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8月1日(木)くもり
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営業車が事故を起こす。
シンプルな夢なだけに、特定は簡単だった。
ぼくの部署で、営業は三人。ぼくと、近藤さんと、山田だけだ。
近藤さんは、強姦の被害にあってから出社していない。となると、事故にあうのは山田だ。
朝の身支度をしながら、考えた。
山田は、つい十日ほど前に、ぼくのプレゼンをめちゃくちゃにした犯人だ。そのせいで、ぼくは今でも部署内で冷飯を食っている。守ってやりたい気持ちなんてみじんもない。なんならこの手で半殺しにしてやりたいくらいだ。
それでも、迷った。山田が事故にあったら、ざまぁみろと思うだろう。けれど、それで溜飲の下がる結果になるかといえば、きっとそうはならない。
このところの山田は、企画を仕上げるために、目が回るほど忙しくしている。自然、近藤さんの穴埋めのほとんどを、ぼくがしている。関わらず、みんなが気づかうのは山田だけだ。不公平にもほどがある。
……ダメだ、考えていたら、また腹がたってきた。話を戻そう。
とにかく、そんな山田が事故を起こしたところで、過労を同情されることはあっても、評判が落ちることはない。むしろ、入院でもされて困るのはこっちのほうだ。あいつの仕事がまわってきてどんなに忙しくなっても、ぼくが認められることはない。残業が増えてくたびれるだけだ。癪だけれど、守ってやるほうが得なようだ。
会社に着いてすぐ、ホワイトボードへ向かった。自分のネームプレートを、予定表の「外回り」に貼りつけた。隣にかかった営業車の予約表には、山田の名前が書かれている。水性マジックのその文字を、ポケットティッシュを使って、読みとれない程度にぼかす。いかにも偶然、薄くなっていました、というふうを装うのがコツだ。なかなかにうまくできた。自分の名前を上書きする。
ぼくは悠々と、営業車を出発させた。途中でスマホに山田から着信があった。当然、無視する。何度もコールがあった。大事な約束があったのかもしれない。
うちには営業車は一台しかない。これで山田は事故を起こせない。ついでに遅刻でもして、営業先で恥をかいてくれれば万々歳だ。
喫茶店やパチンコ屋で時間をつぶした。会社へ戻ったのは、定時すこし前だった。
フロアへ戻ると、林さんに怒鳴られた。
「どうして営業車に乗っていったの」
用意しておいた言い訳――山田の名前がボードになかった――を口にするより先に、すごい剣幕で詰め寄られた。
「山田さんが事故にあったのよ。営業車がなかったせいで、営業車で」
意味がわからない。ポカンとしていると、パート事務の高崎さんが吐き捨てるように言った。
「山田さんは、営業車が今日どうしても必要だったの。でもあなたが横取りしちゃったから」
「横どりだなんて。山田の名前はボードになかったですよ」
ぼくの話になんか聞く耳をもたず、高崎さんが続ける。
「庶務に問い合わせたら、古い営業車が一台あまってるっていうから、それに乗っていったんだけど、慣れないミッション車だったらしくて。操作を誤って電柱につっこんだのよ」
二人の目は完全にぼくを責めていた。
せっかく助けてやろうとしたのに。格好をつけてMT車で自爆するくらいなら、タクシーでも使えばよかったんだ。
けっきょく、山田は入院することになった。三ヶ月も。ぼくの残業は確定だ。おまけにまた評判がさがってしまった。むかっ腹がたって眠れない。助けるんじゃなかった。
シンプルな夢なだけに、特定は簡単だった。
ぼくの部署で、営業は三人。ぼくと、近藤さんと、山田だけだ。
近藤さんは、強姦の被害にあってから出社していない。となると、事故にあうのは山田だ。
朝の身支度をしながら、考えた。
山田は、つい十日ほど前に、ぼくのプレゼンをめちゃくちゃにした犯人だ。そのせいで、ぼくは今でも部署内で冷飯を食っている。守ってやりたい気持ちなんてみじんもない。なんならこの手で半殺しにしてやりたいくらいだ。
それでも、迷った。山田が事故にあったら、ざまぁみろと思うだろう。けれど、それで溜飲の下がる結果になるかといえば、きっとそうはならない。
このところの山田は、企画を仕上げるために、目が回るほど忙しくしている。自然、近藤さんの穴埋めのほとんどを、ぼくがしている。関わらず、みんなが気づかうのは山田だけだ。不公平にもほどがある。
……ダメだ、考えていたら、また腹がたってきた。話を戻そう。
とにかく、そんな山田が事故を起こしたところで、過労を同情されることはあっても、評判が落ちることはない。むしろ、入院でもされて困るのはこっちのほうだ。あいつの仕事がまわってきてどんなに忙しくなっても、ぼくが認められることはない。残業が増えてくたびれるだけだ。癪だけれど、守ってやるほうが得なようだ。
会社に着いてすぐ、ホワイトボードへ向かった。自分のネームプレートを、予定表の「外回り」に貼りつけた。隣にかかった営業車の予約表には、山田の名前が書かれている。水性マジックのその文字を、ポケットティッシュを使って、読みとれない程度にぼかす。いかにも偶然、薄くなっていました、というふうを装うのがコツだ。なかなかにうまくできた。自分の名前を上書きする。
ぼくは悠々と、営業車を出発させた。途中でスマホに山田から着信があった。当然、無視する。何度もコールがあった。大事な約束があったのかもしれない。
うちには営業車は一台しかない。これで山田は事故を起こせない。ついでに遅刻でもして、営業先で恥をかいてくれれば万々歳だ。
喫茶店やパチンコ屋で時間をつぶした。会社へ戻ったのは、定時すこし前だった。
フロアへ戻ると、林さんに怒鳴られた。
「どうして営業車に乗っていったの」
用意しておいた言い訳――山田の名前がボードになかった――を口にするより先に、すごい剣幕で詰め寄られた。
「山田さんが事故にあったのよ。営業車がなかったせいで、営業車で」
意味がわからない。ポカンとしていると、パート事務の高崎さんが吐き捨てるように言った。
「山田さんは、営業車が今日どうしても必要だったの。でもあなたが横取りしちゃったから」
「横どりだなんて。山田の名前はボードになかったですよ」
ぼくの話になんか聞く耳をもたず、高崎さんが続ける。
「庶務に問い合わせたら、古い営業車が一台あまってるっていうから、それに乗っていったんだけど、慣れないミッション車だったらしくて。操作を誤って電柱につっこんだのよ」
二人の目は完全にぼくを責めていた。
せっかく助けてやろうとしたのに。格好をつけてMT車で自爆するくらいなら、タクシーでも使えばよかったんだ。
けっきょく、山田は入院することになった。三ヶ月も。ぼくの残業は確定だ。おまけにまた評判がさがってしまった。むかっ腹がたって眠れない。助けるんじゃなかった。
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