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2.〈竜の一族〉
4.〈出世ミミズ族〉
しおりを挟むミガクレ山を猛ダッシュで、かけおりると、カイトは玄関先から、ばあちゃんを大声で呼んだ。ばあちゃんは「はいはい」と、前かけで手を、ふきながら出てきた。そして、カイトが、ぐいっと目の前に差しだした、ペットボトルのなかを見て眉をよせた。
「なんだい藪から棒に。ただのイトミミズじゃないか」
「ばあちゃん! これ、ただのイトミミズなんかじゃないよ! こいつ〈音〉出してる!」
カイトがさけぶと、ばあちゃんは「へえ?」と、今度は眉をあげた。それから「ちょっと、よこしなさい」と、ペットボトルを受けとると、それを自分の右目に押しつけた。
「ばあちゃ……」
「しずかにおし。「読め」やしない」
小声でしかられて、カイトが、むっと、ほおをふくらませていると、はっとした顔で、ばあちゃんは、目からペットボトルを離した。
「本当だ、これは〈族〉の子だ」
目をまるくした、ばあちゃんに、カイトは「だろ?」と何度も、うなずいてみせる。
「どこで見つけたんだい?」
「祠さまの、石盆のなかにいたんだよ」
「これは、たいへんだ。台風にのせられて、飛んできてしまったんかもしれん」
「ばあちゃん、イトミミズって、土のなかにいるものじゃないの? 空飛ぶの?」
「嵐があれば、魚だって空を飛ぶさ。さ、早くあがりなさい」
うながされて、カイトは靴をぬぎ、玄関をあがった。ペットボトルは、ばあちゃんの手のなかにある。ちらっと見ると、ばあちゃんは、とても大切そうに、それを胸に抱きしめていた。ちょうど、さっきまでのカイトのように。
ばあちゃんは居間に入ると、ほかほかの朝ごはんが、ならんだ、ちゃぶ台の上に、一枚の白いハンカチをおいた。そして、イトミミズの子をペットボトルから出し、そのハンカチの上にのせた。イトミミズの子は、くるっと「の」の字を書いた。
「しかしお前、よく、この子を見つけられたね」
「うん。たしかに家を出る前から、こいつの出してる〈音〉は「読め」てたんだ。でも、台風のあとで、騒がしかったからさ、なにか実際の音がしてるのかと、かんちがいした」
ばあちゃんは「ああ」と、きちんと正座したひざの上に、両手を、そろえておく。
「お前は、ほかの誰よりも、〈族〉の魂の〈音〉をハッキリと「読む」からね。そりゃあ、知らない〈音〉ならば、実際の音と、かんちがいしても、しかたないよ」
「それで? この子は、なんの〈族〉なの?」
「これは、〈出世ミミズ族〉の子だねぇ」
「しゅっせ、みみず、ぞく? しゅっせ? するの? イトミミズが?」
「ああ、そういう〈族〉なんだ」
はじめて聞く〈族〉の名前に、カイトが目を、まるくしていると、「わたしも会うのは、はじめてだけどね」と言いながら、ばあちゃんは、まるいメガネを片手で外した。
〈族〉とは、土着神が、ご祖先さまだったり、なにか特別な、共通のつながりを、もっている、集団のことだ。
カイトが知るかぎり、アキツシマ連合王国だけで百以上の〈族〉がある。政府が正式に登録しているものも七十はあるし、カイトたち〈音読みの一族〉も、そのうちのひとつだ。
「でもばあちゃん。オレ、〈出世ミミズ族〉って知らないよ」
カイトの言葉に、ばあちゃんは、うなずきながら、真剣な顔をした。
「カイト、お前〈出世ミミズ族〉は知らなくとも、〈竜の一族〉は、わかるだろう?」
〈竜の一族〉のことは、もちろん知っている。だから「えっ」と声をあげた。
「オレ、〈竜の一族〉の人の〈音〉知ってるけど、こいつの〈音〉と、ぜんぜんちがうよ」
「そうだろうとも。この〈族〉はね、生まれてすぐは、こんなふうにイトミミズの姿をしているんだ。これが一度脱皮すると、ふつうのミミズの姿になり、その次に脱皮すればオオミミズに。それから蛇、竜と、脱皮をくり返すごとに変化し、最後の脱皮で人間の形になる。そうして、脱皮をするたびに、その魂の〈音〉も変わるんだよ。これはつまり、生まれ変わるのと、ほとんど同じことなんだ。お前が知っているというのは、人になってからの〈音〉だね。竜までは通称〈出世ミミズ族〉。人になったら〈竜の一族〉だ」
そう言うと、ばあちゃんは、近くにあった、紙とえんぴつを手に取った。上のほうに、大きなまるをひとつ、そのまるの下に、ウカンムリみたいな線を書いて、その線の、右がわの下には「竜」、左がわの下には「音」の字を書いた。
「さぁて、この話は、したことがなかったね。カイト。わたしらは宇宙に生きているだろ。宇宙には物質があり、なにかが形質を手に入れれば、それは同時に「選ばれなかったもの」がある、ということを意味するんだ。誰しも、もっているものと、もっていないものがある。だから、自分の不得意は、できる誰かに助けてもらい、誰かができないことで困っていて、自分にできることがあれば、その力を役立てる。それが宇宙の理ってものだ」
「うん」
「わたしら〈音読みの一族〉の先祖である風琴さまはね、〈竜の一族〉の先祖がイトミミズから人へ変化するという性質を手に入れたときに、代わりに手放したものによってできたと伝えられているんだ。それこそが『〈族〉の魂の〈音〉を「読みわける」力』なんだよ」
カイトは、ばあちゃんの言葉の意味を「ううん」としばらく考えて、はっと思いついた。
「つまり、風琴さまと、〈竜の一族〉のご先祖さまとは、力とか特徴を、分けあってできた、兄弟みたいなもの?」
「ああ、それは、とてもいい例えかただね」
「じゃあ、〈竜の一族〉が、お祀りするご先祖さまは、風琴さまじゃないんだね」
ばあちゃんは、「ふふ」と笑った。
「そうさ。〈竜の一族〉の、ご先祖さまはね――〈竜骨の化石〉っていうんだよ」
「竜骨の化石って、それ――」
カイトは思わず、がたん、とちゃぶ台の上に手をついて、大きな音をたててしまった。あわててイトミミズの子を見たけれど、変わらず、ぴちぴちと元気だ。気もちよさそうに〈音〉を出しているイトミミズの子とは反対に、カイトの心は、見るみるしぼんでいった。
「――それ、母さんの、研究の?」
カイトは、うつむくと、ひざの上で、両手のこぶしを、にぎりしめた。
カイトは母さんに会いたくない。いや、母さんがカイトに会いたくないのだ。だから、母さんはこの家に帰ってこない。その理由が、はっきりしているからこそ、カイトも母さんのいる〈首要〉には、絶対に行かない。もちろん、母さんに会いたくない以前に、〈首要〉みたいな、人がたくさんいる場所に、カイトは行けやしないのだけど。
人が、たくさん、いるということは、〈族〉も、たくさん、いるということだ。
学校の教室だって、それで入れなかった。
〈族〉の魂の〈音〉は、心の主張そのものだ。強い思いや、願いごとがあるとする。人に対して「こうしてほしい」と望んだりする。だけど、かなわないことだって当然ある。そんな時には、怒りや不満、わがままな心が、ぐつぐつと湧きあがる。思いが大きければ大きいほど、強ければ強いほど、その魂が発する〈音〉は、大きくなるのだ。
だから、がまんのきかない、小さな子どもが、たくさんいるところでは、〈音〉を「読みとる」力の強すぎるカイトは生きられない。うるさすぎて、苦しいのだ。
小学校の入学式の直前。足を踏みいれた一年生の教室のなかでは、大きすぎる〈音〉が、めいっぱい反響していた。そのすさまじさに耐えられなくて、カイトは悲鳴をあげて、たおれてしまった。あの時、教室にいた〈族〉の子は、たった五人だけだったというのに。
カイトだって、なにも好きこのんで、そう生まれたわけじゃない。でも、そう生まれてしまったのだから、それなりに生きるしかないのだ。気をとりなおして、カイトが顔をあげると、ばあちゃんは、にこっと笑ってうなずいた。まるで、なんでもお見通しみたいだ。
「ねえ、ばあちゃん。母さんは、なんで、竜骨の研究を、はじめたのかな?」
「竜骨のことが、わかれば、その反対の〈音読み〉のことも、見えてくるだろう? ユミはね、何かを知るには、その反対も知らないと片手落ちだって、それが口ぐせだったんだ」
ユミというのが、母さんの名前だ。フルネームは、「巳我呉ユミ」という。
「竜骨研究所ではね、〈竜骨の化石〉を保管して守っているんだよ」
つまり母さんは、風琴さまの兄弟を、守る仕事をしていたのか。はじめて教わる、母さんの仕事のこととか、口ぐせとか、ものの考えかたに、すこしだけ、複雑な気分を味わいながら、カイトは、イトミミズの子を見た。ぴちぴちしながら、きれいな音を出している。
「まだ、赤ちゃん、なんだよね」
「そうだね」
「この子の、お父さんお母さん、きっと、この子を、さがしてるよね」
ばあちゃんは、とても難しそうな顔で「ああ」と、うなずいた。
「研究所に〈竜骨の化石〉があるのは知られていることだし、あちらに問いあわせや相談が、いくかも知れない。うちで保護していると、わたしからユミに連絡しておくよ」
「――わかった。そうしてあげて」
カイトは、ちゃぶ台の上に、うでとあごをのせると、イトミミズの子を見つめた。
シャラシャラ リーリュー
なんとなく〈音〉が、うれしそうな気がして、カイトも、にこっと笑う。イトミミズの子が、ぴこっとはねる。細すぎて、たよりなさすぎて、なんだか、ずっと怖かったけれど、今は、この子が、かわいく思えてきた。
ばあちゃんが「変化する竜、というと、やっぱりミズチを思いだすねぇ」と言った。
「みずち?」
「そう。漢字で蛟竜と書くんだが、これは、水のなかで生きるマムシが、五百年生きたあとに変化《へんげ》したものなんだ。この蛟竜が、さらに千年たつと、竜になると言われてるんだよ」
「え、じゃあ、このイトミミズも、何百年もしないと人にならないの?」
ばあちゃんは、からからと楽しそうに笑った。
「いやいや。この子は〈族〉だからね。人だから。わたしも、ユミからちょろっと聞いただけだけども、大体、四年で人間になるらしいよ」
「そうかぁ、四年かぁ。――じゃあ、四年たって、人間になって、話せるようになったら、どこから自分が来たのか、言えるかなぁ?」
「どうだろうねぇ。この子、まだ赤ちゃんだからねぇ。おぼえてないかも知れんね」
そこで納得できて安心したからか、カイトのお腹が「ぐうう」と大きく音をたてた。
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