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第一楽章『レイバー・ジェーガン』
反乱の兆し
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高層ビルが立ち並ぶ中、夜は黒い幕となって覆いかぶさり、電灯の人工的な光が闇を切り裂く。
「こっちに行ったぞ」
「探せ!」
何人もの大人が裏路地を獣のような眼で何かを探し回っている。
「見つけたぞ、このガキめ」
大柄な男に取り押さえられたのは、痩せ細った少年。手には紙袋が抱えられており、僅かな食料が顔をのぞかせている。少年は観念しながった。脚をバタつかせ、取り押さえてきた男の腕に噛み付く。悶絶した隙をついてその場をあとにした。
新聖帝暦二五八年、ソルカ帝国。かつてこの国は搭乗ロボット兵器アイビスをいち早く導入し、その軍事力をもって大国にのし上がった……地球のほとんどが戦火で焦土となることと引き換えに。わずかに残ったその土地では食料が足りずに人々は上に苦しみ、貧しく幼いものから死んでいった。でもそのことを為政者は知らない。いや、知ろうとしない。むしろ首都に壁を築いて生活区域を隔て、内側で非建設的な権力争いに明け暮れている。それが、この国の現状だった。
首都近郊、スラムのあばら家の中で、少年は紙袋を開いた。彼の名はレイバー・ジェーガン、袋の中身であるパンのかけらは、彼にとって久しぶりのごちそうだ。扉の代わりに出入り口に垂らしているボロ布の隙間から、月明かりと共に冷えた風邪が入ってきた。遠くに、首都の煌びやかな灯りが見える。貧しく、苦しい生活だが、この時の彼は根本から変えようとは思わなかった。日々を生きるために精一杯で、そんな余裕がなかった。まだ、この時は。
夜が明け、崩れた家屋やゴミ溜まりが乱雑するスラムに朝日が差し込んだ。季節は冬の初め、捨てられたタイヤの中に燃えそうなものを入れて暖を取る事による独特な悪臭が漂う。
「レイバー、生きてるか?」
「ああ」
あばら家からはい出したレイバーは、眼の前にいる幾人かの人物を確認した。みな、彼と同年代の子どもたちだ。
「マーティンがしくじった。貴族どものレストランのゴミ箱に食べ物を探しに行って捕まった。兵士にタコ殴りにされたってよ」
そう言う少年の横には、顔中あざだらけで包帯を巻いたマーティンが苦笑を浮かべている。足もひどいのか、松葉づえのようなものも使って、歩き方もぎこちない。この場所では、食料だけでなく、何もかもが足りなかった。彼らは貴族の居住区に忍込み、盗んだものを売ってなんとか生活している。親の顔も知らず、その日その日を生きる日々、大人とは、自分たちを抑圧する者、法律とは、権力者が自分たちを弾圧するための口実。一人ではすぐに野垂れ死ぬここで、仲間の存在は大きい。レイバーはすぐに数名をあばら家に招き入れ、残りは食料を探してスラムに散っていった。
「次はウェストウッド家の工場はどうだ?」
マーティンは、工場を経営する貴族の名を挙げた。そこで製造される搭乗ロボット兵器アイビスのパーツは高く売れる。レイバーは、別の仲間の一人に視線を向ける。
「そこならイリヤが抜け道を知ってる。今夜決行しよう」
「了解」
冷え切った空気が薄着のレイバーたちの肌に刺さる。深夜、イリヤとレイバーは首都の貴族居住区の手前まで来た。眼の前には、壁がある。スラムから入れないようにするためのものだ。壁の上は兵士が巡回しており、そう簡単に乗り越えられない。
「何度見ても高いね」
「とっととはじめよう」
長髪を無造作に束ねた少女、イリヤは、汚れた何かの設計図を取り出した。描かれているパーツの形からアイビスと予想はつくが、彼らにとって必要なのは裏面の方だ。そこに壁を抜ける裏道が書かれている。
地下深くの用水路は、スラム側から見て壁の向う側にある工業地区や貴族居住区から出る排水が流されている。暗く、不潔だが誰も気に留めない。スラムでどれだけ疫病が蔓延しようが、関係ないのだ。二人の足音が細いトンネルに響く。はるか上からは機械の駆動音がし、工業地区の真下であることがわかった。
「慣れてるね」
イリヤはレイバーのカバンを見てそうつぶやいた。中には手袋、大きな麻袋、拳銃が入っている。
「盗みは何度もしてる。生きるために必要なことだ」
レイバーはまだ幼かった頃を思い出した。初めて物を盗み、初めて人を殺した記憶だ。物心ついたときにはすでに両親は死んでいて、誰も頼れない日々。一週間以上何も食べられず、そんな時に食料を持った男が現れた。食べ物の袋を奪い、制止するその男のポケットに入っていた拳銃で左胸を撃った。反動で手から拳銃が離れ、とがめるような表情で命を失った男と同時に地面に落ちた。
「あとからその男がスラムを支援する人権活動家だと知って後悔した。仲間にはそんなことしてほしくない。だから、俺が仕事を引き受ける」
再びトンネルに静寂が訪れた。
「こっちに行ったぞ」
「探せ!」
何人もの大人が裏路地を獣のような眼で何かを探し回っている。
「見つけたぞ、このガキめ」
大柄な男に取り押さえられたのは、痩せ細った少年。手には紙袋が抱えられており、僅かな食料が顔をのぞかせている。少年は観念しながった。脚をバタつかせ、取り押さえてきた男の腕に噛み付く。悶絶した隙をついてその場をあとにした。
新聖帝暦二五八年、ソルカ帝国。かつてこの国は搭乗ロボット兵器アイビスをいち早く導入し、その軍事力をもって大国にのし上がった……地球のほとんどが戦火で焦土となることと引き換えに。わずかに残ったその土地では食料が足りずに人々は上に苦しみ、貧しく幼いものから死んでいった。でもそのことを為政者は知らない。いや、知ろうとしない。むしろ首都に壁を築いて生活区域を隔て、内側で非建設的な権力争いに明け暮れている。それが、この国の現状だった。
首都近郊、スラムのあばら家の中で、少年は紙袋を開いた。彼の名はレイバー・ジェーガン、袋の中身であるパンのかけらは、彼にとって久しぶりのごちそうだ。扉の代わりに出入り口に垂らしているボロ布の隙間から、月明かりと共に冷えた風邪が入ってきた。遠くに、首都の煌びやかな灯りが見える。貧しく、苦しい生活だが、この時の彼は根本から変えようとは思わなかった。日々を生きるために精一杯で、そんな余裕がなかった。まだ、この時は。
夜が明け、崩れた家屋やゴミ溜まりが乱雑するスラムに朝日が差し込んだ。季節は冬の初め、捨てられたタイヤの中に燃えそうなものを入れて暖を取る事による独特な悪臭が漂う。
「レイバー、生きてるか?」
「ああ」
あばら家からはい出したレイバーは、眼の前にいる幾人かの人物を確認した。みな、彼と同年代の子どもたちだ。
「マーティンがしくじった。貴族どものレストランのゴミ箱に食べ物を探しに行って捕まった。兵士にタコ殴りにされたってよ」
そう言う少年の横には、顔中あざだらけで包帯を巻いたマーティンが苦笑を浮かべている。足もひどいのか、松葉づえのようなものも使って、歩き方もぎこちない。この場所では、食料だけでなく、何もかもが足りなかった。彼らは貴族の居住区に忍込み、盗んだものを売ってなんとか生活している。親の顔も知らず、その日その日を生きる日々、大人とは、自分たちを抑圧する者、法律とは、権力者が自分たちを弾圧するための口実。一人ではすぐに野垂れ死ぬここで、仲間の存在は大きい。レイバーはすぐに数名をあばら家に招き入れ、残りは食料を探してスラムに散っていった。
「次はウェストウッド家の工場はどうだ?」
マーティンは、工場を経営する貴族の名を挙げた。そこで製造される搭乗ロボット兵器アイビスのパーツは高く売れる。レイバーは、別の仲間の一人に視線を向ける。
「そこならイリヤが抜け道を知ってる。今夜決行しよう」
「了解」
冷え切った空気が薄着のレイバーたちの肌に刺さる。深夜、イリヤとレイバーは首都の貴族居住区の手前まで来た。眼の前には、壁がある。スラムから入れないようにするためのものだ。壁の上は兵士が巡回しており、そう簡単に乗り越えられない。
「何度見ても高いね」
「とっととはじめよう」
長髪を無造作に束ねた少女、イリヤは、汚れた何かの設計図を取り出した。描かれているパーツの形からアイビスと予想はつくが、彼らにとって必要なのは裏面の方だ。そこに壁を抜ける裏道が書かれている。
地下深くの用水路は、スラム側から見て壁の向う側にある工業地区や貴族居住区から出る排水が流されている。暗く、不潔だが誰も気に留めない。スラムでどれだけ疫病が蔓延しようが、関係ないのだ。二人の足音が細いトンネルに響く。はるか上からは機械の駆動音がし、工業地区の真下であることがわかった。
「慣れてるね」
イリヤはレイバーのカバンを見てそうつぶやいた。中には手袋、大きな麻袋、拳銃が入っている。
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「あとからその男がスラムを支援する人権活動家だと知って後悔した。仲間にはそんなことしてほしくない。だから、俺が仕事を引き受ける」
再びトンネルに静寂が訪れた。
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