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95:超攻撃型魔法使いと分校の事情(カマル視点)

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 カマルは、崖の上でシュクレと向き合っていた。
 騎士の子供が多いシント魔法学校は、授業で森の魔物を退治するような、実戦を重視する学校のようだ。だから、人間相手に同じ行動ができる。
 彼らから見れば、他の魔法学校の生徒など、さぞかしぬるま湯育ちに見えることだろう。
 
 午後の穏やかな雨に打たれつつ、カマルは杖を地面に突き立てる。
 シュクレの魔法媒体は腕輪らしく、動きが身軽だ。魔法詠唱の合間に鋭い蹴りを放ってくる。
 
「詠唱の途中で、殴ったり蹴ったりしてくるのは、シント魔法学校の生徒が初めてだよ」

 そうつぶやけば、シュクレが微笑みながら雷の魔法を落とす。
 
「本来であれば、剣や槍などの武器を持って戦うのです。他校対抗試合では事前に『武器の持ち込みは禁止』と通達があったので今回は素手ですが。まったく、残念です……」

 穏やかな顔ながら、かなり好戦的な男だ。おそらく、ペアのカディンよりも。
 
(アメリーが心配だなぁ。カディンと二人きりにさせたくなかったのに)

 さっさと魔法の打ち合いを終わらせ、彼女を迎えに行かなければ。
 でこぼこした地面の上を走りつつ、空間魔法を発動させる。それを見たシュクレが目を見張った。

「無詠唱!? そういえば、ヨーカー魔法学園の他の生徒も詠唱していませんでしたね」

 ジュリアスは最初から無詠唱の魔法を生徒に教えていた。
 魔法大国の上層部では一般的な指導方法だ。
 たしかに、詠唱を行う方がイメージが湧くし、初心者は魔法を構成しやすい。
 けれど、使用時に時間がかかるので不便だ。実用的ではない。

「リタイアするなら、今のうちだよ?」

 とりあえず、忠告しておく。シュクレは実力者だけれど、カマルの敵ではないからだ。
 カディンとアメリーも同様だろう。
 魔力量や魔法を習った課程、使用する魔法の種類が違いすぎる。
 カマルは空間魔法特化型、他の魔法も使えるけれど、空間魔法ほどスムーズに発動できない。
 空間魔法の使い勝手がいいので、こちらをメインで練習していた。
 
「ずいぶん、余裕なんですね。今年は正面から勝負してくると思ったら……無詠唱の魔法を習得していたなんて」
「……? なんのこと?」
「とぼけないでください。ヨーカー魔法学園が過去数回に渡って、他校対抗試合で不正をしている件ですよ」
 
「よくわからないけれど、無詠唱の魔法は門外不出の知識ではないはずだよ。僕らにこれを教えてくれた担任は、他の生徒にも無詠唱を広めるつもりだった。けれど、教師たちがこぞって反対したと聞いている。伝統的な教育方法に反するからって……」

 カマルとジュリアスは、元から知り合いのため、その辺りの事情も聞いている。
 ジュリアスは、時代に即した魔法教育が一向に浸透しないエメランディアに派遣された、本校校長の協力者なのだ。
 
「シント魔法学校に、無詠唱の情報は来ていません。そんな方法があれば、真っ先に教えを請いたいところなのに」
「全ての学校に伝達したらしいけれど、どこかで情報が滞ったのかもね」

 握りつぶしたのは、おそらく……エメランディア貴族の誰かだ。
 学園は貴族たちと密接に繋がっている。
 
 無詠唱の魔法は、ヨーカー魔法学園の中でも、一年のBクラスにしか伝授されていない。
 カマルたちは、いわば本校教育の正しさを示すための実験台。
 魔法大国から来た優秀な教師にもかかわらず、ジュリアスがBクラスを受け持ったのも、そういう理由だ。
 時代遅れの魔法教育を続けるエメランディア上層部を説得する材料としてのBクラス。
 
 魔法教育の充実の他に、不正の排除が、本校から派遣されたジュリアスの役目である。
 過去に何度も不正が見過ごされているのなら大問題だ。
 全てのヨーカー魔法学園の名を貶める行為に繋がる。
 
(エメランディア貴族の言い分もわからなくはないけれど)

 魔法文化のレベルが上がり、多くの国民が他国と交流し始めたら。
 自分たちより力を持つようになってしまったら、外国へ行ったきりになってしまったら……理由はたくさんある。

 けれど、エメランディアは全体的に貧しい。
 栄えているのは、王都くらいだ。
 魔法大国は、たくさんの薬の材料が採れるエメランディアと、長期にわたり友好的な関係を築きたがっている。それゆえの魔法支援。
 
「ジュリアスに伝えておこうか? 習いたければ、教えてくれると思うけれど……それから、あとで過去の不正について詳しく質問していい? 僕の方でも、把握しておきたい」
 
 カマルの話に、シュクレは面食らった様子だ。
 疑ってはいるものの、期待を隠しきれていない。

「それじゃあ、魔法の打ち合いを続けようか」

 頷いたシュクレは、身軽な動きでカマルに迫る。
 
(雨を利用した氷の魔法や崖を利用した岩の魔法など、魔法での試合のセンスはある。けれど……)
 
 カマルは、魔法の壁で自分とシュクレを大きく囲んだ。

「何をする気ですか?」

 わけがわからないのだろう。
 カマルの魔法にシュクレは戸惑っている。
 困惑しながらも、攻撃の手は休めていないが、次の瞬間、カマルの空間魔法が発動した。
 辺りが真っ暗な闇に包まれる。
 
「……っ!?」

 小さくシュクレの悲鳴が聞こえるが、カマルは魔法の手を緩めない。
 しばらくすると、一筋の光が差し、シュクレがそれに気づく。
 光の下に現れたのは、無数の植物の蔓だった。それらは、一瞬のうちにシュクレを拘束する。
 
「僕の魔法も、少し特殊でね」
「……!」
「まだ練習中だけれど、自分で作り出した空間の中では、全て僕の思いのままにできるんだよ」
 
 うぞうぞと伸び続ける植物の蔓は、拘束されたシュクレのブローチを絡め取り、カマルの手元へ移動させる。

「そういうわけだから、ごめんね?」
 
 手のひらに載った魔法アイテムのブローチを、カマルは急速に凍らせ打ち砕いた。
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