私は聖女じゃない、ただのアラサーです! (旧題:私は聖女じゃない、ただの大人向け小説家です!)

桜あげは

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1巻

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   第1章 はた迷惑な聖女召喚


 空野美夜そらのみや――通称ミヤは、自分が必要とされる場所を求めている、地味で目立たない女だった。
 何もない田舎いなかで育ち、出来の良い兄と常に比べられ続けた子供時代。
 ミヤの居場所は実家になかった。両親と、同居している祖父母はミヤの兄ばかりを可愛がり、ミヤには目を向けてくれなかったのだ。
 家父長かふちょう制の因習が色濃く残る地元では無条件に男子が優遇されるため、実家の中心にはいつも兄がいる。彼の引き立て役として、周囲は時折思い出したようにミヤを話題に出した。
 出来が悪く美人でもないミヤは、そこでは空気のようで。子供心に、自分は必要とされていないのだと強く感じていた。
 そんな環境が嫌で、高校卒業と同時に家を出て上京。何かを変えたいと、思い切って独り立ちした。そうして働きながら夜間の大学に通い、卒業後は郊外の大型ショッピングモールのくつ売り場に就職。そのまま二十八歳まで働き続けて今に至る。
 ちなみに、ミヤには恋人はおろか友人もいない。仕事が忙しく、それどころではなかったのだ。
 地元に残った兄は結婚して、子供も生まれている。
 実家では兄一家と両親が同居しているので、ミヤの帰る場所はもちろんなかった。


 木枯こがらしが吹き始めた季節、最寄りの小さな駅から徒歩十分のマンションで、ミヤはパソコンの画面と向き合っていた。
 現在は午前一時、普通の人なら寝ている時刻だ。
 薄暗い部屋の中、仕事帰りの格好のままでパソコン画面を見つめるミヤの指が、かろやかにキーボードの上をすべる。

「うふふふふ、いいわ、いい展開だわ! 自分はヒーローの愛人だと語る謎の若い令嬢、ヒロインに復縁を迫る幼馴染おさななじみの元婚約者。最大の修羅場しゅらばが、今始まる!」

 深夜のテンションで勢いに乗った頭は、ドロドロとした愛憎あいぞう劇を次々に文章へ変換していく。
 ミヤの趣味は、ネットで小説を書くことだった。
 仮想の世界に思いをせている間は面倒なことを全て忘れられるので、良い息抜きになる。
 オタク寄りのミヤが特に好きなのは、ファンタジーを題材にした作品だ。今までにも様々なパターンの小説を書いているし、他人の作品を読むのも好きだった。
 ちなみに今書いているのは、特別な力を持ち、『聖女』としてあがめられる主人公が活躍する話だ。

(この勢いは、もはや誰にも止められないわ!)

 スピードにのって小説を書き続けるミヤの足元には、ふてぶてしい顔の犬が寝そべっていた。真っ白なおすのフレンチブルドッグで、名前をプッチーという。
 彼はもともと、実家でミヤの兄が飼っていた子犬だった。
 しかし、生まれたおいが犬アレルギーを発症したため、急遽きゅうきょミヤが引き取ることになったのである。
 幸いこのマンションはペット飼育可の物件で、危惧きぐしていたプッチーとの関係も、おやつをあげることですぐに仲良くなれた。

(そうだわ、昨日印刷した原稿もチェックしておこうかしら)

 ミヤは書いた小説を自分のホームページに掲載している。多くはないが、楽しみに待ってくれている読者もいるので、公開する前に紙に打ち出して、文章に変なところがないかを確認するのが日課だ。
 そうやって印刷した歴代の作品を、紙で保存している。後々黒歴史となることは分かっていたが、どうにもやめられなかった。

(朝早めに起きてお風呂に入らなきゃいけないから、そろそろ寝ないとまずいわよね……でも、明日の仕事を考えると眠れない!)

 翌日の仕事に差しつかえると分かっているのだが、まだ眠気は訪れない。ストレスもあり、最近は寝つきが悪いのだ。


 ミヤの勤め先であるブランドぐつのショップには、売り上げのノルマがある。それに届かないと、店長やマネージャーなどに厳しく叱責しっせきされた。
 しかし、いくら叱られたところで、そう簡単に売り上げが伸びるはずもない。
 いち販売員の接客がどうこうというより、店を訪れる客自体が少ないのだ。平日の午前中など、店員の人数の方が多いくらいだ。
 また、店ではブランドぐつを定価で販売しているため、周辺にできた格安くつ店に次々と顧客を奪われていた。
 その上、ショップの入っているモールからもカード会員獲得のノルマが課されている。最低でも年に五人以上の会員を獲得しなければならず、ミヤは多方面からかけられる様々な重圧に押しつぶされそうになっていた。
 サービス残業が多く人間関係もきつい上、自腹で購入した自社製品をいて接客をしなければならないのも負担だった。
 ブランドもので高価なくせに、社員割引はたったの一割なのだ。平社員のふところの貧しさをめているとしか思えない。
 ともかく、ミヤはそろそろこの仕事に疲れてきていた。
 上司や先輩たちは皆美人なのに全員独身である現実に思うところもあるし、何より会社の売り上げが年々減っているため、将来に夢も希望も持てないのだ。
 ミヤは確固たる自分の居場所が――そして家族が欲しかった。
 だが、この職場はそういった場所ではなく、それを得られる見込みもないと心の中で判断している。
 とはいえ、条件の良い職種への転職は難しい。多くの人が、ミヤと同じことを考えるからだ。
 狙い目は事務職の正社員だが、未経験可で条件の良い職場には、どこも応募が殺到さっとうしているようだった。
 しかも、そういう会社は若い人間を採用したがる。もうすぐ三十路みそじに手の届きそうなミヤは、転職においても不利な立場にあった。
 息苦しさを小説の執筆で発散させているうちに、どんどん夜はけていく。
 さすがにそろそろ布団に入ろうかと腰を上げたその時、不意に周囲の景色が揺らいだ。

「何? 地震!?」

 窓の外から、誰かの甲高かんだかい叫び声が聞こえて来た。あれは、上階に住む女子大生の声だろうか。

(本当に、どうなっているの?)

 大きな揺れに視界がぶれる中でも、プッチーはプスプスと呑気のんきにいびきをかいているようだ。
 時折、舌がペロペロと口周りをめているので、食べ物の夢でも見ているのかもしれない。
 マイペースな飼い犬を観察していたミヤだったが、ひときわ大きく視界がぶれたことで、思わず目をつぶった。体がぐらりと揺らぎ、全身が床に打ち付けられる。

「うっ……!」

 痛みで意識が遠のきそうになった瞬間、知らない人間の声が降ってきた。

「ここに、約百年ぶりに聖女様が召喚されました」

 心地よく甘い声が耳朶じだをくすぐり、目眩めまいから解放されたミヤは薄く目を開ける。

(……え?)

 視界に入ってきたのは、古びたワンルームマンションの色あせた壁紙ではなく、巨大なドーム型の天井。
 そこには精巧なステンドグラスがめ込まれており、んだ光が色ガラスを通してミヤを照らしていた。どう考えても、知らない場所だ。
 起き上がって周りを確認してみると、広い部屋のすみには白い服を着た人々がずらりと並んでいる。皆疲れ果てているのか、残業後の同僚たちによく見られる死んだ魚のような目で、こちらを見つめていた。
 その奥――金の糸に縁取ふちどられた赤い絨毯じゅうたんの上には、ファンタジー映画の登場人物のような仰々ぎょうぎょうしい衣装を着た人々が立っている。
 中心にいるのは、金でできた骨組みの間に深紅しんくのベルベットを張った王冠に、白いファーが縫い付けられた赤いマント、高価そうな飾りのついた服という、典型的な王様の衣装を身にまとった高齢の男性だ。
 彼の脇には、同じ作りの緑色の服を着た男性が三人並んでいる。
 ヒゲを生やした男性はミヤよりも年上、その隣に立つ髪の長い青年はやや年下、もう一人の少年は中学生くらいに見えた。そこから少し離れた場所にはメガネをかけた、暗そうでせた青年も立っている。
 そしてミヤの隣にある寝台には、若い女性が一人横たわっていた。
 まっすぐな黒髪を肩下までおろした、色白で愛らしい顔立ちの女の子だ。ミヤは彼女に見覚えがあった。

(うちのマンションの上階に住んでる、女子大生……だよね?)

 直接話したことはないのだが、部屋に男性を招いている場面をよく目撃するので、印象に残っている。そんな彼女にミヤは、

(モテるんだなあ、私生活が充実していていいなあ……)

 と、常々羨望せんぼうの眼差しを向けていた。
 その女子大生は今、すっぴんに薄手のパジャマ姿だ。可愛らしいピンク色のフードには、フワフワしたウサミミが付いている。

(気を失っているのかしら?)

 じっと見つめていると、女子大生は身じろぎし、パチリと大きな目を開いた。
 ミヤと同じくこの状況に戸惑ったのだろう。彼女はガバリと起き上がり、キョロキョロと周囲を見回し始める。

「どこ、ここ? 私の部屋じゃないんですけどぉ!」

 混乱する彼女が叫ぶと同時に、部屋の中に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

「聖女様がお目覚めになられたー! 皆の者、拍手でお出迎えするのだ!」

 王様風の衣装を着た老人がそう叫んだからだ。見た目からは想像できない大声である。

(聖女? この人、何を言っているの? これって夢なのかしら?)

 ミヤの頭の中は、ひたすら疑問符が飛びっている状態だ。

「聖女って何? なんなの、あなたたちは……」

 隣にいる女子大生も混乱している様子。
 続いて、下からフゴーフゴーと荒い鼻息が聞こえて来た。足元を見ると、そこにはプッチーが気持ちよさそうに寝転がっている。

「プッチーもついて来ちゃったの!?」

 ミヤの大声で目覚めたプッチーは、立ち上がってノロノロと歩き出した。

「プッチー?」

 プッチーはミヤの呼びかけを無視し、片足を上げて近くの柱におしっこをかける。
 そうして、テケテケと飼い主の足元まで戻ってくると、仰向あおむけになって再び爆睡ばくすいし始めた。

(人様の前で、恥ずかしすぎる……! あとで掃除しなきゃ!)

 その間謎の人々は、プッチーの一挙一動をつぶさに観察していた。

「な、なんですか、あの生き物は……!?」
「犬……にしては、顔がブサイクなような。この世界では見ない種類ですな」
「まあ、害はなさそうだし、今はそれどころではない。放っておこう」

 そう言って彼らのうちの一人――王様風の高齢の男性が、女子大生に話しかけた。

「余は、グレナードの国王、ビバリウス三世である。このたびは我が国、我が世界にお越しいただき感謝している」
「は、はあ……」

 女子大生はほうけた顔で、ミヤは無言で彼を見る。
 自称国王は、そのままとんでもない質問をぶつけてきた。

「しかし儀式の手違いか、意図せず二人の人間を召喚してしまった。どちらが聖女なのだろうか?」
「聖女だなんて言われても。私、何も知らないわ」

 パジャマの袖をぎゅっと握り込んだ女子大生は、震える声で訴えた。ミヤも彼女に同意する。

(でも、もしかすると……)

 ミヤの脳裏を、一つの予想がぎった。

(……っていうか、さっきまでそんな話を書いていたんだけど?)

 数々の小説を書いたり読んだりする中で、ミヤは聖女という言葉に心当たりがあった。
 大体のネット小説において、聖女とは異なる世界から呼ばれた、その世界を救うために必要な能力を持つ女性のことを指す。細かい内容は話によって変わるが、設定は共通していることが多い。
 世界を救う条件も様々だが、それらのことは聖女にしか成しげられないというのが定番だ。ゆえに特別待遇を受け、多くの話の中では大事に扱われていた。

(たまに、呼び出されて早々に殺されかける、ハードな内容のものもあるけれど)

 状況を見るに、彼らに敵意はないようだ。いきなり殺されたりはしないだろう。

「聖女を知らない? そんなまさか。自分のステータスくらいは自分で確認できるだろうに」
「ステータス?」

 国王の言葉を聞き、ミヤと女子大生は首をかしげる。

(そんな、ゲームのようなことを言われても困るわ)

 オタク寄りのミヤでさえその程度の知識しかないのだから、リア充な女子大生に至っては、何を言われているのかまったく分からないに違いない。

「ステータスと言われても、知りません! 確認なんて……あら?」

 反論しかけたミヤは、目のはしに白く点滅する光があることに、ふと気がついた。

(何かしら、これは……?)

 好奇心にられたミヤは、手を伸ばして謎の光に触れてみた。
 ヒュンという電子音が脳内で響くと同時に目の前に白い光が広がり、四角い画面が現れる。
 それはまさかの、ゲームでよく見るステータス画面だった。ドッキリ企画にしても出来過ぎである。

「ええと、なになに?」

 映し出されている文字は日本語なので、普通に読める。

(異世界トリップものの小説で、主人公が異世界の文字を読み書きする時は、自動でその世界の言葉に翻訳ほんやくされる……という描写を見たことがあるけれど、そんな感じかしら? それともここは、普通に日本語圏内けんないなのかな?)

 分からないまま、とりあえず内容に目を通してみた。



〈ステータス〉

 種族:異世界人
 名前:空野美夜(ソラノ・ミヤ)
 年齢:二十八歳
 職業:守護者
 能力:ステータス看破かんぱ(他人のステータスが見られる)
 加護:物理攻撃強化・身体強化(物理攻撃の威力、身体能力が上がる)
 人気:最低


 意外とシンプルで親切設計なステータス画面だ。ゲームに慣れていないミヤにも分かりやすい。

(守護者って職業がなんなのかは分からないけど、聖女とは別物よね?)

 とすれば、女子大生の方が聖女、もしくは二人とも聖女ではないということだ。
 彼女に視線を向けると、近くに赤く点滅している四角い光が見える。
 それはミヤが手を伸ばせば、すぐに届く場所に浮かんでいた。

(あれは何かしら?)

 女子大生の前で点滅する赤い光に視線を集中させた途端、さっきと同じように、四角い画面と文字が現れた。


〈ステータス〉

 種族:異世界人
 名前:姫宮桃(ヒメミヤ・モモ)
 年齢:二十歳
 職業:聖女
 能力:回復魔法(魔法の光により体の損傷箇所を回復させる)
 加護:浄化(聖地のけがれをはらい正常な状態へ戻す)
 人気:高


(わあ、他の人のステータスも見られるのね)

 ミヤは念のため、国王たちの画面も確認してみた。


〈ステータス〉

 種族:人間
 名前:ビバリウス・リラ・グレナード
 年齢:五十歳
 職業:グレナード国王
 能力:毒耐性(微量の毒を無効化できる)
 加護:なし
 人気:中


 このステータス画面に間違いがなければ、国王の言葉にもいつわりはないようだ。
 ミヤは冷静に思考をめぐらせる。国王や聖女にはステータス看破かんぱ、つまり他人のステータスを見る能力がなかったということは――

(ステータスを見る能力を持っているのは、私だけなのかも?)

 ついでに、王の周囲に立つ三人の青年たちのステータスも見る。
 彼らの職業は王子――つまり国王の実子のようだ。あごヒゲを生やしているのが長子で、長髪が二番目、最も若そうな子が四番目。
 王子たちの能力は父王と同じく全員毒耐性だった。王族には必須のスキルなのかもしれない。
 加護は誰も持っていないようだ。
 彼らの背後に控えている兵士のステータスも見てみたが、やはり全員加護がない。
 どころか、中には能力自体がない人間もいる。

(加護や能力は、珍しいものなのかしら)

 目の前に立つ白い服の人々は魔法が使えるようで、能力は全部『転移魔法』だった。
 ちなみに彼らの職業は、王宮魔法使いとなっている。

(そういえば、プッチーは?)

 試しに、飼い犬の能力も見てみる。


〈ステータス〉

 種族:異世界犬(フレンチブルドッグ)
 名前:プッチー
 年齢:一歳
 職業:飼い犬
 能力:なし
 加護:なし
 人気:中


 ある程度予想していたが、プッチーには能力も加護もなかった。
 そこでようやく、女子大生――モモも、目の前に光る印に気がついたようだ。画面自体は傍目はためには見えないが、指で空中を指す仕草から、なんとなく様子が分かった。

(正直言って、私が聖女じゃなくて安心したわ。もしそうだったら、『世界を救え』とか言われるかもしれないし)

 ファンタジー小説で聖女に課される使命は、安全なものから危険なものまで様々だが、どちらかというと危険なパターンが多い。
 ひどいものだと魔王との直接対決や、魔物との戦闘を強要される場合があった。
 その他の場合でも、王宮の陰謀に巻き込まれ、危険にさらされるなどの可能性がある。
 しばらくすると、前方で二人の返答を待ち構えていた国王が再び口を開いた。

「それで、聖女はどちらなのだ? 聖女には、我がグレナード国内の聖地を浄化していただかなければならない」

 ミヤは一瞬、正直に答えるべきか迷った。事実を告げた場合、モモ一人に聖女の責任を押し付けることになってしまう。
 モモはしばらくポカンと口を開けていたが、ここでようやく問いかけた。

「あのぅ、浄化ってなんですかぁ?」

 人差し指を頰に当てて小首をかしげる仕草には、計算された可愛さがある。同性のミヤでさえ、思わずキュンとなりそうだ。
 わけが分からないといった様子のモモに向かって、国王は笑顔で答えた。

「我がグレナード王国には、魔物を生み出す土地がある。そのせいでこの国は、他国に比べ魔物による被害が極端に多い。魔物自体はもともと世界中に存在するのだが、新たに生まれるのはこの国だけなのだ。聖女にはその土地を浄化し、魔物被害が出ないようにしていただきたい」
「……引っ越せないんですか? そもそも、なんでそんな危ない場所に国を作ったの?」
「はるか昔に神託を受け、我が王族の祖先がこの地に国をおこしたと言われている。我らは神に選ばれた民族なのだ。ゆえに、この土地を離れるわけにはいかない」

 実にありがちで、胡散臭うさんくさい建国記である。

(本当は、もっと別の事情があるんじゃないの? 周囲が強国ばかりだったせいで、危険な土地に追いやられた、とかね!)
「伝承では、昔神が遣わした聖女が聖地に浄化の石碑を建てることで魔物を封印し、世界の危機を救ったと言われている。魔物の根絶には至らなかったが、奴らが聖地付近に大量発生することはなくなった。しかし、石碑を立てて百年ほどった頃、聖女が浄化したはずの土地周辺に魔物が増加し始めたらしい。調査の結果、原因は浄化の力が弱まったせいだと分かったという」
「そうなんですか、大変ですねぇ」

 モモはポカンとした顔のまま話を聞いている。まだ状況を理解できていないようだ。
 一方、ミヤは周囲の様子をうかがってみる。

(全員が、黙って国王の話を聞いているわね)

 中には、大げさに相槌あいづちを打っている者もいた。

「人々は神に祈った。この地に再び聖女を遣わしてくださるようにと! すると、神は願いを聞き届け、異世界から聖女を召喚してくださったのだ!」
(えっ? 召喚は神じゃなくて、人間がおこなったんでしょう? 今、私たちが呼び出されたように)

 突っ込みたい箇所が次々に出てくる。

「そうして現れた聖女が同じ場所を浄化して回り、世界に再び平和が訪れたという」

 自分の言葉に勢いづいた王は、まだまだ熱弁を振るう。

(グレナード国内の魔物封印の話が、いつの間にか世界平和の話になってるんですけど……)

 かなり怪しい話だが、誰も口を挟まない。

「それを機に、我々グレナード王国は百年ごとに神に祈り、聖女を召喚して聖地を浄化しているのだ」

 しばらくった後、ようやく国王の話が終わった。

(長かった……)

 話が一段落すると同時に、今まで口を開けていただけのモモが、国王に向かって遠慮がちに質問する。

「よく分からないんですけど、聖地は危ないところなんですかぁ?」
「うむ。先ほどの話の通り、聖地付近には魔物が出やすいのでな」
「その『魔物』って、なんですか? 幽霊みたいなものぉ?」
「聖女の世界には、魔物はおらぬのかな? 人間を襲うけもの型の生き物の総称だが」
「……え、ええっ!? やだ、怖い! 聖女って危ない仕事なのね?」

 それを聞いたモモは顔色を変えた。ミヤも緊張から、両手をぎゅっと握りしめる。

(まずい、危険なパターンの異世界だわ……!)

 魔王退治とまではいかないものの、良くない展開である。下手に引き受けた日には、大怪我や死が待っているかもしれない。

(か弱い女子大生一人に、そんな真似まねはさせられないわよね。二人とも聖女じゃないって方向へ、なんとか話を持っていけないかしら? あの子と協力して、この場を切り抜けたいわ)

 良い方法はないものか思案していると、モモの口から信じられない言葉が飛び出した。

「わ、私は聖女じゃない! 聖女は、こっちの人ですぅ!」
「……へ?」

 思いがけない言葉に唖然あぜんとして、ミヤは動きを止めた。


 部屋の中にざわめきが広がっていく。それまでは空気のような扱いだったミヤに、視線が集中した。
 今度は、こっちがポカンと口を開ける番である。

「わ、私は聖女じゃないんですけど!? きちんとステータスを確認しましたよ?」

 戸惑いつつ事実を告げると、周囲に見えない絶妙な角度でモモがにらみつけてきた。

(なぜ!?)

 事実を述べただけなのに、にらまれるなんて理不尽だ。

「オバサン、このに及んで見苦しい嘘をつかないでくれますかぁ? みんなの迷惑になるじゃない」

「迷惑なのはあなたよー!」と叫びたくなったが、ミヤはなんとか感情を押しとどめた。

(ダメダメ、私は大人なんだから。しっかりしないと)

 そんなミヤの心中も知らず、モモは好き勝手に話を続ける。

「私だって聖女じゃないわよ? ええっと、ただの町娘ですぅ」

 しれっと嘘をついたモモは、強気な視線をミヤへ向けた。

(……この子、堂々と職業を捏造ねつぞうしやがったわ!)

 ミヤの反応を見て、モモはニヤリと口角を上げる。二人で協力してこの状況を突破する道もあったのに、彼女はミヤを見捨てるつもりなのだ。

(なんで? 私、何もしてないよね? できれば仲良くしたかったのに……)

 もともと、ミヤは他人に受けが良くない。仕事をする上では好感を持たれることもあるのだが、プライベートとなると、どうもうまくいかなかった。
 特徴のない顔立ちや地味な服装のせいで、同性からめられることも多い。


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