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72:大甥との出会い(トール視点)

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(やれやれ、これでアメリーちゃんは引き込めたね)
 
 神官長室の一角で、トールは小さく息を吐いた。
 先ほど、彼女が部下の養女になると承諾してくれた。
 断られれば別の方法を実行する気でいたが、一番いい形にまとまって良かった。
 
 アメリーは魔力過多だが、長年魔力詰まりを起こしていたこともあり、今までは目立つ存在ではなかった。授業で簡単な魔法を使おうにも、魔力を制御するのに精一杯というありさまだ。
 しかし、大勢の客が観戦するボードレースで、魔力過多の恩恵を受けた魔法の実力を発揮してしまった。
 当然、多くの人間に目をつけられた。
 
 これまでアメリーに見向きもしなかった者たちが……むしろ、平民で劣等生と蔑んでいた者たちが手のひらを返し、彼女を手に入れようと、こぞって動き出す。
 
 特にエメランディア貴族の動きは速く、「平民のアメリー・メルヴィーンなら好きにできる」と、彼女を取り込むべく手を伸ばし始めていた。
 ただ、レース直後、貴族の関心を集める娘を疎んじたドリー・メルヴィーンが、アメリーをホルト・ゴーエン子爵と婚約させてしまう。
 それによって、他の貴族たちはしばらく、事態を静観せざるをえなかった。
 
 おかげで、エメランディア貴族による「アメリー取り込み」が遅れたので、その一点においてのみ、ドリー・メルヴィーンはいい仕事をしたと思う。
 エメランディアの貴族たちも夏休みに動く予定だったろうが、それより先にアメリーをトパゾセリアへ招待した。
 伯爵のハリールが後ろ盾になっていれば、他国の貴族とはいえアメリーを好きにできない。彼のさらに後ろには、トールやカマルたちがいるのだから。
 
(よほどの阿呆でない限り、森林小国から砂漠大国に喧嘩を売ることはないよね~。これで、うちの国には魔力過多が二人。魔法大国には劣るけれど割といい感じ)
 
 もともと、アメリーを蔑ろにしていたのは、エメランディアの者たちだ。
 それを、今さら欲しいだなんて。寝言は寝てから言え。
 
 とはいえ、トール自身もアメリー本人に会うまで彼女に興味はなかった。
 けれど、もっと早く助けてやれば良かったと反省するくらいには、アメリーのことを気に入っている。カマルは見る目があったのだ。
 
 たくさんいる大甥の中で、トールは特にカマルを大切に思っている。
 愛すべき大甥に、鉄格子越しに初めて対面した日、トール自身の人生が変わった。

 ※

 トールは前国王の弟だ。
 けれど、王位争いに敗れ、長年神殿の地下に幽閉されていた。
 幸い、母が神官出の貴族の娘だったので、酷い扱いをされることはなかったが……むしろ、我が儘放題で贅沢を言っていたが、それでも牢からは出られない。
 時間をかけて神官たちを取り込んだので、味方は多かったのだけれど。
 外の様子も、神官たちがもたらす報告などから、うかがい知れたし。
 
 王位争いが起こり、王都が混乱し始めた頃、兄の一番下の子供が神殿へ逃げ込んできたと報告が入った。
 末っ子であるこの王子の息子は、次期神官長にと目されていた。
 ただ、王宮側の意見がまとまらず、なかなか実行できなかったようだ。
 その王子たちが家族ごと神殿へ押しかけてきたと聞いたとき、「面倒なことになった」と思った。
 末の王子排除を理由に、神殿を焼き払われてはかなわない。
 
 追い出そうかと思案していたところに、幼いカマルがやって来たのだ。
 彼は初めて訪れる神殿を探検しており、偶然地下牢にたどり着いたらしい。
 
「おじさん、だぁれ?」

 トールはこの子供の正体に気づいていた。王子の息子の一人だろうと。
 
「僕、カマル。五歳」
「……へえ」
 
 カマルはまっすぐな目をトールに向けた。王族の名前は把握している。
 目の前にいるのは、王子の六男だった。
 
「俺は君の大叔父。王位簒奪の罪を犯した大罪人だよ~」
「僕もお部屋に入る!」
「いや、牢屋に入るのは無理だから」
 
 子供という生き物は、何を考えているのかわからない。苦手だ。
 しかし、よく見ると、カマルはあちこちに怪我をしていた。致命傷はないが、それにしても傷が多い。

「切り傷に打撲?」
「おうちにいたとき、正妃様たちが僕を……途中で兄さんが気づいて、助けてくれたけど」

 いつになっても、後宮とは変わらない場所らしい。
 仕方がないので、牢屋の中で作った塗り薬を渡す。即効性の傷薬だ。
 罪人用の拘束具のおかげで大きな魔法は使えないけれど、薬に魔力を流すくらいはできる。
 カマルはトールを警戒せず、蓋を開けて薬を傷に塗り込んだ。

(……素直すぎでしょ)
 
 怪しい男からの差し入れなんて、普通は使わない。
 これでは魔窟のような王宮で、さぞかし生きづらかったことだろう。

「わぁ、傷が消えた!」

 当たり前だ。渡した薬には時間に作用する効果がある。遡って傷口が閉じたのだ。
 しばらくすると、カマルの全身から傷がなくなった。

「ありがとう、おじさん! このお薬、兄さんたちにもあげていーい?」
「どうぞ。受け取ってもらえるかはわからないけど。君のお兄さんたちも怪我を?」
「うん、皆怪我してる。特に一つ上の兄さんは、僕を庇って大怪我しちゃったの。神殿で治療してもらったけれど、治るには時間がかかりそうで」
「ふぅん。旧式の薬じゃ、限界だろうね」
 
 この国では、新薬の認可が下りづらい。
 回復を早める魔法薬は広く用いられているけれど、時間に干渉する薬は出回っていないのだ。
 旧式の薬を扱う商会の娘が妃の一人なので、そちらの意見が優先される。
 そうでなくとも、トールの開発した薬など兄が認めるわけがないのだが。
 
 トールの薬は神殿内で密かに流通しているものの、公には使えない。
 特に、兄の子孫である王族に使うなどもってのほかだ。
 けれど、そんな話はカマルに伝えてもわからないだろう。
 
(もう、ここへ来られないだろうし)

 親にばれれば、地下牢への出入りを禁止されるはずだ。一応、自分は犯罪者だし。
 そう思ったのに、翌日、カマルたちは一家総出で地下にやって来た。
 
「息子たちを救っていただき、ありがとうございます!」
「………………えっ?」
「大叔父様は我々の恩人です!」
 
 カマルの純真さは、父親ゆずりのものらしい。母親や兄弟たちにまでお礼を言われてしまった。

「本来なら、牢屋から出して差し上げたいのですが」
「やめときな。国王に睨まれちゃうよ?」
 
 王位争いでごたついているものの、まだまだ国王は力を持っている。
 そう思っていた。
 ある日、唐突に兄の訃報を聞くまでは。
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