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番外編2

デジレの恋(エリク7)

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 デジレが攫われた。
 相手は、元彼女の婚約者だ。
 婚約に伴う金銭が目当てだったデジレの母親と、盤石な地位の欲しい相手方が手を組み暴走したらしい。
 アシルから連絡を受けた俺は、慌ててデジレを追った。

 デジレは、彼女の家から少し離れた森の中にいた。
 無粋な男たちとともに。
 
 男どもは、汚い目で舐め回すようにデジレを見ている。
 俺は、空中に手をかざすと彼らに向けて強力な風の玉をお見舞いした。

「うっ!」
「がぁっ!」
「ぐはぁっ!」

 順を追って男たちがひっくり返っていく。
 その様子を見たデジレは、赤い瞳を不安げに揺らし困惑していた。

「ああ……一体、なんなのよぅ」

 恐怖で身をすくめている様子さえ愛おしく思えるなんて、重傷だ。
 デジレのすぐ傍に移動した俺は、彼女に声をかけた。

「こんな所にいらしたのですね、探しました。大丈夫でしたか? どこも怪我はしていませんか?」
「……どうして、あなたがここにいるの?」
「もちろん、デジレを迎えに来ました。遅くなってしまい申し訳ありません」
「迎えって?」

 俺は、土の上に倒れているデジレを起こして、彼女の服に付いた泥を払った。
 デジレはまだ小さく震えている。可哀想に。

「あ、あの、助けてくれたのよね? ありがとう」
「いいえ、お礼はいりませんよ。むしろ、こちらがお詫びしなければならないのに」
「どうして? あなたが謝ることなんて……」
「実は副長官がヘマをしたせいで、アデライド様に計画がバレてしまい……今回デジレを巻き込む形になってしまいました」
「……計画?」
「はい、元々は事前にデジレを保護して男爵家を血祭りに……いいえ、断罪するという計画だったのですが」

 あの抜け作の副長官は、あろうことか今回の計画を全て妻に暴露していたのだ。
 裏切り行為も甚だしい。
 
 副長官と母の間には、すでに子供がいる。
 俺の弟と妹だ。
 副長官は今の妻とは離婚して、母を後妻に迎えるつもりだった。
 それを……

 副長官にお説教を食らわし、俺を追ってきたアシルもデジレのもとに舞い降りた。
 彼も、妹に向かって説明を始める。

「お義母様が、思った以上に子爵家の金を使い込んでいて、改善の余地も見られなかったから。離婚に関しては仕方ないと思うよ」
「そうね、今回の私の婚約も、お金が絡んでいたし」
「うん。そのことも知っていたから、デジレの結婚が成立する前に全部解決することにしたんだ」

 今回の件でわかったことがある。
 俺とアシルは非常に気が合うという事実だ。
 二人で協力して、彼の母アデライドと、今回の事件に関与した犯人を捕らえる計画は、驚くほど上手くいった。
 副長官の裏切りがなければ完璧だっただろう。
 それほどに、アシルとは組みやすい。

「それにしてもエリク、あなたって強いわね。あの男たちが地面に倒れていったのは、全部あなたの仕業でしょう?」
「ええ、まあ。これでも、カミーユの次に優秀な若手と言われていましたから」

 そう。悔しいことに二番手だ。
 しかも、一番手はあんなハチャメチャな人外である。
 これからの魔法棟が心配だ。

「そして、実は今回アシル様が協力した理由は、別の所にもあるんですよ」

 俺はデジレに近づき、こっそりと彼女の耳元で囁く。

「……副長官の離婚騒動と同時期に、アシル様のもとに謎の脅迫状が送られてきましてね」
「きょ、脅迫状?」
「それも、カミーユとの婚約を解消しなければ、子爵家がどうなっても知らないぞ……的な内容で」
「あら、色々な意味で詰んだわね。その人」
「その差出人が、ウジェ男爵家の次男でした」
「まあ……そ、そうなの」

 カミーユのどこが良いのかわからないけれど、アシルの逆鱗に触れたウジェ男爵家は近いうちに滅亡するだろう。
 そんなことを考えていると、ソワソワした様子のデジレが口を開いた。

「エリク、あなたに言わなければならないことがあるの」
「なんでしょうか」
「今まで、ごめんなさい。私は、あなたに酷いことばかり言ったわ」
「……デジレ」
「私、本当は、ずっとエリクのことが好……きゃあっ?」

 俺は、デジレの言葉を最後まで聞く前に彼女を抱きしめた。

「ふふっ……知っています」

 あの時だって、泣いてブリスとの婚約を嫌がっていたくらいなのだから。
 でも、やっと本人の口から、その言葉を聞けた。

「あ、あの……エリク?」
「駄目ですよ? もう、逃がしません……言質は取りましたからね」

 決して離さない。
 彼女は、俺が一生守っていくと決めた。
 決意を固めた俺は、デジレの薄い唇を、自分のそれで静かに塞いだのだった。

 それからしばらくして、俺はデジレと婚約し、魔法棟に復帰した。
 もちろん、副長官やアシル、そしてデジレの助けがあってのことだ。
 貧乏男爵家が、夫人の辣腕により金持ち貴族になるのは、もう少し先の話である。


 FIN
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