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第4章 技術都市ミレーヌ

異世界のタチバナ

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ルーマから北に百キロ。
ハルたちはエウロパ大陸の足こと、ルーマ半島の北部。
急峻なアルペ山脈の麓町であるミレーヌへとやって来ていた。

「あれが、うわさに聞くアルペ山脈・・・」

マルクは北にそびえたつ四千メートル級の山々を見てそうつぶやいた。
アルペの峰はまるで刃物のように鋭く、何人たりとも寄せ付けない神々しさを持っていた。

ここミレーヌはアルペの向こう側にある帝都ユートピアに向かうにあたって大きな補給ができる最後の街ということもあって、商人や旅人たちがあちらこちらにいた。

しかし、この街には驚くべきことがまだあった。
それは、この町に住む人々の髪色が暗い茶色や栗色であったことである。

以前にも述べたが、この世界には主に二系統の髪色がある。

一つ目はジャルマン系と言われる人々で、これはエウロパ大陸にもともと住んでいた人種である。
特長としては白い肌に金やクリーム、銀や白と言ったかなり明るい毛色を持つ人々だ。
現実世界で言えばかなり髪色の薄いスラブ系の人々に近いだろう。

そして、二つ目はエフイカ系と言われる人々で、エフイカ大陸に住む人々である。
彼らはの特徴としては薄橙から褐色の肌に、赤や青、桃色や緑といった鮮やかな色の毛色を持っている。
現実世界では赤髪で目鼻立ちのはっきりしたアジア人に近いかもしれない。

すなわち、アキはジャルマン系カターヌ人。マルクはエフイカ系カターヌ人。ヴァイシュはジャルマン系ユートピア人。
ということになる。

いろいろと説明臭くなったが、要するに暗色の髪色はこの世界にはほとんど存在しないのだ。
それゆえに、ハルが奇異の目にさらされているのも当然といえる。
だからこそ、この街の住人たちは世界的にみると特異であると言えこのどちらの系統にも分類することができないのだ。

「ここに住む人たちはみんな茶色い髪をしているんだね・・・」

ハルはぼそりとつぶやいた。

「はい、どうしてかは分からないのですがここの人々は茶色の髪と目をもって生まれてきます。ですが・・・」

ヴァイシュは話をつづけた。

ユートピアでは知恵の神ミーカは信仰対象であることは以前にも述べた。
ミーカが黒髪であったことから、いつしかここミレーヌの人々を神聖視することにもつながったのだが、ミレーヌの人々はそのように扱われることを嫌悪し、長らく外界との接触を断って独自のコミュニティーを築いていたらしい。
しかし、四半世紀ほど前にユートピア帝国の国力の増大によって街を開くことを強制させられたようである。
かつてはアルペの山を迂回してユートピアとルーマを移動していたのが、ミレーヌの開放によりその移動が随分と楽になったのだとか。

さらにここの人々は極めて高い水準の教育と技術を有しており、ユートピア本国でも成しえない科学技術や医療技術を半世紀以上も前から使用し、独自の暦や文字を操っているという謎多き民族であった。


「とりあえず・・・今日の宿でも探そうか・・・」

「そうですね」

アキはハルの提案に同意した。

そして、しばらく歩くとメインストリートから一本入ったところによさげな宿を一軒見つけた。

「ようこそ、アルペの峰へ!ご予約のお客様ですか?」

そう元気よく挨拶をしてきたのはかなり暗い茶色の髪をした少女だった。

「いえ、予約はしてないんですけど・・・二部屋空いてますか?あ、一番安いやつ・・・」

「えっと・・・一番お安いということになりますとこちらのCクラスのお部屋になります。料金は一泊ユートピア銀貨2枚です」

「じゃあそれでお願いします」

「では・・・こちらに宿泊する方のお名前をご記入ください」

そして、ハルがそこに自身の名前を書いた時だった。

「うそ・・・奇遇ですね!」

フロントの少女は少しうれしそうにそう言った。

「私もタチバナって言うんです!同じ名前の人初めて見ました!」

ハルは一瞬固まった。
この世界に、自分と同じ苗字の人間がいるものなのか、と。

「偶然だね・・・僕も驚いたよ」

「ミレーヌ出身なんですか?」

少女はまた質問を投げかけてきた。

「いや、遠い異国から来たんだよ」

ハルはあたり障りのない返事をした。
この街にはハルがなぜこの世界にやって来たのかの理由とこの世界の真理があるのかもしれない。

 「荷物もあるし、とりあえず部屋を案内してください」

「かしこまりました、ではこちらへ」

4人はその少女のあとについて行った。
そして、ロビーを横切り、階段をのぼろうとしたときだった。

「ハルさん?こんなところで会うなんて!」

目の前にいたのは、帝国のプリンセス。
ココローヌ・ウィッチノーセ・ユートピアだった。
もちろん、護衛のマリーもだ。

タチバナ少女は慌てふためいた様子で背筋を伸ばし頭をたれた。
ハルたちもそれにつづく。

「皆さん、そんなに畏まらないでください・・・」

すると、ココローヌは何かに気がついた。

「あなたは、レージョンの騎士団長では?」

彼女はヴァイシュのことを知っていたのだ。

「はい、つい先月までそうでした。しかし、今はこのハル殿と共に旅をしております」

ヴァイシュは緊張した面持ちで返答した。

「そうですか、良い旅になるといいですね。では、このマリーと久しぶりの再会になるわけですか。」

「はい・・・」

どうやら、ヴァイシュとマリーとは古い知り合いのようであった。

「あとで、時間を作らせます。募る話もあるでしょうから」

「ありがたく存じます」

そして、ココローヌはヴァイシュと話終えると、再びハルに話しかけ始めた。

「ハルさんはここへはどういう了見でいらしたのかしら・・・」

「はい、実は私たちは遺跡調査を行っておりまして・・・帝都の調査の前の補給でこの街に滞在している次第です」

まさか、元の世界に戻る方法を探してるとか、ましてやアキの兄を探してるなんてことは言えず、一番無難なマルクの旅の目的を話した。

「そうでしたか、調査の方も捗るといいですね」

「はい」

「では、私は公務がありますので・・・」

ココローヌはそう言って颯爽とその場を立ち去った。

「まさか、こんなところで会うとは・・・」

ハルはそう言うとアキの様子を伺っていた。
実際、前科があるし慎重になるのも仕方が無いところもある。

だが、幸いにもアキの機嫌に変わりはなかった。

そして、4人は二組に分かれて部屋へと入った。




マルクは部屋に入るとすぐにベッドに飛び込んだ。

「あー!疲れたぁ・・・まぁCクラスならこんなもんだろ」

マルクはベッドの質を評価していた。

「お疲れ様・・・ルーマからここまでは結構距離があったからね。これでも久しぶりのベッドだから僕は嬉しいけど」

「それはそうと、兄ちゃん今日はこれからどうすんだ?」

「そうだなぁ・・・とりあえず街を散策しようかなって思ってるけど」

ハルはノープランだった。

「それなら兄ちゃんにオススメの場所があるぜ!町工場が密集してる地区があるんだけど、そこで作られる部品はすごく精巧で有名なんだぜ!皇室が使ってる時計に使われてるとか」

マルクのその話にハルのエンジニアとしての血が騒いだ。

「ありがとう、あとで行ってみるよ・・・マルクは・・・?」

「俺はルーマの遺跡の翻訳作業がまだ少し残ってるし、それに機械を見に行くんだったら遺跡を見に行った方が楽しいからな・・・」

「そっか・・・」






一方、アキとヴァイシュの部屋。
2人は荷解きをしながら話していた。

「こんなところまでプリンセスは足を伸ばしているんですね」

アキは少し驚いた様子だった。

「おそらく、ミレーヌテクノロジーの開示交渉に来たのでしょう」

「ミレーヌテクノロジー?」

アキは不思議そうな様子で尋ねた。

ミレーヌは先で説明したとおり、高度な科学技術を持っている。
現在、このエウロパ大陸の先端技術となっている蒸気機関も、もともとはユートピア本国がミレーヌに圧力をかけたことで手に入れた技術だ。

この蒸気機関技術の発明、もとい強奪によって軍事力で劣勢を強いられてきたユートピア帝国は一気に攻勢へと立場を変えた。

そして、おそらく。
先日のルーマでの新型兵器。
ハルが「拳銃」と称したあの武器も、ミレーヌテクノロジーであると想像される。

今まで火薬を詰め、火をつけるという作業から、銃にあのような使い方は無かった。
しかし、薬莢と無煙火薬の技術があればその作業をいっぺんに、かつ瞬間的に行えるようになる。
もはや剣や弓などは役に立たなくなるのだ。

そして、蒸気機関の技術を譲渡した今なおミレーヌの技術的優勢は変わらない。
つまり、それはミレーヌがまだ更なるテクノロジーを保有していることに他ならないのだ。

「つまり、プリンセスはその更なるテクノロジーの交渉に来たということですか?」

「おそらく・・・」

アキは呆気にとられた。
自身も王家の人間として、精一杯やってきたつもりだったが、ユートピアとの差をまざまざと見せつけられた。
これでは、そもそも勝つ負けるという土俵にカターヌ王国は乗っていないのだ。

しかし、プリンセスのこともそうであるが、アキにはもう一つ気がかりなことがあった。

「ヴァイシュさんは、あの金髪の護衛の方とお知り合いなんですか?」

すると、ヴァイシュは少し口元を緩ませて話し始めた。

「はい・・・士官学校時代の同期です。彼女はいつも主席で、そして私はいつも次席でした」

アキはルーマでの出来事を思い出した。
それは、ロバート・ユーフラテス中尉の言葉だった。

「金獅子と白虎・・・」

「ふふ・・・よく覚えていますね。確かに私はこの形ですし、彼女もあの形ですからそんな風に呼ばれていました。まぁ、彼は万年三位だったのでブロンズ君ってあだ名でしたけどね」

ヴァイシュは白虎の由来である、自身の綺麗な白い髪の毛を撫でながらそう答えた。

すると、誰かが二人の部屋をノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとそこにはハルが立っていた。

「これから情報取集もかねてちょっと散策に出ようと思うんだけど・・・」

ハルはどうやら二人を誘っているようだった。

「では、私が・・・」

ヴァイシュが名乗りを上げようとした時だった。

「私が行きます」

アキがヴァイシュが声を上げるのと同時にそれを制すように、名乗り出た。

「それじゃあ、シロにはマルクの方をお願いするよ」

「分かりました」

そういうわけで、ハルとアキ。マルクとヴァイシュという組み合わせで今日は過ごすことになった。










一方、その頃ミレーヌの中心街にあるミレーヌ本部会館では、ユートピアの姫とミレーヌの代表者との会談が始まろうとしていた。

ココローヌは大きな会議室に通され、ミレーヌの要人数名と向かい合う形で座っていた。
付き添いのマリーはココローヌの三歩後ろで控えている。

「今日はカターヌからはるばる来ていただき・・・さぞかしお疲れでしょう」

ミレーヌの要人の中でも中心人物的な老いた男が話を切り出した。

「いえ、完成したばかりの皇室専用の蒸気機関車の乗り心地は素晴らしいもので・・・むしろ日々の疲れが癒されたほどです。これも、ミレーヌの皆様の蒸気機関技術の賜物です」

プリンセス・ココローヌは笑顔でそう返した。

「我々の技術が平和的に使っていただけているのであれば喜ばしいことです・・・ですが」

男の表情は言動と一致していなかった。

「ええ、あなた方の仰りたいことは承知しているつもりです。蒸気機関の技術が平和利用されていない、ということでしょう?」

「まぁ、その・・・そういうことになります」

男の表情は曇っていた。

「確かに、蒸気機関技術は我々に革新的な軍事的飛躍をもたらしたのは事実です・・・しかし、工場や鉄道、炭鉱などに使われ人々の生活が国全体として豊かになっているという事実も評価していただきたいところではあります」

ココローヌは相変わらず笑顔だった。

「それに、最近エフイカ大陸の北部から面白いものが発掘されたのです」

「・・・」

男の顔は一体何が発掘されたのか、何か良くない予感がしていた。

「一見石のように見えるのですが・・・どうやらその中には油が詰め込まれているようで・・・それがとてもよく燃えるそうなんです」

「・・・!?」

プリンセス・ココローヌの言葉にミレーヌの要人たちの顔に驚きの表情が表れた。

「ミレーヌの方々ならそれをどんな風に使うのか・・・ご存じなのではないですか?」

男の顔はますます渋くなった。

「・・・我々はそれを石油と呼んでいますが・・・確かに、利用方法はいろいろあります・・・」

「では、それをまた私たちに教授していただけないでしょうか?」

笑顔のプリンセスの瞳の奥には交渉人としての炎が燃えていた。

「しかし、十年前の蒸気機関技術供与の条件がきちんと履行されているとは思えない・・・そんな状況では石油の応用技術をお教えすることはできません」

男はきっぱりと断った。
しかし、プリンセスも諦めはしなかった。

「では、我々ユートピア帝の意向には従えないということですね・・・?」

「・・・いえ、必ずしもそう言うわけでは・・・」

男は曖昧な返事をした。
というのも、皇室の意向に反抗すれば反逆罪で罰せられる可能性があるからである。

「確かに、ミレーヌの方は大変知識が豊富で、平和を愛していると思います」

プリンセスは唐突にミレーヌを称賛した。
だが、いいことを先に言うということはそのあとには悪いことが続く。

「ですが、賢明ではないようですね・・・私たちは技術でミレーヌに劣ろうとも、強いですよ?」

すると、要人の中でも最も若い男が声を上げた。

「また、武力で我々を脅すのですか!?」

「タチバナ君!無礼であるぞ!!」

老いた男が若い男を叱責した。

「うちの若い者が申し訳ない・・・」

「いえ、お気になさらないでください・・・彼の言っていることは尤もです。ですが、私たちにも余裕があるわけではありませんから、交渉のカードの一つとしてミレーヌへの圧力があるとご理解ください」

すると、今まで笑顔だったプリンセスが急に真剣な面持ちになった。

「ここまではユートピアの特使としての話です。ここからは私個人の考えとしてお聞きください・・・」

老いた男はプリンセスの話術に引き込まれていた。

「私は今の帝国のやり方を必ずしも是とはしていません。むしろ、軍事的戦略では父上と真っ向からぶつかっています」

現皇帝への反逆ともとれる発言に要人たちからは驚きの表情がうかがえた。

「私はこれ以上の拡大は帝国自体を滅ぼすと考えています。しかし、ミレーヌの技術があれば帝国を豊かにすることができるとも考えているのです」

「ですが・・・新たな技術は、新たな争いを生みますよ」

老いた男は、まるでこれから起こることが分かっているかのような口ぶりで警告した。

「それは承知の上です。ですが、我々人類は歩みを止めるべきではないと思うのです」

彼女の言葉には力強さがあった。

「信用してください、といってもできないかもしれません・・・でも、この国を思う気持ちは誰にも負けません。必ず、この国を豊かにしてみせます」

一瞬会議室は静寂に包まれた。
いつの間にか要人たちはプリンセスの演説に聞き入ってしまっていたのだ。

「今日は、ご挨拶に参上した次第ですし・・・ここからの議論は明日以降の本会議で」

プリンセスはそう言うと、出された紅茶を飲みほした。
そして、使用人がプリンセスと要人たちの椅子を引くと、両者は互いに起立した。

「良い結果を楽しみにしています」

プリンセスは白い手袋を脱ぐと右手を差し出した。
その手は一国のプリンセスとしてではなく、ひとりの交渉人として差し出されたものだった。

その意図をくみ取った老いた男は、彼女の手を取り握手を交わした。


プリンセスが会議室を出て行った後、取り残された要人たちはほっとした様子でいた。
各々、
相手が相手ゆえに緊張して様だった。

しかし、一番老いた長の男だけは空のティーカップを見ていた。

「まったく・・・たいしたお方だよ、プリンセスは・・・」

男はそうつぶやくと会議室を後にした。







時刻は夕刻。
街をふらふらしていたハルとアキは、少し細くなった路地の精密工業の密集する地区へ来ていた。
通りのウインドウには時計や測量機器などの精密機械やその部品が並んでいた。

「これは・・・すごい技術ですね。カターヌにもこれほどまでに精巧な部品を作れる職人は・・・」

アキはガラス越しに商品を見ながらつぶやいた。

「本当にすごい」

ハルも感心していた。

すると、店の中から一人の青年が出てきた。

「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」

その店主もまた暗い髪色をしていた。

「いえ、あまりに精巧な部品たちだったのでつい・・・見とれていました」

同じ技術者としてハルは心の底から彼を褒めたたえた。

「あ、ありがとうございます・・・」

その店主も照れくさそうにはにかんだ。

「もし、よかったら・・・工場を見せていただけませんか?」

「ええ、もちろん」

その店主はそう言うと、ハルたちを店の奥へと連れて行ってくれた。
店の奥には、細い鉄の針がたくさんあった。

「これは・・・注射針?」

「はい、僕たちの工場では代々注射針を作っているんです。特に最近はウルマンからの受注も多くて結構回転率を上げて生産しているんですよ」

ハルは不意にハサンのことを思い出した。
ウルマンでは医療技術が進歩してきており、注射針の需要も増えているようだった。

すると、今度はアキが興味深そうなものを見つけた。

「あれは何ですか?」

アキの指さす方には鉄の塊があった。

「はい、あれは・・・」

しかし、店主が答えるよりも前にハルが声を上げた。

「あれは、エンジン・・・」

「よくご存じですね!あれは人々がミレーヌテクノロジーと呼んでいるものの一つです。現在、ミレーヌの一部の界隈でよく使用されているのは直列型というエンジンですが・・・」

「でもこれは、V型の八気筒ディーゼルエンジン」

「・・・」

店主は驚いた様子だった。

「しかも、水冷式で電気系統の制御盤まである・・・これは21世紀にあってもおかしくないレベルのエンジンだ・・・」

しかし、ハルも同時に驚いていた。
現代の日本にあるような技術が、まじないや呪いを信じているこの国に存在していたのだ。

「君は一体何者なんだ?」
「あなたは一体何者なんですか?」

ハルと店主はお互いに質問した。

「これは、ミレーヌの人でも知っている人はごくわずかです・・・しかも、ミレーヌの機密工業品いわゆるミレーヌテクノロジーの生産は完全分業制でどこかの工場が独占して生産することができないような仕組みになっているのに・・・なぜあなたはこれを見ただけで、その機構を正確に言い当てることができるのですか?」

店主は怪訝そうな様子で尋ねた。

「実は僕もエンジニアでね・・・とはいってもプログラミングなんかでソフトウェア設計するのが専門だったんだけど」

ハルは正直に答えた。

「しかし、ミレーヌの技術は僕が知る限り世界一だ・・・ここの技術を超える国が他に・・・あるというのか?」

「まぁ、エンジンならヨーロッパでもアメリカでもどこでも作っているけど・・・」

ハルのどこの国でも作っているという言葉に店主は愕然としたようだった。

「バカな・・・そんなはずは・・・」

すると、今度はハルがエンジンのシリンダーをいじりながら話し始めた。

「ここのシリンダー・・・ほかの部品はかなり精密に作られているけどここだけ少し精密さに欠ける・・・このまま高速回転させたら燃焼不良や筒の破損を誘発するよ」

「!?」

店主は目が点になった。

「確かに・・・そこのシリンダーは、前請け負っていた主人が亡くなってからロストテクノロジーとなっていた部分です。それで、僕の工場がシリンダー部分も請け負うことになって・・・なにせ、初めてだったもので・・・」

「なるほどね・・・でも、シリンダーの可動部分の機構をもっと単純にすることと、合金の割合とか炭素配合率を変えると、もっとよくなると思うよ」

ハルは改良のアドバイスをした。

すると、アキがシリンダーをしゅぽしゅぽと動かし始めた。

「ハルさん、この鉄の筒と円柱に棒がついたようなもので何ができるというのですか?」

アキはエンジンが何に使われるものなのかよく分かっていないようだった。

「その鉄の塊があればもっと重い鉄の塊を動かしたり、電気を起こしたり、いろんなことができるんだ。もう、人や馬が荷車を引く必要はなくなるし、船だって帆がなくても、鉄道だってあんな煙突がなくても動かせるようになるんだ」

「そ、そんなにすごい技術なんですか!?世紀の大発明じゃないですか!!」

アキは少し興奮しているようだった。

「あ、そろそろ店じまいの時間か・・・」

すると店主が店のドアのカーテンを閉めた。

「じゃあ、僕たちもそろそろ帰ろうか」

ハルたちもホテルに戻ることにした。
すると、店主が帰り際にハルに話しかけた。

「また是非、うちに来てください・・・その、あなたの意見を参考にしたいんです」

「こちらこそ、またよろしくお願いします」

そう言ってあいさつを交わすと、ハルたちは店を後にした。




そして、店を出てから細い路地を歩いていると、向かいから見覚えのある人が近づいてきた。
その人はハルが宿泊いているホテルのフロントの少女だった。

「あ・・・」

「君は・・・」

互いを認識すると両者は立ち話を始めた。

「ハルさんですよね・・・観光ですか?」

「ああ、あそこの店の工場を見学させてもらってたんですよ」

すると、その少女は驚いた様子でいた。

「あそこ、私の実家なんですよ・・・なんだか、運命のようなものを感じますね」

「名前も同じですしね・・・」

アキもこんな偶然があるのだろうかという顔をした。

「ミレーヌにいる間はまた訪ねさせてもらうかもしれないから・・・その時はよろしくね」

「はい、いつでもいらしてください」

そんな会話をしハルとアキとその少女は別れた。







ハルたちが去ってから数分、先ほどの店の表のドアが開く音がした。

「お帰り、リカ」

店主はそう声を上げた。

「ただいま兄さん・・・」

「仕事はのほうはどうだ?もう慣れたか?」

「うん、何とか・・・あ、それはそうと今そこで私のとこのホテルのお客さんに会ったわ」

「ひょっとして、黒髪の?」

「ええ」

店の店主はまた驚いた。

「なんだお前、あの方と知り合いだったのか?」

「知り合いっていうか・・・名前が同じだったから覚えてたの」

リカと呼ばれた少女は上着を脱ぎながら話した。

「名前が同じ・・・?」

店主は不思議そうな顔をした。

「今日は驚かされっぱなしだな・・・とりあえず飯にするか」

「うん!」

兄妹はそう言うとダイニングへと入っていった。





一方、ハルとアキはホテルへの路地を歩いていていた。

「ハルさん・・・あの人の名前・・・」

「ああ・・・偶然とは思えない」

ハルは自分と同じ姓を持つ者がこの街に少なくとも祖父の代から住んでいるということに運命を感じた。

「きっと、この街にはなぜ僕がこの世界に来たかの答えがある・・・そんな気がするんだ」

ハルは何か、自分の目には見えない大いなるものに導かれているような気分になった。

そして、二人は話をしているうちにホテルの入り口までやってきた。

「とりあえず今日はもう休もうか・・・」

ハルがそう言って、ホテルに入ろうとした時だった。

「お兄様・・・?」

アキが不意につぶやいた。

「お兄様っ!!」

すると、アキは道路の反対側に向かって駆け出した。

「アキ!危ないっ!!」

ハルはとっさにアキの腕を引っ張った。
次の瞬間、ユートピアではまだかなりめずらしい自動車がハルたちの目の前を横切った。

「はっ・・・」

アキは少し冷静さを取り戻したようだった。
ハルが行動を起こしていなければ、アキは今頃車の下敷きになっていたであろう。

「いきなりどうしたんだよ・・・危うく死ぬところだったぞ!」

しかし、アキの心はここにあらずといった様子だった。

「あの、鉄の荷車にお兄様が・・・いた気がしたんです」

「・・・・」

ハルはなにも返す言葉が見つからなかった。
というのも、ハルはカターヌ王朝の末路を知っている。

アキの兄が生きているという可能性は、あまり高くないと考えていたのだ。
むしろ、アキが誰かを兄と見間違えたと考える方が妥当だ。

「本当にお兄さんだったのかい・・・?」

少し間をおいてハルは尋ねた。

「・・・分かりません・・・ただ、なんとなくお兄様のような気がしたのです」

しかし、こんなやり取りをしている間にその車はとっくにここを走り去っていた。

「とりあえず日も落ちたし、今日はもう一旦ホテルで休もう・・・その、お兄さんの情報収集も遺跡調査とかと並行してやるからさ」

「はい・・・」

アキは少しシュンとした様子だったが、どこか希望のひかりが彼女の瞳に映ったようだった。
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