上 下
27 / 108
連載

62:義母と妹の本音が聞けました

しおりを挟む
「カマル様。せっかくですので、サリーと一緒に過ごされてはいかが? アメリーと違って、この子は特別ですし、とってもいい子ですのよ」

 ドリーに取りなされたサリーは、まんざらでもない表情を浮かべている。
 
「えへへ。カマル様ぁ、どうぞ、こちらへいらしてください」
 
 二人は、さっそくカマルに誘いをかけている。彼を取り込もうとしているのだ。
 期待に胸を膨らませている様子で、頬を赤く染めているサリー。
 ドリーも、娘をだしにして、さらにカマルへとすり寄る。
 
「以前から、うちのサリーを気にされていたでしょう? 昔から従業員に様子を尋ねておられましたものね」
「…………」
「娘を気に入っていただけて光栄ですわ」
 
 ドリーは、一体何を言っているのだろう。
 
(カマルがメルヴィーン商会の従業員に、サリーの話を聞いていた? しかも、だいぶ前から?)

 急に出てきた話に、私は首を傾げる。
 けれど、カマルはというと、どこか腑に落ちた様子で答えた。
 温度をなくした瞳はそのままで、声のトーンも低くなっている。静かに怒っているようだ。
 
「なるほど、犯人はあなただったんだね。どうりで、おかしな事態になっているはずだ。アメリーの情報が、もう一人のものと入れ替わっているなんて」
 
 詳しい事情は知らない。けれど、私でもわかることがあった。

(カマルは学園に来る前から、私を気にかけてくれていたんだ)
 
 事件の起こったあとも、それとなく、私の様子を見守ってくれていたに違いない。
 地味に感動している私とは反対に、ドリーは少しむっとした顔になる。
 
「アメリーなんて駄目ですわ! 素行と頭の悪い人間ですもの、あなた様が付き合うには相応しくありません!」

 けれど、カマルは彼女に言い返す。
 
「どうして、僕の交流する相手を、あなたに決められなくちゃならないのかな?」
 
 ドリーとは異なり穏やか口調だけれど、はっきりとした彼の意志が感じられた。
 さすがにカマルが不快に思ったとわかったのか、ドリーが慌てて言葉を付け足す。
 
「カマル様は、まだ子供ですもの。ちょっと毛色の違った、素行の悪いアメリーに興味があるのですね。でも、私はあなたの将来を考えてこそ、サリーを薦めているのです! メルヴィーン商会の代表である私が責任を持って、あなたの交際する相手にサリーを推して……」

 しかし、ドリーの言葉は、途中でカマルに遮られる。
 
「実は僕、あなたがメルヴィーン商会を継ぐのを待っていたんだよね」
「まあ、嬉しいお言葉ですわ!」
 
 あからさまに喜色を浮かべるドリーだが、次のカマルの一言で凍り付く。
 
「でなければ、こんな不愉快な状況を長引かせたりしなかった。話を続けよう、メルヴィーン商会代表のドリー・メルヴィーン。部屋を変える必要はないよ」
 
 カマルは王族に相応しい堂々とした態度で、ここへ来た理由――本題に入ろうとドリーに向き合った。
 あのドリーが、彼に気圧されている。
 
「さきほど、あなたはライザー・メルヴィーンの事件について口にしていたね。実験によって、サリー・メルヴィーンの魔力が上がったことも知っているようだ。なら、話は早い」
 
 ドリーは困惑しているようだ。
 ここにいては邪魔になるのではと、部屋の隅へ移動しようとする私の手をカマルが握る。
 
「アメリー。もう少しだから、このままで」
「……うん」
 
 とりあえず、素直に頷く。
 私も全容を知らない重大な内容を、カマルは口に出そうとしている。

「違法な人体実験、それに関する事実のねつ造、同業他社に対する不当な圧力、アメリーに対する虐待……その他諸々の罪で、メルヴィーン商会を断罪するよ。責任者はあなただ」
 
 この意味が理解できるかと問うカマルを前に、ドリーの顔が青ざめていく。

「ご冗談を。あなたはまだ子供ですから、わからないことが多いのでしょう。メルヴィーン商会に、そのような事実はございません」
 
 ドリーは、全力で事態を誤魔化しにかかっている。
 だが、そこで別の声が乱入した。

「証拠なら揃っている」
 
 どこから侵入したのだろう。部屋の入り口に、トールが立っている。

「だ、誰? 不法侵入者よ!!」

 金切り声を上げるドリーと、それを聞きつけてやってくる使用人たち。
 けれど、トールは全く動じずに自己紹介を始めてしまった。

「はじめまして、砂漠大国神官長のトールです。うちの大甥がお世話になりまして。それにしても、今日は暑いですねえ」
 
 堂々とした態度のトールは、使用人に茶をねだっている。
 彼は勝手に椅子に腰掛け、まるで我が家のようにくつろぎ始めた。
 ドリーとサリーは、想定外すぎる客の登場に硬直している。

「ええと、トール先生……? 砂漠大国の神官長だったのですか?」
 
 サリーが恐る恐る彼に声をかけた。私も、何に驚いていいのかわからない。
 トールの過保護ぶりは、一部の生徒の間で有名だ。
 けれど、彼の身分までは、サリーだけでなく私も知らなかった。
 カマルの大叔父だから貴族だと思っていたのだ。
 ……そのカマルは、王族だったわけだけれど。
 
 そんな相手を事故――父が行った人体実験に巻き込んでしまった。
 周到に証拠を集めたという彼らを相手に、メルヴィーン商会が勝てるはずがない。
 過去にカマルが実験に巻き込まれた事実は、父でさえ知らない。
 当初の予定では、犠牲になるのは私だけで、たまたま遊びに来たカマルは、もらい事故のようなものなのだ。
 そのままカマルは国へ帰ってしまい、私も記憶をなくしていたので、誰一人彼のことに気づかなかった。
 トールは、ニコニコ笑いながら話を続ける。
 
「唐突にこんな話をして、戸惑っておられるかもしれませんね。なんで、我々があなた方を断罪するのかと」
「そ、それは」
「実はね、メルヴィーン商会の実験の被害に、うちのカマルも遭っているんですよ~。この子が魔力過多なのは、ヨーカー学園に通う娘さんならご存じですよね~」
 
 ドリーもサリーも、事態の深刻さを理解し始めたようで、オロオロと視線を彷徨わせている。
 彼らの様子を見て、カマルが静かに説明を引き継いだ。

「僕がアメリーを気にして探っていたのは、彼女が大事な友人だからだ。でも、何を勘違いしたのか、あなたは途中でアメリーの情報をサリーの情報にすり替えるようにと、現地の調査要員を買収した」
「だって、アメリーは、そんな話は一言も……!」
「理由がどうであれ、恣意的に情報をすり替えた事実は変わらないよ。そして、影でアメリーを虐待していた事実もね」
 
 私の手は、まだカマルに握られたままだった。
 虐待――そう口に出したカマルは、今までで一番怒っている。瞳の冷たさが、さらに増していた。

「学園で会ったアメリーを見て驚いたよ。同学年のどの子よりも小さくて、ガリガリに痩せていて、服は色あせ、裾や袖口がすり切れていた。妹のほうは、貴族並みに高価な持ち物を持っていたけれど、アメリーは授業に最低限必要なものさえ買えない状態だった」
 
 カマルに指摘されたドリーは、憎々しげに私を睨み叫んだ。

「アメリー! この恥知らず! よりによって、他国の王家のかたに嘘を吹き込むなんて! あなたのことだから、優しいカマル様にお金をたかったのでしょう!?」

 そして、手をすりあわせながら、わざとらしい笑顔をカマルに向けた。

「この子は昔から、嘘つきでお金にがめつくて、性根の曲がった子なんです」

 なぜか、サリーもドリーに同意している。
 
「そうなんです、お姉様こそ、影で私をいじめていたんです。私、毎日辛くて」
 
 しおらしく俯くサリーは、守ってあげたくなるような儚げな少女に見える。
 けれど、このタイミングで彼女の言葉を聞き、ようやく私は納得した。
 サリーは直接私に何もしなかったけれど、私が嫌いで、平気でこんな話ができるのだと。

「アメリーの作り話なんて、気にかけなくていいですわ! アメリー、お前は部屋に戻っていなさい!! 罪人なんだから、屋敷から出るんじゃないわよ!」
「えっ……?」

 どうして私が「罪人」にされているのだろう。

「あなたが故意に、カマル様を事故に巻き込んだのでしょう!? でなければ、実験で事故なんて起こりようもなかったのよ!! 全部お前のせいだわ、この疫病神!」
「そうよ、メルヴィーン商会は、清く正しい商会よ? どうせ、お姉様が悪いんだわ!」
 
 二人の中で、いつの間にか、私が犯人だという流れが決定したようだ。怒濤のように、身に覚えのない罪が羅列されていく。
 窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪、殺人罪まで付け加えられていた。世紀の大犯罪者みたいだ。
 カマルは今にも吹雪を起こしそうなほど怒っているし、トールはぷるぷる震えている。

(……トールさん、笑ってる)
 
 必死で取り繕おうとしているが、失敗したようだ。私の視線に気づいた彼は、観念した様子で再び話し出した。

「いや、失礼。かなり面白い展開になったから、思わず吹いちゃったよ。妄想を治す、いい魔法薬が二人分あるんだけど……いるかな?」
 
 ドリーとサリーは、トールの意図を図りかねている。そんな二人に彼は伝えた。
 
「言ったよね、証拠は揃っていると。今さら作り話をしても無駄なんだよ。窓の外を見てごらん」
 
 トールに告げられ、サリーが窓際へ移動する。ちなみに、この部屋は二階にあり、庭の様子がよく見えた。
 何気なくカーテンを開けて外に目をやったサリーは、顔色を変え絶句している。
 
「なっ、なんなのよ! これは!」
 
 もともと窓際にいた私は、そっとサリーの視線を追った。
 階下には、大勢の兵士が並んでいる。私まで、「なんなの?」と叫んでしまいそうだ。
 ドリーも窓枠に駆け寄って下を眺め、絶叫した。
 
「嘘よ!! なんで、グロッタの兵士がうちの庭に集まっているのよ!?」
 
 彼女の質問には、トールが答えた。

「それはね、あなたを捕縛するためだよ? メルヴィーン商会の代表者、ドリー・メルヴィーンさん」
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

継母の心得 〜 番外編 〜

トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。 【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。