45 / 47
45:<土曜日> 四色カレー3
しおりを挟む
「染さん……」
どうしよう、すごく嬉しい。
彼が楓の頑張りを認めて、目に見える形で評価してくれた。
染さんに勇気をもらった楓は、再び母親に向き合う。
「お母さん、私、このお店で働きたいの。転職はしたくない」
「楓、何を言っているの」
「将来の夢なんてなかったけど、生まれて初めて、やりたいことが見つかったから」
正社員といっても、収入が大幅に増えるわけではないだろう。
個人経営の飲食店なので、確実に安定しているとも言いきれない。
でも、楓は洋燈堂がいいのだ。
自分を受け入れてくれた店。そして、染さんと一緒に育ててきた大切な店だから。
「私、前の会社で酷い目に遭ったからこそ、わかったことがある。自分の頭で考えるのを放棄して、他人の言いなりで動いちゃ駄目なんだよ」
「急にどうしたの? 楓だって昔は、『良い会社で働きたい』って言っていたじゃない」
「あ、あれは」
そう答えれば、両親が喜ぶから口に出していただけだった。
そこに自分の意志は微塵も介在しない。
当時はやりたいことがなかったから、どこに就職しようがどうでもよかったのだ。
しかし、今はそうではない。
「私も『悪い職場よりは良い職場を選びたい』と思っていたよ。でも、『良い』の基準は、人によって違う。自分の人生だもの、何かあったときに他人のせいにしたくない……自分で決めたいの」
震えながらも、声を絞り出す。
後ろで染さんが見守ってくれているので心強い。
母はしばらく無言で楓を見つめていたけれど、やがて鞄を持って立ち上がった。
「そう。なら、勝手にしなさい」
「お母さん……」
「あとで泣きついても、面倒は見ないからね」
手早く会計を済ませ、母は店を出て行く。
冷たい態度ではあるけれど、楓の訴えが受け入れられたのだと思った。
鉄の階段の音が響かなくなり、楓は全身の力が抜けたように椅子に座り込む。
母に言い返したのは初めてのことで、緊張が解けて頭が真っ白になってしまった。
「楓ちゃん、大丈夫? ……じゃないよね」
「ちょっと、びっくりしてしまって」
「お客さんはもう来ないだろうし、休憩にしよう」
「はい、お騒がせしてすみません」
雑誌の効果で毎日行列ができるようになってから、洋燈堂はランチ時間とディナー時間に分けての営業を行っている。
間の時間帯は、もともとお客さんがあまりいないので一旦準備中とし、その時間に足りない食材の確認などを行うのだ。昼休憩や食事も、この時間帯を利用することに決まった。
「謝る必要なんてないよ」
「でも、染さんに迷惑をかけてしまいましたし」
「僕も、同じような内容を親に言った記憶がある。君は何も悪くないんだよ。頑張ったね、楓ちゃん……」
彼の言葉に、目頭が熱くなる。
楓と染さん、ついでに理さんは全員、似た境遇の持ち主なのだ。
だからこそ、互いの気持ちをわかり合える。
「あの、染さん。さっきは援護してくださって、ありがとうございます」
「もっと格好良く君を守れたらよかったのだけれど……」
「十分守ってもらいましたから」
彼がいたから、楓は母に自分の気持ちを伝えられた。
今までの楓なら、何も言えずに逃げていただろう。
相手に訴えられなければ、きっと今までと変わらなかった。
それに、染さんの取った行動は後に、楓のプラスに働くことになる。
あのあと、地元に帰った母は雑誌を片手に、得意げに楓の話を触れ回って歩くようになったのだ。「娘は店主の片腕として、カレー屋を大人気店に押し上げた功労者だ」とかいう、巨大な尾鰭をつけて……
妹や弟からの電話で知った楓は、顔から火が出そうだった。
しばらく、地元には帰れない……
なにかと見栄を張らずにはいられない母だけれど、いつか和解できる日が来ればいいと思う楓だった。
どうしよう、すごく嬉しい。
彼が楓の頑張りを認めて、目に見える形で評価してくれた。
染さんに勇気をもらった楓は、再び母親に向き合う。
「お母さん、私、このお店で働きたいの。転職はしたくない」
「楓、何を言っているの」
「将来の夢なんてなかったけど、生まれて初めて、やりたいことが見つかったから」
正社員といっても、収入が大幅に増えるわけではないだろう。
個人経営の飲食店なので、確実に安定しているとも言いきれない。
でも、楓は洋燈堂がいいのだ。
自分を受け入れてくれた店。そして、染さんと一緒に育ててきた大切な店だから。
「私、前の会社で酷い目に遭ったからこそ、わかったことがある。自分の頭で考えるのを放棄して、他人の言いなりで動いちゃ駄目なんだよ」
「急にどうしたの? 楓だって昔は、『良い会社で働きたい』って言っていたじゃない」
「あ、あれは」
そう答えれば、両親が喜ぶから口に出していただけだった。
そこに自分の意志は微塵も介在しない。
当時はやりたいことがなかったから、どこに就職しようがどうでもよかったのだ。
しかし、今はそうではない。
「私も『悪い職場よりは良い職場を選びたい』と思っていたよ。でも、『良い』の基準は、人によって違う。自分の人生だもの、何かあったときに他人のせいにしたくない……自分で決めたいの」
震えながらも、声を絞り出す。
後ろで染さんが見守ってくれているので心強い。
母はしばらく無言で楓を見つめていたけれど、やがて鞄を持って立ち上がった。
「そう。なら、勝手にしなさい」
「お母さん……」
「あとで泣きついても、面倒は見ないからね」
手早く会計を済ませ、母は店を出て行く。
冷たい態度ではあるけれど、楓の訴えが受け入れられたのだと思った。
鉄の階段の音が響かなくなり、楓は全身の力が抜けたように椅子に座り込む。
母に言い返したのは初めてのことで、緊張が解けて頭が真っ白になってしまった。
「楓ちゃん、大丈夫? ……じゃないよね」
「ちょっと、びっくりしてしまって」
「お客さんはもう来ないだろうし、休憩にしよう」
「はい、お騒がせしてすみません」
雑誌の効果で毎日行列ができるようになってから、洋燈堂はランチ時間とディナー時間に分けての営業を行っている。
間の時間帯は、もともとお客さんがあまりいないので一旦準備中とし、その時間に足りない食材の確認などを行うのだ。昼休憩や食事も、この時間帯を利用することに決まった。
「謝る必要なんてないよ」
「でも、染さんに迷惑をかけてしまいましたし」
「僕も、同じような内容を親に言った記憶がある。君は何も悪くないんだよ。頑張ったね、楓ちゃん……」
彼の言葉に、目頭が熱くなる。
楓と染さん、ついでに理さんは全員、似た境遇の持ち主なのだ。
だからこそ、互いの気持ちをわかり合える。
「あの、染さん。さっきは援護してくださって、ありがとうございます」
「もっと格好良く君を守れたらよかったのだけれど……」
「十分守ってもらいましたから」
彼がいたから、楓は母に自分の気持ちを伝えられた。
今までの楓なら、何も言えずに逃げていただろう。
相手に訴えられなければ、きっと今までと変わらなかった。
それに、染さんの取った行動は後に、楓のプラスに働くことになる。
あのあと、地元に帰った母は雑誌を片手に、得意げに楓の話を触れ回って歩くようになったのだ。「娘は店主の片腕として、カレー屋を大人気店に押し上げた功労者だ」とかいう、巨大な尾鰭をつけて……
妹や弟からの電話で知った楓は、顔から火が出そうだった。
しばらく、地元には帰れない……
なにかと見栄を張らずにはいられない母だけれど、いつか和解できる日が来ればいいと思う楓だった。
0
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!
葉方萌生
キャラ文芸
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。お読みくださった皆様、本当にありがとうございます!!
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。
うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。
夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。
「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」
四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。
京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる