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64:砂漠大国へ!

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 その後、メルヴィーン商会は他人の手に渡り、ドリーは捕まり、サリーはメルヴィーン商会の後ろ盾なしで学園生活を送ることに決まった。
 サリーは情緒不安定のため、現在はトールの息がかかった兵士の監視下に置かれている。
 ……彼女にとっては、楽しくない夏休みになりそうだ。
 
 私はといえば、黒撫子寮へ戻ってきている。
 メルヴィーン商会には、私の持ち物など残っていないし(昔はあったけど、ドリーに全部捨てられた)、特に困らないのだ。
 むしろ、メルヴィーン商会を売却したお金が半分もらえるのでありがたい。
 
 いろいろ差し引かれたあとなので、大きな額ではないらしいけれど(トールの基準)、それでも学生生活を送る上で助けになる。カマルに杖代を返せるかもしれない。
 お金はギルドの口座に入れてもらう手はずなので、入金されるのが楽しみだ。
 
 グロッタのメルヴィーン商会へ帰っている間、シュエはミスティが預かっていてくれた。
 お土産にグロッタ岩石クッキーと、薬草チョコレートを渡した。
 田舎なので、あまりいいお土産が売っていない。
 
 今は、カマルの部屋へお邪魔している。
 彼の部屋は洞窟カフェ風で、岩の壁を温かなオレンジ色の洋燈が照らす落ち着いた空間だ。
 窓の外は夜の景色になっているが、朝や昼や夕方に時間が切り替えられる仕組みらしい。星空がきれいだ。二人分の影が岩壁に映って揺らめいていた。
 部屋の奥にはキッチンがあって、砂漠大国名物のコーヒーや、各種お茶を出せる魔法アイテムが揃っている。
 棚には、珍しい薬草類が並んでいた。
 
「お洒落だね、カマルの部屋」
 
 柔らかいソファーに腰掛けながら、私はお茶をいただいた。お茶菓子と共に、いつぞやの赤い木の実が置かれている。
 この木の実は栄養豊富で、かつてガロが怪我したときに摘んだ。寮の畑に植わっている木になる実だ。
 カマルは私のことを栄養失調だと思っているので、いろいろ食べさせようとしてくるのだ。
 最近は背も少し伸びたし、体重も増えてきているのだけれどな。
 促されるまま赤い実を頬張っていると、カマルが唐突に質問してくる。
 
「おじさんから君に、リゾートバイトの話がいってるよね?」
「うん、メルヴィーン家へ向かう前に、アルバイトの話をもらったよ? お金がかからないみたいだし、報酬がすごいから砂漠大国へ行こうと思ってる」
「やっぱりか。おじさん、勝手なことを……」
 
 げんなりした様子のカマルが、うめくように言った。
 
「カマルはどうするの?」
「アメリーが行くなら、僕もおじさんと一緒に行くよ。里帰りは、ちょっと憂鬱だけどね」
 
 案外これが目的で、トールは私を誘ったのかもしれない。
 前に夏休みの予定の話になったとき、カマルは実家に帰る気がなさそうだったので。
 
「もしかしてカマル、実家でいじめられてるの!?」
「え? そうじゃないよ!? 僕の家は特殊だけど、家族は仲良しだし」

 そう、カマルは砂漠大国の王族なのだ。
 こうして彼と近くで話せていること自体が奇跡。
 
「ただ……兄たちがちょっとウザい」
「カマル、お兄さんがいるの?」
「うん、僕は六人兄弟の末っ子なんだ。男ばかりの兄弟だけど全員が超過保護で」
「トール先生みたいなもの?」
「……だね。それが五人も増える感じかな」

 それはすごそうだ。けれど、同時にカマルは身内に愛されているのだなと思った。
 
(なんとなくわかる、優しい子だものね)
 
 きっと皆、カマルが大好きなのだろう。私も彼が好きだ。
 
 そして数日後、荷物を小さく収納できる学園の鞄に着替えなどを詰め込んだ私は、今度はシュエも連れて砂漠大国へ旅立つことになったのだった。
 
 ※
 
 砂の大地に乾いたほこりっぽい風、岩山を超えた先の巨大なオアシス。
 カマルの故郷はオアシスを中心として広がった、砂漠の中の商業大国だ。
 現在の国王はカマルの父親。カマルの兄たちも協力して国を発展させている。
 
 文化面でエメランディアと大きく異なるのは、砂漠大国には神殿があるというところだ。
 この国では商業を司る神が信仰されており、神殿が大きな力を持っている。

 転移の魔方陣で学園から砂漠大国へ移動した私は、カマルと並んでトールを待っていた。
 トールは今、学園の手続き中。
 私とカマルはボードで転移先の空に浮かびながら、砂漠大国の街の景色を眺めている。
 シュエも私のボードの上だ。
 
 神官長がトールという事実には驚いたけれど、勝手に国を出て教員になったりして大丈夫なのだろうか。
 カマルに聞いてみると、意外にも「大丈夫」という答えが返ってきた。
 
「おじさんは、わざと外国へ出かけることが多いんだ。国の中で自分の存在感が増すのを嫌がってる。父に権力を集中させようと、気を遣っているんだと思うよ」
 
 前王の弟がトールで、前王の息子がカマルの父。
 幼いカマルがエメランディアへ来ていた頃、前王の息子たちによる次期王位争いが激化していたという。彼があの場所にいたのは、亡命していたからだったのだ。
 
 しかし、砂漠大国ではカマルの父親だけを残し、前王の子供たちは全滅した。前王も争いに巻き込まれて死亡している。
 カマルの父親が生き延びたのは、争いに参加せず神殿を頼って家族で身を隠し、トールが彼に手を貸したからだった。
 
 トールを王にという声もあったけれど、本人はそれを望まずカマルの父を王に据えた。「面倒なのは嫌だ」という、いかにもトールらしい理由で逃げたようだ。
 とりあえず、トールを神官長にし、カマルの父が王になり、協力して砂漠大国を復興した。
 
 けれど、トールは権力が二分するのを嫌い、できる限り自分の存在感を消そうとしているらしい。
 それが、度重なる神官長の「海外周遊」だ。
 おかげで、国王主体で、砂漠大国は大体一つにまとまることができた。
 
「カマルは、お城に帰るの?」
「ううん、神殿。僕は神殿へ送られた王子だから。砂漠大国では、代々王子のうちの誰かが神殿へ出向いて神官長になるんだ」
「それって、カマルが次期神官長候補ってこと?」
「そう。僕はこの見た目だし、おじさんに気に入られているから」
 
 カマルは自分の瞳を指さしながら言った。

「オッドアイは神官向きなの?」
「砂漠大国では、そういうことになってる。たまに生まれるらしいけど、祝福された瞳なんだってさ」
「ここの文化はわからないけど、カマルの目はきれいだと思うよ」
「ありがとう」
 
 少しはにかんだ様子でカマルは微笑む。そんな彼を見て私も照れてしまった。
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