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Ⅰ:士官学校篇
最終決戦
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魔界に来て、士官学校に入学して五年。毎年のように戦劇大会に出場しても、三ヶ月ほど前に行った実戦訓練で部下に紛れ込んだ敵国、ヒノカグ帝国の刺客に殺されかけても、緊張に慣れることはない。現に今も、その戦劇大会の最終決戦を前にして、緊張感で軽い吐き気を感じている。この先、正規軍として戦場に立つことになってもたぶん慣れることはないだろうけど、今はただ、目前に迫った最後の一局へと意識を集中させていく。
「はじめて話すな、六年のキール-レオナルド-クラークだ」
そう語りかけてきたのが最終決戦の相手、アイラを負かせた強敵だ。シルファとアイラの対局の前夜、フェザンが予想した通りになった。アイラはと言うと、それから寮の自室から出てきていないらしい。授業には首席しているが、どことなく生気を感じられないと、彼女のパーティーメンバーが話していた。それほどに、アイラにとって負けられない一戦だったのだろう。
「一昨日の対局、観ましたよ」
湧き上がる不安が楽になるかは怪しいが、とりあえず応じる。彼の種族はデュラハンだから見た目はほとんど人間と変わらない。もっとも、それは首から下だけの話だ。もともと首から上が存在しない種族のため、表情はわからないが、口調からして平常心ではないことは確かだろう。
「お手柔らかに頼むよ『謀将の蛇神』」
「何をおっしゃる『盤上の漁師』」
司会者が勝手につけた異名を聞いて、『盤上の漁師』ことキール-レオナルド-クラークは不満げな口調になった。
「気に入ってないですか?」
これは質問ではなく確認だ。
「見ての通りな。『蛇神』とか『姫騎士』とか『魔女』とか。この前戦ったサクロ-ハルベルトに至っては『城塞の守り神』だぞ」
それに比べて『漁師』だ、詩的表現力に乏しい。と彼は言う。俺個人としては詩的表現力が乏しいのではなく、ネタ的表現力が豊富にあるのではないかと思ったが、口には出さなかった。
「前の戦いの勝ち方が良くなかったのかな……」
その言葉で、なぜ『盤上の漁師』と呼ばれているか、わかった気がした。彼の戦法は、極端なまでの陽動戦術だ。わざと砦を空け、包囲しようとした敵を逆に自陣深くに閉じ込める。まるで、餌を撒いて魚を網へ誘導する『漁師』のように。アイラはそれで敗れ、最終決戦に一歩届かなかった。
「まあいい。お互い何かと大変だろうが、いい対局を使用ではないか」
はじまっている……すでに対局は、はじまっている。
対局前の控室は実際に戦う二名のみが入る。そしてその場所は、時に相手を知り、行動の選択肢を減らす心理戦の場になる。
「そうですね、よろしくお願いします」
「あまり硬くなるなよ、思考が鈍るぞ」
そう言って邪気のない笑い声を上げ、俺もやや引きつったような笑顔で応じるが、これは芝居だ。ここで、このような場面で大切なのは、正確な情報を与えないことと、逆に正確な情報を手に入れること。実際の戦場では、兵力と確かな情報が相手より多ければまず負けない。駒の数は両者同じのため、兵力は対局中に分断するか無力化するしかないが、この場で、知れる範囲の情報を手に入れ、相手に判断材料を渡さないようにするために俺からは本当のことを言わない。
恐らく、戦法のことを口にすることで陽動からの逆に包囲される流れを予想させ、警戒されるのが狙いだろう。例えそれが嘘でも、そうすることで無意識のうちに攻撃を消極的にさせることができ、何かと都合が良い。
「残り五分ではじまる……」
たぶん、いや、ほぼ確実に、俺が本当のことを言っていないのはバレている。微かな行動、例えば話すときに向いている方向や口調から、わかる者が見ればお互いに偽りの情報を流しているのは一目瞭然だ。なら、俺はどう動く?考えろ、こいつはどうやって勝とうとしている?
一度ゾーンに入ると思案がとどまることはない。昔からそう言われてきた。今はただ、冬の冷え切った床も、廊下を移動する他の生徒たちの足音や声も気にせず、直向きに脳内で戦劇盤を描いて作戦を練る事に没頭する。
アイラを破った一昨日の戦法を使う場合、そう思わせて心理的に先手を取る場合、更に後者だったら砦の防御を固めるか、積極的に攻撃するだろう。また、囮だと恐れさせて、その駒を避けさせるのかもしれない。他にも、確率は低いが考えられる策はいくらでもある。
そう考える間にも、確実に、時間は過ぎていく。まるで、時間はいくらでもあると、心の余裕をアピールする輩を嘲笑うように。
「それでは、両者、対局スペースに移動してください」
不意に第三者の言葉が見えない腕になって、俺を思案の泉から引きずり出す。
これで勝てば、これで勝てば俺が優勝。
もうここまでくれば、どう足掻こうが開き直るほかはない。極端なまで静かな教室の真ん中にただ一つ置かれたよく手入れされた戦劇盤に向かって歩く俺自身に何度も語りかける。
ここで勝てば俺が優勝。
「はじめて話すな、六年のキール-レオナルド-クラークだ」
そう語りかけてきたのが最終決戦の相手、アイラを負かせた強敵だ。シルファとアイラの対局の前夜、フェザンが予想した通りになった。アイラはと言うと、それから寮の自室から出てきていないらしい。授業には首席しているが、どことなく生気を感じられないと、彼女のパーティーメンバーが話していた。それほどに、アイラにとって負けられない一戦だったのだろう。
「一昨日の対局、観ましたよ」
湧き上がる不安が楽になるかは怪しいが、とりあえず応じる。彼の種族はデュラハンだから見た目はほとんど人間と変わらない。もっとも、それは首から下だけの話だ。もともと首から上が存在しない種族のため、表情はわからないが、口調からして平常心ではないことは確かだろう。
「お手柔らかに頼むよ『謀将の蛇神』」
「何をおっしゃる『盤上の漁師』」
司会者が勝手につけた異名を聞いて、『盤上の漁師』ことキール-レオナルド-クラークは不満げな口調になった。
「気に入ってないですか?」
これは質問ではなく確認だ。
「見ての通りな。『蛇神』とか『姫騎士』とか『魔女』とか。この前戦ったサクロ-ハルベルトに至っては『城塞の守り神』だぞ」
それに比べて『漁師』だ、詩的表現力に乏しい。と彼は言う。俺個人としては詩的表現力が乏しいのではなく、ネタ的表現力が豊富にあるのではないかと思ったが、口には出さなかった。
「前の戦いの勝ち方が良くなかったのかな……」
その言葉で、なぜ『盤上の漁師』と呼ばれているか、わかった気がした。彼の戦法は、極端なまでの陽動戦術だ。わざと砦を空け、包囲しようとした敵を逆に自陣深くに閉じ込める。まるで、餌を撒いて魚を網へ誘導する『漁師』のように。アイラはそれで敗れ、最終決戦に一歩届かなかった。
「まあいい。お互い何かと大変だろうが、いい対局を使用ではないか」
はじまっている……すでに対局は、はじまっている。
対局前の控室は実際に戦う二名のみが入る。そしてその場所は、時に相手を知り、行動の選択肢を減らす心理戦の場になる。
「そうですね、よろしくお願いします」
「あまり硬くなるなよ、思考が鈍るぞ」
そう言って邪気のない笑い声を上げ、俺もやや引きつったような笑顔で応じるが、これは芝居だ。ここで、このような場面で大切なのは、正確な情報を与えないことと、逆に正確な情報を手に入れること。実際の戦場では、兵力と確かな情報が相手より多ければまず負けない。駒の数は両者同じのため、兵力は対局中に分断するか無力化するしかないが、この場で、知れる範囲の情報を手に入れ、相手に判断材料を渡さないようにするために俺からは本当のことを言わない。
恐らく、戦法のことを口にすることで陽動からの逆に包囲される流れを予想させ、警戒されるのが狙いだろう。例えそれが嘘でも、そうすることで無意識のうちに攻撃を消極的にさせることができ、何かと都合が良い。
「残り五分ではじまる……」
たぶん、いや、ほぼ確実に、俺が本当のことを言っていないのはバレている。微かな行動、例えば話すときに向いている方向や口調から、わかる者が見ればお互いに偽りの情報を流しているのは一目瞭然だ。なら、俺はどう動く?考えろ、こいつはどうやって勝とうとしている?
一度ゾーンに入ると思案がとどまることはない。昔からそう言われてきた。今はただ、冬の冷え切った床も、廊下を移動する他の生徒たちの足音や声も気にせず、直向きに脳内で戦劇盤を描いて作戦を練る事に没頭する。
アイラを破った一昨日の戦法を使う場合、そう思わせて心理的に先手を取る場合、更に後者だったら砦の防御を固めるか、積極的に攻撃するだろう。また、囮だと恐れさせて、その駒を避けさせるのかもしれない。他にも、確率は低いが考えられる策はいくらでもある。
そう考える間にも、確実に、時間は過ぎていく。まるで、時間はいくらでもあると、心の余裕をアピールする輩を嘲笑うように。
「それでは、両者、対局スペースに移動してください」
不意に第三者の言葉が見えない腕になって、俺を思案の泉から引きずり出す。
これで勝てば、これで勝てば俺が優勝。
もうここまでくれば、どう足掻こうが開き直るほかはない。極端なまで静かな教室の真ん中にただ一つ置かれたよく手入れされた戦劇盤に向かって歩く俺自身に何度も語りかける。
ここで勝てば俺が優勝。
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