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第1章 ハル、異世界にいく
メシナの奇跡
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カターヌ島の最大の港町メシナ。
アキは今、その街の郊外を馬車で走っていた。
「で・・・メシナのどこに行けばいいんだ?」
カターヌ街道でアキを乗せてくれたおじさんは尋ねた。
「港まで・・・お願いできますか?」
「分かったよ・・・」
そう言うと馬車は中心街を目指した。
目ではもう港を捉えている。
もう少し、あと少しで。
アキはまたハルに会えるかもしれないという期待を抱くと同時に、間に合わないのではないかという不安も抱いていた。
おじさんは見ず知らずの、嫌いであるはずのユートピア人である私をここまで連れてきてくれた。
バロンも老馬できっと辛いだろうけど、懸命に走ってくれている。
いろんな人のおかげで私は今ここにいる。
アキは今、猛烈に胸の中が熱くなっていた。
そんないろんな感情が身体中を駆け巡るなか、馬車は中心街を抜けて、いよいよ港の方へと差し掛かっていた。
しかし、ここに来てアキの前に大きな壁が立ちはだかった。
なんと、街の大通りが祭りの市場に使用されており、馬車のような車両が通れないようになっていたのだ。
そっか・・・・今週はメシナの豊漁祭なんだ。
アキは、長らく外界とまともに関わってこなかったせいで、今の季節は初夏、程度にしか日付を意識してこなかったのである。
それが今、裏目に出てしまった。
「嬢ちゃん・・・多分迂回するより、自分で走っていった方が早いぞ」
おじさんは、そう提案した。
迷っている時間はなかった。
アキは、馬車を飛び降りた。
「ここまで連れてきていただきありがとうございました!」
アキはおじさんに深々と頭を下げた。
「バロンもありがとうね」
さらに、バロンの頬をそっとなででお礼を言った。
「今日のお礼は・・・いつか必ず!」
アキは大きな声でそう言うと港へと急いだ。
「はぁ・・・せわしねぇ娘だな・・・何だか昔のお前を思い出したよ」
そのおじさんは女性もののネックレスにそう語りかけると、自分の仕事に戻った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
アキは人ごみをかき分けて、港を目指した。
今はおそらくちょうど、船が出港するころだろ思われる。
その嫌な予感は当たり、辺りには船の大きな汽笛の音が鳴り響いた。
ボーっというまるで大きな動物が吠えたような音だ。
「待って!」
アキはそう叫びながら港へと駆け込んだ。
ハルが乗っているであろう船は黒煙をもくもくとあげて大きな桟橋から離れつつあった。
「待って!お願い!」
アキは転ぶ勢いで角を曲がると、その大きな桟橋を全力疾走した。
「待って!」
次の瞬間、アキは足をとられ思い切り前方に転倒した。
痛い、ものすごく痛かった。
起き上がるときにすり傷だらけの自分の腕や手のひらが目に入った。
ああ、なんて情けないんだろう。
アキはまた泣いていた。
本当は、人が恋しくて恋しくてたまらなかった。
また独りになるのが怖くて仕方がなかった。
それなのに、強がって、素直になれなくて。
ハルの精一杯の誘いも断ってしまった。
自分は強くなんてない。
色々なものから抜け出すのが怖いだけの弱虫だったのだ。
船がだんだんと遠くなっていく。
アキは取り返しのつかないことをしてしまったと思った。
そして、その場にへたり込むと両手で目を抑えて泣いた。
船の整備士か、積み荷を降ろす作業員かは分からないが、周辺の人は奇妙なものを見るような目でアキのことを見ていた。
でも、もうそんなのはどうでもよかった。
「私も・・・あなたについて・・・行きたかった」
アキは思っていたことが自然と言葉に出ていた。
でも、もうその言葉を言うには遅すぎることも知っていた。
涙が止まらなかった。
貯水槽が決壊したように、今まで堪えてきた分が流れ続けた。
「待ってーー!」
すると、その時へたり込むアキのすぐ横をそう叫びながら、男がどたどたと走っていった。
「あぁ・・・行っちゃったかぁ・・・」
男はもう桟橋から数百メートル先を航行する船を見るとあきらめた様子でそう言った。
その声をアキは知っていた。
アキは思わず顔を上げて、その男の方を見る。
濃い紺のスーツと言われるこの世界ではあまりなじみのない服。
そして、何より漆黒の髪と瞳。
そこに立っていた男は紛れもなく、橘ハルだった。
「あれ・・・アキ?何でこんなところに・・・ていうか、え?泣いてる?」
ハルも突然のことに驚いた様子だった。
「あ・・・あぁ・・・」
アキはそんな言葉にならない声を発しながらゆっくりと立ち上がった。
「アキ・・・大丈夫かい・・・そんなにぼろb」
「うわああああぁぁぁぁ!」
アキはハルの心配を無視して、彼に飛びついた。
いつもなら、心が自らを律し制してくれるのだが、今日はなんだかおかしかった。
アキはハルにしがみついて、顔を彼の胸に押し付けて泣いた。
アキのその様子は年不相応なほど幼く見えた。
ハルも最初は驚いている様子だったが、次第に状況を理解したのか、最終的にはそっと手をアキの背に回していた。
その後、ハルはアキがあまりにひどい恰好をしていたので、服をメシナの街の服屋で一着購入しプレゼントした。
アキは小動物のようにその場でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
そして、傷だらけの身体を癒すためにも、二人は一旦カターヌの街へと帰ることになった。
その道中、アキは歩きながら寝るという所業に出たので、ハルは仕方なく彼女を背負って歩いた。
運動不足のハルにとって、それはなかなかの苦行だったが、なんだか今はアキの重さが幸せだった。
すると、突然ハルは街道を通る馬車から声をかけられた。
「お・・・あんたはさっきの嬢ちゃんじゃねぇか?」
そこにいたのは、今日アキをメシナの街まで連れてきてくれたおじさんだった。
アキはすっかり寝入っていたため、おじさんの問いかけには反応できなかった。
「あなたは・・・?」
「俺はさっきその嬢ちゃんをメシナまで乗せて行ってやった者だが・・・」
ハルは正直意外に思った。
なぜなら、馬車の主はエフイカ系ウルマン人だったからだ。
「兄ちゃん・・・どこまで行くんだ?」
「カターヌの街ですけど・・・」
「近くを通っていくが乗ってくか?」
疲労困憊状態だったハルに、彼の申し出を断る理由はなかった。
「その様子だと・・・嬢ちゃんは間に合ったみてぇだな」
そのおじさんはまっすぐ前を向いたまま言った。
一方のアキはハルの隣ですやすやと寝息を立てている。
「あの・・・僕のこと・・・悪魔って言わないんですね」
ハルは思わず、思っていたことを尋ねてしまった。
「あぁ・・・あいにく、神様ってやつを信じるのはやめたんでね」
おじさんはどこか遠くを見たままそう言った。
馬車に乗ってからはあっという間だった。
ほんの数十分でカターヌの街に着いたのだ。
「ありがとうございました」
「おう・・・それじゃ達者でな」
二人はそれだけを交わすと別れた。
おじさんはカターヌ街道を南に、ハルはカターヌの中心街へと向かった。
カターヌの街はろうそくのほのかな明かりに包まれていた。
日本の夜みたいな鋭い光ではない、自然な光だ。
西の空は真っ赤に染まり、東の空には大きくて明るい月が昇り始めていた。
月の明かりってこんなに明るいんだな、とハルは初めて知った。
懐中電灯なんかなくてもアキの家へと続く道ははっきりと見えた。
何だか、アキと出会った時のようで思わず感慨にふけってしまう。
そして、気が付くと水の音が聞こえていた。
それと同時にハルは安心した。
「アキ・・・着いたよ」
ハルは優しく語り掛けるも、彼女は目を覚まさなかった。
ハルはアキを背負ったまま家の中に入ると、彼女を寝室のベッドまで運んだ。
きっと、何キロも走り続けて疲れているのだろう。
ハルは、彼女の寝顔に懐かしさを感じながらそう思った。
そして、リビングルームに戻ると暖炉の前のロッキングチェアーに腰を下ろした。
窓の外に映る月はさっきよりも高いところまで昇っていて、さらに輝きを増していた。
月は現実世界、異世界問わず美しかった。
「・・・ただいま」
ハルはぼそりとそう言うと、そのまま夢の世界へと誘われてしまった。
アキは今、その街の郊外を馬車で走っていた。
「で・・・メシナのどこに行けばいいんだ?」
カターヌ街道でアキを乗せてくれたおじさんは尋ねた。
「港まで・・・お願いできますか?」
「分かったよ・・・」
そう言うと馬車は中心街を目指した。
目ではもう港を捉えている。
もう少し、あと少しで。
アキはまたハルに会えるかもしれないという期待を抱くと同時に、間に合わないのではないかという不安も抱いていた。
おじさんは見ず知らずの、嫌いであるはずのユートピア人である私をここまで連れてきてくれた。
バロンも老馬できっと辛いだろうけど、懸命に走ってくれている。
いろんな人のおかげで私は今ここにいる。
アキは今、猛烈に胸の中が熱くなっていた。
そんないろんな感情が身体中を駆け巡るなか、馬車は中心街を抜けて、いよいよ港の方へと差し掛かっていた。
しかし、ここに来てアキの前に大きな壁が立ちはだかった。
なんと、街の大通りが祭りの市場に使用されており、馬車のような車両が通れないようになっていたのだ。
そっか・・・・今週はメシナの豊漁祭なんだ。
アキは、長らく外界とまともに関わってこなかったせいで、今の季節は初夏、程度にしか日付を意識してこなかったのである。
それが今、裏目に出てしまった。
「嬢ちゃん・・・多分迂回するより、自分で走っていった方が早いぞ」
おじさんは、そう提案した。
迷っている時間はなかった。
アキは、馬車を飛び降りた。
「ここまで連れてきていただきありがとうございました!」
アキはおじさんに深々と頭を下げた。
「バロンもありがとうね」
さらに、バロンの頬をそっとなででお礼を言った。
「今日のお礼は・・・いつか必ず!」
アキは大きな声でそう言うと港へと急いだ。
「はぁ・・・せわしねぇ娘だな・・・何だか昔のお前を思い出したよ」
そのおじさんは女性もののネックレスにそう語りかけると、自分の仕事に戻った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
アキは人ごみをかき分けて、港を目指した。
今はおそらくちょうど、船が出港するころだろ思われる。
その嫌な予感は当たり、辺りには船の大きな汽笛の音が鳴り響いた。
ボーっというまるで大きな動物が吠えたような音だ。
「待って!」
アキはそう叫びながら港へと駆け込んだ。
ハルが乗っているであろう船は黒煙をもくもくとあげて大きな桟橋から離れつつあった。
「待って!お願い!」
アキは転ぶ勢いで角を曲がると、その大きな桟橋を全力疾走した。
「待って!」
次の瞬間、アキは足をとられ思い切り前方に転倒した。
痛い、ものすごく痛かった。
起き上がるときにすり傷だらけの自分の腕や手のひらが目に入った。
ああ、なんて情けないんだろう。
アキはまた泣いていた。
本当は、人が恋しくて恋しくてたまらなかった。
また独りになるのが怖くて仕方がなかった。
それなのに、強がって、素直になれなくて。
ハルの精一杯の誘いも断ってしまった。
自分は強くなんてない。
色々なものから抜け出すのが怖いだけの弱虫だったのだ。
船がだんだんと遠くなっていく。
アキは取り返しのつかないことをしてしまったと思った。
そして、その場にへたり込むと両手で目を抑えて泣いた。
船の整備士か、積み荷を降ろす作業員かは分からないが、周辺の人は奇妙なものを見るような目でアキのことを見ていた。
でも、もうそんなのはどうでもよかった。
「私も・・・あなたについて・・・行きたかった」
アキは思っていたことが自然と言葉に出ていた。
でも、もうその言葉を言うには遅すぎることも知っていた。
涙が止まらなかった。
貯水槽が決壊したように、今まで堪えてきた分が流れ続けた。
「待ってーー!」
すると、その時へたり込むアキのすぐ横をそう叫びながら、男がどたどたと走っていった。
「あぁ・・・行っちゃったかぁ・・・」
男はもう桟橋から数百メートル先を航行する船を見るとあきらめた様子でそう言った。
その声をアキは知っていた。
アキは思わず顔を上げて、その男の方を見る。
濃い紺のスーツと言われるこの世界ではあまりなじみのない服。
そして、何より漆黒の髪と瞳。
そこに立っていた男は紛れもなく、橘ハルだった。
「あれ・・・アキ?何でこんなところに・・・ていうか、え?泣いてる?」
ハルも突然のことに驚いた様子だった。
「あ・・・あぁ・・・」
アキはそんな言葉にならない声を発しながらゆっくりと立ち上がった。
「アキ・・・大丈夫かい・・・そんなにぼろb」
「うわああああぁぁぁぁ!」
アキはハルの心配を無視して、彼に飛びついた。
いつもなら、心が自らを律し制してくれるのだが、今日はなんだかおかしかった。
アキはハルにしがみついて、顔を彼の胸に押し付けて泣いた。
アキのその様子は年不相応なほど幼く見えた。
ハルも最初は驚いている様子だったが、次第に状況を理解したのか、最終的にはそっと手をアキの背に回していた。
その後、ハルはアキがあまりにひどい恰好をしていたので、服をメシナの街の服屋で一着購入しプレゼントした。
アキは小動物のようにその場でぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
そして、傷だらけの身体を癒すためにも、二人は一旦カターヌの街へと帰ることになった。
その道中、アキは歩きながら寝るという所業に出たので、ハルは仕方なく彼女を背負って歩いた。
運動不足のハルにとって、それはなかなかの苦行だったが、なんだか今はアキの重さが幸せだった。
すると、突然ハルは街道を通る馬車から声をかけられた。
「お・・・あんたはさっきの嬢ちゃんじゃねぇか?」
そこにいたのは、今日アキをメシナの街まで連れてきてくれたおじさんだった。
アキはすっかり寝入っていたため、おじさんの問いかけには反応できなかった。
「あなたは・・・?」
「俺はさっきその嬢ちゃんをメシナまで乗せて行ってやった者だが・・・」
ハルは正直意外に思った。
なぜなら、馬車の主はエフイカ系ウルマン人だったからだ。
「兄ちゃん・・・どこまで行くんだ?」
「カターヌの街ですけど・・・」
「近くを通っていくが乗ってくか?」
疲労困憊状態だったハルに、彼の申し出を断る理由はなかった。
「その様子だと・・・嬢ちゃんは間に合ったみてぇだな」
そのおじさんはまっすぐ前を向いたまま言った。
一方のアキはハルの隣ですやすやと寝息を立てている。
「あの・・・僕のこと・・・悪魔って言わないんですね」
ハルは思わず、思っていたことを尋ねてしまった。
「あぁ・・・あいにく、神様ってやつを信じるのはやめたんでね」
おじさんはどこか遠くを見たままそう言った。
馬車に乗ってからはあっという間だった。
ほんの数十分でカターヌの街に着いたのだ。
「ありがとうございました」
「おう・・・それじゃ達者でな」
二人はそれだけを交わすと別れた。
おじさんはカターヌ街道を南に、ハルはカターヌの中心街へと向かった。
カターヌの街はろうそくのほのかな明かりに包まれていた。
日本の夜みたいな鋭い光ではない、自然な光だ。
西の空は真っ赤に染まり、東の空には大きくて明るい月が昇り始めていた。
月の明かりってこんなに明るいんだな、とハルは初めて知った。
懐中電灯なんかなくてもアキの家へと続く道ははっきりと見えた。
何だか、アキと出会った時のようで思わず感慨にふけってしまう。
そして、気が付くと水の音が聞こえていた。
それと同時にハルは安心した。
「アキ・・・着いたよ」
ハルは優しく語り掛けるも、彼女は目を覚まさなかった。
ハルはアキを背負ったまま家の中に入ると、彼女を寝室のベッドまで運んだ。
きっと、何キロも走り続けて疲れているのだろう。
ハルは、彼女の寝顔に懐かしさを感じながらそう思った。
そして、リビングルームに戻ると暖炉の前のロッキングチェアーに腰を下ろした。
窓の外に映る月はさっきよりも高いところまで昇っていて、さらに輝きを増していた。
月は現実世界、異世界問わず美しかった。
「・・・ただいま」
ハルはぼそりとそう言うと、そのまま夢の世界へと誘われてしまった。
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