研究所につける、というところだった。

 ――そんな時に、突然、目の前に、黒い影がひとつ、落ちてきた!

「えっ⁉」

 大あわてで、急ブレーキをかける。大丈夫、影とのあいだには、まだ距離がある。見ると、その影が、ゆっくりと立ちあがった。それは、十代半ばくらいの、少年だった。

 よく日に焼けた肌。意志の強そうな、ぎゅっとするどい目。真一文字にむすばれた、くちびる。短く刈りあげられた髪は、真っ赤だ。そして、その手には、黄色と緑の二色でなった、太い縄がにぎられている。少年は、今たしかに、ウタマクラから見て、右手の木の上から、その縄を使って道路に、おりたったのだ。

「ああ、びっくりした……」

 どきどきと早鐘のようになる心臓を手でおさえながら、ウタマクラは少年をじっと見た。

 ウタマクラの、両目の裏がわで、〈音〉が「読みとられ」る。


  ニヴェーラ ニヴェール  チンチャール ニヴォーラス


 まちがいない、これは〈うから〉の子だ。しかも、と、ウタマクラは眉間にしわをよせた。

「ねぇ、きみ」

 話しかけようとすると、少年は、ぱちぱちと、二回すばやく、まばたいた。

「――あんた、竜骨りゅうこつ研究所の人か」

 まっすぐで、少しだけかすれた声に、ウタマクラは息をのんだ。自分の記憶が、まちがっていなければ、この子の前では、絶対に嘘をついてはいけない。いや、つけない。

「ええ。そうだけど」
「名前は」

 ざわざわと、いやな感じが、ウタマクラのお腹のなかを、はいあがる。

「――みず、ウタマクラです」

 少年は、再び、ぱちぱちと、まばたきした。黄色と緑の縄を、両手でつかみなおす。

「ミミズ。そうか、キュウイン博士の家族だな。――子どもか」
「はい」
「あんたは、自分の父親が、いったい、なにをしているのか、わかっているのか?」
「――え?」

 少年の目が、ぎゅっと、するどくなる。

「あの〈竜骨りゅうこつの化石〉は、えんぼくを消しさるために、どうしても必要なものなんだ。あれにしかできないんだ。なのに俺たちを利用して、だました。研究所のなかにあれをかくして、怨墨がやっている悪さを、見て見ぬふりした――俺は、あんたらを、絶対ゆるさない」

 次の瞬間、少年の手から、縄がしゅっと投げられた。左がわの木の高い枝に、ぐるりと縄のはしのフックが巻きつく。とたん、少年は、縄に引きあげられるようにして、飛んだ。

「ちょっと!」

 ウタマクラが呼びとめるのも聞かず、少年は、そのまま、森のなかへ姿を消した。

 しばらく、呆然としてから、ようやくウタマクラは、ひとつ、ため息をついた。

 少年が言っていたことの意味は、よくわからなかった。だけど、彼がなんの〈うから〉なのかはわかった。あれは、〈竜骨りゅうこつの化石〉がしずめられている水槽の、強化アクリルガラスのなかに組みこまれた回路からも、いつも「読めて」いる〈音〉だ。つまり彼は、

「〈嗅感きゅうかん〉の子が、どうしてこんなところに……」

 しかも、父親であるキュウイン博士が、彼らを利用して、だました、とまで言っていた。

 ウタマクラの父は、そんな悪いことをする人間ではない。なにか誤解があるか、もしくは、ウタマクラの知らないところで、良くないことが、起きているのかも知れない。

 少年が姿を消した枝先が、ゆさゆさと、ゆれているのを見つめてから、ふと足もとを見おろすと、さっきまで少年がいた場所の土が、びっしょりと、ぬれていた。


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