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Ⅰ:士官学校篇
急転
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哨戒任務二日目、俺たちは今、崖道沿いを馬に乗って移動している。下に道路は無い。地上を進むと崖崩れが起きた時に対応できない上に、奇襲を受けやすいから飛行している。ダンジョンの精鋭兵士十二人がついているとはいえ、士官学校の学生が率いる部隊だ。万が一襲われたら勝機は少ない。
「崖道は事故が多い。慎重にいくぞ」
先導する馬車の兵士に声をかける。底は白い霧に覆われていてよく見えないが、落ちたらまず生還は無理だ。
『五年生の実戦訓練は、はじめて本物の戦場に行くため、毎年数人の死者が出る。心してかかれ』
出発前に教官にそう言われた。こんなところで死ぬのは嫌だ。五年前、俺はただ守られることしかできなかった。次は、俺が守る側になる。ここ、イーセル王国で、魔王軍で。
『魔力探知発動、危険です』
耳元で誰かが叫んだ。正確には、耳飾りが。
「着陸しろ!馬車に爆裂魔法がかかっているぞ!」
崖側にいた馬車に叫ぶ。あそこには、昨日罠について説明してくれた参謀役の兵士がいたはず。眼球が焼けるかのような閃光、そして……
「姿勢制御不能!落ちます!」
「飛行可能な種族は救助へ!」
「だめです、延焼がひどくて近寄れません!」
黒煙と、同じ色の炎を上げた馬車の高度が急激に下がる。轟音と同時に広がった熱風にあおられ、髪と軍服の裾が激しくはためいた。崖に激突しながら破損した馬車は落ちていく。
「ああ、そんな」
声が震えている。思わず手綱を強く握った。俺は、気づいていた。俺は、何をしてたんだ。イグドー教官にもらった耳飾りで事前に気づいていたはずだ、こうなることを。なのに助けられなかった。何が司令塔だ、指揮官だ。俺は人間、体が脆く、魔力や特殊能力はゼロに近い。そのうえ一介の学生にすぎない。偉そうに指示をしていたなんて、増長のしすぎだろう。もうすでに馬車は見えない所まで落ちてしまっている。順調だった任務が急転した。
「アルス……アルス」
なんだ……
『魔力探知発動、前方より水攻め』
気がつくと、俺は馬から降りていた。崖際の空き地。もうすでに辺りは薄暗い。不時着したのだろうか……寒っ。顔が冷水で濡れている。
「起きたかー」
眼の前にはバケツを持ったフェザン。
「ダンジョンを出るときに言ったこと、撤回するよー。お前、やっぱ指揮官向いてないよ」
いつもはない真剣な光が薄い翠色の目に宿っている。
「お前は優し過ぎる。助けられなかったことは俺は責めない、俺もだったからなー。でもさー、味方に死なれる度に責任感で放心状態になってたら次死ぬのはアルスだよ」
「だけど……」
「あーはいはい、そーゆーのはいいから。ほんとさー、人のこと分かってる?」
だんだん口調が強くなっている。
「もちろん、出発する前も任務中も対話をしてどんな戦法をするか、どんな種族でどんな性格かは把握している」
「違う、もっと根本的なの。ダンジョンの精鋭兵士が死ぬ覚悟があるということすら知らないの?」
なのに死を引きずることは、その覚悟を踏みにじるのと同じだ、とフェザンは言う。
「アルスは、指揮官として助けられなかったことを反省してるけどさー。指揮官なら、この死を無駄にしない努力をするべきじゃないかなー。反省するんじゃない、反撃するんだよ」
フェザンのほうが正しい。本当に仲間を大切に思うなら……
「わかった、まずはこの状況を打開しよう」
まず、火を起こして服を乾かす。その後で簡単な結界を張る。あとはダンジョンに連絡をした。けど問題がある。食料があの馬車に乗っていたのだ。
「この崖道をしばらく進むと補給基地があります」
兵士の一人が地図を広げる。
「そこまでは時間にしておよそ三時間。しばらく休んでから出発しても夜明けまでには到着するでしょう」
「では、一時間後にここを発つ。各自支度をしろ」
「はっ」
床下と車輪は大丈夫か……『魔力探知』にも問題ない。あの罠、馬車の破損のし方や炎の色からして軍が魔導兵器に使う特殊な火薬。外部から信号を送ると空気中の魔力に引火、爆発系の魔術を引き起こすというものだ。恐らくは軍関係者の仕業。もしくは……それに見せかけた誰かの……
「残りの馬車に異常はなかった。周囲の状況はどう?」
「報告する、真っ暗で何も見えねー」
双眼鏡を片手にフェザンが言う。しばらく間を開けて口を開いた。
「……なんかへんな感じがする」
「え……」
「だってさー、誰も突っ込んでくれないんだよ」
あの『真っ暗で何も見えねー』ってボケだったんだ。わかりにくい。まぁ、普段ツッコミをしているヒエナがいないから調子が狂うのだろうな。
そのヒエナは、焚き火の近くで刀を磨いていた。彼女の扱う刀は、イーセル王国軍で流通している軍刀の三分の二ほどの刃渡りで片刃。反りがある。
「そういえば、ヒエナの武器って独特な剣だね」
声をかけると、磨かれて光沢のある鋼の刃を持った手を止め、見せてくれた。
「この武器は小太刀って言ってね、ヒノカグの方だと護身や戦闘、暗殺まで使い道の多い割とメジャーな武器なんだ」
二振りの小太刀を鞘に納め、士官学校の制服に装着する。
「そういえば、グラムくんはどこ行った?」
さっきから姿が見えない。ヒエナが崖の上を指差す。
「帰って来たよ」
「出発する。目的地はクロノード第五補給基地。では、離陸!」
馬の足音が鳴り響き、砂埃が舞い散る。馬上独特の揺れと夜風を感じる。翼が羽ばたく音。少し強めの突風が吹き、剣と耳飾りが揺れる。腕のバングルを一目見た。イグドー教官、エルセルトさん、そしてエリカ。教え導いてくれた人、助けてくれた人、守ってくれた人。そんな人たちのためにも、必ず生きて帰ってやる。
「崖道は事故が多い。慎重にいくぞ」
先導する馬車の兵士に声をかける。底は白い霧に覆われていてよく見えないが、落ちたらまず生還は無理だ。
『五年生の実戦訓練は、はじめて本物の戦場に行くため、毎年数人の死者が出る。心してかかれ』
出発前に教官にそう言われた。こんなところで死ぬのは嫌だ。五年前、俺はただ守られることしかできなかった。次は、俺が守る側になる。ここ、イーセル王国で、魔王軍で。
『魔力探知発動、危険です』
耳元で誰かが叫んだ。正確には、耳飾りが。
「着陸しろ!馬車に爆裂魔法がかかっているぞ!」
崖側にいた馬車に叫ぶ。あそこには、昨日罠について説明してくれた参謀役の兵士がいたはず。眼球が焼けるかのような閃光、そして……
「姿勢制御不能!落ちます!」
「飛行可能な種族は救助へ!」
「だめです、延焼がひどくて近寄れません!」
黒煙と、同じ色の炎を上げた馬車の高度が急激に下がる。轟音と同時に広がった熱風にあおられ、髪と軍服の裾が激しくはためいた。崖に激突しながら破損した馬車は落ちていく。
「ああ、そんな」
声が震えている。思わず手綱を強く握った。俺は、気づいていた。俺は、何をしてたんだ。イグドー教官にもらった耳飾りで事前に気づいていたはずだ、こうなることを。なのに助けられなかった。何が司令塔だ、指揮官だ。俺は人間、体が脆く、魔力や特殊能力はゼロに近い。そのうえ一介の学生にすぎない。偉そうに指示をしていたなんて、増長のしすぎだろう。もうすでに馬車は見えない所まで落ちてしまっている。順調だった任務が急転した。
「アルス……アルス」
なんだ……
『魔力探知発動、前方より水攻め』
気がつくと、俺は馬から降りていた。崖際の空き地。もうすでに辺りは薄暗い。不時着したのだろうか……寒っ。顔が冷水で濡れている。
「起きたかー」
眼の前にはバケツを持ったフェザン。
「ダンジョンを出るときに言ったこと、撤回するよー。お前、やっぱ指揮官向いてないよ」
いつもはない真剣な光が薄い翠色の目に宿っている。
「お前は優し過ぎる。助けられなかったことは俺は責めない、俺もだったからなー。でもさー、味方に死なれる度に責任感で放心状態になってたら次死ぬのはアルスだよ」
「だけど……」
「あーはいはい、そーゆーのはいいから。ほんとさー、人のこと分かってる?」
だんだん口調が強くなっている。
「もちろん、出発する前も任務中も対話をしてどんな戦法をするか、どんな種族でどんな性格かは把握している」
「違う、もっと根本的なの。ダンジョンの精鋭兵士が死ぬ覚悟があるということすら知らないの?」
なのに死を引きずることは、その覚悟を踏みにじるのと同じだ、とフェザンは言う。
「アルスは、指揮官として助けられなかったことを反省してるけどさー。指揮官なら、この死を無駄にしない努力をするべきじゃないかなー。反省するんじゃない、反撃するんだよ」
フェザンのほうが正しい。本当に仲間を大切に思うなら……
「わかった、まずはこの状況を打開しよう」
まず、火を起こして服を乾かす。その後で簡単な結界を張る。あとはダンジョンに連絡をした。けど問題がある。食料があの馬車に乗っていたのだ。
「この崖道をしばらく進むと補給基地があります」
兵士の一人が地図を広げる。
「そこまでは時間にしておよそ三時間。しばらく休んでから出発しても夜明けまでには到着するでしょう」
「では、一時間後にここを発つ。各自支度をしろ」
「はっ」
床下と車輪は大丈夫か……『魔力探知』にも問題ない。あの罠、馬車の破損のし方や炎の色からして軍が魔導兵器に使う特殊な火薬。外部から信号を送ると空気中の魔力に引火、爆発系の魔術を引き起こすというものだ。恐らくは軍関係者の仕業。もしくは……それに見せかけた誰かの……
「残りの馬車に異常はなかった。周囲の状況はどう?」
「報告する、真っ暗で何も見えねー」
双眼鏡を片手にフェザンが言う。しばらく間を開けて口を開いた。
「……なんかへんな感じがする」
「え……」
「だってさー、誰も突っ込んでくれないんだよ」
あの『真っ暗で何も見えねー』ってボケだったんだ。わかりにくい。まぁ、普段ツッコミをしているヒエナがいないから調子が狂うのだろうな。
そのヒエナは、焚き火の近くで刀を磨いていた。彼女の扱う刀は、イーセル王国軍で流通している軍刀の三分の二ほどの刃渡りで片刃。反りがある。
「そういえば、ヒエナの武器って独特な剣だね」
声をかけると、磨かれて光沢のある鋼の刃を持った手を止め、見せてくれた。
「この武器は小太刀って言ってね、ヒノカグの方だと護身や戦闘、暗殺まで使い道の多い割とメジャーな武器なんだ」
二振りの小太刀を鞘に納め、士官学校の制服に装着する。
「そういえば、グラムくんはどこ行った?」
さっきから姿が見えない。ヒエナが崖の上を指差す。
「帰って来たよ」
「出発する。目的地はクロノード第五補給基地。では、離陸!」
馬の足音が鳴り響き、砂埃が舞い散る。馬上独特の揺れと夜風を感じる。翼が羽ばたく音。少し強めの突風が吹き、剣と耳飾りが揺れる。腕のバングルを一目見た。イグドー教官、エルセルトさん、そしてエリカ。教え導いてくれた人、助けてくれた人、守ってくれた人。そんな人たちのためにも、必ず生きて帰ってやる。
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