76 / 99
75:残虐鬼と赤い部屋
しおりを挟む
「サイファス?」
クレアが声をかけるが、サイファスはずんずん前に行ってしまう。
「騒動はクレア一人で解決できるものかもしれない。全部私の我が儘なのだけれど、この場は譲ってくれないかな」
答えるよりも早く、サイファスは動いた。
「なんです、あなたは」
彼を見た執事長は眉をひそめ、馬鹿にする様子で問いかける。
クレアよりは厄介でない相手と判断したのだ。
サイファスの見た目は優男風。国一番の危険人物にもかかわらず、残虐鬼と言い当てる者はいない。
クレアの傍に立っていた少女が懐に持ったナイフでサイファスに襲いかかるが、あっさり躱され、無様に顔面から床へ突っ込む。
執事長の奥から次から次へと現れる刺客たちをものともせず、サイファスは問答無用で床に沈めていった。微妙に血だまりができている。
おそらく、ここへ来るまでにサイファスは他の刺客を全滅させたに違いない。
部屋の外から駆けつける者はいなかった。
彼の放つ殺気に脅え、部屋の中にいながら近づけない者も多数いる。
執事長も、異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。
「こ、こいつがどうなってもいいのか!!」
腰が引けた状態でミハルトン伯爵を抱えて怒鳴り散らす。
けれど、サイファスは気にせず執事長へと一歩、また一歩と近づいていった。
「本気で伯爵を殺しますよ!?」
「やれるものなら、やってみればいい。その瞬間、お前の首が飛ぶけれど」
サイファスならやりかねないとでも思ったのだろうか、執事長の顔が青くなっていく。
「本当に、なんなのです、お前は!」
見かねたクレアは、サイファスの代わりに彼に答えてやった。
「ちまたで有名な残虐鬼だ。今は一応俺の夫だな」
「――――!!」
部屋にいる全員が言葉を失った。
サイファスは「一応じゃなくて、一生の夫だよ」などと訂正しているが、誰も聞いてはいなかった。
残虐鬼への恐怖心が上回り、それどころではなかったのだろう。
刺客どころか、囚われのミハルトン伯爵までガタガタと震えている。
恐慌状態に陥ったミハルトン伯爵の寝室で、サイファスは刺客を全員打ち倒し、一足飛びで執事長に迫る。
「は、伯爵の命は……っ」
「クレアの命には代えられないよ」
即答したサイファスは、まっすぐクレアを見つめる。居心地が悪いのと同時に不思議な感覚が湧き上がってきた。
彼の背中がとても安心できる。
こんな感覚を抱いたのは、始めて自分を迎えに来た父を目にして以来だろうか。
問題発言を投下した残虐鬼は、剣で執事長の手からナイフを弾き飛ばし、返す一撃で彼を床に縫い付けた。彼には尋問が待っているので、殺すことはできない。
「君の部下はもう使い物にならない。物理的にダメージを受けているのと、恐怖で動けないのと、両方いるけれど」
危険が去ったとわかったミハルトン伯爵は、床を這ってクレオの方に移動する。
「クレオ、クレオ、無事か」
彼の目には、クレアも執事長も写らないのだ。
理解していたが、クレアは複雑な思いに駆られる。
ミハルトン伯爵にとっての息子は、亡くなったクレオと、今のクレオだけなのだと。
自分は、どんなに頑張っても、「替え玉」以外にはなれなかった。
サイファスの剣で床に固定されている執事長も、難しい表情で伯爵を見つめている。
改めてクレアは、執事長と自分は同じなのだと感じた。
「クレア……」
気分が沈んでいると伝わったのか、サイファスが後ろからクレアを抱きしめようとしたが、変な格好のまま固まる。
自分の返り血まみれの服に気づき、遠慮しているようだ。
「なにやってんだ、サイファス。どうせ俺も血まみれだよ」
ついでにいうと、部屋の中も入り口から続く廊下も真っ赤だ。
固まるサイファスをねぎらおうと、彼の肩に手を回すクレアだが、相手の背が高いので届かない。
そんなクレアを目にしたサイファスは、こわばった頬を緩め、正面からクレアを抱きしめた。
「クレア、怪我はない?」
「あるわけねーだろ。サイファスはどうなんだ?」
「もちろん、無傷だよ」
そしてどういうわけか、サイファスはクレアを抱き上げ、クレオに視線を移した。
「掃除くらいは、できるよね?」
ほわほわした笑顔で、血まみれの屋敷をなんとかしろとクレオに無茶ぶりするサイファス。
「こら、サイファス。掃除はともかく、俺にはまだやることがあるんだ。クレオから事情を聞かなきゃならない」
「明日でいいよ、クレア」
クレアは、サイファスが反論する理由に薄々気づいていた。
事件についてクレオを問い詰めると、ミハルトン伯爵が必ず彼を庇う。
そして、クレオとクレアに対する彼の愛情の差が浮き彫りになる。
優しい残虐鬼は、クレアが傷つかないように余計な気を回しているのだ。
クレアが声をかけるが、サイファスはずんずん前に行ってしまう。
「騒動はクレア一人で解決できるものかもしれない。全部私の我が儘なのだけれど、この場は譲ってくれないかな」
答えるよりも早く、サイファスは動いた。
「なんです、あなたは」
彼を見た執事長は眉をひそめ、馬鹿にする様子で問いかける。
クレアよりは厄介でない相手と判断したのだ。
サイファスの見た目は優男風。国一番の危険人物にもかかわらず、残虐鬼と言い当てる者はいない。
クレアの傍に立っていた少女が懐に持ったナイフでサイファスに襲いかかるが、あっさり躱され、無様に顔面から床へ突っ込む。
執事長の奥から次から次へと現れる刺客たちをものともせず、サイファスは問答無用で床に沈めていった。微妙に血だまりができている。
おそらく、ここへ来るまでにサイファスは他の刺客を全滅させたに違いない。
部屋の外から駆けつける者はいなかった。
彼の放つ殺気に脅え、部屋の中にいながら近づけない者も多数いる。
執事長も、異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。
「こ、こいつがどうなってもいいのか!!」
腰が引けた状態でミハルトン伯爵を抱えて怒鳴り散らす。
けれど、サイファスは気にせず執事長へと一歩、また一歩と近づいていった。
「本気で伯爵を殺しますよ!?」
「やれるものなら、やってみればいい。その瞬間、お前の首が飛ぶけれど」
サイファスならやりかねないとでも思ったのだろうか、執事長の顔が青くなっていく。
「本当に、なんなのです、お前は!」
見かねたクレアは、サイファスの代わりに彼に答えてやった。
「ちまたで有名な残虐鬼だ。今は一応俺の夫だな」
「――――!!」
部屋にいる全員が言葉を失った。
サイファスは「一応じゃなくて、一生の夫だよ」などと訂正しているが、誰も聞いてはいなかった。
残虐鬼への恐怖心が上回り、それどころではなかったのだろう。
刺客どころか、囚われのミハルトン伯爵までガタガタと震えている。
恐慌状態に陥ったミハルトン伯爵の寝室で、サイファスは刺客を全員打ち倒し、一足飛びで執事長に迫る。
「は、伯爵の命は……っ」
「クレアの命には代えられないよ」
即答したサイファスは、まっすぐクレアを見つめる。居心地が悪いのと同時に不思議な感覚が湧き上がってきた。
彼の背中がとても安心できる。
こんな感覚を抱いたのは、始めて自分を迎えに来た父を目にして以来だろうか。
問題発言を投下した残虐鬼は、剣で執事長の手からナイフを弾き飛ばし、返す一撃で彼を床に縫い付けた。彼には尋問が待っているので、殺すことはできない。
「君の部下はもう使い物にならない。物理的にダメージを受けているのと、恐怖で動けないのと、両方いるけれど」
危険が去ったとわかったミハルトン伯爵は、床を這ってクレオの方に移動する。
「クレオ、クレオ、無事か」
彼の目には、クレアも執事長も写らないのだ。
理解していたが、クレアは複雑な思いに駆られる。
ミハルトン伯爵にとっての息子は、亡くなったクレオと、今のクレオだけなのだと。
自分は、どんなに頑張っても、「替え玉」以外にはなれなかった。
サイファスの剣で床に固定されている執事長も、難しい表情で伯爵を見つめている。
改めてクレアは、執事長と自分は同じなのだと感じた。
「クレア……」
気分が沈んでいると伝わったのか、サイファスが後ろからクレアを抱きしめようとしたが、変な格好のまま固まる。
自分の返り血まみれの服に気づき、遠慮しているようだ。
「なにやってんだ、サイファス。どうせ俺も血まみれだよ」
ついでにいうと、部屋の中も入り口から続く廊下も真っ赤だ。
固まるサイファスをねぎらおうと、彼の肩に手を回すクレアだが、相手の背が高いので届かない。
そんなクレアを目にしたサイファスは、こわばった頬を緩め、正面からクレアを抱きしめた。
「クレア、怪我はない?」
「あるわけねーだろ。サイファスはどうなんだ?」
「もちろん、無傷だよ」
そしてどういうわけか、サイファスはクレアを抱き上げ、クレオに視線を移した。
「掃除くらいは、できるよね?」
ほわほわした笑顔で、血まみれの屋敷をなんとかしろとクレオに無茶ぶりするサイファス。
「こら、サイファス。掃除はともかく、俺にはまだやることがあるんだ。クレオから事情を聞かなきゃならない」
「明日でいいよ、クレア」
クレアは、サイファスが反論する理由に薄々気づいていた。
事件についてクレオを問い詰めると、ミハルトン伯爵が必ず彼を庇う。
そして、クレオとクレアに対する彼の愛情の差が浮き彫りになる。
優しい残虐鬼は、クレアが傷つかないように余計な気を回しているのだ。
1
お気に入りに追加
1,786
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる