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第1章 ハル、異世界にいく
ハル、会社をクビになる
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春。
それは、出会いや芽生えの季節。
そしてなにより、ハルが一番好きな季節でもある。
最近では毎朝、窓を開けて、外の空気を吸って、そして、お天道様におはようの挨拶をする。
それがハルの日課になっていた。
だけど、ハルがそんな風にして浮かれるのにも理由があった。
それは、彼の最愛の家族である妹のユキが高校に入学したことだった。
入学してからまだ一週間程度しかたっていないが、楽しげな様子で通学する彼女を見ているとハルの方までなんだか楽しい気分になるのだ。
それに、彼女のスクールライフをサポートする為にもきっちり働いて、きっちり稼がなくてはならない。
彼は春という新しい季節を迎えて改めて身の引き締まる思いだった。
そんな充実した日々を送っていた・・・・はずなのに。
どうしてこんなことになったのだろうか・・・
時をさかのぼること約12時間。
今日もハルはいつものように会社へと出社していた。
彼の職業はいわゆるエンジニアとかメカニックとかいうやつで、朝礼を終えるとラボに籠ってパソコンを片手に試作機の調整をしていた。
ちなみに彼の勤める会社は大手企業の傘下で、それなりの先端技術を扱っており、お給金も同年代の社会人から見ると多い額をもらっていた。
まぁそんな恵まれた環境の中、彼は通常通りに午前中の仕事を終え、昼休みに入ろうとしていた。
だが、くしくもハルの人生を狂わす張本人がラボに現れたのもこの時だったのである。
その人は容姿端麗でおまけにかなり仕事ができそうな女性だった。
彼女はどうやら監査の人らしく、ラボの中のあらゆるものを物色してはしきりにメモを取っていた。
しかし、最初こそ大人しくしていたものの、時が経つにつれて彼女は施設の管理のことや業績のことなどについて苦言を言うようになっていた。
正直、自分とさして歳も変わらなさそうな女の人に色々と説教されるのはハルにとって面白いことではなかった。
ハルは心の中でひたすら、横暴だーとか、パワハラだーと叫んでいた。
そんな思いが顔に出てしまったのか、ハルは運悪く彼女の標的にされてしまった。
「あなた・・・何かもの言いたげな顔ね」
「い、いえ・・・・」
ハルは当然声をかけられた驚きのあまり、うつむいたまま曖昧な返答をした。
しかし、どうやらこの態度が彼女の癇に障ったようで・・・
「あなた・・・私を一之瀬ココロと心得てそんな態度取ってるの?」
「え・・・ダジャレですか?」
ハルは彼女のいっていることがいまいちよく分からなかった。
だからハルは助けを求める意味で、ふと彼女の後ろにいた部長の佐々木さんの方に目をやった。
しかし、気のせいか佐々木さんの顔が青ざめているように見える。
ココロってひょっとするとこの子の名前じゃ・・・ハルはしまったと思った。
どうやらその考えは正しかったようで、彼女はうつむいたまま小刻みに震えていた。
「ちょっと!どうなってるのよ佐々木ぃ!」
彼女はハルに背を向けたかと思うと、突然佐々木さんを怒鳴りつけた。
「一之瀬さん、すみません・・・私からも彼にちゃんと言っておきますから・・・ほら橘君も謝って」
「す、すみませんでした・・・・」
ハルは佐々木さんに促されるままに頭を下げた。
しかし、彼女の怒りはまだ収まらないようで、悪態も段々とひどくなっていった。
そして、怒りの矛先は佐々木さんにも向くことになり、ああだこうだと説教を垂れ始めた。
正直、ハルは黙って頭を下げているので精一杯だった。
「大体、佐々木がダメダメだからこんなダメダメ社員が生まれるのよ!このダメ人間!」
今まで、ただ嵐が過ぎ去るのを黙って待っていたハルだったが、その言葉を聞いた時、心の中で何かが切れる音がした。
「あなた・・・いい加減にしてくださいよっ!」
気が付くとハルは机を叩いてそう叫んでいた。
辺りは一瞬静寂に包まれる。
しかし、ハルの怒りはとどまることを知らなかった。
「僕が怒られるのは構わない・・・でも、佐々木さんがダメ人間呼ばわりされることにはどうにも納得がいかない!大体、監査の人だか何だか知らないけど何様のつもりなんですか!あんたの方がよっぽどダメ人間じゃないかっ!」
言い終えた後、ハルは決まった、と思った。
一方の彼女はというと先程の威勢はなく、目に涙を浮かべて震えていた。
どうやら効果はてきめんのようだ。
「もう知らない!評価Cつけてやるーうわああぁぁぁん!」
彼女は突然そのような捨て台詞を吐きながらラボを飛び出していった。
「ふぅー・・・」
ハルは小悪魔退治の仕事を終え安堵のため息をついた。
しかし、佐々木さんの顔色は一向に良くなる気配がなかった。
「どうかしましたか・・・佐々木さん」
「橘君・・・君は大変なことをやらかしてしまいましたよ・・・」
「え・・・?」
ハルは佐々木さんが何を言っているのかよく分からなかった。
「橘君・・・一之瀬の名前に聞き覚えは・・・?」
「一之瀬、一之瀬・・・・・ああっ!!」
ハルは自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。
「橘君・・・こればっかりは私でも庇いきる自信はないよ・・・」
佐々木さんはそれだけ言い残すとラボを出て行ってしまった。
そして、ハルはその場に崩れ落ちた。
そう、何を隠そうこの会社は一之瀬グループの傘下の企業なのだ。
つまり、ハルは社長令嬢に暴言を浴びせたあげく泣かせたということになる。
まぁ、そこから先の展開は容易に想像がつくだろう。
決まっていたのはかっこいいセリフではなく、ハルの解雇だったのだ。
それも、その日の夕方付けという異例のスピード解雇だ。
佐々木さんも自分を庇ったせいでハルが解雇されたことに後味の悪さを感じているようで、しきりに謝ってくれた。
しかし、佐々木さんに謝られても何も問題は解決しない。
そこにあるのは、無職という悲しい現実だけだった。
そういうわけで、絶賛職なしのハルは夜の街をさまよったあげく、家に帰るやいなや自室で引きこもりをしているのだ。
妹のユキも彼のことを気にかけてくれているのか、ドア越しにお風呂は?とか、ご飯は?とか尋ねてくるのだが、今はそのありがたい問いに答える気力もなかった。
しばらくするとユキもあきらめたようで、気が付くとドアの前から人の気配がなくなっていた。
「ああ・・・最低だな僕・・・・」
ハルは自分の不甲斐なさに腹が立った。
八つも年下のユキに気をつかわせて・・・本当に情けなかった。
こんな日は早々に寝てしまうに限る。
そう思ったハルはベッドの上に倒れこんだ。
しかし、どうにも寝付けない。
目を閉じれば、将来の不安を感じた。
まぁ不安を感じるといっても、幸いハルたちには両親が残してくれた貯金やこの家という財産があった。
だけど、どうにもハルは進んでそれを使う気にはなれないのだ。
出来れば、両親の功労を切り崩すようなまねはしたくないし、ましてこの家を換金するなんてことは論外だった。
それは、橘家の家長としてのプライドでもあった。
そんな風に思いを巡らせているうちに夜が更け、時刻は日付をまたごうとしていた。
ちょうどその時、ハルは窓からは月の光が差し込んでいることに気が付いた。
何だかそれは、現実とはどこか違う神秘性を放っていた。
例えるなら、異世界への入口のような・・・何とも言えない感じだ。
「異世界・・・」
ハルは心で思ったことを口に出してみた。
そして、それと同時に彼はこの間ネットサーフィンをしていてたまたま見つけた都市伝説のことを思いだしたのだ。
その都市伝説とはずばり「異世界に行く方法」であった。
ハルはすかさず手元にあったスマホでその内容を調べてみた。
すると、それは案外簡単であることが分かった。
六芒星の中の六角形に赤い字で「飽きた」と書きこんで枕の下にいれて寝る・・・ただそれだけだった。
元来ハルは、こういったオカルトチックなことを信じるタイプの人間ではない。
というのも、彼はあくまでエンジニアという科学的な立場にいる人間だからである。
しかし、今は正直こんなオカルトにもすがってしまうような心理状態だったのだ。
ただ、現実から逃れたかったのだ。
今は何もかも忘れて、明日になったらユキに正直に全部話そう。そして、不当な解雇に断固抗議すべく法律事務所に行こう。
ハルはそう心の中で呟くと、例の紙を枕の下に入れて床についた。
それは、出会いや芽生えの季節。
そしてなにより、ハルが一番好きな季節でもある。
最近では毎朝、窓を開けて、外の空気を吸って、そして、お天道様におはようの挨拶をする。
それがハルの日課になっていた。
だけど、ハルがそんな風にして浮かれるのにも理由があった。
それは、彼の最愛の家族である妹のユキが高校に入学したことだった。
入学してからまだ一週間程度しかたっていないが、楽しげな様子で通学する彼女を見ているとハルの方までなんだか楽しい気分になるのだ。
それに、彼女のスクールライフをサポートする為にもきっちり働いて、きっちり稼がなくてはならない。
彼は春という新しい季節を迎えて改めて身の引き締まる思いだった。
そんな充実した日々を送っていた・・・・はずなのに。
どうしてこんなことになったのだろうか・・・
時をさかのぼること約12時間。
今日もハルはいつものように会社へと出社していた。
彼の職業はいわゆるエンジニアとかメカニックとかいうやつで、朝礼を終えるとラボに籠ってパソコンを片手に試作機の調整をしていた。
ちなみに彼の勤める会社は大手企業の傘下で、それなりの先端技術を扱っており、お給金も同年代の社会人から見ると多い額をもらっていた。
まぁそんな恵まれた環境の中、彼は通常通りに午前中の仕事を終え、昼休みに入ろうとしていた。
だが、くしくもハルの人生を狂わす張本人がラボに現れたのもこの時だったのである。
その人は容姿端麗でおまけにかなり仕事ができそうな女性だった。
彼女はどうやら監査の人らしく、ラボの中のあらゆるものを物色してはしきりにメモを取っていた。
しかし、最初こそ大人しくしていたものの、時が経つにつれて彼女は施設の管理のことや業績のことなどについて苦言を言うようになっていた。
正直、自分とさして歳も変わらなさそうな女の人に色々と説教されるのはハルにとって面白いことではなかった。
ハルは心の中でひたすら、横暴だーとか、パワハラだーと叫んでいた。
そんな思いが顔に出てしまったのか、ハルは運悪く彼女の標的にされてしまった。
「あなた・・・何かもの言いたげな顔ね」
「い、いえ・・・・」
ハルは当然声をかけられた驚きのあまり、うつむいたまま曖昧な返答をした。
しかし、どうやらこの態度が彼女の癇に障ったようで・・・
「あなた・・・私を一之瀬ココロと心得てそんな態度取ってるの?」
「え・・・ダジャレですか?」
ハルは彼女のいっていることがいまいちよく分からなかった。
だからハルは助けを求める意味で、ふと彼女の後ろにいた部長の佐々木さんの方に目をやった。
しかし、気のせいか佐々木さんの顔が青ざめているように見える。
ココロってひょっとするとこの子の名前じゃ・・・ハルはしまったと思った。
どうやらその考えは正しかったようで、彼女はうつむいたまま小刻みに震えていた。
「ちょっと!どうなってるのよ佐々木ぃ!」
彼女はハルに背を向けたかと思うと、突然佐々木さんを怒鳴りつけた。
「一之瀬さん、すみません・・・私からも彼にちゃんと言っておきますから・・・ほら橘君も謝って」
「す、すみませんでした・・・・」
ハルは佐々木さんに促されるままに頭を下げた。
しかし、彼女の怒りはまだ収まらないようで、悪態も段々とひどくなっていった。
そして、怒りの矛先は佐々木さんにも向くことになり、ああだこうだと説教を垂れ始めた。
正直、ハルは黙って頭を下げているので精一杯だった。
「大体、佐々木がダメダメだからこんなダメダメ社員が生まれるのよ!このダメ人間!」
今まで、ただ嵐が過ぎ去るのを黙って待っていたハルだったが、その言葉を聞いた時、心の中で何かが切れる音がした。
「あなた・・・いい加減にしてくださいよっ!」
気が付くとハルは机を叩いてそう叫んでいた。
辺りは一瞬静寂に包まれる。
しかし、ハルの怒りはとどまることを知らなかった。
「僕が怒られるのは構わない・・・でも、佐々木さんがダメ人間呼ばわりされることにはどうにも納得がいかない!大体、監査の人だか何だか知らないけど何様のつもりなんですか!あんたの方がよっぽどダメ人間じゃないかっ!」
言い終えた後、ハルは決まった、と思った。
一方の彼女はというと先程の威勢はなく、目に涙を浮かべて震えていた。
どうやら効果はてきめんのようだ。
「もう知らない!評価Cつけてやるーうわああぁぁぁん!」
彼女は突然そのような捨て台詞を吐きながらラボを飛び出していった。
「ふぅー・・・」
ハルは小悪魔退治の仕事を終え安堵のため息をついた。
しかし、佐々木さんの顔色は一向に良くなる気配がなかった。
「どうかしましたか・・・佐々木さん」
「橘君・・・君は大変なことをやらかしてしまいましたよ・・・」
「え・・・?」
ハルは佐々木さんが何を言っているのかよく分からなかった。
「橘君・・・一之瀬の名前に聞き覚えは・・・?」
「一之瀬、一之瀬・・・・・ああっ!!」
ハルは自分の顔から血の気が引いて行くのを感じた。
「橘君・・・こればっかりは私でも庇いきる自信はないよ・・・」
佐々木さんはそれだけ言い残すとラボを出て行ってしまった。
そして、ハルはその場に崩れ落ちた。
そう、何を隠そうこの会社は一之瀬グループの傘下の企業なのだ。
つまり、ハルは社長令嬢に暴言を浴びせたあげく泣かせたということになる。
まぁ、そこから先の展開は容易に想像がつくだろう。
決まっていたのはかっこいいセリフではなく、ハルの解雇だったのだ。
それも、その日の夕方付けという異例のスピード解雇だ。
佐々木さんも自分を庇ったせいでハルが解雇されたことに後味の悪さを感じているようで、しきりに謝ってくれた。
しかし、佐々木さんに謝られても何も問題は解決しない。
そこにあるのは、無職という悲しい現実だけだった。
そういうわけで、絶賛職なしのハルは夜の街をさまよったあげく、家に帰るやいなや自室で引きこもりをしているのだ。
妹のユキも彼のことを気にかけてくれているのか、ドア越しにお風呂は?とか、ご飯は?とか尋ねてくるのだが、今はそのありがたい問いに答える気力もなかった。
しばらくするとユキもあきらめたようで、気が付くとドアの前から人の気配がなくなっていた。
「ああ・・・最低だな僕・・・・」
ハルは自分の不甲斐なさに腹が立った。
八つも年下のユキに気をつかわせて・・・本当に情けなかった。
こんな日は早々に寝てしまうに限る。
そう思ったハルはベッドの上に倒れこんだ。
しかし、どうにも寝付けない。
目を閉じれば、将来の不安を感じた。
まぁ不安を感じるといっても、幸いハルたちには両親が残してくれた貯金やこの家という財産があった。
だけど、どうにもハルは進んでそれを使う気にはなれないのだ。
出来れば、両親の功労を切り崩すようなまねはしたくないし、ましてこの家を換金するなんてことは論外だった。
それは、橘家の家長としてのプライドでもあった。
そんな風に思いを巡らせているうちに夜が更け、時刻は日付をまたごうとしていた。
ちょうどその時、ハルは窓からは月の光が差し込んでいることに気が付いた。
何だかそれは、現実とはどこか違う神秘性を放っていた。
例えるなら、異世界への入口のような・・・何とも言えない感じだ。
「異世界・・・」
ハルは心で思ったことを口に出してみた。
そして、それと同時に彼はこの間ネットサーフィンをしていてたまたま見つけた都市伝説のことを思いだしたのだ。
その都市伝説とはずばり「異世界に行く方法」であった。
ハルはすかさず手元にあったスマホでその内容を調べてみた。
すると、それは案外簡単であることが分かった。
六芒星の中の六角形に赤い字で「飽きた」と書きこんで枕の下にいれて寝る・・・ただそれだけだった。
元来ハルは、こういったオカルトチックなことを信じるタイプの人間ではない。
というのも、彼はあくまでエンジニアという科学的な立場にいる人間だからである。
しかし、今は正直こんなオカルトにもすがってしまうような心理状態だったのだ。
ただ、現実から逃れたかったのだ。
今は何もかも忘れて、明日になったらユキに正直に全部話そう。そして、不当な解雇に断固抗議すべく法律事務所に行こう。
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