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子供編・学園編(一年目一学期)まとめ

改・学生時代(ハートのJ)1

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 王都の外れにある、広大な敷地に建つ王立魔法学園。今日は、その学園の入学式だ
 その入口付近の通路は、今日からこの学園に通う生徒達でごった返していた。門前に立つ木には、ピンク色の砂糖菓子のような花が咲いている。
 入学式は学園の中心にある講堂で行われ、その後は中庭で生徒同士の親睦を深める交流会が開かれる予定だ。
 退屈な式の挨拶の間、俺の隣ではカミーユがブツブツとよく分からない独り言を喋っていた。入学する生徒達を見ながら、「変だ」やら「いない」やら……
 彼女は時折、わけの分からない言葉を口走ることがある。それは幼い頃からのものなので、今更気にしないことにしているが。

 入学式が終わると、生徒達は一斉に中庭へと移動した。交流会の会場である中庭には、既にテーブルセットが並べられ、その上には軽食やデザート、飲み物が用意されている。給仕係達も脇に待機していた。
 全生徒数は、五十二名なので、広大な中庭内はそこまで混雑していない。
 ロイス殿下は、数名の護衛を連れて挨拶回りだ。今は、トパージェリアの王子と談話中である。

「美味しそうなケーキ発見!」

 そんな中、いきなりテーブルへ向かおうとするカミーユの手を、俺はしっかりと捕まえた。彼女は、放っておくとすぐに消えてしまう上に、極度の方向音痴なのだ。慣れない学園の中で迷子にでもなったら大変である。

「アシル! 私、あれを飲んでみたいんだけど!」

 カミーユは、繋いでいる俺の手を引っ張りながら、給仕係の持つ盆の上を指差した。そこには、小さなグラスに入ったカラフルな色の液体が並んでいる……

「……カミーユ、あれがなんなのか、分かって言っているの?」

 あの中身は、おそらく酒だ。
 俺とカミーユの年齢は十六歳。ガーネット国では、成人として扱われる年だった。この国では、成人すれば、飲酒が認められる。

「分かっているよ、お酒でしょう? まだ、飲んだことがないから挑戦してみたいんだ」

 カミーユのラズベリー色の瞳は、キラキラと輝いていた。
 彼女は成人しているものの、侯爵邸では飲酒を止められていたらしい。

「……初めてなんだから、少しにしておきなよ」

 カミーユのキラキラ攻撃に耐えられなくなった俺は、手近にあったグラスを手に取ると、彼女に手渡した。

「ありがと、アシル! 心配しなくても、浴びるほど飲んだりしないよ」

 そう言うと、カミーユは、嬉しそうにグラスの中身を一気に煽った。
 ……違う。その酒は、そんな風に飲むものではない。
 綺麗な色や甘い味に騙されがちだが、彼女が飲んでいる酒は、結構強い種類のものなのだ。
 俺がハラハラしながら様子を見ていると、カミーユが更に別のグラスに手を伸ばした。

「うーん、もう一杯♪」
「カミーユ! 少しにしておけって言っているのに!」
「大丈夫だってばぁ~、ちょっとだけだし」

 二杯目を飲み干した彼女は、三杯目のグラスを手にする。完全に、飲酒初心者の飲み方だ。

「私って、酒豪かもね!」

 カミーユは、始終ご機嫌だった。本当に、酒に強いのかもしれない。
 気が済むまで酒を飲んだ彼女は、今度はデザートのあるテーブルへと向かう。
 しかし、一歩踏み出したカミーユの体が急に傾いた。

「ちょっと、カミーユ!?」

 慌てて彼女を支えるが、ぐったりしていて体に力が入っていない様子だ。これは……酔っているな?

「ごめん、アシル。なんだか足に力が入らない……」
「……だから言ったのに、この酔っぱらいが!」
「私は酔っぱらってなんかいないよ?」
「酔っぱらいは、皆そう言うんだよ。ほら、移動するから俺に捕まって?」

 カミーユを支えながら、俺は交流会の会場の外れにあるベンチへと移動する。

「ごめん。アシル、ありがとう」
「無理に喋らなくて良いよ。水を取って来るから、横になっていて」

 ぐったりしているカミーユをベンチに寝かせ、俺は給仕係のいる会場内まで戻る。どうやら、カミーユは酒に弱いようだ。
 侯爵家で飲酒が禁止されていたのは、もしかするとその辺りも関係あったのでは……と勘ぐってしまう。
 俺は、すぐに水を持ってカミーユの元へと戻った。具合の悪い婚約者を、一人にしておくのは心配だ。

 しかし、戻った俺が見たのは、衝撃的すぎる光景だった。
 キーキーと耳障りな声で騒ぎ立てている女生徒と、泡を吹いてひっくり返っているカミーユ……しかも、カミーユは芝生の上に仰向けに倒れ込んでいる。
 ……一体、どういう状況だ!?

「ちょっと! 魔法で消せばいいってもんじゃないのよ」

 一人の女子生徒が、カミーユに向けてなにやら憤慨している。
 見たことのない顔だ。ガーネット国の貴族ではない……平民クラスの生徒だろうか?

「うーん、ごめん。うー……ぐー」
「寝るな! 私に、あんなモノをぶっかけておいて、タダで済むと思っているの? 匂いが残ったらどうしてくれるのよ!」

 俺は、その言葉で何が起こったのかを大体察してしまった。
 カミーユ、もしかして……リバース、したの!? あの生徒に向かって!?
 地面に倒れ込んでいるカミーユは、死にそうなか細い声で女子生徒に返事を返している。

「大丈夫……そこだけ魔法で時を戻したから……うっ……う……ん、なかったことに……」

 これは、かなり調子が悪そうだ。今は、女子生徒とマトモな会話なんて出来そうにない。
 見ていられなくなった俺は、思わず女子生徒とカミーユの間に割り込んだ。

「カミーユ、大丈夫? ほら、水持ってきたよ?」
「アシル……ありが……うっ……」

 顔が真っ青だ……! 酔いが回って、気分が悪くなってしまったのだろう。
 カミーユを、ちゃんと横になれる場所に連れて行った方が良い。
 俺は、被害を受けたであろう、女子生徒に向けて、カミーユの代わりに謝罪する。

「申し訳ありません、彼女が粗相を……」
「あなた……アシル・ジェイド!?」

 カミーユに絡んでいた女生徒が、いきなり俺の名を叫んだ……
 何なのだ? いきなり、人の名前を呼捨てにするなんて。俺は、こんな女は知らない……

「……そうですが、何か?」
「どうして、アシルが、カミーユの面倒なんて見てるワケ?」
「おっしゃっている意味が、よく分かりませんが……今は、早く彼女を保健室に運びたいので失礼しますね。婚約者のしでかしたことについては、後日改めてお詫びに伺います」
「カミーユが婚約者ですって!? なんで、アンタ達が婚約なんてしているのよ!」

 こっちが聞きたい。
 何故、お前にそんなことを言われなければならないのだと……

「だって、アシルは……カミーユを破滅させるはずなのに!」
「何を、わけの分からないことを……」

 俺はそこまで言いかけて、とあることに気が付いた。
 ちょっと待て。「破滅」というのは、どこかで聞いた言葉ではなかったか?

 ——「私を破滅させるくせに、優しくしないでよぉ」

 いつだったか……カミーユ自身が、そんなことを言っていた時期があった。

「いや。偶然、だよな?」

 あの時のカミーユは、まだ幼かったし……状況が状況だったので多少混乱していただけだろう。
 この女の言葉とは関係ないはずだ。

「だって、そうでしょう!? アシルは、カミーユを嫌っているのに……」

 俺が、カミーユを嫌っている? 一体、何の話をしているのだ、この女は……
 これ以上は時間の無駄だと判断した俺は、カミーユを抱き上げてその場を去ることにした。

「失礼。詳しいお話は、また今度お聞きします。急ぎますので……」

 俺は、気分が悪くて動けなくなっている婚約者を抱き抱え、学園内の保健室へと向かう。
 保健室の扉を開けると、中は無人だった。間の悪いことに、保険医は外へ出てしまっているようだ。

「カミーユ、大丈夫? まだ吐きそう?」
「……ぎぼぢわるい、げど……ざっぎ吐いだがら、らいじょうぶ」

 入学式で酔いつぶれる侯爵令嬢……
 残念だけど、彼女の巻き起こす珍事には、もう慣れた。カミーユだから仕方がない。
 そんな姿もひっくるめて、俺は、彼女を大事に思ってしまっているのだから。

「……アシル」

 ベッドに横になったカミーユが、すまなさそうに俺を見上げてくる。二人きりの密室で、そんな潤んだ目で見つめられたら……色々とまずい。
 彼女を直視したいのにできなくて、俺は咄嗟に目を逸らした。

「もう寝るといいよ、保健医が来るまで、俺がここにいるから」
「うん……ありがとう。ふふ、あの時みたいだね」
「どの時?」
「昔、私が刺されて城に連れ帰られた時……アシルが看病してくれた」

 過去に、殿下達と、城下町に出ていた時の出来事を言っているようだ。

「そうだね」
「お父様もバタバタしていて、私のところには来られなくて……でも、アシルがいてくれて心強かったよ」
「カミーユ……今、それを言うのは反則だよ」

 ものすごく顔が熱い……
 冷静になれ、俺。酔っぱらいの戯言を真に受けてどうする!? またいつもみたいにガックリくることになるぞ。
 ああ、でも……

 葛藤している俺の隣では、カミーユがウトウトし始めた。彼女の体調の為にも、今は眠った方がいいだろう。
 しばらくすると、小さな寝息が聞こえてきた。

「好きだよ、カミーユ」

 もちろん、カミーユは無反応だ。熟睡している。我慢できず、俺は彼女の額に一つ、キスを落とした。

「見たよ、アシル」

 突如、よく知っている声が聞こえてきて、俺は固まった。
 声のする方向を見ると、保健室の扉の隙間から殿下がこちらを覗いている。

「カミーユ、大丈夫? 交流会で、お酒を大量に飲んでいたって聞いたのだけれど……」

 カミーユの醜聞が、確実に広まっているようだ。

「大丈夫です、ついさっき眠りましたよ」
「アシル……眠っているカミーユに告白しても、意味がないでしょう?」
「……」
「ちゃんとカミーユに好きって言ったの? ストレートに言わないと、カミーユには通じないよ? ストレートに言っても、通じるか微妙なところなのに」

 確かに……カミーユの鈍さは、尋常ではない。

「僕は、二人を応援しているんだからね。もう、何年も前から二人を見ているけれど、じれったくて仕方がないんだよ!」
「……ですが、そんなことを言われても」
「隣国の第二王子……まだ諦めていないみたいだよ? それどころかカミーユのこと、かなり気に入っているみたい」

 殿下は、さっそく、本日のリサーチの結果を披露する。そう言えば、彼は、さっきまで隣国の第二王子と会話していたのだった。

「カミーユは、既に俺と婚約していますが」
「……それが、簡単に覆せるものであるということは、アシルの方がよく分かっているでしょう?」

 彼の言う通りだ。子爵家の庶子と大国の王子様では、格が違いすぎる。
 うん、俺に勝ち目はないね。

「僕は、カミーユを隣国になんてやりたくないよ。彼女は僕の大事な魔法使いなんだから」

 ロイス殿下は、良い意味でも悪い意味でも王子らしく成長している。昔は素直で優しいだけの人間だったのに。

「うーん……もう一杯」

 カミーユの方から、のんびりした寝言が聞こえてきた。
 もう一杯だなんて……奴は反省が足りないようである。

「カミーユってば、そんなにお酒が気に入ったんだ」

 今日の惨状を見ていない殿下は微笑んでいるが、笑いごとではない。

「カミーユには、金輪際、酒を与えない方がいいです。酔うとすぐに体に影響が出るタイプみたいですから」
「ふぅーん。可愛く酔っぱらって甘えてきたり、呂律が回らなくなる……とかだったら良いのに。リバースした挙げ句、ぶっ倒れるなんて流石カミーユだよね」

 それは……俺も思ったけれど。カミーユだから、仕方がない。



 王立魔法学園では、入学直後に試験がある。
 学園合格後に、継続して勉強していたかを確認するための試験だ。
 勿論、この学園に通うような生徒達は、真面目に勉強しているので試験で良い成績を取っていた。
 一部を除いて……

「カミーユ、放心している場合じゃないよ? 追試、受けるんでしょう?」
「う~……」

 そう、試験直後に勉強を放棄したカミーユは、この試験の一般教養で見事に赤点を取ったのである。
 カミーユの魔法実技の成績は、ダントツのトップだった。
 しかし、それを補って余りある一般教養の成績の悪さで……結局、彼女は追試が確定したのだった。

「もう、私は入学できたんだから。一般教養なんてお呼びじゃないんだよう!」

 俺の婚約者は、ピンクの髪を振り乱しながら、悔しそうに地団駄を踏む。

「……あまりに成績が悪いと、退学になるかもしれないよ?」
「魔法試験の成績がいいから、大丈夫だよ!」

 駄目だ。完全に、開き直ってしまっている。なまじ、魔法の成績が良いだけに、タチが悪い。
 しかし、過去には赤点を取り続けた生徒が、退学になった前例もあるんだよなぁ……
 カミーユの将来が心配である。
 ここは、彼女の婚約者である俺が、なんとかしなければ!

「カミーユ……追試に受かったら、お祝いに『魔法アイテム辞典最新版』をプレゼントするけど?」

 プレゼントに、彼女の欲しがっていた辞典を提示してみると、面白いほどにカミーユの食いつきが良くなった。

「『魔法アイテム辞典最新版』って!? あの、入手がとっても困難な辞典じゃないの!?」
「そうだよ。伝手があるんだ」
「アシル様! 頑張らせていただきます!」

 辞典に目が眩んだカミーユは、俄然やる気を出し始めた。

「じゃ、図書館に行こう。今から」
「押忍!」

 カミーユは、素直に頷くと、俺と並んで図書室へ向けて歩き出す。
 目的地へと向かう廊下の途中には、成績優秀者の上位十名が張り出されていた。俺は、何気なくその張り紙に目を向ける。
 一般教養の成績は一位だが、魔法試験の二位に自分の名前がなかったのが少々不本意だ。カミーユの次くらいにはつけると思っていたのに……
 二位には、クローバークラスのアサギ・ライザルという名前が書かれている。僅差ではあるが、俺は三位だった。
 ロイス殿下は、バランス良く、総合で十位以内につけている。カミーユは、魔法試験が一位ではあるが、一般教養が全て赤点だった。
 やれば出来るはずなのに、自分の興味のあることしか頑張れないのが残念だ。

 王立魔法学園の図書室は、とても広い。蔵書の数も、この国一だ。
 ここには、ガーネット王宮にはない貴重な本もある。
 試験直後だからだろうか、今日は図書室の利用者が少ない。

「カミーユ、あそこの席にしよう」

 俺は、受付から離れた隅にある席を指差した。他の生徒や職員からは、見えにくい位置である。それに壁際だ。
 これで、カミーユと思う存分距離を縮めることが出来る。彼女の勉強も見れるし、一石二鳥だ。
 魔法アイテム辞典最新版の効果で、今日のカミーユはやる気満々だった。

 俺は、丁寧にカミーユに勉強を教えていく。
 元々、そこそこ頭の良い彼女は、飲み込みも早かった。もっと早くにやる気を出していれば、赤点を取ることもなかっただろうに……

「アシル、近い」

 俺が敢えて縮めていた距離に気が付いたのか……
 カミーユが、ほんのり紅い頬で抗議してきた。

「近づかないと、教えられないでしょう?」
「でも……」

 ソワソワと落ち着かないカミーユ。今の彼女は、かなり俺のことを意識してくれている。
 婚約してからの苦労がようやく報われ始めた気がして、俺はいつになく嬉しくなった。

「あのさ……今度お礼させてよ。いつも勉強を見てもらっているし、アシルには感謝しているから」

 真っ赤な顔のカミーユが、俺の腕の中でモジモジしながら口を開く……真剣に勉強しているカミーユが可愛くて、ついつい手が出てしまいそうになった。

「お礼なんていらないよ。カミーユの面倒を見るのなんて、今に始まったことじゃないし……俺は、カミーユとこうして二人でいるのは嫌いじゃない」
「でも、その所為でアシルは自分の時間を取れないでしょう?」

 的外れな返答を寄越すカミーユは、真剣な表情だ。彼女は全く分かっていない。
 今のこの時間こそ、俺にとっての至福の時だということを。

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ようやく、学生時代に入りました。
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