魔王軍に入隊した人間の叙事詩

片山康亮

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Ⅰ:士官学校篇

蛇と罠と……

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クロノード第五補給基地。クロノード神殿周辺にある補給基地の一つ。基地と言っても、一見すると馬車を停めるスペースと見張り塔が崖から迫り出したように造られた床に、その他のものは崖に横穴を掘って部屋のようにしているだけだ。

「連絡した、エテルニタ団のヴィべーリオ下士官待遇です」

基地司令官の士官に挨拶をする。司令官は、ミノタウロスの初老の男性だ。

「夜が明けるまではここに留まり、馬車の修理と物資の補給をするといい」

「ありがとうございます」

「それと、この者はそなたらの兵か?」

そう言って歩き出した司令官に着いていくと、基地内の医務室に到着した。簡易ベッドの上であの落ちた馬車に乗っていたはずの参謀役の兵士がいた。

「大丈夫か、生きていたのか?」

声をかけるとうっすらと目を開いた。呼吸も安定している。

「ヴィべーリオ隊長……」

「良かった。でもいったいどうやって脱出したんだい?」

尋ねると、彼は四本ある腕の一対を持ち上げ、力を込めた。すると指が変形し、間に膜が張られてコウモリの翼のようになった。

「飛行可能な種族は私だけでした。他の者は、みんな……」

だんだんと涙声になっていく。あの馬車にいたのは、彼にとっては新兵のころから共に戦った仲間だから。

「とにかく今は傷を癒やしてくれ」

その後もしばらく話して医務室から出る。生きていてくれた。爆風と火炎の中。破損し、落下していく馬車の中。脱出に成功した者がいたのだ。どうやら彼は、怪我の治療のためにダンジョンヘ戻ることになったらしい。とりあえず、今はもう寝よう。すでに日付は変わり、もともと暗い魔界の崖がさらに深い闇に沈んでいる。


たくさんの足音と怒鳴り声で目が覚める。浅い眠りについた数十分後のことだ。突如巻き起こった火災。その爆炎は、貪欲に基地を包み込み、混乱の中兵士たちを薙ぎ倒してゆく。

「アルス!」

隣のベッドから飛び起きたフェザンが咳き込む。

「『アクアサギッタ』」

何本もの水の矢が燃えたドアに刺さり、突き破る。

「大丈夫?」

ヒエナが部屋へと駆け込む。側には魔法を放ったグラムくんもいる。

「水属性の魔法で火を抑えながら馬車の所まで行く」

手を振り上げ、水魔法を詠唱する。適性属性の白い炎ほど強力ではないが、今はこれで大丈夫なはずだ。

「ヴィべーリオ隊長、ご無事ですか?」

ダンジョンの兵士八人とも合流した。だがその様子は動揺している。というよりも唖然としている。さらに燃え広がっていくのを感じ、理由は後で聞くからとりあえず基地の兵士と協力して消火するように指示をして馬車ヘ向かう。


「何故……」

そこには、兵士たちが唖然としていたやや高い背丈に痩せた体。山羊の頭と、そして一対が翼となった四本の腕。本来ならすでにダンジョンヘと搬送されたはずのあの参謀役の兵士が、炎に照らされて馬車の屋根に立っていた。

「隊……長……」

「どうして戻ってきたんだ?怪我は……」

話しかけたその時、耳飾りが警告を表す赤色に光った。

「『フレイム』」

三発の火球が俺にむけて放たれる。一発目はぎりぎりの所で躱し、抜刀して二発続けて弾く。外れた火球は基地の見張り塔に直撃し、音をたてて倒壊した。

「いきなりどうした!」

攻撃を仕掛けた本人を見ると、彼の服装は見慣れた消し炭色をしたイーセル王国の軍服ではない。暗いくすんだ緑色の法衣に煤竹色の丈が短いマントを肩から掛けている。そしてその腕の一本には、鎌と刀が合体したような武器が月を貫いたデザインの紋章が描かれた腕章を着けている。

「イーセル王国軍士官候補生、アルスカイト-ヴィべーリオ殿で間違い無いですか?」

その声には昨日までの優しさが無く、目は瀕死の獲物を見る狩人ような冷徹な目だ。

「間違い無いって……さっきも話しただろ」

「いえいえ、人違いだったら大変ですから」

応え、先ほどよりも遥かに強力な魔法を詠唱し始める。

「申し遅れました。私は、ヒノカグ帝国軍特殊撃殺部隊『カゲツキ』の者です」

カゲツキ、それはヒノカグ帝国軍に所属する暗殺者の集団。実戦訓練前日、エルセルトさんとの買い物の帰り道で襲われたことがある。でもなんで俺なのだろう……。熱風に足を取られる。詠唱が終わったのか。

『魔力探知発動、回避して下さい。危険です』

しまった、遅かったか……。そう思った刹那、誰かに突き飛ばされる。魔法が耳元を逸れて空ヘと舞い上がる。

「僕らのことも忘れるなよ、指揮官!」

声の主は、騎士道を重んじる生きた武具。グラムくん……

「『磔縛』」

空中に魔力の鎖が現れ、火球が一瞬止まる。その鎖を辿るように誰かが地面から跳躍し、魔法の威力が無くなるほど小さく切り刻んでいく。

「物思いにふけるのはいいけど、戦いが終わってからにしてよね」

亡霊武者の能力でゆっくりと下降してきたヒエナが双剣を構え直す。

「あのさー、カゲツキだかなんだか知らんけどさー。俺に気づかないのは暗殺者失格だよね」

弓を引く音。滑空し、背後に躍り出たフェザンが至近距離から狙う。

「もらった!」

翠色の風属性を纏った矢が山羊頭の後頭部を貫いたと思ったその時、空中に魔力の腕が現れフェザンの矢を受け止めた。

「『罠猟』」

フェザンの周りを囲むように次々と罠が発動し、弓を撃てなくしている。

「私の戦技、『罠師』は発動の瞬間まで魔力探知にかからない罠を張る技『罠猟』を扱います」

フェザンの頭上に巨大な岩が出現する。まだ気づいていない。カゲツキと名乗ったその男は、冷静に解説を続ける。

「もう一つの技『布幕』は、対象者の罠に対する注意を逸らさせます」  

フェザンが岩に気づいたときはすでに、回避不能なところまで接近していた。このままだと押しつぶされ……

「『断頭台』」

怪馬の羽音が鳴り、騎乗したヒエナが岩に技を当てる。落下の勢いを利用して振り下ろされた双剣は大岩を破壊する。一瞬、山羊の頭が違う方向を向く。もらった!

「『蛇突』」

純白の炎を纏った剣を突きだす。切っ先から伸びた炎の蛇が、暗いくすんだ緑色の法衣に命中する。斃した……のか?フェザンの辺りからも罠が消えた。


「さすがは、『蛇突』の戦技を持っているだけのことはありますね」

飛んできた火球をぎりぎりで見切って躱す。破れた法衣を手で払い、まっすぐに俺をに視線を投げかける姿……

「防火魔法を纏ってなかったら危なかったですよ。さあ、蛇と罠、どちらが強いか白黒つけましょう」





























































    
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