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3.怨墨と〈竜骨の化石〉
7.三年半
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「にゃああああっ!」
バシーン!
「いてえええ!」
猫のような鳴き声とともに、子どものうでみたいなもので、顔を力いっぱい、はたかれて、カイトは飛びおきた。急激にのびた身長を、いまだ、もてあましているカイトは、いきおいそのまま二階建てベッドの底板に、ひたいを、がつん! とうちつけてしまった。
痛みに「うぐぐ」と、ちぢこまる。カイトは、涙目で、ひたいをおさえつつ、自分の顔を、たたいてきた犯人を、やさしく、しかし恨みがましげに、にらんだ。
「おおい、ミズルチぃ……しっぽで、たたいて起こすの、ほんとやめろよ、お前ぇ」
「ぴいぃぃっ!」
不服そうに、カイトを見おろしていたミズルチは、再び、しっぽでカイトのほおを、ぺしっとはたいた。本人は軽くのつもりだろうが、なかなかの攻撃力で、カイトは「うぐっ」とうなり声をあげる。痛いに決まっている。なにせ相手は大型犬サイズの、竜なのだから。
青みがかった、白銀色の鱗で、全体を覆われたミズルチは、同じ色の翼を器用に使って、くるりと中空で一回転し、「ぴにゃあああ」と、元気いっぱいに鳴いた。ルビーみたいに、きれいな赤い両目が、ぱちぱちと瞬きして見せる。
「まったく、お前はもう」と、こぼしながら、カイトはベッドから、はいだして、窓の外を見た。雲ひとつない、気もちの良い三月の晴天が、広がっている。
丘の上に建つこの家からは、ヒルミ村の春の景色がよく見える。今年も、ずいぶん、あたたかい冬だったから、河ぞいの土手は、黄色いアブラナで満開だ。庭のソメイヨシノも、わたあめみたいに、たっぷり花を咲かせて、はらはらと、その花びらを風に舞わせていた。
カイトは少しだけ目を細めてから、のびをしつつ「あふぁ」とあくびをした。そのカイトの背中に、「ぴにゃっ」と、大喜びでミズルチが飛びかかる。どしっと音がして、カイトはわずかに前につんのめった。ミズルチの行動を予測して足をふんばっていなかったら、そのまま目の前の机に激突するところだ。すっかり大きくなったミズルチの勢いに、最近では力で負けつつある。カイトが苦笑を浮かべるのに、その理由がわからないのか、ミズルチは右肩がわから顔を突きだして、「ぴにっ?」と鳴きながら、カイトのほおをなめた。
「大丈夫。なんでもないよ。さ、ミズ、朝ごはんにしよう」
「ぴにゃっ」
カイトは、ミズルチの喉元に手をのばし「よしよし」と、なでた。真ん中に、ひとつだけある、逆むきに生えた虹色の鱗にだけは、決して、さわらないように気をつける。機嫌のよくなったミズルチの身体を背負いなおすと、カイトは、ずり落ちかけたジャージのズボンを右手で、たくしあげた。それから、すらっと左手で部屋のふすまを開けた。
階段を、とん、とん、とん、とゆっくり気をつけて、くだりながら、カイトはこの不思議な数年のことを、思いかえしていた。カイトがミズルチを祠さまで見つけてから、もうすぐ三年と半年が、すぎようとしている。
この三年半のあいだにおきた、ミズルチの成長は、すごかった。まず、半年で脱皮して、ふつうのミミズになった。それから、さらに半年後にまた脱皮して、大ミミズになった。そこから一年後にまた脱皮して、目の赤い、きれいで真っ白な蛇になり、その一年後、今のような、翼をもつ竜になった。
最後の脱皮から、そろそろ半年が、たとうとしている。あと半年もすれば、ミズルチはついに人間の姿になる。そうすると、もうほんとに、ただの人間だ。翼もなくなるらしいから、今みたいに空も飛べなくなる。そう何度もミズルチに言って聞かせたけれど、不思議そうに小首をかしげるばかりで、意味が通じているのかは、あやしかった。それでもカイトは、ミズルチに色んな絵本を読みきかせて、たくさん話しかけてきた。人間になるなら、やっぱり言葉はたくさん教えておいたほうが、いいような気がしたのだ。
ミズルチが育つのと同じに、カイトも大きくなった。もう十三歳で、背も、ぐっとのびた。来月は四月で、新学年になるのだけれど、あいかわらず学校には通っていない。でも、湯葉先生とは、ひんぱんに連絡を取りあっているし、これからについての相談もしている。
そう、三年半たった今も、ミズルチがカイトと一緒に暮らしているということは、つまり彼女の親が見つからなかった、ということを意味する。わかったのは、せいぜい、ミズルチが女の子だったということくらいだ。
「ばあちゃん、おはよ」
ビーズの暖簾を、片手でよけながら、カイトが台所へ顔を出すと、ばあちゃんは、うなずきながら笑ってみせた。ばあちゃんは、ひざをいためて、前より動きがゆっくりになった。ガスレンジの上では、お味噌汁いりの鍋が、まだうすく湯気を立ちのぼらせている。
「ああ、ふたりとも、おはよう。さ、ごはんにしようかね」
ミズルチが「ぴにゃあ」としっぽを、ふりまわして鳴くので、カイトと、ばあちゃんは、顔を見あわせて笑った。
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