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第二回楽章『エトル・エストルト』
西暦軍
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「ありがとう、送ってくれて。あとは、私一人で十分だから」
父を殺した国を終わらせる。そのための手段は選ばない。そう決意したなら、無関係の住人は巻き込むべきではない。
「ねえちょっと……」
何かを言おうとする青年に背を向け、エトルは歩き出した。彼女が帰るべき場所は、もうこの国のどこにもない。でも、それでいい。これから放たれる戦火の中で朽ち果てるのみが、彼女にとってのソルカ帝国の存在意義だからだ。古いカバンの中には、形見の医療器具が詰められている。
「ねえエストルトさん。待ってくださいよ」
青年に手首を掴まれてエトルは動きを止めた。
「一人で勝手に行かないでくださいよ。今のあなたは、このまま自殺行為をしそうだ」
軽い声とは裏腹に、何かを見透かしたような目でエトルは見つめられた。
「何するか知らないけど、俺たちくらい頼ってくださいよ」
「俺……たち?」
「そうだろ、みんな」
何台ものトラックが走ってきた。停車したそれの荷台からは、クロード・ドラッガー少佐に集落を焼かれた人々が出てきた。
「エストルトさんが支部にいる間に話しました。あなたのお父さんにはずっと救けられてきた、次は俺たちの番だって」
あなたがどんな道を選ぼうと、その手助けができればそれでいい。もうすでに焼け野原となった集落の住人たちが、そう訴えてくる。
「何がしたいか、教えてください」
エトルは真っ直ぐな目で見つめられた。胸の奥が締め付けられるような気分になる。一人で全部やろうと思ってた。自分のせいで、誰かが犠牲になる事に耐えられないから。
「あなた達を巻き込みたくない」
「そんなことは質問してません、言って下さい」
青年は引き下がらない。頼ってくださいよと、もう一度言った。
「わかりました……私は……」
住人たちの間に期待感に満ちたざわめきが広がる。『革命』、そう言葉にすれば、もう後戻りはできない、この人たちを巻き込むことになる。でも、少しは頼ってもいいかな……。
「ソルカ帝国に対して革命を起こします」
青年は大きくうなずいた。
「さ、俺たちが変えますか……世界」
手渡されたのは拡声器であった。青年に促されてトラックの屋根に登る。エトルは数十人の彼女の支持者に言葉を発した。
「私が目指す道は、険しく、いつ命を落とすかわからない、そんな道です。けれど、ソルカ帝国によって多くを奪われた私たちなら、この世界の矛盾をよく知る我々なら、きっと変えられる。ついてきてください、もう誰も泣かなくていい世界まで」
土埃が舞う中で、支持者たちは熱狂に包まれた。
「改めてよろしくお願いします。俺はオズバルド、姓は無いです」
エトルの手を取った青年は、人の良さそうな笑みを浮かべた。日に焼けたやや褐色の手は力強いが、心地悪いものではなかった。
新聖帝暦二五六年、反ソルカ帝国を掲げる組織が発足した。その組織の名は『西暦軍』、新聖帝暦以前に用いられていた暦の名でもある。後にソルカ革命、または新西暦革命と呼ばれる聖譚曲は、辺境のもはや跡形もない集落ではじまった。ソルカ帝国軍第十七支部長、クロード・ドラッガーは首都に転任となり、ジャック・ソルベック少佐というオズバルドと同年齢の人物が就任した。
ソルカ帝国が世界の覇権を握るまでの戦争では大量の軍需物資が必要となり、二百年以上経った現代でもその工場跡が各地で放置されている。西暦軍の当面の拠点もその一つだ。倉庫に椅子を並べてとりあえずの会議室として、西暦軍のメンバーはこれからの方針を話し合った。
「新しい支部長のソルベック少佐は俺の旧友です、使えないでしょうか?」
軽く挙手したオズバルドが発言した。エトルは、言いたいことをすぐさま理解した。
「軍内部に協力者を作るのか」
「はい、この作戦の良いところは、正確な敵の情報が知れること、悪いところは、失敗したら一人のダチを失うことです」
そう言ってオズバルドは笑みを浮かべた。内容以外はただの好青年だ。
同日の午後十時ごろ、その日の業務を終え、支部内の宿舎に戻ったソルベック少佐は、プライベートの端末にメッセージが送られていることを確認した。
『大切な話がある。座標を送るから来い』
「そっちから呼び出すなんて珍しいじゃねーか」
廃工場の前に停まった装甲車から、軍服の上から深緑色のコートを羽織った若者が降りた。
「対面して会うのは士官学校の合格発表以来か……私は今や少佐様だ」
その言葉にはかすかな自嘲の響きがあった。ソルベック少佐は錆色の髪をかき、片方の頬で苦笑いした。
「まったく、嫌気が差すよ。地位が上がるほど人の心の汚い部分がよく見える」
「一緒に軍に入ろうって、なんで言ったか覚えているか?」
「二人でトップになって、首都で暮らす」
何年も前の光景を、二人は思い出した。まだ、何も知らず、未来に希望を持っていた頃だ。
「もう一度、その夢を見れると言ったらどうする?」
ソルベック少佐は顔をうつむいた。帽子を深くかぶり、装甲車の方を向いた。
「本題を聞いていなかったな」
「ああ、俺は今、革命を起こすための組織に身をおいている。お前も来てくれ」
オズバルドは隠さずに伝えた。
「返事は……後日でいいか?」
父を殺した国を終わらせる。そのための手段は選ばない。そう決意したなら、無関係の住人は巻き込むべきではない。
「ねえちょっと……」
何かを言おうとする青年に背を向け、エトルは歩き出した。彼女が帰るべき場所は、もうこの国のどこにもない。でも、それでいい。これから放たれる戦火の中で朽ち果てるのみが、彼女にとってのソルカ帝国の存在意義だからだ。古いカバンの中には、形見の医療器具が詰められている。
「ねえエストルトさん。待ってくださいよ」
青年に手首を掴まれてエトルは動きを止めた。
「一人で勝手に行かないでくださいよ。今のあなたは、このまま自殺行為をしそうだ」
軽い声とは裏腹に、何かを見透かしたような目でエトルは見つめられた。
「何するか知らないけど、俺たちくらい頼ってくださいよ」
「俺……たち?」
「そうだろ、みんな」
何台ものトラックが走ってきた。停車したそれの荷台からは、クロード・ドラッガー少佐に集落を焼かれた人々が出てきた。
「エストルトさんが支部にいる間に話しました。あなたのお父さんにはずっと救けられてきた、次は俺たちの番だって」
あなたがどんな道を選ぼうと、その手助けができればそれでいい。もうすでに焼け野原となった集落の住人たちが、そう訴えてくる。
「何がしたいか、教えてください」
エトルは真っ直ぐな目で見つめられた。胸の奥が締め付けられるような気分になる。一人で全部やろうと思ってた。自分のせいで、誰かが犠牲になる事に耐えられないから。
「あなた達を巻き込みたくない」
「そんなことは質問してません、言って下さい」
青年は引き下がらない。頼ってくださいよと、もう一度言った。
「わかりました……私は……」
住人たちの間に期待感に満ちたざわめきが広がる。『革命』、そう言葉にすれば、もう後戻りはできない、この人たちを巻き込むことになる。でも、少しは頼ってもいいかな……。
「ソルカ帝国に対して革命を起こします」
青年は大きくうなずいた。
「さ、俺たちが変えますか……世界」
手渡されたのは拡声器であった。青年に促されてトラックの屋根に登る。エトルは数十人の彼女の支持者に言葉を発した。
「私が目指す道は、険しく、いつ命を落とすかわからない、そんな道です。けれど、ソルカ帝国によって多くを奪われた私たちなら、この世界の矛盾をよく知る我々なら、きっと変えられる。ついてきてください、もう誰も泣かなくていい世界まで」
土埃が舞う中で、支持者たちは熱狂に包まれた。
「改めてよろしくお願いします。俺はオズバルド、姓は無いです」
エトルの手を取った青年は、人の良さそうな笑みを浮かべた。日に焼けたやや褐色の手は力強いが、心地悪いものではなかった。
新聖帝暦二五六年、反ソルカ帝国を掲げる組織が発足した。その組織の名は『西暦軍』、新聖帝暦以前に用いられていた暦の名でもある。後にソルカ革命、または新西暦革命と呼ばれる聖譚曲は、辺境のもはや跡形もない集落ではじまった。ソルカ帝国軍第十七支部長、クロード・ドラッガーは首都に転任となり、ジャック・ソルベック少佐というオズバルドと同年齢の人物が就任した。
ソルカ帝国が世界の覇権を握るまでの戦争では大量の軍需物資が必要となり、二百年以上経った現代でもその工場跡が各地で放置されている。西暦軍の当面の拠点もその一つだ。倉庫に椅子を並べてとりあえずの会議室として、西暦軍のメンバーはこれからの方針を話し合った。
「新しい支部長のソルベック少佐は俺の旧友です、使えないでしょうか?」
軽く挙手したオズバルドが発言した。エトルは、言いたいことをすぐさま理解した。
「軍内部に協力者を作るのか」
「はい、この作戦の良いところは、正確な敵の情報が知れること、悪いところは、失敗したら一人のダチを失うことです」
そう言ってオズバルドは笑みを浮かべた。内容以外はただの好青年だ。
同日の午後十時ごろ、その日の業務を終え、支部内の宿舎に戻ったソルベック少佐は、プライベートの端末にメッセージが送られていることを確認した。
『大切な話がある。座標を送るから来い』
「そっちから呼び出すなんて珍しいじゃねーか」
廃工場の前に停まった装甲車から、軍服の上から深緑色のコートを羽織った若者が降りた。
「対面して会うのは士官学校の合格発表以来か……私は今や少佐様だ」
その言葉にはかすかな自嘲の響きがあった。ソルベック少佐は錆色の髪をかき、片方の頬で苦笑いした。
「まったく、嫌気が差すよ。地位が上がるほど人の心の汚い部分がよく見える」
「一緒に軍に入ろうって、なんで言ったか覚えているか?」
「二人でトップになって、首都で暮らす」
何年も前の光景を、二人は思い出した。まだ、何も知らず、未来に希望を持っていた頃だ。
「もう一度、その夢を見れると言ったらどうする?」
ソルベック少佐は顔をうつむいた。帽子を深くかぶり、装甲車の方を向いた。
「本題を聞いていなかったな」
「ああ、俺は今、革命を起こすための組織に身をおいている。お前も来てくれ」
オズバルドは隠さずに伝えた。
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