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癌宣告を受けて以来、我が家は嘘みたいに静まり返っていた。父はずっと仕事に行っていない。
毎晩、隣の部屋からは母さんのすすり泣きがきこえる。
余命一年、そんな半端な時間いらない、いっそ死んでやろうかと思ったが、それでも無理して明るく振舞おうとする両親を見て、ついに諦めた。その痛々しい姿に、最高の恩を返さなきゃいけないと、小さく思ったのだ。
「マキ、何かやりたいこと、あるなら思いっきりしなさい…。」
わたしのお願いで、抗癌治療はしないことにした。治療したところで治ることは無いと感じたからだ。最後まで私らしくいようと決めた。
「お母さん…大丈夫だよあたし…」
「大丈夫なんて言わないの!…ごめん…。何でも言ってほしくて…」
今でもあの悪夢をみる。影に襲われて、死ぬ夢。リクに言ったら、どんな顔するかな。リク…。
リクに会いたい。死んだらもう、リクに会えなくなるのかな。あぁ。こんな時にまでリクのこと考えるなんて。そっか、私、リクの事が、好きなんだ。こんなになるまで解んなかったや…。
「リクに…会いたい…。」
「ん?何…?」
高校卒業以来久しく会っていないリクの写真を、スマホで探した。これも、これも、これにも、どれもこれもリクとの写真だらけだ。やっぱ好きなんだ。
「お母さん…あたし、大丈夫だよ」
娘の目の輝きの変化を、母親は逃さなかった。
「そぅ…」と優しく微笑むと、静かにキッチンへ姿を消した。
死ぬ前に花嫁になりたい。心に弱々しくも旗を掲げた。
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