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131:告白となりたいもの

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 騎士団で送迎会を開いてもらったあと、私たちはヨーカー魔法学園へ帰った。
 帰り際にフィナが「アメリー先生、行かないで!」と抱きついてきたので、びっくりしたけれど、彼はカディンとシュクレに引っぺがされて、生徒たちの集まる方へ連れて行かれたのだった。
 それを見たカマルは、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。

 ※

 黒撫子寮に到着し、荷物を置いているとカマルがやって来た。

「アメリー、今、少し話せる?」
「う、うん。大丈夫だよ」

 部屋の扉を開けて、カマルをクロスのかかったカントリー調の白い椅子に案内する。
 ちょうど歩いてきたシュエを抱き上げたカマルは、使い魔を膝の上に乗せて言った。
 
「まだ、他の皆は帰ってきていないみたいだね」
「うん、私たちは転移の魔法玉で一瞬の移動だったからね。レルクの工房組は転移陣、魔法都市内の子たちはボードで戻ってくるんじゃないかな」

 皆がどんな経験をしてきたのか、話を聞くのが楽しみだ。

「それでカマル、話って?」
「……アメリーは、その、フィナと親しいの?」
「え、フィナ?」

 突如出てきた名前に、私は驚いて首を傾げる。

「魔法を教えていた後輩たちの中ではよく喋った方かな。年下の子たちの代表的な立場だったし、なんか距離が近いし」
「そ、その……何度も抱きつかれていたり」

 なんとなく歯切れが悪いカマル。

「ああ、あれはフィナの問題行動の一つで、黒撫子寮のリアムさんみたいなものなの。止めるように伝えたんだけど、さっぱりで」
「そっか……変なことを聞いてごめん。アメリーは……彼を異性として見ているのではと思って」
「異性!? そんなわけないよ、フィナは私の生徒だもの。可愛い後輩の一人ではあるけれど、異性としては見られないかな」

 カマルの様子を伺うと、あからさまにホッとしている。

「どうしたの?」
「アメリーが彼を異性として本気で好きだったらどうしようかと思っただけ」
「えっ……」

 それって、どういう意味だろう。

(カマルはヤキモチを焼いてくれている……とか?)

 過去に自分がカマルを意識している事実に気づいてしまったので、心の中で再びどうしたらいいのかわからない謎の感情がわき上がってくる。

(いやいやいや、そんなわけない! カマルと私は、どう考えても釣り合わないんだってば!)

 なんせ、砂漠大国トパゾセリアの王子様と、両親ともに犯罪者の元庶民なので。
 でも、カマルが私に対してだけスキンシップ過多なのは事実。

(実際のところ、どうなんだろう)

 意図が読めないので、なんとも言えない。
 戸惑っていると、そんな私に説明するかのように、カマルはおずおずと口を開いた。

「ええと、アメリーが恋愛事に興味がないというのはわかっているんだけど。僕の方がもう黙っていられないというか、他にアメリーを取られたくないというか。最初は友達で良かったのに、それに満足できなくなってしまったというか……」
「カマル?」
「アメリー、僕は、君のことが好きなんだ。友達としてだけじゃなくて、一人の女の子として」
「……!」

 カマルを意識していたので、こちらも言葉の意味に気づけたのかもしれない。
 とにかく、彼が言いたい内容が、すんなり理解できた。
 要するにカマルは私に恋愛感情を抱いている。
 
 気づくと同時に嬉しいとか恥ずかしいとか、どうしようとか……たくさんの感情が押し寄せてきて、頬が熱くなって、咄嗟に答えを返せない。
 けれど、カマルはこちらが落ち着くまで待ってくれた。

「あ、あの……う、嬉しい……ありがとう、カマル」

 照れながら、途切れ途切れに言葉を返す。

「私も、前はそれどころじゃなくて、恋愛とか考えられなかったけど。今はカマルのこと、その……好きだよ。友達としてはもちろん、あなたと同じ意味でも」

 予想外だったのか、カマルが赤と青の目を大きく見開いた。

「本当……?」
「うん。私もね、辺境で過ごしている間に、カマルのことが気になり始めていたの。その、解毒してくれたときから……」

 カマルの顔も、ちょっと赤くなっている。彼の気持ちが本物なのだと強く感じられた。

「僕も嬉しい。ありがとう、アメリー」

 空気を読んだかのように、シュエがカマルの膝から床へ降り立つ。
 立ち上がり、そっと腕を伸ばすカマルの手が私の指に触れた。

「それでは、僕と結婚を前提にお付き合いしてくれますか?」

 改まった表情で、カマルは私に告げる。
 驚いて見つめ返すと、眉尻を下げた彼は言い訳した。

「ちょっと重くてごめん。立場上、どうしても結婚って無視できなくて」
「そうだよね、カマルは王子様だもの。私はあなたが好きだけど、結婚となると身分が釣り合わないと思う……そういうことを、カマルの一存で決めてしまって大丈夫なの?」
「その点は心配しないで! 僕は王子と言っても第六だし神殿暮らしだから、兄さんたちより条件が緩いんだ。それに、アメリーはハリールの養女になったから、身分的な問題もクリアできる! 大医務長は神殿にとって大事だし、アメリー自身の力や功績も称えるべきものだし、反対意見は出ないよ。おじさんもアメリーなら賛成するし、今考えると、そこまで見越してハリールに養子縁組みを打診したのかも……」

 身を乗り出して早口で訴えるカマルを前に圧倒された私は、コクコクと首を縦に振ることしかできなかった。

「身分による生活習慣の違いはあるかもしれないけど。アメリーの気持ちはなるべく尊重したい」

 カマルが私の意見をできる限り融通してくれているのがわかって、面映ゆいのと同時に彼の心に応えたいと強く思う。

(突然だけれど、今決めてしまっていい話か迷うけれど)

 まだまだ先の話とはいえ、カマルが私と結婚したいと告白してくれた。
 嬉しくないと言えば嘘になる。
 
 それに、魔力過多である私には、他にも懸念があった。
 他校交流会の際に、エメランディアの貴族から婚約打診まがいの言葉をかけられたり、インターンシップの条件が国内貴族との婚約だったり。
 平民平民と散々馬鹿にしてきたくせに、私の魔力過多が判明したら、急に手のひらを返して婚約しろなんて……皆、いろいろと酷い。
 そんな人たちとの婚約なんて絶対に嫌だった。
 
 誰かと結婚するのならカマルがいい。
 私は意を決して、彼に視線を合わせる。

「ありがとう。私でいいのなら、お話を受けます」

 真面目にそう告げると、カマルの表情がぱあっと明るくなった。

「こちらこそ、ありがとう、アメリー」

 カマルが一歩私に近づいたそのとき……
 ガタンッ! バタバタッ! と、部屋の入口で大きな物音がした。
 
「何事?」

 カマルと顔を見合わせて、部屋の扉に駆け寄ると……
 そこには折り重なるように倒れるクラスメイトの姿があった。
 カマルと話をしている間に、インターン先から戻ってきたらしい。

(覗き見をしていたの?)

 なにかとデバガメが好きなクラスメイトたちだ。

「アメリー、カマル、結婚おめでとう!」

 団子になって倒れるクラスメイトたちの中で、一番上に乗っていたミスティが大きな声を出した。

「重い、ミスティ、早く退け!」

 一番下ではノアがうなり声を上げている。
 ガロも顔をしかめていて、ハイネは勝手に脱出していた。

「安心、したわ……エメランディアの貴族たち……アメリーを、狙っていたから……」

 ハイネの言葉に、ようやく解放されたノアがウンウンと頷いている。

「あいつら、厚顔無恥にも程があるからなあ」

 立ち上がりながら、ガロも彼らに同意した。

「俺は貴族連中のことはいまいちわからないが、アメリーがカマルと一緒なら安心だと思う。トール先生もいるしな」

 そして、クラスメイトたちは勝手に盛り上がり始めた。

「いやあ、やっとくっついたか! 見ている方はじれったくて仕方がなかったんだ!」
「本当だよね~! カマルってば、さっさと告っちゃえば良かったのに!」
「アメリーのこと、考えると……告白、今で、良かったかも……早すぎたら、心が追いつかなかった……」
「ハイネの言うとおりだ。いろいろあったから、アメリーにとっては、それどころじゃなかったと思うぞ」

 好き勝手に喋り出す彼らに向かって、カマルがにっこり笑いながら告げる。

「お祝いありがとう。でも、そろそろ出て行ってくれないかな。まだアメリーと二人きりで話がしたいんだ」

 彼の表情を見て何を思ったのか、クラスメイトたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「ええと、ちょっと邪魔が入ったけれど……アメリー、焦らなくていいからね。まだ先の話だし、君にだって夢ができるだろうし」
「そのことなんだけどカマル、私、やりたい仕事というか、なりたいものの方向性が見えてきた気がするの。だから、早めに伝えておきたくて」
「アメリーは何になりたいの?」
「ええと……」

 まっすぐに、カマルの目を見て口を開く。

「私、魔法学校の先生になりたい! 具体的な計画は、まだ決めていないけど。辺境へインターンに行って、皆に魔法を教えるのが楽しかったから」

 窺うようにカマルを観察すると、彼は自分のことのように嬉しそうに私を抱きしめた。

「アメリーの将来の夢が見つかって良かった。僕は全力で応援したい」
「でも、私が魔法学校の先生になったら、カマルは困らない?」
「まったく困らないよ。前に話したよね、僕は砂漠大国に魔法学校を作りたいって。だから、もしアメリーさえ良ければ、そこの先生になって欲しいな」
「いいの?」

「もちろん。僕は神官長にならざるをえないから、信頼できる身内が魔法学校にいてくれると助かるよ。他の国に行っていいとは言ってあげられないけど」
「ううん、私、砂漠大国の魔法学校の先生になれるように頑張る! カマルに助けてもらってばっかりだから、少しでもあなたの役に立てるように」

 抱きしめられたままパッと顔を上げると、カマルが真っ赤な顔になっていた。

「僕のことは気にしないで。アメリーなら、きっと良い先生になると思う」
「ありがとう、カマル」

 ほっこりした部屋の中、私とカマルは食事の時間まで一緒に過ごしたのだった。

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