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47:<日曜日> スパイスカツカレー2
しおりを挟む忙しかったけれど、今日の業務も一段落した。
夜の営業時間が終わったあと、染さんがキッチンの片付けをしながら楓に告げる。
「そういえば、また雑誌の取材が来るんだって。ペアー出版と、新しい会社と……」
理さんは早めに仕事を切り上げ部屋に戻っていて、田中さんが雛ちゃんを迎えに訪れていた。
本日の売り上げなどを確認しつつ、染さんや田中さんたちとの会話に興じる。
「今度は、楓ちゃんも一緒に写真を撮ろうよ」
「え、遠慮します。私が写っても映えないですし、今は染さん目当ての女の子たちも多いですし」
実際にどうこうということは起こらない。単なる目の保養というやつである。
複雑な気持ちにならなくもないが、お客さんに洋燈堂を知ってもらう大事なきっかけなので、なんとも言えなかった。
「楓ちゃんは社員だし、僕も一人より君と一緒のほうが……」
染さんの言葉に、雛ちゃんが反応する。
「ほら、楓さん。染さんは二人のラブラブな写真が撮りたいって言っているんだよ! ねえ、一緒に撮影しちゃおうよ!」
「ええっ!? 私が写るなんて、いろいろな意味でお邪魔だってば! 絶対に、写らないほうがいいから!」
「楓さん目当てのお客さんも割と多いし! これもお店のためだよ!」
「そんなお客はいません!」
店の中を逃げ回る楓を、後ろから歩いてきた染さんが捕まえる。
「楓ちゃん、雛ちゃんの言っていることは本当だよ。たまに、名刺をもらっているでしょ。連絡先を聞かれたりも」
「あれは、お店に対してくれたものでしょう? 私個人は名刺を持っていませんので、交換はしていません。さすがにお客さんに個人情報を教えるのはね」
話の途中に、雛ちゃんから「楓さん、鈍ーい!」と横やりが入る。
わけがわからず染さんを見れば、「理という前科があるのに?」と聞き返される始末。
(なんでそこに、理さんの名前が出るの……!?)
彼と連絡先を交換したのは、染さんの身内だから大丈夫と判断してのことなのに。
「楓ちゃんは、男性客から人気があるんだよ?」
「そうですよ。優しいし、よく気がつくし、楓さん目当ての常連さんも多いんですから」
「お客さんだから丁寧に対応しているだけですし、私目当てのお客さんなんていませんよ? カレー目当ての間違いでしょう?」
「染さん、苦労するよね~」
なぜか、楓が攻められる流れになっていて、納得がいかない。
助けてくださいと田中さんのほうを見ると、とどめを刺された。
「……もう、結婚しちまえよ。夫婦として写真に写れば問題解決だ。そこの弱腰店主も、言いたいことがあるならはっきり伝えろ。ただの嫉妬だと」
田中さんの言葉を聞いた楓は、二人の言いたいことを悟って動揺する。
(そういう意味だったの!?)
頬が熱い……恥ずかしい……!
「二人とも同棲しているのに、今さらじゃねえか」
「同じ建物に住んではいますが、一階と三階で別の部屋です」
「じゃあ、どちらかが引っ越せば解決だ」
同棲だなんて提案されても、三階には理さんもいる。
第一、染さんと一緒に暮らすなんて、ドキドキしすぎてどうにかなってしまいそう。
そして、言いたいことだけ言って、嵐のような兄妹はさっさと帰って行く。
あとには、まだ頬の熱が引かない楓と、同じく頬を紅潮させている染さんだけが残された。
ひどくまぶしいものを見るような目で、楓を見つめる染さん。
これでときめかないわけがない。
「楓ちゃん、その、同棲の話は一旦置いて。今度、一階へ遊びに行ってもいいかな」
「は、はい……っ! もちろんです!」
部屋を片付けなくてはとか、どうやって彼をもてなそうとか、いろいろな考えが楓の脳内を巡る。
「一緒にお料理でも作りますか? それだと、いつもと変わらないでしょうか」
「ううん、素敵だね。スパイス料理なら任せて」
「じゃあ、私は、いろいろなラッシーを用意します! 試してみたい味が……」
今までと代わり映えがしない会話だけれど、染さんとの関係に伴い変化した部分もある。主に距離感の近さとか。
……と思っていると、染さんが背中からそっと楓を抱きしめた。
「ありがとう、楓ちゃん。君に会えて良かった」
「私こそ、染さんと出会えて幸せです。なんといっても、命の恩人ですからね」
彼がいたから、楓は変わることができた。
お店や家族のこと。将来のこと。
課題はまだまだあるけれど、染さんと一緒ならきっと乗り越えられる。
染さんと洋燈堂の存在は、楓に勇気をくれるのだ。
楓と染さんが一階で一緒に暮らし始めるのは、この数ヶ月後。
……染さんが入り浸っているうちに一緒に住む流れになった。
兎のヘメンも、今は一階暮らしだ。
そして、田中さんの言ったとおり、数年後、二人は結婚して夫婦になる。
楓は本格的に洋燈堂の経営に着手し始め、店の改良を重ねていった。
その年、カレーアワードで上位に食い込んだ洋燈堂のために、ペアー出版の鈴木さんは夫婦で切り盛りするカレー屋特集なるページを用意してくれた。
毎年発行される「おいしいカレーガイド」は、今では超人気雑誌になっている。
染さんは二つ返事で夫婦での写真撮影を決行。
一緒に暮らすうちにわかってきたが、彼は意外と嫉妬深く、結婚したにもかかわらず、密かに焼き餅を焼くことが多い。
「私は、染さん一筋だというのに。この思いは、どうすれば伝わるんですか」
染さんに質問すれば、「一生かけて証明してね」という、なんとも言えない答えが返ってきて……
楓は偶然その場にいた田中さんに、生ぬるい目で見られる羽目になったのだった。
話が変わるが、同時期に、無事社会人になった雛ちゃんと理さんが付き合い始めた。
驚愕のニュースに、楓と染さんは驚きを隠せなかったが、田中さん公認の仲だそうだ。
そんな理さんだけれど、現在、スパイスの買い付けで海外に出かけている。
出会った当初は洋燈堂を良く思っていない彼だったけれど、すっかりカレーの魅力に取り込まれたようだ。
雛ちゃんも念願のキャビンアテンダントとして世界各地を飛び回っている。
皆、それぞれ成長していた。
そして、洋燈堂は今日も変わらず錆びた階段の先で営業している。
特製のおいしいスパイスカレーを用意して。
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