戦場に跳ねる兎

瀧川蓮

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初めての経験

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外は快晴だった。燦々と降り注ぐ太陽の光が地面に反射して眩しい。思わずリザは片目を瞑り手のひらで反射する光を遮った。

ぐるりと周りを見渡す。視界に映るのはニ、三階建ての建築物。おそらく鉄筋コンクリート造の建物だろう。

きょろきょろと周りを窺うリザに怪訝な目を向けながら、幾人かのアルミラージュが目の前を通りすぎていく。

特に何も言ってこないのはレイナのおかげなのだろう。通りを少し散策しようと歩き始める。歩道に沿って植樹された木の影を踏みながら歩みを進めると、視界の端に舗装されていない広場が映り込んだ。

広場ではアルミラージュの子どもが数名遊んでいた。何やら、円盤のようなものを投げあっている。リザにはその光景がとても不思議に思えた。

「お姉ちゃん、何してるの?」

広場の入り口付近にあったベンチに腰かけ子どもたちの様子を眺めていると、一名の子アルミラージュが話しかけてきた。

「何してるのかなと思って見てた」

表情を変えずに女の子へ目を向ける。栗色の髪に愛らしいくりくりとした瞳。頭には二つの小ぶりな耳。

「ふーん。お姉ちゃんも一緒に遊ぶ?」

「……遊ぶ?」

「うん、これを投げあうんだよー」

そんなことをして何になるんだろう、とリザは不思議に感じ首を傾げた。と、女の子はリザの手を掴んで走り出したので慌ててついていく。

「みんなー! このお姉ちゃんも入るからねー!」

「おおーー!」

子どもたちが無邪気に手を挙げる。とりあえずリザも子どもたちに混ざりこの不思議な行為に参加してみることにした。

一定の間隔を空けて輪になる。広場の敷地は広大なのでそれぞれ十メートルほど間隔を空けて広がった。

「いっくよー!」

直径三十センチほどの円盤が大きく弧を描きながらリザのもとへ飛んでくる。リザは素早い動きで円盤をキャッチした。

「お姉ちゃんナイキャー!」

「ないきゃ……??」

「ナイスキャッチってことだよー! 取ったら誰にでもいいから投げ返してねー!」

なるほど、昔の言語か。で、これを投げ返す……と。

リザは半身になると、居合抜きの要領で円盤を投げ返した。凄まじい速さで一直線に飛んでいく円盤。

「わ、わわわ!!」

驚きの表情を浮かべた男の子のアルミラージュが体勢を崩しながらも円盤をキャッチする。

「お、お姉ちゃんすげー! でも、できれば山なりに投げてほしいかもー!」

「あ、ごめん」

ぽりぽりと頭をかくリザ。そうか、速さや威力を競うものではないのか。

何度かそうしたやり取りを続けつつ円盤を投げ合っていると、少しずつ要領を掴めてきた。どこへ投げても取りこぼすことなくすべてキャッチするリザに子どもたちは拍手喝采を送る。

最初は意味が分からない行為と感じていたリザだったが、子どもたちと円盤を投げあっているうちに何だか不思議な気持ちになってきた。


「ああー、楽しかったー! それにしてもお姉ちゃん凄いね!」

ひとしきり遊び子どもたちは満足したようだ。今は皆んなでベンチに座り休憩中である。

「凄い?」

「うん。だってお姉ちゃん人間でしょ? それなのにアルミラージュの私たちより速く動けるし力も凄そうだし」

「まあ鍛えていたからね」

ぶっきらぼうに答えるリザ。別に不機嫌なわけではない。感情を殺す訓練を長年続けてきたため声の抑揚も表情も変化に乏しいのだ。

「それに、お姉ちゃんめちゃくちゃキレイだし!」

キラキラした目でリザを見つめる栗色の髪の少女。キレイ、か。暗殺対象の男に近づいたとき何度かそう言われたことはある。

と、こちらへ近づいてくる数名の人影が視界の端に映り込んだ。屈強な体つきをした成人のアルミラージュは、リザのすぐそばに立つと怒気を含んだ目で睨みつけた。

「おめぇだろ? レイナが昨日連れてきた帝国の兵士ってのは」

「……私はもう帝国の人間でも兵士でもない」

ベンチに座るリザを見下ろす男に鋭い視線を向ける。

「けっ! 信じられるかよそんなこと。それにそんなことはどうでもいい。俺たちにとっちゃ帝国に関わりがある奴は全部敵だ」

そう口にするなり、目つきの悪い男はリザの胸ぐらを掴んで立たせた。

「何するのよ! お姉ちゃんから手を離して!」

「そうだそうだ! それにレイナお姉ちゃんから言われてるだろ!? 客人に手を出すなって!」

子どもたちが男の体にまとわりつき抗議を始める。

「うるせぇ! てめぇらも帝国が俺たちに何をしたのか忘れたわけじゃねぇだろうが!」

男は足元にまとわりつく子どもたちを乱暴に蹴り飛ばした。地面を転がる子どもたち。

刹那、リザは男の腕を掴んで捻るとそのまま足元に投げ倒した。あまりにも動きが速すぎたため、何が起きたのか理解できず男たちはぽかんとしている。

リザは男たちに目をくれず、倒れた子どもたちを抱き起こす。

「大丈夫?」

「う、うん。お姉ちゃん強いんだね……って後ろ!」

背後から急襲してきた別の男の腹に、リザは振り向きざま蹴りを放つ。ゴロゴロと地面を転がる男。

次いで殴りかかってきた男の拳を軽く首を傾けてかわすと、リザは腰から抜いたナイフを男の首筋に突きつけた。

「……これ以上ちょっかいを出すなら手加減はできない。お願いだから関わらないで」

冷たい光を宿した瞳で男を睨み据える。嬉々として人を殺すつもりはないし殺したくもない。そういう日々が嫌で帝国を去った。でも、理不尽に攻撃され命を奪おうとするのなら話は別だ。

ナイフを突きつけられた男が苦々しげな表情を浮かべる。と、そのとき。


「ちょっとあなたたち? 何してるのよ」

視線の先にいたのは、腕を組んだまま顔を顰めるレイナ。

「レ、レイナさん……」

ナイフを突きつけられている男が弱々しく呟く。

「私は昨日言ったわよね? 私の客人だから決して手を出さないようにって」

「いや、でも……」

「でもじゃない。それに、リザはもう帝国の兵士じゃない。あなたは帝国と関係がない人間の少女を手にかけようとしているのよ?」

「いや、手にかけられそうなの俺なんですけど……」

ハッとしたリザがナイフを下ろし腰のケースに収める。

「それはあなたたちの自業自得。ごめんねリザ」

「うん。大丈夫」

リザは先ほど蹴り飛ばして倒れている男のもとへ近づくとそばにしゃがみ込んだ。

治癒ヒール

男の体が光に包まれる。

「こ、これは……痛みが消えた……まさか魔法?」

驚愕に目を見開く一同。魔法は太古の技術。この世界に魔法を使える者はほとんどいないのだ。

「初めて見た……」

驚きの表情を浮かべ呟くレイナ。初めて目にする魔法に興奮した子どもたちがリザにまとわりつく。戸惑う様子のリザにレイナは優しい視線を向けた。
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