90 / 108
連載
125:世界樹の蜜と魔法学校の教科書について
しおりを挟む
森の中、王立研究所の職員がいたという辺りに到着し、皆で辺りを観察する。
辺境の自然は豊かで、そこにしか咲かない花、不思議な実を付ける木など、様々な植物を見つけることができる。
人間に害をなさない、ネズミやリスのような小さな魔物もウロウロしていた。
「これといって変わった様子はないな」
「いつも通りの森ですよね」
普段から森を訪れる機会の多いカディンとシュクレの言葉は参考になる。
精霊のジェロームも今のところ、特に反応は見せなかった。
けれど、少し進んだところで、彼が不意に動きを止める。
「匂います」
全員で足を止めて様子を見ていると、ジェロームは地面に降り立って鼻をひくつかせた。
私も辺りの匂いを嗅いでみるけれど、何も感じない。森の木や土の湿った匂いがするだけだ。
ニキータも首を傾げながらジェロームに問いかけた。
「何も匂わないよ~?」
「ふむ、人間や魔物には、あまりわからないのだろう。これは、我々精霊だけが嗅ぎ分けられる匂いだ」
「どんな匂いなの?」
「……猫にとってのマタタビのようなものだろうか。精霊を引きつけ、魅了してやまない、希少な魔法植物――世界樹の蜜の香りだ。私も過去に一度しか嗅いだことはないが、精霊が惹かれずにはいられない香りなんだ」
「世界樹って、レアなんだよね? 魔法植物学の授業で習ったけど」
「今は昔ほど珍しくない」
ジェロームの説明を聞いた私は、Bクラスで受けたジュリアスの授業を思い出した。
「たしか、少し前に魔法大国で世界樹の植樹方法が確立されて、いろいろな地域に挿し木されているらしいよ」
カマルも私の説明に頷いている。
しかし、シント魔法学校の三人は「ええっ!?」と声を上げた。
「そんなの、習っていないぞ!」
「全世界に二、三本と聞いたのですが?」
「教科書にもそう書いてあったよ~」
そういえば……
ジュリアスは「エメランディアの教科書は若干遅れ気味」とも言っていた。
彼の授業以外では、最新情報が教えられていない可能性がある。
わちゃわちゃ騒いでいると、コホンと咳払いした精霊のジェロームが説明を続けた。
「世界樹の蜜は精霊にとって非常に魅力的なもので、その付近には多くの精霊が棲んでいる。世界樹の花の蜜は少量なら害はなく、好んで口にする精霊も多い」
「摂り過ぎちゃ駄目ってこと?」
「ああ、そうだ。大量に体に入れると酩酊状態になってしまうし、中毒を起こす場合もある。蜜の成分に、そういう物質が含まれているのだろうな。そして、この場所からは大量の蜜の香りがするんだ……近くに世界樹など生えていないというのに」
全員が顔を見合わせる。それは……なんか変だ。
「意図的に世界樹の花の蜜が撒かれたということ?」
「おそらく」
目的は精霊をおびき寄せることなのだろう。
もしそうなら、本当に研究所の職員が精霊を連れ去った可能性が高い。
「カマル……」
「ああ、アメリー。その職員が限りなく怪しいね」
私たちはまた、真相に一歩近づいたのだった。
辺境の自然は豊かで、そこにしか咲かない花、不思議な実を付ける木など、様々な植物を見つけることができる。
人間に害をなさない、ネズミやリスのような小さな魔物もウロウロしていた。
「これといって変わった様子はないな」
「いつも通りの森ですよね」
普段から森を訪れる機会の多いカディンとシュクレの言葉は参考になる。
精霊のジェロームも今のところ、特に反応は見せなかった。
けれど、少し進んだところで、彼が不意に動きを止める。
「匂います」
全員で足を止めて様子を見ていると、ジェロームは地面に降り立って鼻をひくつかせた。
私も辺りの匂いを嗅いでみるけれど、何も感じない。森の木や土の湿った匂いがするだけだ。
ニキータも首を傾げながらジェロームに問いかけた。
「何も匂わないよ~?」
「ふむ、人間や魔物には、あまりわからないのだろう。これは、我々精霊だけが嗅ぎ分けられる匂いだ」
「どんな匂いなの?」
「……猫にとってのマタタビのようなものだろうか。精霊を引きつけ、魅了してやまない、希少な魔法植物――世界樹の蜜の香りだ。私も過去に一度しか嗅いだことはないが、精霊が惹かれずにはいられない香りなんだ」
「世界樹って、レアなんだよね? 魔法植物学の授業で習ったけど」
「今は昔ほど珍しくない」
ジェロームの説明を聞いた私は、Bクラスで受けたジュリアスの授業を思い出した。
「たしか、少し前に魔法大国で世界樹の植樹方法が確立されて、いろいろな地域に挿し木されているらしいよ」
カマルも私の説明に頷いている。
しかし、シント魔法学校の三人は「ええっ!?」と声を上げた。
「そんなの、習っていないぞ!」
「全世界に二、三本と聞いたのですが?」
「教科書にもそう書いてあったよ~」
そういえば……
ジュリアスは「エメランディアの教科書は若干遅れ気味」とも言っていた。
彼の授業以外では、最新情報が教えられていない可能性がある。
わちゃわちゃ騒いでいると、コホンと咳払いした精霊のジェロームが説明を続けた。
「世界樹の蜜は精霊にとって非常に魅力的なもので、その付近には多くの精霊が棲んでいる。世界樹の花の蜜は少量なら害はなく、好んで口にする精霊も多い」
「摂り過ぎちゃ駄目ってこと?」
「ああ、そうだ。大量に体に入れると酩酊状態になってしまうし、中毒を起こす場合もある。蜜の成分に、そういう物質が含まれているのだろうな。そして、この場所からは大量の蜜の香りがするんだ……近くに世界樹など生えていないというのに」
全員が顔を見合わせる。それは……なんか変だ。
「意図的に世界樹の花の蜜が撒かれたということ?」
「おそらく」
目的は精霊をおびき寄せることなのだろう。
もしそうなら、本当に研究所の職員が精霊を連れ去った可能性が高い。
「カマル……」
「ああ、アメリー。その職員が限りなく怪しいね」
私たちはまた、真相に一歩近づいたのだった。
12
お気に入りに追加
6,718
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
「番外編 相変わらずな日常」
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。