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96:ヘドロトラウマの恐怖
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次第に雨が激しさを増す渓谷の崖下で、私はカディンと魔法の打ち合いをしていた。
水を吸った浮遊靴が重い。髪も服もびしょぬれだけれど、今は乾かしている余裕もなかった。
カディンは少しやりにくい相手だ。
私は殴ったり蹴ったりの喧嘩の経験がない。メルヴィーン商会の娘なので、取っ組み合いとは無縁だし、ドリーたちが来てからは独りきりだった。
ゆえに、荒事は苦手。
(逃げよう、ここにいたら痛い目に遭いそう)
ボードに乗って空中へ急げば、予想通り不敵な表情を浮かべるカディンが追ってきた。
(空中戦にも自信があるの? でも、ボードの練習は砂漠大国でも寮でも続けたから大丈夫)
アクロバティックな飛行もできるようになった私は、くるりと体をひねって魔法を放つ。
トールの本に載っていた魔法だ。
毒だと殺してしまうし、麻痺や睡眠だとボードから落下して危険。なので、体の動きを遅くする緩慢の魔法を使った。
俊敏なカディンは器用に魔法を避けるけれど、この魔法は追跡型。
本に載っていた魔法は、厄介な性質を持つものが多いのだ。
カディンは緩慢の魔法を躱しつつ私に迫る。魔法で追いつかない部分を、身体能力で補っている感じだ。
このままでは困るので、水の魔法で進路妨害をしておく。
「くっ、無詠唱か。僕もそれが使えれば」
カディンが悔しそうに顔をゆがめた。シント魔法学校でも、Aクラス同様に無詠唱の魔法は習っていないらしい。
「もしくは武器の使用許可があれば」
狩られる!?
学生同士の試合に本物の武器を持ち込まないで欲しい。
渓谷に沿いながら、私たちは魔法を打ち合い続ける。
カディンの魔法は、全部半透明のヘドロの壁に吸収されていた。
「アメリー・メルヴィーン、手加減は不要だ。全力をぶつけて欲しい。君の力は、そんなものではないだろう」
飛行しながら、カディンが告げた。
「僕も全力を出す。中途半端なことをすれば怪我するぞ」
私が逃げると思ったのか、カディンはボードの進行方向に大きな透明の壁を展開した。
そして、雷の魔法を唱え始める。今までの比ではない魔力が込められた攻撃だ。
(なるほど、雷が得意なんだね)
とはいえ、相手に怪我はさせたくない。同じ生徒同士だし、彼には何の恨みもないのだ。
悪い人ではなさそうだし、できれば友達になりたいと思っている。
でも、今の状況下で確実に安全と言える魔法といえば――
「……ヘドロ」
それしか思いつかないのだった。怪我かトラウマか、究極の選択。
「本当に、いいんだね?」
「当たり前だ。手加減なんて考えるな」
「わかった」
杖を傾けた私は、魔力を込めたヘドロを呼び出す。
ぞぞぞ……と、背後からせりあがる、お世辞にも綺麗とは言いがたい私の魔法。
「そうか、ヘドロ色の新星って――そういう魔法を使うからだったのか」
ピンチだというのに、カディンの顔は歓喜に溢れている。興奮し、どこか狂気を帯びた目でヘドロを見る彼は、魔法を連打しながら私の方へ突っ込んできた。
すがすがしいほどに、好戦的だ。
(本人が納得の上なら、いいか)
私は背後でうごめくヘドロを、津波のようにカディンへ向けて放出した。
獲物を囲むヘドロを避けることは不可能。雷の魔法も吸収されてしまう。
ヘドロに包み込まれたカディンの姿は完全に消えた。そして――
※
「ええと、まずは飲み込んだ物体の整理から」
地面へ下りた私は、魔力を制御しつつ、ヘドロの中からメダルの入った袋を取り出す。
スライム退治のときと同じ要領で、吸収したものは自由に外へ出せる。
「あとは、ブローチ」
カディンをリタイアさせるのは忍びないけれど、シュクレの言葉もあるし、このまま解放したら反撃されそうだ。
ヘドロがペッと吐き出したブローチを手に取り、近くの岩肌へたたきつける。
パリンと音を立ててブローチが割れた。脆い素材だ。
最後に、ヘドロを全部消し去ると、中からうつろな表情のカディンが出て来た。
(トラウマになったかな?)
ヘドロは飲み込まれた者の気力をごっそり奪ってしまう性質を持つようだ。
(いや、単にヘドロだからかもしれないけど……)
そんなこんなで、他校対抗試合の決着がついたのだった。
水を吸った浮遊靴が重い。髪も服もびしょぬれだけれど、今は乾かしている余裕もなかった。
カディンは少しやりにくい相手だ。
私は殴ったり蹴ったりの喧嘩の経験がない。メルヴィーン商会の娘なので、取っ組み合いとは無縁だし、ドリーたちが来てからは独りきりだった。
ゆえに、荒事は苦手。
(逃げよう、ここにいたら痛い目に遭いそう)
ボードに乗って空中へ急げば、予想通り不敵な表情を浮かべるカディンが追ってきた。
(空中戦にも自信があるの? でも、ボードの練習は砂漠大国でも寮でも続けたから大丈夫)
アクロバティックな飛行もできるようになった私は、くるりと体をひねって魔法を放つ。
トールの本に載っていた魔法だ。
毒だと殺してしまうし、麻痺や睡眠だとボードから落下して危険。なので、体の動きを遅くする緩慢の魔法を使った。
俊敏なカディンは器用に魔法を避けるけれど、この魔法は追跡型。
本に載っていた魔法は、厄介な性質を持つものが多いのだ。
カディンは緩慢の魔法を躱しつつ私に迫る。魔法で追いつかない部分を、身体能力で補っている感じだ。
このままでは困るので、水の魔法で進路妨害をしておく。
「くっ、無詠唱か。僕もそれが使えれば」
カディンが悔しそうに顔をゆがめた。シント魔法学校でも、Aクラス同様に無詠唱の魔法は習っていないらしい。
「もしくは武器の使用許可があれば」
狩られる!?
学生同士の試合に本物の武器を持ち込まないで欲しい。
渓谷に沿いながら、私たちは魔法を打ち合い続ける。
カディンの魔法は、全部半透明のヘドロの壁に吸収されていた。
「アメリー・メルヴィーン、手加減は不要だ。全力をぶつけて欲しい。君の力は、そんなものではないだろう」
飛行しながら、カディンが告げた。
「僕も全力を出す。中途半端なことをすれば怪我するぞ」
私が逃げると思ったのか、カディンはボードの進行方向に大きな透明の壁を展開した。
そして、雷の魔法を唱え始める。今までの比ではない魔力が込められた攻撃だ。
(なるほど、雷が得意なんだね)
とはいえ、相手に怪我はさせたくない。同じ生徒同士だし、彼には何の恨みもないのだ。
悪い人ではなさそうだし、できれば友達になりたいと思っている。
でも、今の状況下で確実に安全と言える魔法といえば――
「……ヘドロ」
それしか思いつかないのだった。怪我かトラウマか、究極の選択。
「本当に、いいんだね?」
「当たり前だ。手加減なんて考えるな」
「わかった」
杖を傾けた私は、魔力を込めたヘドロを呼び出す。
ぞぞぞ……と、背後からせりあがる、お世辞にも綺麗とは言いがたい私の魔法。
「そうか、ヘドロ色の新星って――そういう魔法を使うからだったのか」
ピンチだというのに、カディンの顔は歓喜に溢れている。興奮し、どこか狂気を帯びた目でヘドロを見る彼は、魔法を連打しながら私の方へ突っ込んできた。
すがすがしいほどに、好戦的だ。
(本人が納得の上なら、いいか)
私は背後でうごめくヘドロを、津波のようにカディンへ向けて放出した。
獲物を囲むヘドロを避けることは不可能。雷の魔法も吸収されてしまう。
ヘドロに包み込まれたカディンの姿は完全に消えた。そして――
※
「ええと、まずは飲み込んだ物体の整理から」
地面へ下りた私は、魔力を制御しつつ、ヘドロの中からメダルの入った袋を取り出す。
スライム退治のときと同じ要領で、吸収したものは自由に外へ出せる。
「あとは、ブローチ」
カディンをリタイアさせるのは忍びないけれど、シュクレの言葉もあるし、このまま解放したら反撃されそうだ。
ヘドロがペッと吐き出したブローチを手に取り、近くの岩肌へたたきつける。
パリンと音を立ててブローチが割れた。脆い素材だ。
最後に、ヘドロを全部消し去ると、中からうつろな表情のカディンが出て来た。
(トラウマになったかな?)
ヘドロは飲み込まれた者の気力をごっそり奪ってしまう性質を持つようだ。
(いや、単にヘドロだからかもしれないけど……)
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