上 下
93 / 99

92:夫を渡したくない妻と妻を渡したくない夫

しおりを挟む
「サイファス、どうしてお前がここにいるんだ!?」

 数日ぶりにクレアに会えたサイファスは、花が咲くようにふわりと微笑む。

「もちろん、クレオに会いたかったからだよ」

 今のクレアはクレオとして動いているので、サイファスもそれに合わせている。

「お、お前なあ……」

 言いようのない嬉しさと恥ずかしさに襲われ、それを誤魔化すためにクレアは横を向いた。そして、サイファスと一緒にいたミーシャに声をかける。
 
「ミーシャも来ていたのか、久しぶりだな」
「は、はいっ、クレオ様! 剣術大会ぶりでございますわ」
「サイファスと一緒に応援してくれていたものな。ありがとうな」
「ひゃわっ、クレオ様! 光栄です!」
 
 ミーシャは頬を真っ赤に染めて卒倒しそうになっている。

「それで、どうしてミーシャはサイファスと一緒に?」
「聞いてください、クレオ様。この方ってば、あのヒッヂ子爵家のティナに言い寄られていたのよ」
「あー……あの強烈な令嬢か」
「クレオ様も、一時期被害に遭っておられましたものね。あの方は、顔が良く地位の高い男性ならば誰でも声をかけに行くのですわ」
 
 ヒッヂ子爵家の長女ティナは、ビッチと名高い令嬢だった。
 浪費家のティナは、お金持ちとの縁談を望んでおり、あわよくば既成事実を作ろうと優良物件を狙っている。
 王都の貴族の間では有名な話だった。
 しかし、ティナの節操のなさが問題を起こすことも多く、社交界のトラブルメーカーとして扱われている。
 実際、彼女は複数の男性と同時に交際していたりするのだ。
 
 見た目は小柄で愛らしい令嬢、しかも従順でか弱い娘の演技が上手いので、騙されている相手もいた。
 ただ、現在彼女が付き合っているどの男性も、結婚相手とするには見た目やお金に不満があるようで、あちこちの舞踏会に顔を出しては、好みの独身貴族の男性に粉をかけまくっている。
 クレア自身も、エイミーナと婚約する前は、ティナに狙われていた。
 
「ミーシャ、ありがとうな。サイファスを守ってくれて」
「礼には及びませんわ。彼は『クレオ様ファンクラブ』の仲間ですもの。それでは、私は向こうで父が呼んでいますので失礼しますわね」

 嬉しげに手を振りつつ、ミーシャが去って行く。
 そのあと、クレアたちは四人揃って、人気のないベランダへ出た。

「ふん、残虐鬼ともあろうお方が、ヒッヂ子爵令嬢に目を付けられるなんて……ポヤポヤしていますのね」

 人目が亡くなった瞬間、エイミーナがサイファスに突っかかる。

「それに、辺境からわざわざ妻を追って来るなんて、ずいぶんと余裕がありませんわ。嫉妬深い男は嫌われましてよ。よくも、クレオ様と私のラブラブ舞踏会を邪魔してくれましたね」
「嫉妬はするよ。だって、私はクレアの『夫』だもの。クレアと舞踏会でラブラブするのは、君ではなく私だ」

 サイファスは夫という言葉をやけに強調した。

「今夜のクレオ様は私の夫ですわ! あなたはいつも、辺境で一緒にいられるのだからいいじゃない」
「良くない、まったく足りないんだ!」
 
 エイミーナとサイファスが盛り上がる中、クレアは給仕係の格好をしているハクに話しかける。ついでに、彼の持っていたお盆から酒を取ることも忘れない。
 
「俺は用事が済めば、すぐルナレイヴへ帰る予定だったんだ。わざわざサイファスを連れてくる必要はないと思うんだが」
「本人が行くと言って聞かなかったんだよ。仕事もあっという間に終わらせちまった。ところで、質問したいことがあるのだが……第八部隊の隊長がどうしてアデリオと一緒に、会場の隅で密偵の真似事をやっているんだ?」
「ああ、ユージーンが乗り気だったんだ。好奇心旺盛な奴だよな。簡単な薬の調合の知識と引き換えに許可した」

 ハクが額を抑えてため息をついた。

「特に問題は起きていないから、心配は要らない」

 ちゃっかり新たな酒を手にしたクレアは、薬屋での一件をハクに伝えて笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

処理中です...