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第4章 技術都市ミレーヌ

師匠

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ツェルンに来てから一夜が開けた。

村の中心部は人の声で賑やかだが、深い森の中にあるこの村はどこか存在そのものが静かだった。

ハルたちは、起床すると村長の館のダイニングに通された。
十人以上は優に腰掛けられるような大きなテーブルをはさんで、ハルたちは村長と対面するように座った。

「昨日はよく眠れたかい?」

村長はトーストを口に含みながらそう尋ねた。

「はい、おかげさまで」

ハルは少しだけ緊張した面持ちで答えた。

「まあ、そんなに固くなるな」

カルロスはハルの心情が手に取るように分かるようだった。
それはそうと、ハルには一つ気になることがあった。

「ところで、村長さんはシロとお知り合いのようですが・・・一体どのような関係なのでしょうか?」

するとカルロスはものを食べる手を休めて、ニヤリとした様子で答えた。

「どういう関係って、ただの師弟関係さ」

「・・・」

一方のヴァイシュは少し目線を外して黙ったままだった。



カルロスとヴァイシュの関係は三年前にさかのぼる。
昨夜ヴァイシュの説明していた通り、ここの地域はユートピア帝国軍の演習場にもなっている。
当時、ヴァイシュは士官学校の演習に参加していた。しかし、悪天候により演習場内の道は劣悪なものとなっていた。
そこを馬車などを連れて小隊長として行軍していた訳なのだが、小隊にアクシデントが発生。
同期を庇った末に崖下に転落したという事故があったらしい。
重傷を負ったヴァイシュのそばをたまたまここの村人が通りかかって、保護しこの村で数週間世話をしてあげたという話のようだ。



すると、カルロスはまた意地悪そうな様子で尋ねた。

「おい、泣き虫娘・・・君は少しは強くなったのか?」

「だから、私は泣き虫じゃないって!」

「ほう、では証明してもらおうか・・・」

カルロスはそう言うと木刀を取り出した。

「いつまでも、子ども扱いしないでください・・・」

売り言葉に買い言葉で、なぜか朝からカルロスとヴァイシュが模擬戦を行うことになったのだ。
そして、なぜか立会人にはハルが選ばれた。

どこからともなく、模擬戦の噂を聞きつけた村人たちが続々と村の中心広場には集まってきており、ちょっとした人だかりができていた。

「それでは・・・これよりツェルン村村長のカルロス対ヴァイシュの模擬戦を行います・・・」

ハルのその呼びかけにお互いが剣を構えた。
ヴァイシュは例のごとく、ヤバいモードに入っている。

「始め!!」

ハルがそう叫んだ瞬間、視界にいきなり白色が現れた。
それは、ヴァイシュの髪の毛であった。
この一瞬で、互いの中心にいたハルのところまで間合いを詰めたのだ。

お互いの剣のしのぎを削って、迫力の戦闘が繰り広げられた。

ヴァイシュは自身の素早さを武器としており、目にもとまらぬ速さで剣を繰り出していた。
一方のカルロスはヴァイシュの剣を必要最低限の動きでいなしたり、かわしたりしていた。

すると、カルロスがヴァイシュを再び挑発した。

「泣き虫娘!君の本気はこの程度か?」

ヴァイシュは普段このような挑発には乗らない性格だと思っていたのだが、今日は幾分か様子が違っていた。
その言葉を投げかけられた途端に、ヴァイシュの動きはさらに早さを増していった。

そして、次の瞬間
カルロスが初めて攻撃を仕掛けた。

ヴァイシュはそれをかわすと、カルロスの心臓めがけて剣を走らせようとした。
しかし、ヴァイシュの剣先が上がるよりも前にカルロスはヴァイシュの背後に回る動きを見せたのだ。
ヴァイシュは、急遽剣先を地面に向け、突き刺し、ちょうど剣を軸として側転の要領で猫のごとく体を翻した。

今のヴァイシュの一撃をかわす人間をハルは未だかつて見たことがなかった。
正直、何が起こったのかも分からない。

ヴァイシュも珍しく、辛そうな表情をしていた。
おそらく、今のは割と渾身の一撃だったに違いない。

すると、カルロスが再びヴァイシュを挑発した。

「そんな剣では一向に当たらんぞ!私を殺せ!!」

その瞬間ヴァイシュの動きが一瞬鈍った。
カルロスはその隙を見逃さなかった。

カルロスが攻撃のモーションに入る。
と思った次の瞬間、彼の腕は既に伸び切っており、打突のモーションが終わっていた。
もうこうなると超人の域だった。
ハルにはカルロスの剣が瞬間移動したようにしか見えなかった。

だが、ヴァイシュはこれを寸でのところで交わしていた。

カルロスは右手で剣を突いていた。
そして、ヴァイシュはその右手の外側、すなわちカルロスから見て右の方向に避けてたのだ。
こうなってしまえば、人間の腕の関節の構造上右方向に剣の軌道を動かすことはできない。

ヴァイシュの剣は彼のがら空きになったわき腹を狙いに行った。

しかし、その一撃はなぜかいとも簡単にカルロスにいなされ、次の瞬間ヴァイシュが宙を舞い地面にたたきつけられた。
そして、カルロスは彼女の顔面のすぐ横に腰につけていたナイフを突き立てた。

「勝負あり・・・」

ハルはそう言うとカルロスの方の腕を上げた。

見事としかいいようのない戦いであった。
観衆からも歓声が上がる。

しかし、カルロスの機嫌は良くなかった。
カルロスは仰向けになってぼーっとしているヴァイシュの胸ぐらをつかむと怒りの感情を露にした。

「ヴァイシュ・・・やる気あるのか・・・」

「・・・すみません」

ヴァイシュはそう言うと目を伏せた。

ハルはいきなりのことで驚いたが、すぐにカルロスをなだめに入った。

「とりあえず・・・落ち着いてください!」

そう言って、カルロスの肩に手を置いた時だった。
ハルはいとも簡単に投げ伏せられてしまった。

「他人の教育に口を出すな・・・」

ハルはいきなり空を見ているものだから、驚いてしまった。
しかし、ハルはすぐに身体を本能的に起こし立ち上がった。

「君も大方ずっと、男のくせにヴァイシュに守ってもらっていたんだろ・・・」

ハルはカルロスの言葉ではっとした。
確かに、ここまで来られたのはヴァイシュの戦闘力の高さのおかげであることは間違いなかった。

「一つ忠告だ・・・このままだと、君たちのパーティーはいずれ全滅する・・・まぁ、私が稽古をつけてやらないこともないがね・・・」

カルロスはそれだけ言うと再び館の方へと歩いて行ってしまった。




その後カルロスは自身の部屋に入った。
そして、さっきハルを投げたことを思い出した。

「あいつ・・・わざと投げられやがった・・・それに・・・あの受け身」

正直カルロスにも状況がよく分からなかった。
だが、ハルはあの瞬間にわざと身をカルロスに委ねたのだった。



ハルはすぐにヴァイシュの元へと寄った。

「シロ!大丈夫か!」

「・・・はい」

しかし、彼女はめずらしく落ち込んでいるようだった。





その後ハルたちは、この村の主な収入源である。林業をしたり、巻を割ったり、畑仕事を手伝ったりした。

そうこうしているうちに、日はだいぶ落ちた。
今日もこの村にお世話になりそうだ。

しかし、ハルには気になることがあった。
ひとつはヴァイシュのこと。
明らかに、今朝の彼女の様子は少し変だった。
そして、もうひとつは今朝カルロスに言われた一言だった。
たしかに、このままヴァイシュに頼りきりになるのはいけない気がした。



そこで、ハルはカルロスの元を訪れることにした。
村長のいる部屋に入ると、カルロスはまだ日が沈まぬうちからお酒を楽しんでいた。

「カルロスさんに一つお願いがあります・・・」

「ん・・・?」

カルロスはお酒を飲む手を1度止めた。
そして、ハルは一呼吸おくと思い切って告げた。

「僕に剣術を教えて欲しいんです」

するとカルロスはニヤリと笑った。

「いいぜぇ・・・」




そして、村長の館の裏で2人は剣を構えた。
剣とはいってももちろん木刀である。

そして、ハルは剣を振りかざすとカルロスを襲った。
しかし、その攻撃はいとも簡単にかわされ逆にハルの眉間のすぐ目の前までカルロスの木刀が振り下ろされた。

「あーあ、一回死んだよこれで」

「もう一回お願いします!」

その後何度もカルロスに痛めつけられたのだが、ハルはあきらめなかった。
それと同時に、カルロスはハルの上達速度の速さに驚いていた。

この男は何だ・・・
まるで、へちまが水を吸うように。
たちまち、立ち回りや剣の振り方を覚えていく・・・

カルロスは終始そんなことを考えていた。
おそらく、その理由にハルが本気であることがあげられた。

ハルには何とかして一発入れてやろうという気持ちがあったのだ。
もちろん、カルロスとの技量には雲泥の差がある。
しかし、その驚異的な成長ぶりは認めざるを得なかった。

「くそっ・・・一発も入らない・・・」

ハルには少しでもパーティーに迷惑にならないように強くならなくてはという焦燥感があった。
もっと、もっと。

しかし、カルロスはハルのそういう心理変化も見抜いていた。

「今日はもうおしまいだ・・・」

「でも・・・」

「終わりだと言っている」

カルロスはそれだけ言うと、稽古をやめてしまった。

「ありがとうございました」

ハルはそう言うと、近くにあった木の幹にへたり込んだ。

「・・・こいつは少し面白いことになりそうだな」

カルロスはそうぼそりとつぶやくとその場を後にした。






その夜、ハルたちはまた村長と共に夕食を食べていた。
すると、カルロスが不意に口を開いた。

「それにしても君たちのパーティーは面白いな」

「それはどういう意味ですか?」

ハルは思わず聞き返した。

「そのままの意味だよ・・・ユートピア人、ウルマン人、あとは君のような異国人じん。人種が様々というのもあるが、学者に技術者に元兵士ときた。まるで、いろんな花が植えられた花壇のようだ」

カルロスは心底楽しそうだった。

「世界も君たちのようであれば、平和になるのかもな・・・」

しかし、そう言う彼の目はどこか寂しげでもあった。
すると、カルロスはさらに話をつづけた。

「そういえば、明日は山に狩りや材木集めに行っていたグループが村に帰ってくる日だ・・・うちの村では山に行った者たちが帰ってくるときは総出で出迎えることにしていてね・・・その時は一緒に出迎えてくれ」

「はい!」

ハルたちはそのお願いを快諾した。

「それと・・・」

カルロスはさらに続けた。

「明日、ハル君と泣き虫娘とで模擬戦をやってもらうことにしたから」

「ぶーっ!!」
「えっ!?」

ハルは思わず飲んでいたスープを吐き出してしまい、ヴァイシュもそうとうおどろいた。

「ちょっと待ってください!僕なんかシロの相手になりません!!」

ハルは納得できないようだった。

「そうですよ・・・けがをさせてしまっても」

ヴァイシュもやんわりと勝負にならないことを伝えた。

「いや、それがそうでもないと思うんだけどな・・・でもまぁ、これはもう決定事項だから・・・条件は全力でやること・・・お互いの弱点を今日の夜にでも考えて・・・あ、そうだ・・・負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くとか言ったら少しは本気になるかな?」

カルロスはそう独り言じみたことを言うと席を立った。
そして、退出の直前にヴァイシュにくぎを刺した。

「くれぐれも今日のようなことはするなよ・・・たとえ相手がだれであってもだ」

「はい・・・」

それだけ言うと彼は部屋を後にした。



「えぇー・・・・」

ハルは未だに、明日の模擬戦が本当に行われるのか信じられずにいた。

「ハルさんの言う通りです!こんなバカげた話に付き合う必要ないですよ!」

「兄ちゃんには悪いけど・・・さすがに勝てないでしょ・・・」

アキとマルクもこの模擬戦には反対のようだった。
しかし、意外にもヴァイシュは違うようだった。

「私、本気でかかりますから・・・」

そう言うヴァイシュの目は本気だった。






その後、いつものごとく男女で部屋に分かれた。
明日も早いだろうから早々に休もうということになったのだ。

ちょうどその頃、男子の部屋では・・・

「兄ちゃん・・・明日の本気かよ・・・」

マルクは心配しているようだった。
それもそうだ。
ヴァイシュは士官学校次席の剣術の熟練者。
一方のハルは、今日数時間だけ稽古をした初心者。

勝負はする前から決まっているようなものだ。

「でも・・・拒否権はないみたいだよね・・・」

ハルは苦笑いで返した。

「ま、何はともあれ・・・こうなったからには全力でいくよ」

「気をつけろよ・・・相手はレージョンの元騎士団長だからな?」

「ああ・・・」

そんな風に話していると
突然ドアがノックする音が聞こえた。

「はーい」

ハルはそう言いがらドアを開けた。
するとそこにはヴァイシュが立っていた。

「少し、お話いいでしょうか・・・・」

いつになくもじもじした様子だったが、ハルはその誘いを快く受けた。





「今日はそれほど暑くないですし・・・外に行きませんか?」

「うん・・・」

ハルはヴァイシュに促されるっまま館を出た。
そして、館から少し歩いたところに小さな清流があった。

「ここ、私のお気に入りだった場所なんです・・・軍の人が迎えに来てくれるまで村で保護してもらっていた時はよくここに来ました・・・」

ヴァイシュが小川の辺でそうつぶやいた。

「本当にきれいだな・・・」

ハルは川の水を見ながら言った。
すると今度は、ヴァイシュが川の方を指さした。

「本当にきれいなのはこれからですよ」

そう言うと、川が鮮やかな黄色に染まった。

「蛍・・・きれいだ・・・」

ハルは笑みをこぼすと、そうぼそりとつぶやいた。

しかし、ハルには気になることがあった。
それは、ヴァイシュが話がしたいと言ってきたことだった。

「それで・・・話って?」

ハルは蛍を眺めたまま尋ねた。

「えええっと・・・実はレージョンの街でも蛍がこんな風にみられる場所があって・・・・って何言ってるんだろ私!」

ヴァイシュは珍しくどもりながらテンパっていた。
とりあえず、彼女に話を合わせようとハルは思った。

「日本でも・・・少し田舎に行けば見られるところがあったよ・・・時期はこことはちょっと違うけど・・・懐かしいなぁ・・・」

ハルは自然と父母や妹のユキのことが思い出された。
すると、ヴァイシュが少しだけ間をおいて尋ねてきた。

「ハルさんはやっぱり日本に帰りたいですか?」

ハルはアキにも同じことを聞かれたことを思い出した。
もちろん、答えはイエスだ。

「妹が待ってるからね・・・あいつにはもう僕しかいないから」

ヴァイシュは少し物憂げな顔をした。

「そうですか・・・そう、ですよね・・・」

その表情はどこか辛そうだった。
しかし、その時ミレーヌでマリーに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。


君は軍を辞めてから、人間らしくなったね・・・でも、何が起こるか分からないご時世だ。思いはきちんと伝えておくべきだと思うよ・・・


一瞬間を置くとヴァイシュはすぐに何かを決心したような表情になった。

「ハルさん!」

「はい!?」

ヴァイシュはいきなり大きな声でハルに呼び掛けた。
思わず、ハルも驚く。

「わ、私が明日の模擬戦で勝ったら・・・そ、その・・・私とずっと一緒にいてください!!」

「え・・・ええぇぇ!!」

ハルはさらに驚いてしまった。
これはなんだ。
いわゆる、告白というやつなのか・・・
っていうか、カルロスの冗談を真に受けて・・・

しかし、ヴァイシュのうつむいたままで震えている姿を見ると、彼女の気持ちを無下にはできなかった。

「分かった・・・その勝負受けるよ」

ハルはそう返した。

「あ・・・ありがとうございます!」

ヴァイシュは感極まった様子だった。

「それじゃ・・・指切りげんまんしよう」

ハルはそう言うと小指を差し出した。

「指切りげんまん?」

ヴァイシュは不思議そうな顔をした。
そうか、この世界にはないのかもしれない。

「こうやって小指と小指を結ぶんだ・・・」

「はい・・・」

すると、ハルは例の歌を歌った。

「指切りげんまん♪嘘ついたら針千本飲ーます♪指切った♪」

すると、ヴァイシュの顔が少し恐怖にゆがんだ。

「約束を破ると針千本飲むんですか・・・・?」

「日本に伝わるおまじないみたいなものだよ」

すると、ヴァイシュはクスリと笑った。

「それじゃあ・・・そろそろ戻るか」

「はい!」

そう言うと二人は館へと戻った。





そして、別れ際にヴァイシュはハルの方を向くと楽しそうな笑顔で話した。

「明日は本気でいきますから!」

ハルは彼女の嬉しそうな顔を見ると何だか憎めかった。

「もちろん、僕も本気でいくよ」

それだけ言うと、二人は各々の部屋に分かれた。

しかし、これでヴァイシュにはいよいよ負けられなくなった。
明日までに彼女の弱点を見出し、戦略を練らねばならない。

ハルは自身の手のひらを眺めると、ぎゅっと握りしめた。


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