夢中

８月11日（日）晴れ

　男がぼくに突進してきた。わき腹に鋭い痛みが走る。とっさに突き飛ばした。尻もちをついた男の顔面を蹴りとばす。わき腹に刺さったものを抜いた。ナイフだった。噴きだす血と怒りで、ぼくは真っ赤になった。ナイフを振りかぶって、男にのしかかる。顔を鼻血だらけにしたその男も、殺気に満ちていた。四つの手の中で、ナイフがもみくちゃになる。男のわき腹へ膝を叩きこむ。そのまま、思いきり体重をかける。男がのたうった。ナイフはぼくのものになった。振りかぶった。
　夢の中で「だれか」が不幸になりかかっている。ぼくが手を差しのべてやれば「だれか」は助かる。すると、その人に起こるはずだった不幸が、現実のぼくにふりかかる。
　夢の中で、男が殺されかかっている。ぼくが手を止めれば、男は助かる。すると、彼に起こるはずだった死が、現実のぼくにふりかかる。
　――死。
　死ぬんだ。不幸は、その程度を増しながら、徐々に輪をせばめてきている。行き着く先が死であるのは間違いない。
　夢の中で「だれか」が不幸になりかかっている。ぼくがそれを助けなければ「だれか」は不幸になる。現実のぼくにはなにも起こらない。
　夢の中で、男が殺されかかっている。ぼくがそれを是とすれば、男は死ぬ。現実のぼくに死は訪れない。
　振りおろしたナイフが、顔を急所をかばった男の手のひらを貫いた。もういちど。男が身をよじる。刃先が肋骨に弾かれる。もういちど。勢いをつけて振りかぶる。
　このまま男を殺せば、現実のぼくは殺されない。彼は現実で殺される。
　現実で、だれに殺されるというのだろう。
　一瞬ちからの抜けたぼくを、男が跳ねのけた。ナイフを奪いにくる。強打した腰を励まして、ぼくは横ざまに転がった。男がつんのめる。アキレス腱に、ナイフを叩きこむ。のたうち回る男にまたがって、ぼくは夢中で、