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98:潜入操作失敗!?
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チープな商売用のドレスに身を包み、濃い化粧を施したクレアは、流れるような紗を纏う。
クレアとクレオは計画通り、完璧な金髪美女へと変貌を遂げた。
若干ケバくて下品なのは、この辺りの娼婦の標準的な出で立ちである。
着替えに協力してくれたのは、不満顔のマルリエッタだ。彼女はまだふくれ面でクレアに文句を言っている。
「クレア様。娼婦の真似事なんて、いくらなんでも危険すぎます。男性のクレオ様はともかく、あなたは生物学的には女性なのですよ?」
「心配すんなって、マルリエッタの心配するようなことは起こらない」
そうして、クレアとアデリオは、それぞれ目的の二軒の店へ乗り込んだ。
店と言っても、薄暗く簡素な建物内に、申し訳程度のテーブルと椅子が置かれているだけだ。そして、少し離れた場所についたてと階段がある。
娼婦たちが働いているのは、主に上階のようだ。
店主の了解を取り付けた上で、娼婦に化けたクレアは二階へ上がる。
「女将、普段見ない怪しげな客がいたら、俺の方に回してくれ。報酬ははずむ」
「任せとくれ!」
一階で準備をしている女将は上機嫌で、比較的いい部屋を貸してくれた。
安物の香が炊かれた室内の床には敷物が敷かれており、小さなテーブルと大きめの布団が一つずつ置かれている。
「わかりやすいな」
テーブルの上に客用の酒がいくつか用意されていたので、クレアはさっそく拝借した。
明らかな安酒で、あまり美味くはない。
しばらくすると、女将が「指名が入った」と言って、客を連れてきた。彼女は何故か気まずそうな目でクレアを見てくる。
「どうした?」
「いえ、その……わ、私はここで失礼しますよ」
逃げるように階下へ去った女将を眺め、クレアは床に座ったまま首を傾げる。客の方は入り口に取り残されていた。
ひとまず部屋に入るよう、客に声を掛けたクレアだったが、相手を見てあんぐりと口を開ける。
「……サイファス? なんでお前がここに?」
あろうことか客として現れたのは夫だった。
「何やってんだよ。誘拐犯をあぶり出すのが目的なのに、お前が客になってどうすんだ」
完全に捜査妨害である。
「だって、クレアが心配でたまらなくて……女将に手間賃を支払って連れてきてもらったんだ。やっぱり、私はこの作戦に反対だ。どこの誰とも知らぬ男が、私のクレアに触れるなんて……絶対に許せない」
まるで、そんな相手がいたら切り捨てると言い出しそうな不穏な雰囲気だ。
「心配性だな、サイファスは。女将を買収してまで、こんな場所に来るなんて」
「クレアは嫌じゃないの? 潜入捜査とは言え、見知らぬ男に体をなで回される恐れがあるんだよ!?」
「ぶっ飛ばせばいいだけだろ?」
「それができない相手だったら?」
「そんな相手はいないんじゃないか? 近づかせるまでもなく脅すから心配は要らな……」
話の途中で、サイファスがぐいっと距離を縮めてきた。
「……っ!?」
流れるような動作に戸惑っている間に、サイファスはクレアの両手を緩く握りしめ動きを封じる。
「これでも?」
吐息がかかるほど近くで囁かれ、クレアはいつになくサイファスを意識してしまう。
いつもなら軽口を叩くところだが、息が詰まったかのように言葉が出てこない。
「クレアは不用心すぎる。太ももまでスリットの入った、布面積の少ない服を着て、これを見て何も感じない男なんていないよ」
サイファスも、その中に含まれるのだろうか。誠実で紳士的な彼がそんなことを思うなんて、想像が付かない。
「お前はいちいち大げさすぎるんだ」
反論すると、サイファスは真顔で言い含めてきた。
「何を根拠に言っているのか知らないけど、少なくとも私は今すぐ君に不埒な真似をしたくてたまらない」
「ふっ、不埒……!?」
まさかのサイファスの発言に、クレアは再び言葉を失った。
クレアとクレオは計画通り、完璧な金髪美女へと変貌を遂げた。
若干ケバくて下品なのは、この辺りの娼婦の標準的な出で立ちである。
着替えに協力してくれたのは、不満顔のマルリエッタだ。彼女はまだふくれ面でクレアに文句を言っている。
「クレア様。娼婦の真似事なんて、いくらなんでも危険すぎます。男性のクレオ様はともかく、あなたは生物学的には女性なのですよ?」
「心配すんなって、マルリエッタの心配するようなことは起こらない」
そうして、クレアとアデリオは、それぞれ目的の二軒の店へ乗り込んだ。
店と言っても、薄暗く簡素な建物内に、申し訳程度のテーブルと椅子が置かれているだけだ。そして、少し離れた場所についたてと階段がある。
娼婦たちが働いているのは、主に上階のようだ。
店主の了解を取り付けた上で、娼婦に化けたクレアは二階へ上がる。
「女将、普段見ない怪しげな客がいたら、俺の方に回してくれ。報酬ははずむ」
「任せとくれ!」
一階で準備をしている女将は上機嫌で、比較的いい部屋を貸してくれた。
安物の香が炊かれた室内の床には敷物が敷かれており、小さなテーブルと大きめの布団が一つずつ置かれている。
「わかりやすいな」
テーブルの上に客用の酒がいくつか用意されていたので、クレアはさっそく拝借した。
明らかな安酒で、あまり美味くはない。
しばらくすると、女将が「指名が入った」と言って、客を連れてきた。彼女は何故か気まずそうな目でクレアを見てくる。
「どうした?」
「いえ、その……わ、私はここで失礼しますよ」
逃げるように階下へ去った女将を眺め、クレアは床に座ったまま首を傾げる。客の方は入り口に取り残されていた。
ひとまず部屋に入るよう、客に声を掛けたクレアだったが、相手を見てあんぐりと口を開ける。
「……サイファス? なんでお前がここに?」
あろうことか客として現れたのは夫だった。
「何やってんだよ。誘拐犯をあぶり出すのが目的なのに、お前が客になってどうすんだ」
完全に捜査妨害である。
「だって、クレアが心配でたまらなくて……女将に手間賃を支払って連れてきてもらったんだ。やっぱり、私はこの作戦に反対だ。どこの誰とも知らぬ男が、私のクレアに触れるなんて……絶対に許せない」
まるで、そんな相手がいたら切り捨てると言い出しそうな不穏な雰囲気だ。
「心配性だな、サイファスは。女将を買収してまで、こんな場所に来るなんて」
「クレアは嫌じゃないの? 潜入捜査とは言え、見知らぬ男に体をなで回される恐れがあるんだよ!?」
「ぶっ飛ばせばいいだけだろ?」
「それができない相手だったら?」
「そんな相手はいないんじゃないか? 近づかせるまでもなく脅すから心配は要らな……」
話の途中で、サイファスがぐいっと距離を縮めてきた。
「……っ!?」
流れるような動作に戸惑っている間に、サイファスはクレアの両手を緩く握りしめ動きを封じる。
「これでも?」
吐息がかかるほど近くで囁かれ、クレアはいつになくサイファスを意識してしまう。
いつもなら軽口を叩くところだが、息が詰まったかのように言葉が出てこない。
「クレアは不用心すぎる。太ももまでスリットの入った、布面積の少ない服を着て、これを見て何も感じない男なんていないよ」
サイファスも、その中に含まれるのだろうか。誠実で紳士的な彼がそんなことを思うなんて、想像が付かない。
「お前はいちいち大げさすぎるんだ」
反論すると、サイファスは真顔で言い含めてきた。
「何を根拠に言っているのか知らないけど、少なくとも私は今すぐ君に不埒な真似をしたくてたまらない」
「ふっ、不埒……!?」
まさかのサイファスの発言に、クレアは再び言葉を失った。
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