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第4章 技術都市ミレーヌ

再会と離別

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ハルは、日の光を感じて目を覚ました。
昨日の豪雨はすっかりやんで、外は快晴であった。

Cクラスの部屋とあって、寝心地はまぁまぁではあったが、野宿の時よりかは幾分かましなようで体もそこまで痛くならなかった。

そんなことを考えて、例のことには触れないようにしようと思っていた。

すると、マルクもお目覚めのようで大きなあくびをして、背中を伸ばした。

「おはよう、兄ちゃん」

「ああ、おはよう」

そう挨拶を交わすと二人は着替え、一階にある食堂へと向かった。
ハルとマルクの二人が下りていくと、そこにはすでにアキとヴァイシュが席についていた。
どうやら彼女らも今降りてきたところのようだった。

すると、ウェイトレスが注文を取りに来た。
マルク以外の三人はモーニングセットを、マルクは少しがっつり目にベーコンを追加注文した。

すると、マルクが昨晩のことを尋ねてきた。

「そう言えば、昨日は帰りが遅かったけど・・・どこに行ってたんだよ」

ハルは、昨夜の出来事を思い出した。
議事堂での出来事はかなり興味深かったが、墓地での出来事はできれば触れたくなかった。
なので、議事堂での話だけをすることにした。

「実はミレーヌの議事堂に行っててね・・・その地下にとんでもない遺跡があったんだよ」

「本当に!?」

マルクの目が輝いた。

「ああ、マルクもつれてきていいかの約束もとりつけてきたから」

「やったぜ!」

彼は嬉々とした様子だった。

「ですが、よくそんな重要な場所に入れてもらえましたね」

だが、ヴァイシュは少しだけ引っかかるところがあるようだった。

「まぁ、たまたまコネがあったんだよ」

「そうなんですか」

しかし、それ以上は深く詮索するようなことはなかった。

朝食を取り終えた後、四人はミレーヌの中央図書館に行くことにした。
というのも、ミレーヌ中央図書館はロストテクノロジーやこの国の歴史に関する古文書の品ぞろえが良いと噂されているのだ。
これは行くほかあるまい、というのが四人の、殊にマルクの意見だった。





ミレーヌの中央図書館はホテルから徒歩十分。
わりと近所にあった。

その外観は石造りでがっちりといていて、立派なたたずまいであった。
四人は大きな木製の扉に手をかけると、図書館の中へと入った。

ユートピア屈指の図書館ということもあって、内装も整然とはしているものの非常に合理的な作りになっていた。
どこにどんな本があるのかは何となく分かった。

「とりあえず俺は歴史の古文書から見てくる!」

マルクはそう言い残すと勝手にどこかへ行ってしまった。

「ちょっとマルク!」

アキは一応制止を試みたが、効果は皆無だった。

ミレーヌはユートピアの中ではかなり民族差別の少ない地域であるとはいえ油断は禁物。
一応、三人は視界の片隅にマルクをとらえ続けていた。

そして、ハルたちも各々の調べたいことを始めようとした時だった。

「あれ?ハル君じゃないか!久しぶりだね!」

そう、背後から呼びかけてきたのはレージョンでお世話になった、ハサン・チャクマフだった。

「先生!お久しぶりです!」

ハルやアキ、ヴァイシュの驚きと嬉しさの表情に包まれた。

「ヴァイシュちゃんも結局ハル君たちと行動を共にすることができたようで安心したよ」

「その節はありがとうございました」

ヴァイシュは笑顔でお礼を言った。

しかしハルには気になることがあった。
それは、なぜ彼がここにいるのかということだった。

「先生はミレーヌには何をされに・・・?」

すると、ハサンは胸に抱えていた難しそうな医学書に目を落とした。

「ミレーヌの医療技術はウルマンを凌駕すると聞いてね・・・先日からこの図書館の医学書を読み漁っているのさ」

しかし、ハサンは少し疲れた様子だった。
その理由を尋ねると、どうもここの医学書にはユートピアの古文字が多く混じっていて、ところどころ読めない箇所があるらしい。
だが、ハルにとってはただの日本語。
そこで、ハルはその翻訳のお手伝いをすることになった。

「この文字はこういう読みがあるんです。へんやつくりで意味や読みがある程度予測できます」

「なるほど・・・」

ハルが翻訳に加わったこともあって、ものすごい速さで古文書が現代語訳されていった。

すると、ハルはその中に気になる一冊を見つけた。

それは大分くたびれていたが、どうやらミレーヌの歴史と近代の医学の発展について書かれたもののようだった。

「これは興味深い・・・」

ハルはさっそく中身を確認した。
しかし、同時にハルはこの本に出会ったことを後悔する羽目になるのだった。


その内容は驚くべきものだった。





執筆された時代は今から二百七十二年前で、ちょうど第二次ユートピア・ウルマン戦争が激化していた時期にあたった。

当時のユートピアも今と同じく帝国の体をなしていたようだ。
しかし、現在と異なるのはその国力だった。

この書物によると、ミレーヌの南約四キロを流れる川がウルマンとの国境であったらしい。

つまり、我々がいるこの地が国境沿いの街だったのだ。
書物には日々戦線を北へと押し上げるウルマン軍に怯えながら、また疫病にも冒されながら暮らす辛い住民の日常が綴られていた。

この記述を見たハサンは少しはにかみ、今では立場が逆転しているな、と皮肉を言った。

当時のウルマンは非常に野心的で、ミレーヌを占領の後、ここの技術を用いて一気に帝都ユートピアを攻め落とす算段であったようである。
実際、ミレーヌの北には険しいアルペ山脈があり、ユートピア帝国は援軍を送るのにはこの山を越える必要があったせいか、かなりの労力を費やしたようである。

そして、この年の冬にミレーヌはついにウルマン軍からの攻撃を受けることになった。
戦線はみるみる北上。
年明けには、市街地の南部を完全に占領されたらしい。

しかし、その年の春には一転。
ユートピアはミレーヌを奪還したのだ。
その輝かしい成功の裏には、とある医師の活躍があると書いてあった。



ハルはその記述を見た瞬間にハッとした。
昨晩見た、両親の名前が刻まれた墓石とここの記述がなぜか繋がってしまうのだ。



しかし、同時にこの詳細を読んでみたいという好奇心も少なからずあった。
ハルは恐る恐るページをめくった。

その医師の名は、橘シンジ・ミライと書かれていた。

ハルはやはりか、と思った。
だが、ここには両親の過去がある。
読むべきであると思った。




その医師の出身はウルマンと書かれていた。
しかし、これはおそらく間違いだろう。
なぜなら彼らは日本からこの世界に来たのだ。

記述によると橘夫妻は、ウルマンがミレーヌに侵攻を開始する年の一年前にウルマンから移住してきたようだった。
そして、見たこともない技で街から疫病を消し去ったと書かれていた。

また、彼らは医療行為の傍らで孤児などの面倒も見ていたようだった。

そういう生活を送っていたせいか、当時の住人からの評判はかなり良かったことが記述からうかがえた。




しかし、その年の冬。
ウルマン軍の進行とともに、夫妻の暮らす南側がウルマンの手に落ちた。

ウルマン軍は彼らにも兵隊の治療を命令、夫妻はこれを了承した。

だが、年が明けてから間もない日曜日の朝。
南側でミレーヌ側とウルマン軍との間で戦闘が発生。

軍人、一般人双方に甚大な被害が出た。

ウルマン軍は、橘夫妻に兵隊の治療を最優先にすることを命令したが、彼らはこれを拒否。
より、重傷度の大きかったミレーヌ住民の治療を最優先としたのだった。

このことは、ウルマン軍にとっては面白くないことであったらしく、その日の夜に夫妻は反逆罪で身柄を確保された。

そして二日後の夕方。
夫妻は見せしめのために処刑台に磔にされ、生きたまま焼き殺された。

しかし、このことはかえってミレーヌ住民の心に火をつけた。
ここから春にかけて、ユートピア側の猛攻が始まり、ミレーヌ南部の奪還につながった。
彼らはミレーヌの救世主であり、今後は英雄として語り継がれていくだろう。



橘夫妻の記述はここで終わっていた。

ハルは言葉を失った。
ここに書いてあることは本当なのだろうか。

「ハルさん・・・大丈夫ですか?」

アキが心配そうに尋ねた。

「・・・そっか、やっぱり・・・死んでたのか」

ハルは認めざるを得なかった。
しかし、両親の最期が壮絶なだけにもうまるで意味が分からなかった。

悲しさはある。
しかし、どこか現実離れしすぎていて実感がわかないのだ。
憎しみという感情も誰にぶつければいいのか。
両親を殺した軍の将校はもう二百年以上前に死んでいるのに。

そんなことが頭の中を巡った。

「どんなことが書いてあったんだい?」

しかし、ハサンは正直だ。
何も隠さない。
ただそこにある歴史を、事実を知りたいようだった。

こんなにも澄んだ瞳で尋ねられては、負の感情を表に出すわけにはいかなかった。

「ウルマンとの戦争からこの街を救った医者、シンジとミライの話が書いてありました・・・」

「なんと・・・彼らの話か」

ハサンは何か知っているようで、どこかしみじみとした様子だった。

「それと、信じてもらえないかもしれませんが・・・ここに書かれている医者の夫婦はおそらく僕の両親です」

ハルのその一言に、他の三人は驚きを隠せない様子だった。

それもそのはずだ。
なぜなら、この夫妻は生きたまま火炙りの系に処されたのだ。

「そんな・・・」

「・・・」

「痛ましい・・・」

特に、ハサンは苦虫を噛み潰したような表情だった。

「でも僕は、君の両親のことを尊敬するよ・・・自らの命を懸けてまで、何人たりとも差別することなく治療にあたったんだ・・・」

ハサンは目を瞑って、祈りを捧げていた。


すると、ヴァイシュもその名を聞いて口を開いた。

「シンジとミライの話は一部の有識者の間では有名です。身を挺して国を守った英雄として語り継がれています・・・しかし、若干神聖視されているせいか正確な人物像は分かっていないんです・・・」

「そっか・・・」

ハルは不謹慎ながらも少しだけ嬉しく思った。
最期は悲惨で、耐え難いものであったが、後世でもこんな風に慕われているなんて。
とても、懐かしい感触だった。


ハルたちの協力もあって、医学系の本の翻訳は大方進んだ。
あとはハサン一人でもできる作業だ。

「非常に興味深いことばかりだよ、ここは・・・・がんが遺伝子?によって起こる・・・分からないことだらけだ」

ハサンはそう言って笑って見せた。
しかし、説明しようにも遺伝子の概念については正直工学を専攻していたハルにとっては難しい問題だった。

すると今度はハサンが気になる情報を教えてくれた。

「君とレージョンで会ってから、僕も独自に君について調べてみたんだ・・・すると、面白いことが分かってね・・・」

彼はニヤリと笑って見せた。

「君は確か、日本というこの世界には存在しない国から来たと言っていたね?」

「はい・・・」

「実は今から七十八年前にも、君と似たような境遇の人がウルマンに突如として現れたんだよ」

その情報は、かなり有用だった。
なぜなら、ハルと同じ境遇の人は昨日佐藤ミカを名乗るAIから聞いた話しかなく、それは四百年以上も前の事だからだ。
七十八年前なら記録も残っているだろうし、ごく最近といっても過言ではない。

「彼の名前はウィリアム・スミスと言って、ウルマン医療近代化の父と言われているよ」

「ウィリアム・スミス・・・」

ハルは西洋系の名前に少し驚いた。

「彼は、それまで祈祷やら魔術やらといった非科学的な民間療法が横行していたウルマンに、学問として体系化された医学をもたらしたんだよ」

つまり、病気には科学的な原因があり、それをとり除くといった西洋医学的な思想をもたらしたということだ。

「さらに彼は医学のみならず、あらゆる学問に精通し、様々な予言を残してある日突然失踪したらしい」

「失踪した・・・?」

「ああ・・・それも、荷物なんかは全部残したまま、彼だけが忽然と消えていなくなったそうだ」

ハルは少し考えた。
昨夜、佐藤ミカから聞いた話を思い出す。
彼女とともにこの地に降り立った、十二人の乗組員たちは、この地で天寿を全うした者もいれば、ある日突然消えた者もいた。
すなわち、ウィリアム・スミスの話は後者の例と一致する。

つまり、元の世界に戻れたかどうかは分からないが、またどこか別の世界へ飛ばされるような事態になったということは確実だった。

「先生、ありがとうございます・・・これで、また元の世界に戻るヒントが見つかった気がします」

「こちらこそ、きみのおかげでまた新たな発見があった。これからもっと多くの人を救えるようになるよ」

その後、ハルたちはユートピアやウルマンの古文書を訳しながら一日を過ごした。
今日だけでかなりの訳の対応表を作ることができた。
この分なら、仮に今すぐハルがいなくなってもかなりの文書を翻訳することができるだろう。











一方その頃、ミレーヌ本部会館ではユートピア帝国の第三皇女ココローヌとミレーヌの要人たちが再び会談を行っていた。

「みなさん、今日もお集まりいただきありがとうございます」

プリンセスは丁寧挨拶をした。

「それで、石油の運用法はどこまで供与していただけますでしょうか?」

プリンセスは強気だった。

「そ、それは・・・」

一番年を取っていると思われる要人は少し返答を渋った。

「石油の精油方法と暖房システムまでなら可能かと・・・」

「そうですか・・・」

プリンセスはあまり納得しているようではなかった。

「私がうかがった話ですと、エンジン?というものがあれば馬車などはいらなくなり、レージョンからユートピアももっと近くなるうえに、ウルマンへも容易く行けるようになると・・・」

「・・・」

ミレーヌの要人たちは怪訝そうな顔をした。
このプリンセスは一体どこまで知っているのだろうか。

すると、ここで1人の男が声をあげた。

「石油の運用法は、暖房・発電の機能に限らず、駆動系まで供与するのはいかがでしょうか?」

ミレーヌにとっては裏切りとも取れる発言をしたのは、タチバナ・ゲンだった。

「タチバナ君!君は自分が何を言っているのか分かっているのかね!!」

要人たちは驚いた様子でざわめき始めた。

「皆さん落ち着いてください!まずはプリンセスの話を聞いてから判断願います!」

ゲンはそう言うと、プリンセスに話をするよう促した。

「まず、ミレーヌの方々が抱いている心配はもっともであると思います。事実蒸気機関技術は軍事転用されております」

ミレーヌの要人たちはしばしプリンセスの話を聞いた。

「ですが、それを超える利益が民にもたらされるのであれば石油関係の技術は供与すべきであると考えるのです!」

すると他の者が少しだけ憤りをこめて声を荒らげた。

「それならば、また石油技術も軍事転用され数多の人々の命を奪うだけではないか!!」

しかし、プリンセスは話を続けた。

「たしかに、それでは意味がありません。現行の条件では確実にそうなるでしょう・・・・そこで、私が考えたのはライセンス生産です」

「ライセンス生産?」

聞きなれない言葉に要人たちは戸惑った。

「はい、これは端的に言うと機密性の高い部分はミレーヌでのみ生産し、それ以外の部品などをミレーヌの許可の下にユートピアで生産するというものです」

「ほう、なるほど・・・」

「こうすることで技術の根本は外部に漏出する危険性を下げることができます」

つまり、重要な部分はミレーヌ側が保持できるというシステムだ。

しかし、これには問題点がいくつかある。

それは、ブラックボックス部分の技術を研究され、技術を盗まれる可能性。
加えて、武力による圧力がかけられる可能性だ。

だが、プリンセスは怯むことなく返答した。

「解決策は考えております」

「ほう、なるほど」

要人たちはすこし彼女の話に興味が湧いてきていた。

「精油技術と石油輸出の全権限をミレーヌに譲渡することです」

彼女のその発言に要人たちはざわめき始めた。
なぜなら、その案は根本的にユートピアにメリットがほぼ無いに等しいからだ。

「殿下はそれを本気でおっしゃっておられるのか?」

長老は疑心暗鬼になっていた。
あまりにもユートピアの要求としては謙虚すぎる。

しかし、プリンセスは笑顔を返した。

「ええ、もちろん。私が次期国王となり、あなた達に信用に足る国であると認めてもらえるまではライセンス生産を採用するつもりです・・・」

すると、その場にいたゲンもプリンセスを擁護しはじめた。

「確かに、石油関連の技術供与は危険かもしれない・・・ですが、それを踏まえてもメリットがあるはずです」

しかし、ほかの者達は猛反対し始める。
ただ、今まで幾度と裏切られてきたミレーヌにとっては当たり前の反抗だった。

しかし、プリンセスはまっすぐと澄んだ目で長老のことを見つめた。
彼女の虜になるには、時間はいらなかった。

「分かった、殿下のおっしゃる通りにしてみよう」

長老のその言葉にほかの要人たちは動揺を隠せなかった。

「ただし!」

すると、長老は当たりのざわめきを切り裂くように条件を提示した。

「ミレーヌが今後の帝国のやり方を気に入らなければ、この協定は破棄する・・・それでもよろしいですかな」

年配の男の強い発言だが、プリンセスは臆することなく、それどころか口元を上げて自信満々な様子で返答した。

「もちろん。契約成立ですね」

そう言うとプリンセスは立ち上がり、右手を差し出した。
そして、長老と固い握手を交わしたのだった。








そして、夕刻。
ハルたちは昨日来た工場にやって来ていた。

「こんばんは、今日も来てくれたんですね」

青年は嬉しそうな様子で話しかけてきた。

「昨日言われた点を改善してみたんですが・・・といっても電子制御の部分だけなんですけど」

ハルは少しだけその回路を見せてもらった。
昨日と大きくは変わらないが、同じ機能を保ったまま回路が簡潔化されていた。

「それに、燃焼効率を自動で読み取って貫入空気の量を調節するプログラムも組んでみたんです」

青年はそう言うと画面に映し出されたコマンドを見せて来た。

「ん~・・・これは何のプログラミング言語なんだ・・・」

ハルは文字の並びや改行の感じから画面にあるのが何かのコマンドであるのは理解できるが、それが何を規定して、命令しているのかまでは分からなかった。

「そうですか・・・ここは自分の力で改良していくしかなさそうですね」

青年は制御盤のある区画の蓋を閉じるとそう言った。

一方のアキとマルクとヴァイシュの三人は二人の会話について行けずぽかんとした様子だった。

「これが、昨日乗った自動車?ってものを動かす動力なんですか?生き物じゃないのにモノを引っ張れるんですか?」

アキが不思議そうに尋ねた。

「確かにこれただの鉄の塊だよな・・・」

「ええ・・・」

マルクとヴァイシュもかなり疑っていた。

すると、今度は青年がまたエンジンをいじり始めると少し得意げな様子で尋ねた。

「このエンジンが動くところ、見たくありませんか??」

ハルは、こいつがどんな風に動くのかものすごく気になっていたところなので、わくわくが止まらなくなってしまった。

「うん!見たい!!」

すると、青年はカギ穴にキーを差し込んだ。

「それじゃあ行きますよ・・・」

青年はそう言うとそのカギを右に回した。
すると、そのエンジンはものすごい轟音をたてて、黒い煙を上げながら回転を始めた。

「出力上げますね」

青年はそう言うと燃料貫入量と空気貫入量の調節レバーを動かした。
エンジンは超高速回転運動へと移行した。

すると、妹のリカが作業場にすっ飛んできて叫んだ。

「兄さん!!うるさーーい!!近所迷惑でしょ!!!」

青年は慌てた様子でエンジンを止めた。

「ごめんごめん、つい嬉しくなって出力を・・・」

「これだから機械オタクは・・・」

リカはそう言うとまた居住スペースに戻っていった。
気のせいか、ハルも睨まれたような気がした。

そして、ハルが不意に三人の方を見ると、ヴァイシュは剣を抜いて構えており、アキとマルクも彼女にしがみついて震えていた。

「な、何なんだ!この鉄の塊は!!」

ヴァイシュはそう叫ぶといつでも攻撃できる姿勢をとった。
完全に瞳孔が開いている。

「シロ!大丈夫だから落ち着いて!」

ハルがなだめると彼女は次第に落ち着きを取り戻していった。
すると、ちょうどその時ゲンが帰って来た。

「お前、またやってるのか・・・」

ゲンは少し呆れた様子だった。
そして、すぐにハルたちがいることに気が付いた。

「君たち・・・来ていたのか」

「はい・・・エンジンの様子が気になって・・・」

ハルはそう言うと、少し笑顔になった。

「血は争えないようだな・・・」

ゲンはそう言うと、エンジンの様子を観察した。

「まだ、燃焼効率にムラがある・・・もっと改良できるはずだ」

すると、ゲンはハルたちの前へと立った。

「幸い、仕事が早く片付いてね・・・今日なら先日の約束を守れそうなんだが」

「本当ですか!?」

ハルは喜んだ。
なにせおそらくこの国でも一位二位を争うほど貴重な人工知能をヴァイシュとマルクに見せてあげられるのだ。
最高の遺産であるのは間違いない。
一行はゲンの車で中央議事堂を目指すことにした。








そして、ハルたちは中央議事堂の地下へとやってきた。
今日はヴァイシュもマルクもいる。

ハルたちが部屋に入るやいなや、AIがすぐさま話しかけてきた。

「あなたは先日の・・・お待ちしておりましたよ」

心なしか彼女も嬉しそうだった。

そして、この国の成り立ちを
この世界の変遷を
マルクは可能な限りAI、改め佐藤ミカの過去の記憶に尋ねた。

ミカの機嫌もいいようで、マルクにかなりの情報を教えた。
しかし、 彼女にも限界があるようだった。というのも、彼女がこのAIを構築したあとの時代や文化については人と話すことによる学習によって得たものだからだ。ゆえに、絶対的に正しいものでは無く、むしろミレーヌの歴代の要人たちによる主観の入った歴史であることを注意した。

「これは、かなり参考になったよ・・・これで帝都にある文書と照らし合わせれば、ある程度の正しい歴史が明らかになる!」

マルクは自身の夢にときめいていた。
実際、彼はおそらく後世に語り継がれるほど優秀な考古学者、歴史学者になるだろう。

そして、一通りAIとの会話が済んだ時だった。

ヴァイシュが突然剣を抜き、叫んだ。

「そこにいるのは何者だ!」

すると、物陰から現れたのは目元にマスクをつけた男だった。
そう、ちょうど赤いザクに乗ってるあの人のような仮面だった。
背はちょうどハルと同じくらいだ。

「流石は白虎と言われたお方だ・・・私の存在にお気づきになるとは」

ヴァイシュは涼しい顔で佇んでいた。
しかし、ハルは知っている。
この状態のヴァイシュが一番ヤバいと。

「仮面の君!ここがミレーヌの最高機密の場所であるのを知っててここにいるのかね?」

「もちろん!先日もお邪魔してはいたが・・・なかなかに興味深い情報を得られたよ」

どうやら彼は、前にハルとアキとだけできた時にもここに潜入していたようだった。

「ここで君を生きて返すことは出来なくなったようだな・・・」

ゲンはそう言うと、背中にある緊急事態を知らせるボタンを押そうとした。
しかし、それは仮面の男によって阻止された。

なんと彼は拳銃を発砲したのだ。

銃弾はゲンの右腕に当たっていた。


「ぐわあっ!!」

「ゲンさん!」

ハルは慌てて彼に駆け寄った。

「大丈夫・・・かすり傷だ、しかし貴様!その技術・・・どこから手に入れた!!」

ゲンは右腕を押さえながら叫んだ。

「はっはっは・・・どこってミレーヌからですよ・・・そして、この技術はもう帝国にも渡っている!」

「貴様・・・帝国の回し者か・・・プリンセスを信じた私が間違いだったか・・・」

ゲンは自らの決断を悔やんだ。
しかし、ゲンの発言に対し仮面の男の表情が変わった。
仮面越しだが、その変化は手にとるようにハルにも分かった。

「・・・私が帝国の回し者だと・・・ふざけるな!!・・・私ほど帝国を憎む男はこの世には存在しない!!」

その豹変ぶりに一同は驚きを隠せなかった。
そして、一呼吸おいて再び仮面の男が話し始めた。

「ふっ・・・少々見苦しいところをお見せしてしまったようですね・・・」

男はそう言うと仮面に手を当てた。
そして、今度は銃口をアキに向けた。

「そこの女・・・私と一緒に来てもらう」

「待て!人質なら僕が」

「黙れ・・・それを決めるのは私だ」

ハルの提案は即座に却下された。
しかし、ハルにはもう一つ気になることがあった。
それはアキがこの男が現れてから終始、放心状態の如く立ちすくんでいることだった。

だが、ハルたちに選択肢はなかった。
アキもそれを悟っていたのか、仮面の男に言われるがまま彼の元へとゆっくり歩き始めた。

「アキ!」

「・・・・」

ハルは大声で叫んだ。
しかし、アキはそれを無視して仮面の男の方へと歩いて行った。
それはまるで、催眠術でもかけられているかのようだった。
そして、アキはその男の元まで行くと、くるりとこちらを向いた。

「くれぐれも私の邪魔はしてくれるなよ?」

そういうと仮面の男は、部屋の入口まで後ずさりした。
そして、仮面の男が部屋を出ようとした時だった。

「お前!アキに指一本触れてみろ!・・・ただでは済まさないからな!!」

ハルは鬼の形相で叫んだ。

「はっはっは!おもしろい!・・・まぁ、せいぜい頑張ってくれたまえ」

仮面の男はそう言うとドアの向こうに姿をくらました。



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