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77:残虐鬼の過去(サイファス視点)

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 サイファスは、ドキドキが止まらなかった。
 クレアが、あのクレアが、自分から体を預けてくれている!!
 どうしよう、明日はきっと大雨だ。
 風呂上がりだからか、彼女の髪からは石鹸のいい香りがした。

「サイファス、ありがとうな。お前がいてくれて良かった」

 上目遣いで、そんなことを言われ……理性が崩壊しそうになる。
 しかし我慢だ、ここで信用を失うわけにはいかない。
 あと一押しかもしれないけれど、弱っている彼女につけ込むのは駄目だ。

「クレア、もう休んで。今日は疲れたでしょう?」
「そうだな、明日もしなければならないことがある」

 いそいそとベッドに潜り込むクレア。しかし……

「どうした? サイファスも来いよ」
「う、うん」
 
 激しく脈打つ心臓に気づきながら、サイファスは、もそもそとクレアの隣に移動する。
 
「手……つないでいいか?」
「ももも、もちろん!」
 
 クレアの手は小さいけれど、皮膚は硬かった。この手でずっと戦ってきたからだ。
 一途な彼女も、好ましいと感じてしまう。
 しばらくすると、クレアは小さな寝息を立て始めた。無防備な寝顔も愛おしい。

「家族、か……」

 正直、そんなものを再び持てるとは思わなかった。憧れてはいたけれど。
 
 
 もともと、サイファスは争いごとが嫌いな子供だった。
 同年代の子供より細く、剣の訓練も大嫌い。静かに本を読み、庭師と一緒に花を植えるのを好んでいた。
 
 辺境のアリスケレイヴ家は大らかで、貴族であっても料理をしたり、庭仕事を手伝ったり、裁縫をすることが許された。
 単に、貧乏なので経費を節約しただけともいう。
 民の仕事を奪うのは良くないけれど、当時は戦費が必要で余裕がなかったのだ。
 
 幼い頃から続く辺境の戦。
 昔は今より兵士も食料も資金も不足していて、貧しいルナレイヴは苦戦を強いられていた。
 
 サイファスの両親は、そんな中、アズム国との戦争で帰らぬ人となった。
 まだ力を持たぬ子供だったサイファスは、彼らを守れなかった……
 
 打ちひしがれる暇もなく辺境伯の座を継いだのは、サイファスが十五の時。
 領地を守るため、役目をまっとうするため、サイファスは剣を振るい続けた。
 何人もの命を奪った手は血に濡れている。
 残虐鬼などという不名誉な通り名までついた。
 
 同じく戦争で家族を失った、マルリエッタを始めとする子供をまとめ上げ、サイファスは徐々に力を拡大させていく。
 近隣の領主からも一目置かれるようになった頃、サイファスは二十歳を過ぎていた。
 そこから、婚約話が持ち上がっては消え、クレアがルナレイヴへやってきたのだ。
 
 再び得た大事な家族、もう二度と手放したくない。
 真っ赤な美しい髪をなでながら、サイファスも静かに目を閉じた。
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