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Ⅰ:士官学校篇
出発前夜
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「エルセルトさん、ただ今帰りました」
そう言って俺は屋敷の門を開く。ヴィべーリオ家邸宅、イーセル王国軍骸武者機動歩兵大隊長であり、魔界での俺の保護者でもある、エルセルト-ヴィべーリオの家。
「おかえりなさい。アルス様」
「帰ってきたかアルス、なんでも今度実戦訓練があるらしいな」
エルセルトさんと従者のタリスタンさんに出迎えられて、ソファーに座る。
エルセルトさんは、六百三十歳(人間だと四十代くらい)の不死者で、長剣に純白の炎を纏わせ、敵兵を斬り伏せる姿から、『白夜』と恐れられている。従者のタリスタンさんの種族はダークエルフ、エルセルトさんの学生時代の後輩で、なんでも士官学校の教官に匹敵する戦闘力の持ち主でもあるらしい。
「はい、その準備のために帰ってきました」
「で、誰と組むんだ」
そう聞かれて鞄から学年名簿を取り出す。
「おお、このバルビュートくんの父親とは何度か同じ戦場で戦ったな。亡くなったと聞いたが、残念だ」
その後も学校の話をして、夕食をとり、浄水魔法と加熱魔法を使って作ったシャワーを浴びてその日は終わった。
翌日
今日は訓練で俺が使う装備品を用意する予定だ。エルセルトさんが部屋の棚をあさっている。
「なにをしているのですか」
「実戦なら真剣が必要だろ。ちょっと待ってくれ、確かここらへんに……」
そう言ってエルセルトさんが取り出したのは、黒い鞘に赤字で強化魔法が書いてある大型の軍刀で、見るとかなり旧式のようだ。
「こいつは俺が新兵のころ使っていた剣だ。ずいぶんと古いが、よく切れるぞ」
刃に付いた汚れを拭き取りながら武器の解説をする。
「じゃあ次は防具だ。学校の制服だけだと心配だしな。中に鎖帷子でも着たらいい」
「でもエルセルトさんのだとサイズがあわないですよ」
エルセルトさんは、俺よりも三十センチぐらい背が高い。
「わかった、これから買いに行こう」
馬車の鍵をポケットに入れながらエルセルトさんがそう言った。
イセトリンク繁華街
「そういやお前、この間ここで強盗退治していたな」
数日前、パーティーの三人と一緒に、店を占領した強盗を逮捕した時のことを思い出す。
「はい、あの木刀専門店が襲われていたので」
「気をつけろよ、強盗の中には殺害を躊躇しない奴もいるからな」
着いたのは、天井の低い店内に、ところ狭しと鎧が展示している店だった。奥からゴーレム系の種族の店員さんが出てくる。
「ヴィべーリオさん、今日はどのようなご要件で」
「彼の新しい防具がほしい。俺のだとサイズがあわない」
店員さんと話し終わったエルセルトさんとタリスタンさんが、少し用事があると言って店を出た。
「では採寸をさせていただきます」
巻き尺で腕や身長を測ってもらう。
「おすすめは軍師用の装備です。これはいかがです」
店員さんが、ところどころ鉄板で補強された黒い、丈の短いコートを取り出した。
「これは、ローブと甲冑のいいとこ取りをしたような防具です。中には特殊な魔法をかけた糸を編み込んでいて、魔力と攻撃力が少し上がります」
「じゃあ、これををください」
店の外に行くと、大量の荷物を持ったエルセルトさんとタリスタンさんがいた。
「すごい量ですね。なんですか、それ」
「食材だ」
エルセルトさんって大食いだったんだ。ずっと学校の寮にいたから気づかなかったな。
馬車
「では、出発しますね」
タリスタンさんが手綱を握ると、馬車を引いている黒馬が走り出した。
「なんだあれは」
後ろから三台の馬車が接近してくるのが見えた。
「エルセルト様、アルスカイト様、大変です。カゲツキが現れました」
「今の装備じゃ刃が立たない。逃げるぞ」
馬車が一気に加速する。その先には……
「崖だ」
「お二人とも、離陸します。気をつけて下さい」
タリスタンさんの声に反応し、黒馬が翼を広げる。
「飛べ」
羽音をたて、馬車は家の方角に向かいはじめる。
「エルセルトさん、カゲツキってなんですか」
「ヒノカグ帝国軍に所属する暗殺者の集団だ。主に我が軍の隊長クラスの将を標的にしている」
「そこまでわかっているのにどうして逮捕しないのですか」
「わからないんだよ、奴らの拠点が。それに、憲兵隊が到着する前に何故かいなくなっているんだよ。毎回な」
「また奴らです。まだ諦めていません」
「われわれは、カゲツキである。イーセル王国軍骸武者機動歩兵大隊長、エルセルト-ヴィべーリオ、その首頂戴する」
「エルセルト様はアルス様をお守り下さい。私は奴らを追い払います」
カゲツキの馬車一台と並走する。あれは…
「タリスタンさん、追尾魔法付きの弓矢です」
「承知しました、戦技『ホリネスの魔手』」
タリスタンさんが技名を叫ぶと、空中に魔法陣が出現し、そこから大量の腕が伸びてカゲツキの馬車をバラバラにした。
「まだくるぞ」
エルセルトさんが後ろを指すと、有翼の種族のカゲツキ団員が魔法を放とうとしていた。
「サンダー」
タリスタンさんの魔法で敵の一人を撃ち落とす。別の敵が放った火球を弾きながらタリスタンさんが俺たちに声をかける。
「かなり揺れます、気をつけて」
敵と魔法を撃ち合いながら加速し、旋回する。窓に手をかけようとした一人を振り落として一気に高度を下げる。
ぶつかる
そう思ったが、馬車は無事で、
「カゲツキは」
「みんな落ちていったよ」
御者台からタリスタンさんが顔をのぞかせる。
「無事ですか、お二人とも」
「大丈夫だ。タリスタンはどうだ」
「無事です、エルセルト様」
その後数日間、俺たちは家で警戒していたが、あれ以来奴らに襲われることはなかった。
そして、出発前夜
「すごいごちそうですね」
「ええ、がんばって作りました」
タリスタンさんは料理がとても上手だ。本人いわく従者には家事の腕も必要なのだとか。
「このスープはエルセルト様が作ったのですよ」
「そうですか、すごく美味しいです」
「そうか、たくさん買ってよかったな」
あの大量の食材にはこんな意味があったのか。大皿に盛った料理を一人で平らげているエルセルトさんの様子を見ていると、それだけではないようだが……
とにかく、出発前夜はとても楽しかった。
「ありがとうございました、実戦訓練頑張ります」
「おう、訓練とはいえ実戦だから気をつけろよ。それと…それと、お前は絶対に生き残れる。胸張って行ってこい」
そう言って俺は屋敷の門を開く。ヴィべーリオ家邸宅、イーセル王国軍骸武者機動歩兵大隊長であり、魔界での俺の保護者でもある、エルセルト-ヴィべーリオの家。
「おかえりなさい。アルス様」
「帰ってきたかアルス、なんでも今度実戦訓練があるらしいな」
エルセルトさんと従者のタリスタンさんに出迎えられて、ソファーに座る。
エルセルトさんは、六百三十歳(人間だと四十代くらい)の不死者で、長剣に純白の炎を纏わせ、敵兵を斬り伏せる姿から、『白夜』と恐れられている。従者のタリスタンさんの種族はダークエルフ、エルセルトさんの学生時代の後輩で、なんでも士官学校の教官に匹敵する戦闘力の持ち主でもあるらしい。
「はい、その準備のために帰ってきました」
「で、誰と組むんだ」
そう聞かれて鞄から学年名簿を取り出す。
「おお、このバルビュートくんの父親とは何度か同じ戦場で戦ったな。亡くなったと聞いたが、残念だ」
その後も学校の話をして、夕食をとり、浄水魔法と加熱魔法を使って作ったシャワーを浴びてその日は終わった。
翌日
今日は訓練で俺が使う装備品を用意する予定だ。エルセルトさんが部屋の棚をあさっている。
「なにをしているのですか」
「実戦なら真剣が必要だろ。ちょっと待ってくれ、確かここらへんに……」
そう言ってエルセルトさんが取り出したのは、黒い鞘に赤字で強化魔法が書いてある大型の軍刀で、見るとかなり旧式のようだ。
「こいつは俺が新兵のころ使っていた剣だ。ずいぶんと古いが、よく切れるぞ」
刃に付いた汚れを拭き取りながら武器の解説をする。
「じゃあ次は防具だ。学校の制服だけだと心配だしな。中に鎖帷子でも着たらいい」
「でもエルセルトさんのだとサイズがあわないですよ」
エルセルトさんは、俺よりも三十センチぐらい背が高い。
「わかった、これから買いに行こう」
馬車の鍵をポケットに入れながらエルセルトさんがそう言った。
イセトリンク繁華街
「そういやお前、この間ここで強盗退治していたな」
数日前、パーティーの三人と一緒に、店を占領した強盗を逮捕した時のことを思い出す。
「はい、あの木刀専門店が襲われていたので」
「気をつけろよ、強盗の中には殺害を躊躇しない奴もいるからな」
着いたのは、天井の低い店内に、ところ狭しと鎧が展示している店だった。奥からゴーレム系の種族の店員さんが出てくる。
「ヴィべーリオさん、今日はどのようなご要件で」
「彼の新しい防具がほしい。俺のだとサイズがあわない」
店員さんと話し終わったエルセルトさんとタリスタンさんが、少し用事があると言って店を出た。
「では採寸をさせていただきます」
巻き尺で腕や身長を測ってもらう。
「おすすめは軍師用の装備です。これはいかがです」
店員さんが、ところどころ鉄板で補強された黒い、丈の短いコートを取り出した。
「これは、ローブと甲冑のいいとこ取りをしたような防具です。中には特殊な魔法をかけた糸を編み込んでいて、魔力と攻撃力が少し上がります」
「じゃあ、これををください」
店の外に行くと、大量の荷物を持ったエルセルトさんとタリスタンさんがいた。
「すごい量ですね。なんですか、それ」
「食材だ」
エルセルトさんって大食いだったんだ。ずっと学校の寮にいたから気づかなかったな。
馬車
「では、出発しますね」
タリスタンさんが手綱を握ると、馬車を引いている黒馬が走り出した。
「なんだあれは」
後ろから三台の馬車が接近してくるのが見えた。
「エルセルト様、アルスカイト様、大変です。カゲツキが現れました」
「今の装備じゃ刃が立たない。逃げるぞ」
馬車が一気に加速する。その先には……
「崖だ」
「お二人とも、離陸します。気をつけて下さい」
タリスタンさんの声に反応し、黒馬が翼を広げる。
「飛べ」
羽音をたて、馬車は家の方角に向かいはじめる。
「エルセルトさん、カゲツキってなんですか」
「ヒノカグ帝国軍に所属する暗殺者の集団だ。主に我が軍の隊長クラスの将を標的にしている」
「そこまでわかっているのにどうして逮捕しないのですか」
「わからないんだよ、奴らの拠点が。それに、憲兵隊が到着する前に何故かいなくなっているんだよ。毎回な」
「また奴らです。まだ諦めていません」
「われわれは、カゲツキである。イーセル王国軍骸武者機動歩兵大隊長、エルセルト-ヴィべーリオ、その首頂戴する」
「エルセルト様はアルス様をお守り下さい。私は奴らを追い払います」
カゲツキの馬車一台と並走する。あれは…
「タリスタンさん、追尾魔法付きの弓矢です」
「承知しました、戦技『ホリネスの魔手』」
タリスタンさんが技名を叫ぶと、空中に魔法陣が出現し、そこから大量の腕が伸びてカゲツキの馬車をバラバラにした。
「まだくるぞ」
エルセルトさんが後ろを指すと、有翼の種族のカゲツキ団員が魔法を放とうとしていた。
「サンダー」
タリスタンさんの魔法で敵の一人を撃ち落とす。別の敵が放った火球を弾きながらタリスタンさんが俺たちに声をかける。
「かなり揺れます、気をつけて」
敵と魔法を撃ち合いながら加速し、旋回する。窓に手をかけようとした一人を振り落として一気に高度を下げる。
ぶつかる
そう思ったが、馬車は無事で、
「カゲツキは」
「みんな落ちていったよ」
御者台からタリスタンさんが顔をのぞかせる。
「無事ですか、お二人とも」
「大丈夫だ。タリスタンはどうだ」
「無事です、エルセルト様」
その後数日間、俺たちは家で警戒していたが、あれ以来奴らに襲われることはなかった。
そして、出発前夜
「すごいごちそうですね」
「ええ、がんばって作りました」
タリスタンさんは料理がとても上手だ。本人いわく従者には家事の腕も必要なのだとか。
「このスープはエルセルト様が作ったのですよ」
「そうですか、すごく美味しいです」
「そうか、たくさん買ってよかったな」
あの大量の食材にはこんな意味があったのか。大皿に盛った料理を一人で平らげているエルセルトさんの様子を見ていると、それだけではないようだが……
とにかく、出発前夜はとても楽しかった。
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