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Ⅰ:士官学校篇
観戦席
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寮に戻ると、フェザンがベッドに入っていたが眠ってはいないようだ。
「帰ったか」
「まだ寝てないんだね」
声をかけると上体を起こして眠そうに目を擦る。
「本当は寝たいんだけどさー、ちょっと聞きたいことがあってなー。アルスは決勝戦で当たりそうな相手はいるかー?」
「どうだろう、たぶんアイラとかすごく強かったしあり得るかも」
「なるほど、決勝戦第一回戦のリベンジマッチってやつかー」
答えながらだんだんフェザンの表情が曇っていく。アイラは決勝戦に残った中でも最年少でありながら今のところ総合順位は二位、優勝候補だ。
「俺の中ではなー、アイラの他に残りそーなのがいるんだ。六年のキール-レオナルド-クラーク。総合順位四位のやつだ……今日まではな」
「今日まで?」
「予選で戦ったサクロ-ハルベルトっているだろー、総合三位の。んで、そいつをボコしてた」
フェザンいわく、ピンポイントでの一撃離脱を繰り返して一方的にダメージを与え続けたらしい。
「で、そいつとアイラかシルファのどっちかが戦うわけだね」
返したけど返事が来ない。目に写ったのは質素だが丈夫な寝台に横たわるフェザンだった。
「ぐぅ……」
「……寝てるのかい」
そのどことなく虚しい響きは微かないびきと共に、夜の空気へと溶けて言った。
『さあて、はじまりましたイーセル王国立軍事総合学園士官学校第四八五〇回戦劇大会決勝トーナメント第二回戦』
正式名称が長すぎるこの大会のアナウンスは、自ら志願した一人の生徒が行っている。グラムくんとは実家が近所らしく、一時期は魔王軍の『四軍王』と呼ばれる幹部の内、他国への遠征の指揮をする『騎士王』を目指すライバルとしてグラムくんが勝手に意識されていたらしい。
『軍服を纏った魔女こと五年生、シルファ-アングリラと、智を司る姫騎士と称される四年生、アイラ-ウエブスタの対局です。その魔法の才能だけでなく戦劇の腕にも定評があるシルファ-アングリラが勝つのか、惜しくもアルスカイト-ヴィべーリオに敗れたアイラ-ウエブスタが再戦に一歩近づくのか。絶対に見逃せないものになりそうです』
実況席は盛り上がり、反対に観客席は少し引き気味になった。当の『軍服を纏った魔女』と『智を司る姫騎士』は聞こえていない。対局を行う部屋は、集中するために完全に外の音を通さないのだ。
「もしかして、俺の『謀将の蛇神』って……」
「そーだ、あいつが言い始めた」
やっぱりそうらしい。戦劇大会の後半になると、全校のほとんどが観戦に来る。そんなところで盛大に二つ名らしきものを言われたら、明日、突然人間界と魔界が入れ替わるくらい、広まらないほうがありえない。
「大丈夫、ちょっと『イタい』けどいいやつだよ」
グラムくんがそう言うなら悪意で言っている訳では無いだろう。
『それでは、駒を並べて対局をはじめてください』
先手を打ったのはシルファだ。駒の一部を前に進め、凹形に並んだアイラの駒の中央を狙う。
それに呼応するようにアイラの駒が下がる。 また、包囲するために両翼を前進させるようにも見えた。
「どっちが優勢に見える?」
隣に座っているヒエナが尋ねてくる。
「どう思う?」
「私は、アイラちゃんが有利に見える。もう囲めそうだし、前に出てきたシルファの駒も少い」
「そうかな……俺にはシルファの駒が囮だと思う。例えば、包囲するときに最後に閉じるところは守りが薄くなりがちだから、囮を使って包囲攻撃を誘発して残りの駒と囮部隊でそこを挟撃するとか」
「囮に乗って来なかったら?」
「シルファが何を考えているかは解らないけど、俺だったらそのまま前進させる駒を増やして中央突破を狙うね。その後は分断したアイラの駒を各個撃破して数を減らすと。それに対してアイラが取るべき行動は……ヒエナ?」
唖然とした表情でフリーズしているようだ。
「まっ、要するにお前みてーな脳筋には無理な話だ」
ヒエナの俺と反対側の隣に座っていたフェザンが割って入る。
「あんたもアルスに言われるまで戦劇のルール知らんかっただろアホウドリ」
痛いところを突かれたのか、言い返された『アホウドリ』は黙り込んで、対局会場の状況を映像化して映してある『魔影機』と呼ばれるマジックアイテムのスクリーンへと向き直った。対局は進み、シルファの前進した駒が包囲されているところだ。さっきの読み通り、残りのシルファの駒が挟撃をするために前進する。
俺だったらどうするかな……もし、アイラ側だったら面白い手が思いつくんだけど……
いずれ使ってみたい策を考えているうちに、当事者たちの盤上で変化が起きた。アイラの包囲陣の一部、シルファが攻めていないところが崩れ、左右から囮ではない、シルファの本隊を攻撃した。
アイラの砦はがら空きだが、今、そこに行けるシルファの駒だけでは囲めない。その上、すでに本隊の方もかなり消耗している。ここまで徹底的に防ぎ切れば結論は一つ。
『勝者、アイラ-ウエブスタ』
「帰ったか」
「まだ寝てないんだね」
声をかけると上体を起こして眠そうに目を擦る。
「本当は寝たいんだけどさー、ちょっと聞きたいことがあってなー。アルスは決勝戦で当たりそうな相手はいるかー?」
「どうだろう、たぶんアイラとかすごく強かったしあり得るかも」
「なるほど、決勝戦第一回戦のリベンジマッチってやつかー」
答えながらだんだんフェザンの表情が曇っていく。アイラは決勝戦に残った中でも最年少でありながら今のところ総合順位は二位、優勝候補だ。
「俺の中ではなー、アイラの他に残りそーなのがいるんだ。六年のキール-レオナルド-クラーク。総合順位四位のやつだ……今日まではな」
「今日まで?」
「予選で戦ったサクロ-ハルベルトっているだろー、総合三位の。んで、そいつをボコしてた」
フェザンいわく、ピンポイントでの一撃離脱を繰り返して一方的にダメージを与え続けたらしい。
「で、そいつとアイラかシルファのどっちかが戦うわけだね」
返したけど返事が来ない。目に写ったのは質素だが丈夫な寝台に横たわるフェザンだった。
「ぐぅ……」
「……寝てるのかい」
そのどことなく虚しい響きは微かないびきと共に、夜の空気へと溶けて言った。
『さあて、はじまりましたイーセル王国立軍事総合学園士官学校第四八五〇回戦劇大会決勝トーナメント第二回戦』
正式名称が長すぎるこの大会のアナウンスは、自ら志願した一人の生徒が行っている。グラムくんとは実家が近所らしく、一時期は魔王軍の『四軍王』と呼ばれる幹部の内、他国への遠征の指揮をする『騎士王』を目指すライバルとしてグラムくんが勝手に意識されていたらしい。
『軍服を纏った魔女こと五年生、シルファ-アングリラと、智を司る姫騎士と称される四年生、アイラ-ウエブスタの対局です。その魔法の才能だけでなく戦劇の腕にも定評があるシルファ-アングリラが勝つのか、惜しくもアルスカイト-ヴィべーリオに敗れたアイラ-ウエブスタが再戦に一歩近づくのか。絶対に見逃せないものになりそうです』
実況席は盛り上がり、反対に観客席は少し引き気味になった。当の『軍服を纏った魔女』と『智を司る姫騎士』は聞こえていない。対局を行う部屋は、集中するために完全に外の音を通さないのだ。
「もしかして、俺の『謀将の蛇神』って……」
「そーだ、あいつが言い始めた」
やっぱりそうらしい。戦劇大会の後半になると、全校のほとんどが観戦に来る。そんなところで盛大に二つ名らしきものを言われたら、明日、突然人間界と魔界が入れ替わるくらい、広まらないほうがありえない。
「大丈夫、ちょっと『イタい』けどいいやつだよ」
グラムくんがそう言うなら悪意で言っている訳では無いだろう。
『それでは、駒を並べて対局をはじめてください』
先手を打ったのはシルファだ。駒の一部を前に進め、凹形に並んだアイラの駒の中央を狙う。
それに呼応するようにアイラの駒が下がる。 また、包囲するために両翼を前進させるようにも見えた。
「どっちが優勢に見える?」
隣に座っているヒエナが尋ねてくる。
「どう思う?」
「私は、アイラちゃんが有利に見える。もう囲めそうだし、前に出てきたシルファの駒も少い」
「そうかな……俺にはシルファの駒が囮だと思う。例えば、包囲するときに最後に閉じるところは守りが薄くなりがちだから、囮を使って包囲攻撃を誘発して残りの駒と囮部隊でそこを挟撃するとか」
「囮に乗って来なかったら?」
「シルファが何を考えているかは解らないけど、俺だったらそのまま前進させる駒を増やして中央突破を狙うね。その後は分断したアイラの駒を各個撃破して数を減らすと。それに対してアイラが取るべき行動は……ヒエナ?」
唖然とした表情でフリーズしているようだ。
「まっ、要するにお前みてーな脳筋には無理な話だ」
ヒエナの俺と反対側の隣に座っていたフェザンが割って入る。
「あんたもアルスに言われるまで戦劇のルール知らんかっただろアホウドリ」
痛いところを突かれたのか、言い返された『アホウドリ』は黙り込んで、対局会場の状況を映像化して映してある『魔影機』と呼ばれるマジックアイテムのスクリーンへと向き直った。対局は進み、シルファの前進した駒が包囲されているところだ。さっきの読み通り、残りのシルファの駒が挟撃をするために前進する。
俺だったらどうするかな……もし、アイラ側だったら面白い手が思いつくんだけど……
いずれ使ってみたい策を考えているうちに、当事者たちの盤上で変化が起きた。アイラの包囲陣の一部、シルファが攻めていないところが崩れ、左右から囮ではない、シルファの本隊を攻撃した。
アイラの砦はがら空きだが、今、そこに行けるシルファの駒だけでは囲めない。その上、すでに本隊の方もかなり消耗している。ここまで徹底的に防ぎ切れば結論は一つ。
『勝者、アイラ-ウエブスタ』
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