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第一楽章『レイバー・ジェーガン』
章末
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レイバーはいない。廃工場の周りには、四機のアイビスだったものが捨てられている。レイバーの乗ったアイビスの姿はもう見えない。
同時刻、首都の貴族居住区の外れに位置する軍用の格納庫に一人の若い士官が呼び出されていた。それはマルクス・アーノルド中佐という若い士官で、青みがかった黒髪が特徴だ。
「アーノルド中佐、先ほど入った情報によると所属不明のアイビスがここに向かって来ているようだ。すでに第十七支部の何機かがやられている。貴官の部隊を用いて迎撃せよ」
「はっ」
敬礼をし、アーノルド中佐は修復が終わった直後の愛機をかえりみた。長柄の槍と拳銃で武装した軽装甲の新型アイビスを。
独特な駆動音を立ててアイビス・レジストが目指す先は首都のスラム。眼下に広がるのは何も無い荒野。この辺りだけではない。ソルカ帝国が覇権を握るまでの戦争で、世界のほとんどが焼け野原になり、僅かな物資のほぼ全てが首都の壁の中で貴族のために使われている。
『西暦軍の活動拠点より通信です』
スクリーンの一部が長方形の形に切り取られ、スラムで出会った若い女性の顔が映し出された。
『協力感謝する、レイバー・ジェーガン。壁の破壊するポイントまでは通信で案内する』
対面して話すよりも無機質な声がコックピットに反響した。
「ああ、お前か。一個頼みがある」
『なんだ?我々にできることならなんだって聞こう』
「さっき軍のやつが廃工場に来た。あんたらと絡んでいることがバレているかもしれない」
『なるほど』
「あんたらアイビスいっぱいあるんだろ、残した仲間を守ってくれ」
『承知した、手配しよう。もうすぐ目標地点だ』
そう告げられると、操縦桿を持つ手が震え、心臓の鼓動が早くなるのをレイバーは感じた。東の空からオレンジ色の柔らかな光が照らしてきた。
『怖いのか?』
「そりゃな、壁に突っ込んで生きていられると思うほど馬鹿じゃない。けどな、それだけじゃない」
レイバーの目は眼の前の景色を通り越して仲間たちを見ていた。安物の毛布と野戦食を前にはしゃぐ子どもたちを。
「盗むにしろ殺すにしろ、汚れ仕事は俺だけで十分だ。もしあんたらの言う革命が成功したら、仲間たちはそんなことしなくて良くなるんだろう。その手伝いができるんだ、最高の気分だ」
レイバーはうつむいていた顔を上げた。少しだけ、涙の跡のようなものがあるのを若い革命家は視認したが、言葉にしたのは別のことだった。
『強いな……』
アイビスレジストのカメラが数機のアイビスを視認した。壁はすぐそこ、躊躇ったらたどり着けずに死ぬ。マシンガンが火を吹き、破損したアイビス・エクェスが軋みながら地面を滑る。真下にあったあばら家が跡形もなく崩れ落ちた。すぐ下はスラム、突然勃発した戦闘から逃れるため、人々が慌てて逃げ惑う。アイビス一機分の間隙を見逃さず、レイバーはレジストの背中に格納していた小型のグレネードランチャーを取り出した。分厚いコンクリートの塊に砲口を向ける。放たれた爆弾が壁にぶつかる直前、その影から飛び出した一機のアイビスが刃をふるい、真っ二つに叩き切った。アイビスの後方の二箇所で小さな火柱が上がった。
『テロリストに命じる、今すぐ武装を解除せよ。無抵抗の民間人に犠牲を出すつもりか』
紺色をさらに暗くしたような色の装甲を持つアイビスのパイロットがレイバーに話しかけた。レジストのコンピューターが発した機械音声によると、彼はマルクス・アーノルド中佐、二十代でアイビスパイロットの至高と言われる首都アイビス部隊の指揮官になった天才と言われている。だが、レイバーにとってはどうでもいいことだ。
「無抵抗の子どもを殺したのはそっちだろ」
低くつぶやいたレイバーはマシンガンを構え直した。引き金を引き絞ると同時に敵機の姿が消えたように見えた。レジストの死角に潜り込んだ敵のアイビスは長柄の武器を繰り出し、グレネードランチャーを持つ腕とマシンガンを一度に破壊した。半瞬ほど前までレジストについていた機械の腕は、スクラップとなって宙に散る。さらにアーノルドの追撃は終わらない。勢いそのままにレジストを蹴りつけて地面に落とす。衝撃がコックピットのレイバーを激しく揺らし、後頭部を強かに打ち付けたため視界が揺らぐ。
『レイバー、作戦の続行は不可能だ。離脱しろ』
映像越しに革命家の声がするが無視して片腕のアイビスを起き上がらせる。スクリーンが赤い信号に満ちている。危険信号だ。
『パイロット、当機での戦闘続行は不可能です』
レジストのコンピューターも離脱を促した。けれども、レイバーは首を縦に振らない。
「ここで……逃げたら……」
軍は、貴族は必ず仲間のいる廃工場を攻める。耐えれば、西暦軍が守ってくれると約束した。離脱できるわけがない。壊れたレジストのハッチを開けて外に出る。アーノルドのアイビスに拳銃を向けた。銃声が鳴り響き、左胸を撃ち抜かれたレイバーがもう動かないレジストの上に倒れた。
さびれた廃工場では十人ほどの子どもが帰りを待っていた。もう動かない人を。
「帰ってきた!!」
窓辺に座っていた少年から天真爛漫な声がした。外からアイビスの駆動音が聞こえたのだ。鋼鉄の機体が朝日を浴びて淡く輝いていた。
同時刻、首都の貴族居住区の外れに位置する軍用の格納庫に一人の若い士官が呼び出されていた。それはマルクス・アーノルド中佐という若い士官で、青みがかった黒髪が特徴だ。
「アーノルド中佐、先ほど入った情報によると所属不明のアイビスがここに向かって来ているようだ。すでに第十七支部の何機かがやられている。貴官の部隊を用いて迎撃せよ」
「はっ」
敬礼をし、アーノルド中佐は修復が終わった直後の愛機をかえりみた。長柄の槍と拳銃で武装した軽装甲の新型アイビスを。
独特な駆動音を立ててアイビス・レジストが目指す先は首都のスラム。眼下に広がるのは何も無い荒野。この辺りだけではない。ソルカ帝国が覇権を握るまでの戦争で、世界のほとんどが焼け野原になり、僅かな物資のほぼ全てが首都の壁の中で貴族のために使われている。
『西暦軍の活動拠点より通信です』
スクリーンの一部が長方形の形に切り取られ、スラムで出会った若い女性の顔が映し出された。
『協力感謝する、レイバー・ジェーガン。壁の破壊するポイントまでは通信で案内する』
対面して話すよりも無機質な声がコックピットに反響した。
「ああ、お前か。一個頼みがある」
『なんだ?我々にできることならなんだって聞こう』
「さっき軍のやつが廃工場に来た。あんたらと絡んでいることがバレているかもしれない」
『なるほど』
「あんたらアイビスいっぱいあるんだろ、残した仲間を守ってくれ」
『承知した、手配しよう。もうすぐ目標地点だ』
そう告げられると、操縦桿を持つ手が震え、心臓の鼓動が早くなるのをレイバーは感じた。東の空からオレンジ色の柔らかな光が照らしてきた。
『怖いのか?』
「そりゃな、壁に突っ込んで生きていられると思うほど馬鹿じゃない。けどな、それだけじゃない」
レイバーの目は眼の前の景色を通り越して仲間たちを見ていた。安物の毛布と野戦食を前にはしゃぐ子どもたちを。
「盗むにしろ殺すにしろ、汚れ仕事は俺だけで十分だ。もしあんたらの言う革命が成功したら、仲間たちはそんなことしなくて良くなるんだろう。その手伝いができるんだ、最高の気分だ」
レイバーはうつむいていた顔を上げた。少しだけ、涙の跡のようなものがあるのを若い革命家は視認したが、言葉にしたのは別のことだった。
『強いな……』
アイビスレジストのカメラが数機のアイビスを視認した。壁はすぐそこ、躊躇ったらたどり着けずに死ぬ。マシンガンが火を吹き、破損したアイビス・エクェスが軋みながら地面を滑る。真下にあったあばら家が跡形もなく崩れ落ちた。すぐ下はスラム、突然勃発した戦闘から逃れるため、人々が慌てて逃げ惑う。アイビス一機分の間隙を見逃さず、レイバーはレジストの背中に格納していた小型のグレネードランチャーを取り出した。分厚いコンクリートの塊に砲口を向ける。放たれた爆弾が壁にぶつかる直前、その影から飛び出した一機のアイビスが刃をふるい、真っ二つに叩き切った。アイビスの後方の二箇所で小さな火柱が上がった。
『テロリストに命じる、今すぐ武装を解除せよ。無抵抗の民間人に犠牲を出すつもりか』
紺色をさらに暗くしたような色の装甲を持つアイビスのパイロットがレイバーに話しかけた。レジストのコンピューターが発した機械音声によると、彼はマルクス・アーノルド中佐、二十代でアイビスパイロットの至高と言われる首都アイビス部隊の指揮官になった天才と言われている。だが、レイバーにとってはどうでもいいことだ。
「無抵抗の子どもを殺したのはそっちだろ」
低くつぶやいたレイバーはマシンガンを構え直した。引き金を引き絞ると同時に敵機の姿が消えたように見えた。レジストの死角に潜り込んだ敵のアイビスは長柄の武器を繰り出し、グレネードランチャーを持つ腕とマシンガンを一度に破壊した。半瞬ほど前までレジストについていた機械の腕は、スクラップとなって宙に散る。さらにアーノルドの追撃は終わらない。勢いそのままにレジストを蹴りつけて地面に落とす。衝撃がコックピットのレイバーを激しく揺らし、後頭部を強かに打ち付けたため視界が揺らぐ。
『レイバー、作戦の続行は不可能だ。離脱しろ』
映像越しに革命家の声がするが無視して片腕のアイビスを起き上がらせる。スクリーンが赤い信号に満ちている。危険信号だ。
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