北峯山荘殺人事件

麻鈴いちか

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真夜中の来訪者

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~~2階・タスキの部屋~~

   「少ししみるぞ……」

カズチカはそう言うとタスキの傷口を消毒した。
手当する彼の周りにはメンバーたちが不安そうな様子でいる。

   「タスキ…死んだりしないよね……」

ケイナが弱々しい声で尋ねる。

   「大丈夫……死なせないから……」

カズチカはそう言うと手当を続けた。
幸いタスキの傷は浅く、全て急所を外れていたため命に別条はなさそうではあるが、心身共に疲弊しており、意識も朦朧としているようだった。

すると、突然タスキの部屋のドアが勢いよく開かれた。
そして、ドアの前には血相を変えたヨシヒトの姿があった。

   「どうかしたか?ヨシヒト……」

ドアの一番近くにいたケイスケが尋ねる。

   「電話が……繋がらないんだ!!」

   「なんだって!?」

ヨシヒトのその言葉を聞いた全員が驚いた。
なぜなら、圏外であるこの館で有線の電話が繋がらないということは、ここが陸の孤島と化したことを意味するからである。

 すると、一通り手当し終わったカズチカはタスキにそっと毛布をかけると、重い口を開いた。

   「このあと会議をするから、みんなリビングに集まって欲しい」

そう言い残すと彼は部屋をあとにした。



~~1階・リビングルーム~~

カズチカはタスキの部屋を出ると真っ先にリビングルームにあった電話の元へと向かった。
そして、恐る恐る受話器を取る。

   "…………"

受話器からはなんの音も聞こえなかった。
プーとかツーといった音もしない。
つまりそれは電話線がどこかで途切れていることを意味した。

   「一体どういうことだ……俺が昼にかけたときは確かに……」

カズチカがそう言って頭を抱えていると、他のメンバーたちが続々とリビングにやってきた。
そして各々ソファーの上に座った。

   「全員集まったな……じゃあ、話し合いをはじめるけど、まずタスキの様子はどうなんだ?」

ヨシヒトはまずタスキの容態をカズチカに尋ねた。

   「あぁ……タスキの命に別条はないと思う。腕や上半身や太ももに数カ所切り傷があったけど、幸い全部急所は外れていたから……」

   「そうか……ならとりあえずひと安心だな……じゃあ次に電話が繋がらないことについてだが……」

電話が繋がらない……。
確かにこれはメンバーにとって死活問題だった。
すると、カズチカがこの問題に対して口を開いた。

   「俺がお昼ご飯のあとタスキの携帯にかけた時は確かに繋がったんだ……でも今確認したんだけど……その、電話線自体がダメになってるみたいで……」

電話線がダメになってる……というカズチカの言葉で、ヨシヒトは今朝バスの運転手が言っていたことを思い出した。

   "最近登山客から不審者の情報が寄せられててね……"

確かに昼まで繋がっていた電話線がこの短い期間で自然に切れるとは考えにくい。
つまり、電話線は何者かによって意図的に切られた可能性が高い、とヨシヒトは考えた。

しかし、ここでも彼の心に迷いがあった。
おそらく、今不審者の話をすればみんなは合宿どころではなくなるだろう。
あと一晩待って、予定を切り上げて明朝にここを出発し、何事もなく家にさえ帰れればいいのだ。
だから、ヨシヒトはここでも不審者の件を伏せておくことにした。

   「この雨と風だし、きっとどこかで電話線の調子が悪くなってるんだと思う……タスキもあんな怪我をしたし、予定を切り上げて明日の朝ここを出ようと思うんだけどいいかな?」

その場にいたほとんどのメンバーはヨシヒトの意見に賛成した。

しかし、ケイナだけは違った。

   「みんなおかしいと思わない!?」

ケイナはソファーから立ち上がるとそう声をあげた。

   「電話線なんてそう都合よく切れるもの?」

確かにケイナの言うことも一理ある。
そしてさらに彼女は続ける。

   「……大体、昼はちゃんとかかったっていうカズの言うことだってあてにならないじゃない!もうその時点で切れていたのかも知れないのよ!」

その一言でその場にいた全員の心に誰かを"疑う"という感情が芽生えた。
メンバーたちは明らかに先程とは違った見方でカズチカのことを見ていた。

   「俺は嘘なんてついてない……」

カズチカは静かに反駁する。
しかし、その声はどこか沈んでいた。

   「そんなこと断言できないわ!……大体、なんであんなにも冷静にタスキの怪我の手当ができたわけ?………それって、あなたがやったから何も感じないでそういうことができたんじゃないの?……きっとそうよ、第一発見者ってのも嘘であなたがやったに違いないわ!」

ケイナはすごい剣幕でカズチカに詰め寄る。
その様子に圧倒されたのかカズチカは少しうつむいたまま黙っていた。
しかし、彼女は止まらない。

   「違うなら違うって言ってみなさいよ!……まぁ、あなたが犯人なんだからそんなこと出来っこないけど……大体、昼間からみんなとは別にこそこそ一人で何かやってたのだっておかしいと思ってたのよ」

他のメンバーも彼女の強い口調に圧倒され何も話せないでいた。
しかし、ここで意外な人物が声を荒らげた。

   「カズチカくんは犯人じゃありません!」

そう言ったのはユウキだった。

   「私、知ってます。カズチカくんは今日ずっとみんなのために働いてくれてました!ダンスのレッスンの前だって……一人で……パーティールームのモップがけを……うっ、してくれてたんですよ?」

始めこそ強い口調だったが、だんだんと嗚咽がまじった弱々しい声になっていって、しまいには涙目になっていた。
すると、今度はカズチカが静かに話始めた。

   「ユウキ……もういいよ。……ケイナの言う通り、確かに俺にはアリバイもないし、この中では一番犯行可能だった人物だと思う。……だからケイナが疑うのも分かる。……だけど、これだけは言える……俺は絶対にやってない……」

そう言い残すとカズチカはリビングを出ていってしまった。
だが、みんなどうすればいいのか分からなくなってしまったのか、ただただその場に固まっているだけだった。

   「なんでみんな追いかけてあげないんですかっ!……非情すぎますっ!」

そう叫ぶとユウキもリビングを出ていってしまった。


~~2階・カズチカの部屋~~

先程、リビングをあとにしたカズチカはベッドに仰向けになり静かに天井を眺めていた。

   「…………」

強がってああは言ってみたものの、犯人扱いされるのはやはり辛いものがある。

   "ドンドン"

すると、何者かがカズチカの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

   「はい……」

カズチカはそう小さく返事をすると、ドアの元へと向かった。

   「どちら様ですか……」

そう言いながら開けたドアの先にたっていたのはユウキだった。

   「カズチカくん……大丈夫?」

ユウキは心配そうな様子で尋ねた。

   「……別に、大丈夫だよ………それより、こんなことしてたら、ユウキまで疑われかねないよ………それじゃあ」

カズチカがそう言ってドアを閉めようとした時だった。
ユウキは閉まりきりそうになったドアを勢い良く開け、ズカズカと部屋に入り込んできた。

   「ちょっと、ユウキ!何考えてるんだ!?」

カズチカは彼女を入れまいと抵抗するが、彼女はお構いなしに迫ってくる。

   「いいから黙って入れなさい……」

ユウキが鋭い目つきでカズチカに命令した。

   「は……い」

彼は抵抗するのをやめた。

ユウキはそのまま部屋の奥まで来るとカズチカのベッドの上に腰掛けた。

   「ユウキ……どういうつもりだよ……」

カズチカは今の状況がよく飲み込めていないのか、そんな質問を投げかけた。

   「カズチカくんこそどういうつもりなの………あんなこと言われて悔しくないの?」

   「…………」

カズチカは彼女にそう返されて黙り込んてしまった。
すると、彼女はさらに続ける。

   「私は悔しい!………だって、カズチカくんが今日色々と影で働いてくれてたこと、知ってるもん!」

すると、今度はカズチカが話し始めた。

   「悔しくない……わけないよ」

確かにそう言う彼の顔は悔しそうだった。

   「……だったら」

   「でも!」

カズチカはユウキの話を遮った。

   「でも………今はこうするのが一番なんだ」

彼は静かにそう言うと、ユウキの隣に腰掛けた。

   「ユウキは One for all, all for one. って言葉知ってる?」

不意にカズチカは尋ねた。

   「1人はみんなのために、みんなは1人のためにってこと……よね?」

ユウキは少し自信なさげに答える。

   「そう……」

カズチカはそれだけ言うとベッドに寝そべった。
そして、彼はさらに続ける。

   「不安なのはみんな一緒さ……でも俺一人が部屋でヒッキーしてるだけで、少しはみんなの気が楽になるなら……それはそれでいいんじゃないかな?」

ユウキは何かを悟ったような顔をしたカズチカを見て何も言えなくなった。

   「カズチカくんは強いんだね………それじゃあ、また……来るから」

ユウキはそう言うとベッドから腰を上げ、すたすたと部屋を出ていってしまった。

そして、ユウキが部屋を出て行ったのを確認したあと、カズチカは独り言を言った。

   「……カッコつけすぎたかな………あんなこと言ったけど、本当はみんなの視線に耐えられなくて逃げてきただけなんだよなぁ……」


~~1階・リビングルーム~~

カズチカとユウキが席を外している頃、他のメンバーたちはしんとした様子でソファーの上に座ったままだった。

やはりみんなの心のどこかで、カズチカを犯人扱いしてこの場から追い出したことに後ろめたさを覚えているのだろうか。

しかし、この辛気臭い空気を打破したのはケイナだった。

   「あーあ……なんか白けちゃったわね……空気も重たいし、テレビでも見ましょうよ」

彼女はそう言うとテレビの電源を入れた。
今の時刻は夕方の5時過ぎということもあり、テレビ画面にはニュース番組が映し出された。
しかし、そこで報道されていたのは聞いていて気持ちが悪くなるものだった。

   "速報です。今日の夕方3時半頃、北区花山地区で女児の遺体が発見されました。警察はこの遺体が昨晩から行方不明になっていた、嶋崎楓ちゃん7歳のものとみて身元の確認を進めています。また、この地区では女児殺害事件が今月に入って既に2件発生しており、先々月に発生した動物大量死事件とも犯行手口に類似点があることから、警察は同一犯による犯行も視野に捜査を進めています。"

その報道が流れるリビングルームは再び静けさに包まれた。

   「あーやめやめ……こんなの聞いてたって気が滅入るだけだわ」

ケイナはそう言うとテレビの電源を切ってしまった。
すると、この重い空気を変えるためなのかヨシヒトが唐突に今晩の献立についての話をし始めた。

   「あ、そうだ!……みんな今日の夕飯は何がいい?」

   「そ、そうね……お肉なんてどうかしら?」

ショウコもヨシヒトに合わせて相槌をする。
すると、他のみんなもあれがいいだの、これがいいだのと少しずつ明るさを取り戻していった。

しかし、そんな幻想はすぐに破壊される事となる。

   "チャラララン♪"

突然、ケイナの携帯がメールを受信したのだ。

   「誰かしら……」

そう言うとケイナは携帯をいじり始めた。
しかし、ヨシヒトは今のこの状況の異常性に気づいてしまった。
なぜなら、この山荘は"圏外"のはずだからである。

ケイナはメールアプリを起動した。
そして、届いたメールを開く。

しかし、次の瞬間。
彼女の顔は恐怖に支配された。

   「きゃあぁっ!!……な、何よこれ!?」

ケイナはそう叫ぶと携帯を手放して後ずさりした。

   「どうしたんだよ………」

ケイスケはそう言うと、ケイナが落とした携帯を拾い上げた。
だが、その画面を目にした途端、ケイスケは酷く驚いた顔をした。

そこにあったのは、世にも恐ろしい文章だった。


差出人:unknown
件名:一人目
本文:今夜、明智ケイナを殺しに行きます。楽しみにしていて下さい。


短く簡潔な文章。
だが、今の精神状態のケイナを恐怖に貶めるには十分すぎる内容だった。

   「いや……何よこれ……」

ケイナはひどく混乱しているようで、目の焦点が定まっていない。

   「お、落ち着けケイナ……これは………その何かのイタズラだよ………」

ヨシヒトは必死にケイナを落ち着かせようと、歩み寄る。
しかし、彼女はもうダメだった。

   「来ないで!………」

ケイナはそれだけ言うとリビングルームを飛びだして行ってしまった。

   「ケイナ待って!」

ショウコもすかさず彼女を追いかけ、リビングから出て行った。

辺りは再び静寂に包まれる。
もはや、この合宿は楽しいものではなくなってしまったいた。

すると、今出て行ったショウコと入れ替わるようにユウキがリビングに戻ってきた。
ヨシヒトは彼女に気がつくとすぐに先のことを謝った。

   「あっ……ユウキ……その、さっきはごめん………」

しかし、ユウキは少し目線をそらしてこう返す。

   「その言葉は私じゃなくてカズチカくんにかけてあげてください……」

確かに、ユウキの言うとおりである。
それはみんなも感じているようで、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。
すると、ユウキはチラリと時計を見た。

   「………もう、6時になりますし……そろそろ夕飯の支度を始めませんか?」

   「そうね……お腹もすいてきたし、早く始めちゃいましょう………」

シホはそう言ってユウキの提案に賛同すると、一人キッチンの方へと向かった。
すると、みんなもシホに続いて夕飯の支度を始めた。



~~2階・カズチカの部屋~~

時刻は午後7時。
カズチカの部屋はベッドランプだけがついていて薄暗く、静寂に包まれていた。

カズチカはというと、疲れてしまったのかベッドの上で寝息をたてていた。

だが、突然この部屋の静寂は破られることになる。

   "ドンドンドン"

部屋には何者かがドアをノックする音が響く。
しかし、カズチカは深い眠りの中にいるせいかぴくりとも動かない。

すると、カズチカが許可しないうちにドアが開かれる音が部屋に響いた。
そして、訪問者は特に悪びれた様子もなく部屋に入り込んでくる。
訪問者はカズチカの様子に気がつくと急に足音を忍ばるように歩き、カズチカの机の上に何かをおいた。
そして、ゆっくりゆっくりと彼の寝るベットに近づき、腰をおろした。
すると、訪問者が腰をおろした時の振動のせいかカズチカはやっと目を覚ました。
カズチカは眠たい目を擦り起き上がろうとした時、自分の目の前に人がいることに気がついた。

   「うわっ!」

カズチカは驚いた様子でそう言うと、ベッドの上を後ずさりした。

   「ななな、何でユウキがここにいるんだ!?」

   「何でって……また来るねってさっき言ったじゃない?」

ユウキは笑顔で答える。

   「でも……黙って入ってこなくても……」

カズチカはしどろもどろになっている。

   「ちゃんとノックはしたよ?でも鍵が開いてたから入ってきちゃった……」

   「そ、そう……」

カズチカは目をそらしたままそう返した。

   「ところで……夕飯持ってきたんだけど食べるよね?」

ユウキはそう尋ねた。

   「あ、あぁ……ありがとう」

カズチカはベッドの上から降りると、机の椅子に座った。

   「……いただきます」

彼はそう言って顔の前で手を合わせると、夕飯を食べ始めた。
しかし、食べ始めて早々、カズチカは真横からの強い視線を感じた。
箸を持ったままゆっくりと視線を感じた方に顔を向ける。
すると、にこにこした様子でユウキがじっとこちらを見つめているのが目に入った。

   「あの……食べづらいんだけど」

   「ううん、気にしないで」

いや、気にするのはカズチカなのであって…。
だが、これ以上とやかく言うのは少し恐ろしくなってきたのでカズチカは黙って彼女に従い食事を続けた。
そして、カズチカが野菜炒めに手を出した時だった。

   「それ、私が作ったんだ……美味しいよね?」

   「え?……う、うん……美味しいよ」

確かに、味は申し分ない。
しかしどうしてか、カズチカは彼女の質問がイエスとしか答えようのない感じがして少し恐怖した。
そう、それはまるで口裂け女が"私……きれい?"と聞いてくるようなものだった。

そんな謎のプレッシャーのなかカズチカは全て料理を完食した。

食器を片付けに行こうとカズチカがお盆を持ち上げると、ユウキもすかさずベッドから立ち上がった。

   「私がやるからいいよ?」

   「いや、でもそこまでさせるのは……」

   「いいの、いいの、気にしないで~……それじゃあ」

ユウキはそう言うとカズチカからお盆を半ば奪うような形で持って部屋を出ていってしまった。

   「これじゃあ……本当に引きこもりNEETじゃないか……」

カズチカはありもしないお盆を持ったまま呟いた。


~~1階・リビングルーム~~

時刻は午後8時半。
カズチカとケイナとその他の女子3人を除いた男4人が、リビングルームのソファーでトランプをしていた。
ケイナを除いた女子3人はというと、今は入浴中である。
というのも、ここ北峯山荘の浴槽は大人4、5人が一度に入れるくらい広いらしく、時間短縮のためにできるだけ大人数で入ろうということになったらしいのだ。

   「8流し~♪でもってこれで上がりだ!」

ケイスケがいつもの調子で快調に上がった。

   「腕力じゃ負けねぇのになぁ……」

タクマも相変わらず訳のわからないことを言っている。

そんないい雰囲気の中、突然リビングルームのドアが開いた。
一同はその音に気づくとドアの方を見やった。
すると、そこには少し怒った様子のカズチカの姿があった。

   「お前ら……俺が1人寂しくヒッキーしてるという時に……ちょっと薄情過ぎないか?」

   「いや、忘れてたとかそういうのじゃないんだ……その、その事については考えたくなかったというか………ごめん」

ヨシヒトが必死に弁解しようとするも、うまい言葉が見つからない。

   「……あぁ、分かってるよ。こんな状況なら仕方ないさ……」

カズチカは少し呆れ笑顔を見せながらそう返すと、冷蔵庫の中からジュースを取り出した。

   「ケイナもヒッキーしてるんだし、もう別に部屋に戻ることはないんじゃないのか?」

すると、トランプをいじっていたケイスケがそう提案した。

   「なんか悪い気もするけど……まぁ、何ゲームかだけなら罰も当たらないかな……」

そう言うとカズチカはケイスケの隣に腰をおろした。

   「それじゃあ始めるぞ」

ケイスケは野郎トランプ大会の開催を宣言した。

しかし、始まって早々。
ユウヤの一言でトランプどころではなくなってしまった。

   「あの……なんか変な音がしませんか?」

   「変な音?」

ヨシヒトはそう聞き返すと、耳を澄ました。

突然静寂に包まれるリビングルーム。
だが、その音は確かにみんなの耳にも届いた。

   「誰かが……玄関の戸を叩いている」

ヨシヒトのその言葉にその場にいた全員が緊張した。

   「ヨシヒト……どうする?」

真剣な顔でケイスケが尋ねる。

   「どうするって……」

ヨシヒトは迷った。
なぜなら今扉を叩いたいるのは、例の不審者かもしれないからだ。
すると、意外な人物が声をあげた。

   「俺は確認すべきだと思う」

そう言ったのは、一番言いそうになかったカズチカだった。

   「外にいる人が本当に助けを必要としている人だったらどうする?………俺は、後になって後悔するのは嫌なんだ」

そう言うとカズチカは立ち上がると玄関ホールの方へと歩き出した。

   「おい……待てよ」

低い声でカズチカを制したのはタクマだった。

   「お前だけにかっこいい真似はさせねぇ……」

そう言うとタクマも立ち上がった。

   「決まりだな……」

ケイスケもニヤリと怪しい笑みを浮かべると2人に続いた。

   「はぁ………」

ヨシヒトも呆れた顔でため息をつくと重い腰をあげた。

   「本当に行くんですかぁ……?」

出来れば行きたくないといった様子のユウヤもそう言いながらちゃっかりついてきていた。

一同は玄関前に集結する。
だが、電話線やケイナのメールの件もあり、彼らの心の中では、外にいる人が悪い人なのではないかという疑惑があった。
それゆえ、なんの考えもなしに奴を中に入れるのは危険だというのが全員の意見となっていた。
そして、配置は話し合いの結果、扉の後ろに隠れれつつ訪問者を招き入れる役をヨシヒトが。
扉のすぐ横で万が一のときに訪問者を攻撃する役をカズチカが。
そして、残りの3人が訪問者から見えない死角にちょっとした武器を持って隠れることになった。

   「みんないいか……?」

ヨシヒトは小さい声で尋ねる。
そして、全員が黙って頷いた。

いよいよ作戦決行である。

   「どうぞ~……」

ヨシヒトはそう言いながら扉の後ろに隠れつつ訪問者を招き入れた。

   「あっ……お邪魔します……」

訪問者は扉が開かれたことに気がついたのか、玄関の中へと入ってきた。

だが、入り口横の壁に張り付いていたカズチカは訪問者が持つ、鈍器のような棒状のものを見逃さなかった。

彼はすかさずその棒状のものを蹴り飛ばすと、訪問者の懐に入って、奴に背負い投げを食らわした。

   「残念だったな……」

カズチカは少しドヤ顔でそう言った。
しかし、彼の目の前にいたのはつばの大きな帽子をかぶり、大きなリュックを背負った女性だった。
投げられた当人は何がなんだかわからないといった様子だ。

   「あれ………?」

カズチカの全身から嫌な汗が吹き出る。
念の為に、例の棒状のものが飛んでいったほうを見る。
しかし、そこに落ちていたのは登山用のステッキだった。
そう、これは完全にカズチカの早とちりだったのだ。


~~1階・リビングルーム~~

   「本当にすみませんでしたっ!」

カズチカは深々と頭を下げて謝罪した。

   「ううん…こんな時間に押しかけたら誰だってそう思っちゃうよ、だから頭をあげて、ね?」

彼女は申し訳なさそうにそう返した。
先程カズチカに盛大な背負い投げを食らった彼女の名前は渡辺フユノ。
年齢は19歳の大学2年生で、学年でいえばヨシヒトたちより2つ上に当たる。
話によれば、ひとり登山をしていたところ急な雨に襲われて、やっとの思いでここまで来たのだとか。

   「良かったらどうぞ……」

ヨシヒトはそう言うと、温かいお茶を差し出した。

   「ありがとう……」

フユノはお礼をすると、お茶をすすって芯まで冷えきった体を温めた。
すると、彼女が再び話始める。

   「君たちはみんな高校生……?」

   「ええ、今日はみんなで合宿に来てるんです……ですが、電話も繋がらなくて……参りましたよ」

本当に参ったといった様子でヨシヒトが語る。

   「そうなんだ……ところで君たちはどうやってここまで来たの?」

続けて彼女が質問する。

   「今朝、街の方からバスで来たんです……」

   「へぇ……じゃあ今朝はまだあそこ崩れてなかったんだ」

彼女は不思議なことを言った。
そして、思わずヨシヒトが聞き返す。

   「崩れてたってどう言う意味ですか?」

   「どう言う意味って……あぁ、そっか君たちは知らないんだったね……。実はね私、夕方のバスで帰るつもりだったんだけど、待てど暮らせどバスが来なくてさ……しびれを切らして歩いて行っちゃえって思って麓に続く道を歩いていったんだよ」

みんなも真剣な様子で彼女の話を聞く。

   「で、トンネルがあったも思うんだけど……ずーっと歩いていったら、どうしてか行き止まりだったんだよね……多分、出口のところで土砂崩れがあったんだと思うんだけど………あれだと復旧にだいぶ時間がかかりそうだったなぁ……」

淡々と語るフユノ。
しかし、それを聞くみんなの表情は曇っていた。

   「つまり俺らは、この場に閉じ込められたってことか……」

ヨシヒトはそう言うとうなだれた。

すると、突然リビングルームのドアが開いた。

   「みなさん、お風呂空きましたよ……って」

そこにいたのは、風呂から上がってきたユウキだった。
彼女は見知らぬ女性が部屋にいることに驚いた様子だった。
すると、フユノは立ち上がるとユウキの方を向いて頭を下げた。

   「こんばんは……急にお邪魔して申し訳ありません。私、渡辺フユノって言います。この度は助けていただきありがとうございます」

   「は……はぁ」

ユウキは何がなんだかわからないといった様子だった。
すると、彼女に続くように他の女の子たちもリビングに入ってきた。
これでケイナを除くメンバーが集まったので、ヨシヒトは彼女らにもこれまでの経緯を説明した。

だが、みんなどこかフユノのことを不審に思っているようだった。
そして、それはヨシヒトも例外ではなかった。

確かに、女ひとりで登山をしていたこともそうだが、例のトンネルが土砂で埋まってしまったという話もにわかに信じ難い。

しかし、一度館に上げてしまった以上いくら疑わしいといっても追い出すわけにも行かない。
それにフユノは仮にも女性だ。
このまま雨が激しく降っている外にいるのは確かに危険である。
そのことについてこの場にいる全員が理解していたのか、誰一人として先程のケイナのようになる者はいなかった。

そして、話はフユノの部屋についての話になった。

   「ところで……渡辺さんはどこで寝るんですか?」

そう尋ねたのはショウコだった。

   「うーん……確かに、もう個人部屋満室だな」

タクマは腕を組みながら言う。

   「みなさんお構いなく……リビングでも大丈夫なので………」

フユノはそう言って遠慮した。

   「あの……良ければ私の部屋使ってください」

そう名乗りを上げたのはユウキだった。

   「そんな……気を使わないで下さい。私は元々野宿する覚悟だったんですし、全然平気ですから」

フユノはすっかり恐縮している。

   「いいえ、大丈夫です。他の子の部屋で一緒に寝かせてもらいますから気にしないで下さい」

   「でも……」

このままでは議論が堂々巡りだ。
なので、ヨシヒトが最後に後押しした。

   「渡辺さんも疲れているでしょうし、ユウキもこう言ってますから……どうぞ使ってください」

   「そうですか……何から何まですみません……。では、お言葉に甘えて……」

結局、フユノはユウキの部屋で。
ユウキは誰かの部屋で寝ることに決まった。


~~2階・カズチカの部屋~~

時刻は午後10時半。
フユノの部屋決めの議論のあと、男子組もお風呂に入り、しばらくリビングルームで談笑をしていたのだが、みんな疲れたせいか、時計の針が10時を回った頃になると何も言わないまま暗黙のうちに就寝という感じになっていた。

そんなこんなで部屋に戻ってきたカズチカは机に向かってなにか作業をしていた。
彼の手にはボールペンが握られており、日記のようなものをつけているようだった。

   「さてと……そろそろ寝るか」

カズチカはそう独り言を言うとペンを机の上に置き、布団の中へと潜り込んだ。
今日は今朝のやりとりが懐かしく思えてくるくらいに色んなことがありすぎた。
だから、目を瞑ればいい夢が見られそうなんてことはきっとないが、嫌なことは忘れられそうな気がした。

目を瞑り、闇の世界へと入っていく。
しかし、夕方に寝たせいか上手く寝ることができない。
仕方がないので今度は逆に、目を見開いて天井を眺めてみる。

すると突然、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

   「こんな時間に誰だ……」

カズチカはそう言うとドアの方に向かった。
鍵を外し、ドアを開く。
すると、彼の目に写ったのは見慣れた顔だった。

   「こんばんは……」

   「………何だユウキか……何かあった?」

ユウキがこんな夜遅くに訪れてくるなど、カズチカは不審に思わざるを得なかった。

   「うーん………ここで寝かせてもらえないかなって………」

カズチカは耳を疑った。

   「は……はぁ!?」

だが、彼女はお構いなしに部屋に入ってくる。

   「お邪魔します………」

彼女はそう言うと、そのまま部屋の奥に入っていって本当にカズチカのベッドに潜り込んでしまった。

   「…………」

カズチカは思考が追いつかずしばらくドアの前で立ち尽くしていた。
しかし、この状況の異常性に気づいた彼は急いでユウキの元へと寄った。

   「ななな!何してるんだ!?」

   「だって……渡辺さんに部屋あげちゃったでしょう……?」

   「えっ………はい?」

つまり彼女はルームシェアする相手にカズチカを選んだというのだろうか。
いや、ありえない。
そうだ、きっとこの部屋自体が気に入ったのだ。

そういう結論に至った彼は、ヨシヒトの部屋に行くことに決めた。

   「そ、そう………それじゃあごゆっくり……」

そう言って、ベッドから離れて部屋を出ようとした時だった。

カズチカはユウキに腕を掴まれた。

   「ふぇ……?」

いきなりのことに、カズチカは情けない声を上げる。

   「行かないで………」

そして、ユウキはカズチカの腕を掴んだままそう言った。

カズチカはますます訳が分からなくなった。
この状況は一体なんなのか。

   「ユ、ユウキは俺をからかってるのか……?」

相変わらずな調子でカズチカは尋ねる。

   「からかってなんかないよ………分かった………もう正直に話すね」

ユウキはそう言うとベッドから起き上がり、カズチカの前に立った。

   「今日の夕方にね……私、みんなに説教じみたこと言ったじゃない?」

   「あ、あぁ……」

   「あんなに偉そうなこと言ってたくせに……いざひとりで夜を過ごすって考えたら怖くなってきたの………」

   「だったら、ショウコとかシホの部屋に行けば……」

   「うん……でも、信じられなくて……」

カズチカは何も言えなくなった。
確かにこの極限状態にそうならない方が不自然かもしれない。
だが、なぜそれがカズチカの部屋にユウキがやってきた理由になるのだろうか。
尋ねずにはいられなかった。

   「なら、なんで俺のところに来たんだ……?」

   「それは………カズチカくんが私の中で今一番信用できると思ったからだよ………それに………いや、何でもない」

ユウキは最後に何かを言いかけたが、止めた。

   「だからお願い……今日だけでいいから、一緒にいて」

   「…………」

カズチカは返答に困った。
ユウキは恐らく本当に苦渋の決断でこの部屋にやって来たのだろう。
しかし、カズチカはこんなに苦しんでいる彼女を目の前にしても、建前や社会的地位を気にしている自分に嫌気がさした。

   「……あまり俺を困らせないでくれ………」

カズチカはそう言うとユウキの手を解いた。
ユウキは残念そうな顔をしている。

しかし、カズチカはドアの方ではなく、自分の荷物をまとめておいてあるところに向かった。
カズチカは自分のカバンからバスタオルを取ると、机の椅子に座りバスタオルを羽織った。

   「これでいいんだろ………」

カズチカはそう言うと目を閉じた。

   「…………ダメ」

しかし、ユウキの口から出た言葉はカズチカの予想していたのとは違った。

   「じゃあ……どうしろと……」

カズチカが困っていると、ユウキは無言でベッドの上をポンポンと叩いた。

   「そ……それだけは………」

カズチカは必死に願いを乞う。

   「カズチカくんがベッドで寝ないなら……私、床で寝るから」

彼女はそう言うベッドから降り、本当に床に寝ようとした。

   「ちょっと待ったーっ!……分かったよ!寝ればいいんだろ!」

カズチカのその言葉を聞いたユウキは安心した様子でベッドの上に戻った。

カズチカはゆっくりとベッドに近づく。
自分の鼓動がユウキに聞こえるのではないかというくらいに大きくなる。
そして、ユウキに背を向けるように寝そべった。
だが、1人用のベッドに2人が寝ているのだ。
当然、カズチカは半分くらいしか毛布がかかっていない。

   「カズチカくん……毛布がかかってないからもっとこっちに来なよ……」

   「い、いや……だ、大丈夫です………」

カズチカは緊張のあまり返答が敬語になりながら、目を閉じた。

   「ふふ……そんなに緊張することないのに」

微笑みながらそう言うとユウキも目を閉じた。
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