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110:粘着ヘドロで魔物ホイホイ

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 私とカマルは、慌てて騎士団の支援に回る。
 多少の訓練には参加したが、にわかに本格的な動きは無理だ。
 邪魔にならないよう、自分たちのできることに専念する。
 
 スタンピード中の魔物は、普段にも増して凶暴性が強まるらしい。
 本来なら、私たちが魔法都市へ戻って数ヶ月後に発生する予定だったのだそう。
 けれど、時期が早まった様子だ。
 
「ねばねば、粘着ヘドロ!」

 魔物が街へ到達しないよう、森の入り口に鳥黐のようなヘドロを魔法で敷き詰めていく。
 ただの鳥黐ではない。くっついた魔物を無差別に吸収する、恐怖の鳥黐だ。
 カマルは空間魔法で騎士団の拠点を囲み、魔物の侵入を防いでいる。
 怪我人が出たときの避難場所にするためだ。
 
 私もカマルも、広範囲の魔法を使えるけれど、それは魔力過多の恩恵で普通の人にはできない。
 
(魔力が多いのも、悪いことばかりじゃないね)

 森を出ようと蠢く魔物の第一波を食い止めたところで、団長が声を上げる。

「森へ入ったメンバーの救出に向かう! 同行者は……」
「行きます! 自分の身は守れます!」

 私は迷わず手を挙げた。
 襲われても、私にはヘドロがあるし。魔物が相手なら、手加減する必要がない。
 対人間よりやりやすい。
 
「アメリーが行くなら、僕も……!」

 私やカマルを含めた数人の同行が決まり、ボードに乗って信号が上がった辺りへ飛ぶ。
 途中で鳥型の魔物が襲ってきたけれど、ヘドロをぶつけたら落ちていった。

「あそこだ!」

 団長が指さす方向に飛んで森の中へ着地すると、魔法での戦いの痕が残っていた。
 地面が凹んでいて、木々が根こそぎ折れている。
 開けた地面の中央に、カディンとシュクレが倒れていた。二人とも酷い怪我をしている。

「大変! 意識はある!?」

 私は慌てて彼らに駆け寄り、息があるか確認する。
 カマルや団長も一緒だ。

「……大丈夫みたい。でも、このまま放っておくと危ないね」

 出血が酷いし、彼らをこんな風にした魔物が近くに潜んでいるかもしれない。
 鞄から、以前作ったトパゾセリア式の魔法薬を出し、彼らに飲ませようと試みる。
 けれど、意識を失っているせいで上手くいかない。

「アメリー、貸して」

 カマルが、少々強引にカディンの頬を叩く。
 すると、彼はうっすらと目を開けた。

「……カマルか?」
「そうだよ。これ、飲める?」

 薬を口元に差し出すと、カディンはゆっくりそれを飲み始めた。
 それを見た団長もシュクレを起こし、私が新たに取り出した薬を飲ませる。
 劇的な回復はできないが、それでもいくらか怪我がなおったようで、二人はよろけながらも立ち上がった。

「ありがとう。でも、なんだ、この魔法薬……いつものじゃない」

 不思議そうなカディンに、砂漠大国の魔法薬について伝える。
 
「それは、時間に干渉する魔法薬なの。傷自体を戻して無かったことにする薬。初級薬だから、完治はできないけれど」
「そんなものが?」
「エメランディア国内では販売禁止の薬だから、内緒にしていてね」
「わかった、大丈夫だ。今度、作り方を教えて欲しい……対価は払えるものなら払うから」
「いいよ。国外では普通に出回っている薬だし」
「ありがとう。出血も止まったし、戦闘を続けるのは難しいが、ボードに乗って拠点へ戻るくらいはできそうだ……団長、僕とシュクレはひとまず拠点に帰る。ここにいては足手まといになってしまうからな」

 悔しげなカディンの言葉に、団長も頷く。
 
「それがいいね。俺が残るから、ここは大丈夫だ」
「すまない。撤退する……」

 カディンとシュクレは、ボードに乗って浮かび上がる。

「少し奥に、副団長の部隊がいるはずだ。加勢して欲しい。二体、今まで見たことのない魔物がいる。そいつらが強い。無詠唱の魔法のおかげでなんとか生き延びたが……他のメンバーが心配だ」
「わかった、そちらへ向かおう」

 私たちは、森の奥へ進むことにした。
 魔法での戦闘が行われているので、場所が特定しやすい。

「アメリー、あの薬はまだある?」

 団長に問われた私は頷いた。

「たくさん持ってきています。もともと売るつもりで作ってしまって……」

 結局、国内で販売できないとわかり、溜め込んでいたのだ。
 鞄に詰め込めるだけ詰めてきた。

「アメリーさえ良ければ、騎士団で買い取らせてもらえないかな」
「え、いいんですか?」

 もともと売るつもりだったので、買ってもらえるのは嬉しいけれど。

「もちろん、外国の薬であることは内緒にしておくよ。今回、騎士団で使うだけだ。さっきのように、普通の魔法薬では治療が遅れてしまう事態が起こるかもしれない」
「それなら、喜んで」
「ありがとう。アメリーたちは、怪我人の回復を優先して欲しい。魔物は俺が倒す。危険と判断した場合、二人は拠点へ逃げること」
「了解です」

 少し進むと、騎士団の人たちを見つけた。
 地面に転がっている、ほとんどが怪我人だ。
 カマルと手分けし、私は彼らを回復していった。
 
(訓練を受けた騎士団が、こんな状態になるなんて……かなり強い魔物なのかな)

 団長は、その間に森の奥へ向かっていった。
 回復し終わった人に、拠点まで撤退するようお願いする。
 戦えない人が残っていれば、また被害に遭ってしまうからだ。

「副団長は、森の奥ですか?」
「そうだ。俺たちから魔物を引き離すために、一人で……」

 少し一緒に過ごしただけだけれど、彼女がまっすぐで優しい人だということは知っている。対魔物であれば、私のヘドロが役に立つかもしれない。
 
「わかりました。私、副団長を追います」
 
 答えれば、カマルが驚いて声を上げる。

「アメリー、危ないよ」
「でも、団長たちが怪我をすれば、助ける人がいなくなる。強い魔物が森を出たら、被害が大きくなっちゃうよ」
「……っ! なら、僕も行くよ!」

 ボードに乗った私とカマルは、さらに森の奥へと進んだ。
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