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62:義母と妹の本音が聞けました

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「カマル様。せっかくですので、サリーと一緒に過ごされてはいかが? アメリーと違って、この子は特別ですし、とってもいい子ですのよ」

 ドリーに取りなされたサリーは、まんざらでもない表情を浮かべている。
 
「えへへ。カマル様ぁ、どうぞ、こちらへいらしてください」
 
 二人は、さっそくカマルに誘いをかけている。彼を取り込もうとしているのだ。
 期待に胸を膨らませている様子で、頬を赤く染めているサリー。
 ドリーも、娘をだしにして、さらにカマルへとすり寄る。
 
「以前から、うちのサリーを気にされていたでしょう? 昔から従業員に様子を尋ねておられましたものね」
「…………」
「娘を気に入っていただけて光栄ですわ」
 
 ドリーは、一体何を言っているのだろう。
 
(カマルがメルヴィーン商会の従業員に、サリーの話を聞いていた? しかも、だいぶ前から?)

 急に出てきた話に、私は首を傾げる。
 けれど、カマルはというと、どこか腑に落ちた様子で答えた。
 温度をなくした瞳はそのままで、声のトーンも低くなっている。静かに怒っているようだ。
 
「なるほど、犯人はあなただったんだね。どうりで、おかしな事態になっているはずだ。アメリーの情報が、もう一人のものと入れ替わっているなんて」
 
 詳しい事情は知らない。けれど、私でもわかることがあった。

(カマルは学園に来る前から、私を気にかけてくれていたんだ)
 
 事件の起こったあとも、それとなく、私の様子を見守ってくれていたに違いない。
 地味に感動している私とは反対に、ドリーは少しむっとした顔になる。
 
「アメリーなんて駄目ですわ! 素行と頭の悪い人間ですもの、あなた様が付き合うには相応しくありません!」

 けれど、カマルは彼女に言い返す。
 
「どうして、僕の交流する相手を、あなたに決められなくちゃならないのかな?」
 
 ドリーとは異なり穏やか口調だけれど、はっきりとした彼の意志が感じられた。
 さすがにカマルが不快に思ったとわかったのか、ドリーが慌てて言葉を付け足す。
 
「カマル様は、まだ子供ですもの。ちょっと毛色の違った、素行の悪いアメリーに興味があるのですね。でも、私はあなたの将来を考えてこそ、サリーを薦めているのです! メルヴィーン商会の代表である私が責任を持って、あなたの交際する相手にサリーを推して……」

 しかし、ドリーの言葉は、途中でカマルに遮られる。
 
「実は僕、あなたがメルヴィーン商会を継ぐのを待っていたんだよね」
「まあ、嬉しいお言葉ですわ!」
 
 あからさまに喜色を浮かべるドリーだが、次のカマルの一言で凍り付く。
 
「でなければ、こんな不愉快な状況を長引かせたりしなかった。話を続けよう、メルヴィーン商会代表のドリー・メルヴィーン。部屋を変える必要はないよ」
 
 カマルは王族に相応しい堂々とした態度で、ここへ来た理由――本題に入ろうとドリーに向き合った。
 あのドリーが、彼に気圧されている。
 
「さきほど、あなたはライザー・メルヴィーンの事件について口にしていたね。実験によって、サリー・メルヴィーンの魔力が上がったことも知っているようだ。なら、話は早い」
 
 ドリーは困惑しているようだ。
 ここにいては邪魔になるのではと、部屋の隅へ移動しようとする私の手をカマルが握る。
 
「アメリー。もう少しだから、このままで」
「……うん」
 
 とりあえず、素直に頷く。
 私も全容を知らない重大な内容を、カマルは口に出そうとしている。

「違法な人体実験、それに関する事実のねつ造、同業他社に対する不当な圧力、アメリーに対する虐待……その他諸々の罪で、メルヴィーン商会を断罪するよ。責任者はあなただ」
 
 この意味が理解できるかと問うカマルを前に、ドリーの顔が青ざめていく。

「ご冗談を。あなたはまだ子供ですから、わからないことが多いのでしょう。メルヴィーン商会に、そのような事実はございません」
 
 ドリーは、全力で事態を誤魔化しにかかっている。
 だが、そこで別の声が乱入した。

「証拠なら揃っている」
 
 どこから侵入したのだろう。部屋の入り口に、トールが立っている。

「だ、誰? 不法侵入者よ!!」

 金切り声を上げるドリーと、それを聞きつけてやってくる使用人たち。
 けれど、トールは全く動じずに自己紹介を始めてしまった。

「はじめまして、砂漠大国神官長のトールです。うちの大甥がお世話になりまして。それにしても、今日は暑いですねえ」
 
 堂々とした態度のトールは、使用人に茶をねだっている。
 彼は勝手に椅子に腰掛け、まるで我が家のようにくつろぎ始めた。
 ドリーとサリーは、想定外すぎる客の登場に硬直している。

「ええと、トール先生……? 砂漠大国の神官長だったのですか?」
 
 サリーが恐る恐る彼に声をかけた。私も、何に驚いていいのかわからない。
 トールの過保護ぶりは、一部の生徒の間で有名だ。
 けれど、彼の身分までは、サリーだけでなく私も知らなかった。
 カマルの大叔父だから貴族だと思っていたのだ。
 ……そのカマルは、王族だったわけだけれど。
 
 そんな相手を事故――父が行った人体実験に巻き込んでしまった。
 周到に証拠を集めたという彼らを相手に、メルヴィーン商会が勝てるはずがない。
 過去にカマルが実験に巻き込まれた事実は、父でさえ知らない。
 当初の予定では、犠牲になるのは私だけで、たまたま遊びに来たカマルは、もらい事故のようなものなのだ。
 そのままカマルは国へ帰ってしまい、私も記憶をなくしていたので、誰一人彼のことに気づかなかった。
 トールは、ニコニコ笑いながら話を続ける。
 
「唐突にこんな話をして、戸惑っておられるかもしれませんね。なんで、我々があなた方を断罪するのかと」
「そ、それは」
「実はね、メルヴィーン商会の実験の被害に、うちのカマルも遭っているんですよ~。この子が魔力過多なのは、ヨーカー学園に通う娘さんならご存じですよね~」
 
 ドリーもサリーも、事態の深刻さを理解し始めたようで、オロオロと視線を彷徨わせている。
 彼らの様子を見て、カマルが静かに説明を引き継いだ。

「僕がアメリーを気にして探っていたのは、彼女が大事な友人だからだ。でも、何を勘違いしたのか、あなたは途中でアメリーの情報をサリーの情報にすり替えるようにと、現地の調査要員を買収した」
「だって、アメリーは、そんな話は一言も……!」
「理由がどうであれ、恣意的に情報をすり替えた事実は変わらないよ。そして、影でアメリーを虐待していた事実もね」
 
 私の手は、まだカマルに握られたままだった。
 虐待――そう口に出したカマルは、今までで一番怒っている。瞳の冷たさが、さらに増していた。

「学園で会ったアメリーを見て驚いたよ。同学年のどの子よりも小さくて、ガリガリに痩せていて、服は色あせ、裾や袖口がすり切れていた。妹のほうは、貴族並みに高価な持ち物を持っていたけれど、アメリーは授業に最低限必要なものさえ買えない状態だった」
 
 カマルに指摘されたドリーは、憎々しげに私を睨み叫んだ。

「アメリー! この恥知らず! よりによって、他国の王家のかたに嘘を吹き込むなんて! あなたのことだから、優しいカマル様にお金をたかったのでしょう!?」

 そして、手をすりあわせながら、わざとらしい笑顔をカマルに向けた。

「この子は昔から、嘘つきでお金にがめつくて、性根の曲がった子なんです」

 なぜか、サリーもドリーに同意している。
 
「そうなんです、お姉様こそ、影で私をいじめていたんです。私、毎日辛くて」
 
 しおらしく俯くサリーは、守ってあげたくなるような儚げな少女に見える。
 けれど、このタイミングで彼女の言葉を聞き、ようやく私は納得した。
 サリーは直接私に何もしなかったけれど、私が嫌いで、平気でこんな話ができるのだと。

「アメリーの作り話なんて、気にかけなくていいですわ! アメリー、お前は部屋に戻っていなさい!! 罪人なんだから、屋敷から出るんじゃないわよ!」
「えっ……?」

 どうして私が「罪人」にされているのだろう。

「あなたが故意に、カマル様を事故に巻き込んだのでしょう!? でなければ、実験で事故なんて起こりようもなかったのよ!! 全部お前のせいだわ、この疫病神!」
「そうよ、メルヴィーン商会は、清く正しい商会よ? どうせ、お姉様が悪いんだわ!」
 
 二人の中で、いつの間にか、私が犯人だという流れが決定したようだ。怒濤のように、身に覚えのない罪が羅列されていく。
 窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪、殺人罪まで付け加えられていた。世紀の大犯罪者みたいだ。
 カマルは今にも吹雪を起こしそうなほど怒っているし、トールはぷるぷる震えている。

(……トールさん、笑ってる)
 
 必死で取り繕おうとしているが、失敗したようだ。私の視線に気づいた彼は、観念した様子で再び話し出した。

「いや、失礼。かなり面白い展開になったから、思わず吹いちゃったよ。妄想を治す、いい魔法薬が二人分あるんだけど……いるかな?」
 
 ドリーとサリーは、トールの意図を図りかねている。そんな二人に彼は伝えた。
 
「言ったよね、証拠は揃っていると。今さら作り話をしても無駄なんだよ。窓の外を見てごらん」
 
 トールに告げられ、サリーが窓際へ移動する。ちなみに、この部屋は二階にあり、庭の様子がよく見えた。
 何気なくカーテンを開けて外に目をやったサリーは、顔色を変え絶句している。
 
「なっ、なんなのよ! これは!」
 
 もともと窓際にいた私は、そっとサリーの視線を追った。
 階下には、大勢の兵士が並んでいる。私まで、「なんなの?」と叫んでしまいそうだ。
 ドリーも窓枠に駆け寄って下を眺め、絶叫した。
 
「嘘よ!! なんで、グロッタの兵士がうちの庭に集まっているのよ!?」
 
 彼女の質問には、トールが答えた。

「それはね、あなたを捕縛するためだよ? メルヴィーン商会の代表者、ドリー・メルヴィーンさん」
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